語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【映画談義】『真昼の決闘』 ~大衆操作~

2010年06月08日 | □映画
 ある結婚式のたけなわ、新郎が新婦にキスしたとき、電報を手にした駅員が駆けこんできた。かつて町で暴れまわり、新郎の保安官ケイン(ゲーリー・クーパー)に逮捕されたミラーが、出獄して一味とともにお礼参りにやってくるのだ。
 結婚式に列席した人々から石もて追われるように、慌ただしく一度は町を脱出したケインだが、荒野に馬車を走らせているとき翻意する。敵に後ろを見せたくない、と。
 町のいまの平和をケインが苦労して実現した経過を知る町民は、ケインを支持するであろう。
 これが、翻意のもうひとつの理由であった。

 ところが、町民は次々と背を向けた。
 尊敬する前任者は、老いのため銃をもてないと。
 また、自分のよき理解者と思いこんでいた友人は、居留守をつかった。
 この危機を取引材料にして自分を次期保安官に任命させようともくろんだ保安官補は、若すぎるからと断られ、腹いせに辞任する。
 唯一駆けつけた臨時保安官も、集まりの悪さに恐れをなして及び腰になり、去る。
 孤影悄然。

 ケインは死を覚悟して遺書をしたため、単身無法者たちへ立ち向かう。
 運が味方をして、かろうじて、一人また一人と斃す。残る一人、悪党の親玉は、愛する妻アミー(グレース・ケリー)の機転で撃ちたおすことができた。
 ラスト・シーン、「ハイ・ヌーン」の静かなメロディにのって、ケイン夫婦は町を去る。
 保安官バッジを地に投げ捨てて。

  *

 映画が公開された1952年には、非米活動調査委員会による第2次喚問が行われた。リリアン・ヘルマンも呼び出しを受けた一人である。リベラル派のフレッド・ジンネマン監督が、こうした時代精神を意識しなかったはずはない。
 マッカーシズムの特徴のひとつは、大衆操作である。目立つ言動をする者をあぶりだし、孤立させる。

 映画において、「無法者帰る」の報が入ったとたんに、町民たちはつぎつぎに保安官に背を向けはじめる。その変わり身の早さは、マッカーシズムのさなかの大衆そのものである。
 5年間の任期いっぱい治安維持に尽力し、その成果は誰もが認めていたのだ。
 しかるに、盟友であったはずの判事も、引き返したケインを阿呆あつかいし、遁走する。
 きわめつけは町長(トーマス・ミッチェル)である。

 その日は日曜日。ケインは教会へ出むき、助っ人を求める。
 即座に応援の意思表明をする者、我関せずの論陣をはる者、役員の無能をなじる者、町の安全につくしたケインの業績を称揚する者・・・・まさに民主社会アメリカの縮図である。
 ケインにとって、そして実は町民すべてにとっても危機が刻々と迫っている、という事態の緊急性に対応していないズレようはさておいて。

 ここで、町長が立ち上がり、皆を制して、ケインののかたわらに立ち、演説する。
 「ケインは立派な人物である。町をきれいにした実績があり、この度も法を守って立ち上がった」と誉めたたえる。
 が、急に論調がおかしくなる。
 「しかし、ヤクザな4人が町にやってきたらドンパチが始まり、新聞に載る。新聞にのれば、物騒な土地だと東部の企業家が敬遠する。東部の企業家から見はなされたら町はさびれる。しかるがゆえに、ケインは去れ」
 なんたる詭弁。

 この町長の演説、さながらシェークスピア劇のようだ。シーザーの亡骸を前にローマ市民に演説するアントニーのように、見事な世論誘導だ。
 悪党が退治されたラストシーン、安全を見きわめてからぞろぞろとケインのまわりに集まる町民たちの姿は象徴的だ。

 ケインの立場を視覚的に示すのは、黒が基調のその服装である。
 この映画が公開されるまでは、西部劇では伝統的に、黒一色の服装は悪役が着ていた。正義の側に立つ保安官を黒ずくめに仕立てあげたのは、西部劇映画史上「真昼の決闘」が最初である。
 黒主体の服装は負の立場、すなわち少数派の立場を象徴する。
 そして、普遍的な正義は、状況に流される多数の側ではなく、小数の側にこそあった。
 決闘はたいがいの西部劇では山場なのだが、この映画では比重が軽い。
 ケインのガンさばきはぎこちない。ケインの勝利は、運が味方しただけのことだ。
 とはいえ、その運は、孤立のなかで闘いを貫く意思がひき寄せたものである。

□『真昼の決闘』』(米、1952年)
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