語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【大岡昇平】論 ~加藤周一『日本文学史序説』~

2016年01月11日 | ●大岡昇平
(1)戦場体験
 戦争体験は、多くの人にとって戦場体験でもあった。
 大岡昇平は、その戦場体験を生涯にわたって文学的基礎とし、その意味で徹底した一貫性を示した。

(2)『俘虜記』
 冒頭の一編、「捉まるまで」の山中の生活は、ほとんど確実な死を目前に控えたという意味でも、物理的な条件の苛酷さという意味でも、極限の状況である。そこでは自然がかぎりなく美しくみえる。
 しかし、実際に僚友がつぎつぎに死んでいくようになると、突然生還の可能性を信じ、一度生還の可能性を信じて、愚劣な作戦の犠牲になって死ぬのはつまらないと考えると、主人公の関心はもはや自然の美しさではなく、危機脱出の方向へ向かう。いかに生き残るべきかという工夫にとっての自然は、与えられた条件の一つにすぎないからだ。
 追い詰められた主人公の心理と行動を、冷静に反省的に、簡潔で正確な文体で描く「捉まるまで」は、太平洋戦争の戦場の経験が生みだした日本語散文のなかで、もっとも傑れたもの一つに違いない。
 後半の収容所の光景の叙述は、所属集団の組織が崩れ去ったときの日本人の行動の証言であり、彼らにおいていかなる価値が内在化されていたかということの臨床的な記録でもある。
 職業軍人でさえも、彼らの軍隊の秩序を信じていたので、その軍隊が解体した後に、彼ら個人のなかに生き続けるような何らかの信念をもっていたのでもなかった。
 東京裁判について丸山真男のおこなった観察【注】と、レイテ収容所において大岡昇平のおこなった観察とは、幸か不幸か、見事に一致するのである。

(3)『野火』
 『俘虜記』にでてくる人間の肉を食う話を、『野火』でふたたびとりあげた。
 『俘虜記』の主人公は、殺そうとすれば殺せたアメリカ兵を殺さなかったが、『野火』の主人公はフィリピンの女を射殺する。『野火』は『俘虜記』の実行しなかった選択肢を、人間の内面の問題として再検討した作品である、ともいえるだろう。

(4)『レイテ戦記』
 『俘虜記』や『野火』が一兵士の立場でみたフィリピン戦場を、日米双方の資料を用いて、いわば鳥瞰的に描く。
 日本軍の戦没者がおよそ9万人におよんだレイテ島は、フィリピンでの日米両軍の決戦場であった。そこでの決断、作戦、戦闘経過およびその結果のすべてを書きつくしたのが『レイテ戦記』である。
 大岡昇平が感慨を抑えて両軍の動きを叙する簡潔な文章の迫力は、ほとんどヴォルテールの戦記『シャルル12世』を思わせる。しかも、その叙述から次第に浮かびあがってくるのは、人間が全力をあげて人間自身を破壊していく「戦争」という狂気そのものであり、その狂気にまきこまれて最大の犠牲を強いられる第三者=フィリピン人の運命である。
 戦後20年以上たって、大岡昇平は『レイテ戦記』という『平家物語』以来の戦争文学の傑作をつくった。

 【注】加藤の丸山真男論、該当箇所の要旨
 ニュルンベルグ裁判の被告との対比において、東京裁判の被告の態度の特徴は、①「既成事実への屈服」と②「権限への逃避」の二点に要約される。
 ①は、「みんなが望んだから私も」主義である。
 ②は、指導者の誰も特定の決定について権限がなかった、という主張である。
 かくて、日本型ファシズムの特徴は、一方では集団に超越する価値の欠如、他方では個人の集団への高度の組みこまれという各時代を通じての日本型世界観の特徴へ導かれる。30年代に興った超国家主義は、日本思想史の例外ではなく、本来そこに内在した問題の極端な誇張にすぎなかった。【加藤周一『日本文学史序説(下)』pp.508-511】

□加藤周一『日本文学史序説(下)』(ちくま学芸文庫、1999)pp.511-513
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