追い詰められた人々=人的資源は、自殺を選ぶ。その数、年間3万人以上。未遂者をふくめれば一日なんと1000人が自殺をコミットしている。
健康問題をソーシャル・キャピタルの文脈で追い詰めてゆくと自殺の問題に行き着く。人口構造が若年中心で経済も成長している時代の基本テーマはQOL(Quality of Life)。しかし、少生大量死時代には、必然的にQOD(Quality of Dying and Death)が問われることになる。
QODとは、あまり日本では注目されていない概念だが、「死と死に至るまでのプロセスの質」ということで北欧などでは現在しきりに議論されていること。ニューパラダイムの人間学としても、QODは避けて通れないイシューだ。
自殺という社会現象に顕現するQODは絶望的に低劣で悲惨。OECDの国々の中でも突出して高い自殺率を持つ日本は、QODにおいてもけっして高くはないだろう。否、かなり低いものだと思われる。
日本の医療システム、社会保障制度の暗黙的な合意事項は、QOL向上にあったが、これにQODが加わることになる。今後、QODを向上させるためのシステムつくりは、医療サービス・イノベーションとしても大切になってくる。その暁には、医療サービスではなく、究極のヒューマン・サービスとして捉え直さなければなるまい。
<以下貼りつけ>
松下博宣(2010)、「サービス・イノベーションの経営学8:大量死に直面する医療サービスの苦悩」、看護管理30(8)、pp852-858, 2010/8
◯自殺という死にかた
さて、日本人が直面している「死」において特徴的なものが自殺の問題です。日本の自殺率は、欧米先進国と比較すると高い数値で推移しています。さらに範囲を広げて比較すると日本は、ベラルーシ、リトアニア、ロシア、カザフスタン、ハンガリーに次いで自殺率は世界第6位です。 NPO法人自殺対策支援センター ライフリンクの清水康之代表は「かつて交通戦争で亡くなる人の数が1万人を超えて、『交通戦争』と呼ばれた時代があったが、今や自殺で亡くなる人は年間3万数千人。日本社会は今、『自殺戦争』の渦中にいると言うべきだろう」と嘆じます。
旧社会主義の国々で自殺が大量に発生していることは、アノミーという概念を用いることである程度説明が可能です。すなわち、急激な社会体制の変化の結果、それまで社会を支えてきた規範が崩れ、人と人を結ぶ紐帯が急速に消失した結果、自殺に結びつくという因果関係を想定するものです 。
とすれば、現代の日本では、東欧の旧社会主義国家が経験しているのと同等、あるいはそれ以上の急激な社会のありようの変化、それによって引き起こされる社会的な歪みがソーシャル・キャピタルを急速に、かつ深部において退嬰化し、劣化させていると見立てることができます。
これほど左様に自殺の問題は重大です。したがって近年、無縁死とは異なり、こと自殺に関しては、その発生プロセスが実証的な分析の結果、明らかになりつつあります。NPO法人ライフリンクが実施した「自殺実態1000人調査」によると、68項目の危機要因に対してパス分析や重回帰分析を駆使した結果、自殺の「危機複合度」が最も高い要因を「うつ病」、危機連鎖度が最も高い経路を「うつ病→自殺」と同定しています。
その上で詳細な自殺の危機経路パターンを16通りにモデル化しています。たとえば被雇用者ならば、「配置転換→過労+職場の人間関係の悪化→うつ病→自殺」「昇進→過労→仕事の失敗→職場の人間関係の悪化→自殺」。自営業者の場合ならば、「事業不振→生活苦→多重債務→うつ病→自殺」 というように。
◯健康基盤、ソーシャル・キャピタルの劣化
本稿の主題は医療サービスに焦点を絞ってはいますが、無縁死や自殺は直接的な医療の問題ではないかもしれません。しかしながら、すでに医療サービス構造機能モデルを用いて考察したように、十全な医療サービスを成立たらしめる、その基礎基盤にはソーシャル・キャピタルが横たわっています。
無縁死と自殺の問題は、端的に言えば、ソーシャル・キャピタル、すなわち、共同体の中に息づく絆、互恵、信頼、相互扶助、気遣い、いたわりあい、素朴なケアリングといった目には視えないものの人と人を繋ぎ合わせるサービスの関係性が疲労・劣化していることに随伴していると見立てられます。
人と人とが触れ合う共同体の希釈化、脆弱化は、健康と医療の課題に対して間接的ながらも、根底から揺るがす桎梏であるととらえるべきです。
<以上貼りつけ>
***
東工大の上田紀行先生と八重洲あたりで飲んでいるときにこんな話となり、上田先生と対談したことがあるライフリンクの清水康之さん紹介していただいた。
こんな経緯で、清水さんと先日飯田橋で会っていろいろ議論する機会を頂いた。
副代表の根岸親(ちかし)さん。親というステキな名前を彼に授けたお父さんは自殺で亡くなったそうだ。親の運命を背負った親さんとそんな話をしながら、やるせない思いにかられながらもたくさんの資料を頂く。ありがとうございました。
濃度の濃い運動を繰り広げ、様々な提言を行い、最近では内閣府参与として活躍している清水さん。しかし肩に力がはいっていないというか不思議な透明感さえ漂う草食系のナイズガイの雰囲気。
***
忘れないうちに議論をメモ。
・グローバライゼーションは避けることができない動き。市場で動いている企業は合理的な選択として年功序列、長期安定雇用、福利厚生を従業員に提供してきたが、1990年代以降、企業が演出してきたセイフティーネットが脆弱化。
・公共セクターから提供されるセイフティーネットは断片化、分散化→ワンストップになっていない。
・自殺に追い詰められる人々を水際で食い止める(下流)、プラス社会の構造的側面(上流)を変える必要あり。
・上流部分は政策化が大事。(1998年3月問題。この月から自殺者が急増。新自由主義的な政策ドライブ(小泉、竹中路線)と自殺急増現象との間には相関関係はあるだろうが、因果関係を立証することは難しいね。
・新自由主義が発祥(発症)したアメリカには日本以上に宗教、地縁コミュニティが育っている。
・上流と下流の中間の中流には、コミュニティのなかで私・公・共をデザインし直してソーシャル・キャピタルをエンリッチさせてゆくような仕組みが必要。で、だれがやる?→ 社会起業家、市民??
・自己承認を与える「多くの目」をいかにふんだんに社会に埋め込んでいくのか?
・欧米人の日本人の自殺問題の見方は短絡的。腹切りの文化の影響など。
・社会構造要因、経済要因とは独立した自我構造の特徴は仮説できるだろうね。exイスラーム、キリスト教などの一神教的:贖罪、契約、死に対する規範。日本教:空気、人間関係、絆が最高規範。ここが崩れると、一気に自我崩壊する。小室直樹先生が亡くなってしまったのは残念至極だが、このあたりは今後研究テーマか。
***
QOD(Quality of Dying and Death)を高めるイノベーションについて書かないといけない。もちろんアクションも。
生きる意味、
走る意味、
死ぬ意味。
いろいろとコラボ予定。
重いテーマに真剣に明るく取り組む姿に感動。日本も捨てたもんじゃないと思わせる若者に会うと元気がでます。
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