語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】歴史的時間の「カイロス」と「クロノス」 ~「日本」論(3)~

2018年07月03日 | ●佐藤優
 <歴史に関して、さらに考えないといけないことがあります。時間です。歴史というのは、時間の認識なくしてありえません。
 日本語だと「時間」一つですが、英語だと「タイム」と「タイミング」は違います。タイムは流れていく時間。英語で「クロノロジー」ともいう、年表や時系列表の時間です。これはギリシャ語の「クロノス」という言葉から来ています。われわれが普通に「時間」と言うときは、このクロノスを考えればいい。これに対して、タイミングという意味の、もう一つの時間がある。これが「カイロス」です。
 クロノスとカイロスで、音が違う。音が違うということは、概念がまったく別ということです。タイムとタイミングは音が近いから、概念としても比較的近い部分があります。しかし、クロノスとカイロスでは、概念から違います。
 いま、座標軸を取って、そこに時間が流れていくとすると、カイロスは上からそれを切断するものです。そのような時間です。具体的には、皆さんの中でパートナーがいる人がいれば、そのパートナーと会った日はカイロスです。あるいは、皆さんが生まれたときと、生まれる前は違います。だから、誕生日はカイロスです。いろろなカイロスを、われわれは刻み込んでいるのです。一人ひとりの人間で、みんな、異なるカイロスがある。その前とあとでは、意味合いが変わってきます。これがカイロスです。カイロスは民族においてもある。
 だから8月15日は、日本人にとってのカイロス、韓国人にとってのカイロスです。しかし、意味合いはまったく違う。
 2001年9月11日のアメリカにおける連続同時多発テロ事件は、やはり世界にとってもカイロスです。2011年3月11日の東日本大震災も、震災で起きた福島第一原発事故も、日本にとってはカイロスです。
 カイロスとクロノスのうち、特にカイロスという概念が重要です。ところが、われわれ日本人にはカイロスはわかりにくい。どうしてかといえば、われわれの場合は、時間が円環をなしているからです。 
 例えば、新年になると「新しい年が始まった」と思います。それでなんとなくサッパリした感じになる。昔の日本では、大晦日まで借金取りが取り立てに来ても、新年が明けて逃げ切れば安心しました。仕切り直しになったためです。ヨーロッパやアメリカに住んだことがある人はわかると思いますが、あの大晦日から新年への仕切り直しの感覚を、欧米では感じません。>

□佐藤優『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』(KADOKAWA、2018)の「第一講 東と西の革命児」の「「カイロス」と「クロノス」」を引用

 【参考】
【佐藤優】点と線の意味づけによって複数の歴史が生じる ~「日本」論(2)~
【佐藤優】江戸時代の「鎖国」は反カトリシズムだった ~『「日本」論 --東西の“革命児”から考える』~

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