語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】擬物語詩の神秘 ~聞いて下さい~

2015年04月25日 | 詩歌
淋しい歌を一つ聞いて下さい 三十六人ででかけていって三人帰つて来た 赤い頭巾をかぶって笑っていた七人のうち六人は帰って来なかつた 野原の向こうにちょっぴり顔を出しているけやきの林 お日さまはあそこまで来ると そそくさと垂直に落ちてしまう

淋しい歌を一つ聞いて下さい 眼がさめてみると 石ころだらけの河原にころがっている せきれいの弧がわたしを縦に切りさき そこら中で黄色い花がぶすぶす燃え 燃えながら歌っている 明日がありますよ 明日のお月さま早くいらしゃい 赤い頭巾をかぶった人たちを知りませんか

淋しい歌を一つ聞いて下さい お金もうけができるというので 家財をはたいて 河に舟をうかべたのです それからは舟はあの人たちの陸地でした 溺れるのは海に出てからのことです へさきに五位さぎを何羽もとまらせて こも包みの中身はごぼうとそれから鉄砲だったといいます 

淋しい歌を一つ聞いて下さい みんな頭の皮をむかれました 血が幾筋もながれていく河のおもて 夜が三十幾度めぐり 河幅が広がったりまたちぢんだりして 黄色い花のある河原を繰り広げつづける どこへ行ったのでしょう みんなは 笑ってもいいのでしょうか 一人とりのこされても

淋しい歌を一つ聞いて下さい 三人帰って来たがその三人をだれも覚えていなかった 河下の村でお祭りがあって そのまた河下の村でもお祭りがあって そんなふうにたくさんのお祭りのあとで あの人たちの子供はあちこちにおき忘れられ 中には棒杭になった連中もあった

淋しい歌を一つ聞いて下さい 河の水の涸れる季節 舟をひく人々の唄が何里も遠くから突然聞こえて来る季節 犬たちが帰り それから男たちが町から帰って来る ひきずっていく長い影 土手の上から見ますと 何もかも冷たいかすみの中でかじかんでいるのでした

淋しい歌を一つ聞いて下さい アメデオ・クラフトスという人を知っていますか 肩にも名も知らぬ楽器を背負って どこかのお祭りにいた筈ですがそれとももう死んだか わたしは石にされて倒れていました わたしのまわりで黄色い花々が燃えながら笑っています それから歌っています
   明日がありますよ
   明日のお日さま
   早くいらっしゃい
   明日のお月さま
   早くいらっしゃい

淋しい歌を一つ聞いて下さい 春は来るのですか そのとき犬たちは吠えますか 岩むらで男たちの死体が発掘されるでしょうか 砂地でまた花が何百本もゆれるのですか あなたがたの春のことを聞かせて下さいませんか きっとどんなにか面白いことでしょう

□入澤康夫「聞いて下さい」(詩集『古い土地』、後に『入澤康夫<詩>集成』所収)
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