語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】トランプvs.インテリジェンス・コミュニティー ~『炎と怒り』(その2)~ 

2018年04月19日 | ●佐藤優
★マイケル・ウォルフ(関根光宏、藤田美菜子、ほか・訳)『炎と怒り--トランプ政権の内幕』(早川書房、2018)
 (承前)

 (5)当然、側近たちもトランプ氏を馬鹿にしている。本書によれば、スティーヴ・ムニューシン財務長官とラインス・プリーバスは「間抜け」と言い、ゲーリー・コーンは「はっきりいって馬鹿」、H・R・マクマスターは「うすのろ」と言った。
 にもかかわらず、トランプ氏のさまざまな愚行を側近は諌めない。この点については、スティーヴ・バノン・前大統領首席戦略官兼上級顧問【注2】の分析が本質を突いている。
 <ただひたすら「呆れてものがいえない」と繰り返すメディアは、どうして、事実は違うということを明らかにするだけではトランプを葬り去れないのかを理解できずにいた。(略)
 バノンの見解はこうだった。(一)トランプはけっして変わらない、(二)トランプを無理に変えようとすれば、彼のスタイルが制約されることになる、(三)いずれにしてもトランプの支持者は気にしない、(四)いずれにしても、メディアがトランプに好意を寄せることはない、(五)メディアに迎合するより、メディアと敵対したほうがいい、(六)情報の正確性や信憑性の擁護者であるというメディアの主張自体がいんちきである、(七)トランプ革命とは、型にはまった思い込みや専門的意見への反撃である。それなら、トランプの態度を矯正したり抑えつけたりするよりも、そのまま受け入れたほうがよい。
 問題は、言うことはころころ変わるのに(「そういう頭の構造の人なんですよ」と内輪の人間は弁明している)、トランプ本人はメディアから受け入れられることを切望していたという点だ。しかし、(略)トランプが事実を正しく述べることはけっしてないだろうし、そのくせ自分の間違いをけっして認めないので、メディアから認められるはずはなかった。次善の策として、トランプはメディアからの非難に対して強硬に反論するしかなかった>
 一言で言えば、トランプ氏は幼児的な全能感を克服できていない人物だ。だから、正面から諌めても逆効果で、阿(おもね)りながら歪曲された情報を入れることによって操作した方がいいと側近たちは考えているのだ。

 (6)本書の、トランプ政権と米国のインテリジェンス・コミュニティーの関係に関する考察が秀逸だ。
 <当時、よくクシュナーのもとを訪れるようになっていた賢者の一人がヘンリー・キッシンジャーだった。かつて、リチャード・ニクソンに対して官僚と情報機関が反乱を起こしたとき、キッシンジャーはその一部始終を最前列で見ていた。彼はクシュナーに、新政権が直面する恐れのある、さまざまな災いを講釈してみせた。
 “闇の国家(ディープ・ステイト)”とは、情報網による政府の陰謀を指す左翼と右翼の概念で、(略)いまではトランプ陣営の専門用語となった。トランプは“闇の国家”という凶暴なクマをつついてしまったというわけだ。
 “闇の国家”のメンバーには、次のような名前が挙げられていた。CIA長官ジョン・ブレナン、国家情報長官ジェームズ・クラッパー、退任間近の国家安全保障問題担当大統領補佐官スーザン・ライス、さらにライスの側近にしてオバマのお気に入りだったベン・ローズ。
 そして、次のようなシナリオが描かれた--情報界の手先は、トランプの無分別な行動やいかがわしい取引に関する由々しき証拠に通じており、トランプの名を傷つけ、辱(はずかし)め、破滅させるために戦略的に情報をリークし、トランプのホワイトハウスを機能不全に陥らせるつもりだ。
 (略)トランプは選挙期間を通してずっと、当選後はいっそう強硬に、アメリカの情報機関は役立たずの嘘つきだと批判していたからだ。つまり、CIA、FBI、NSC(国家安全保障会議)をはじめとする17の情報機関をまとめて敵に回していたのである(もっとも、トランプ本人は「何も考えずに言っていた」と側近の一人は言っている)。保守本流の見解とは相反するトランプの数多くの発言のなかでも、これはとりわけ大きな問題をはらんでいた。アメリカの情報機関に対するトランプの批判は、(略)トランプ自身とロシアの関係にまつわるいわれのない情報を流したことまで、多岐にわたっていた>

 (7)共和党、民主党にかかわらず、米国大統領は、CIA(米中央情報局)やNSA(国家安全保障局)などインテリジェンス・コミュニティーとの関係には細心の配慮を払ってきた。インテリジェンス情報が、国益にとって不可欠であるとともに、敵に回したら大統領を失脚させる情報戦を展開する力をインテリジェンス・コミュニティーは持っている、という認識があるからだ。
 これに対して、トランプ大統領は情報機関をいわば「使用人」と見ている。こういうメンタリティは、ロシアのエリツィン元大統領や田中真紀子・元外相に通じるものだ。
 トランプ政権下の米国は、ポピュリズムとインテリジェンス機関の暗闘が繰り広げられている場でもあるのだ。

 【注2】2017年8月18日に辞任した後も大統領とは良好な関係を維持していたが、『炎と怒り』のインタビューに応じたことがトランプ氏の逆鱗に触れ、絶交状態になった。

□佐藤優「マイケル・ウォルフ『炎と怒り』/日本はトランプ大統領に命運を託せるのか? ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第56回~」(「文藝春秋」2018年5月号)

 【参考】
【佐藤優】日本はトランプ大統領に命運を託せるのか? ~マイケル・ウォルフ『炎と怒り』~ 

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