よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

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近畿中央病院にて

2012年05月01日 | 講演放浪記

ちょっと前に、近畿中央病院から依頼があり講演に招待された。いただいたテーマは看護ケアサービスシステムと看護師長の役割、コンピテンシー」というもの。とある専門誌に寄稿した拙論をご一読いただいたことが縁となって呼ばれた。有り難いことだ。

医師も看護師も、当然、顧客である患者に対して診断、治療、看護に関わるケア、キュアのサービスを提供している。だから一括して、医療サービスなんていう言い方が一般的だ。

さて、診療部門や看護部門には管理職やマネージャがいる。彼ら彼女たちの仕事は、現場でケアやキュアのサービスを患者=顧客と共創する医療チームへのエンパワーメント、マネジメント、リードが中心。換言すれば、サービスへのサービス、あるいはサービス・オン・サービス。

医療崩壊がさかんに喧伝される昨今、現場の医療サービスを支えるサービス・オン・サービスが、今こそ力を涵養し発揮する必要がある。そのためには、医療という振る舞いをサービス・マネジメント・システムとして捉えてゆくべきだ。

しかし、医療の現場では、病歴管理、安心安全マネジメント、リスクマネジメント、人事管理、資財管理、財務管理、システム部門、etc...というように、サービス・マネジメント・システムはタテに部門ごとに割りつけられていて、バラバラな状態。そして、専門化も進み、学会もおおむねこのタテ割構造の延長線上にある。

これではマズイ。保健・医療・看護・介護などのサービス・オン・サービスをヨコ方向に結び付ける、サービス・マネジメント・システムの一般理論のようなものがぜひとも必要だ。そんなことをみんなで一緒に考えて談論風発する機会だった。

談論風発は研究の触媒、起爆剤みたいなものだ。研究をある種のサービス活動を見立てれば、フィールドでの談論風発は、研究者にとってサービス・オン・サービスのようなものだ。

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コンゴ民にて5S-KAIZEN-TQMでchange maker支援

2012年03月05日 | 講演放浪記

(会議の始まりと終わりはコンゴ民主共和国国家国歌斉唱!)

講演放浪記も、中央アフリカのコンゴ民主共和国(以下コンゴ民)にまで足跡を残すことになった。

今回は、国立国際医療研究センター/国際協力事業団の研究協力員として、コンゴ民の保健省のofficialsの方々を対象に、戦略的マネジメントのレクチャー&ワークショップ支援を行ってきた。

最貧国のひとつコンゴ民:1人あたりGDP328ドル。日本1人あたりGDP33,805ドル。経済規模、コンゴ民は日本の100分の1。いわゆるBOP(base of pyramid)に位置する中央アフリカの国がコンゴ民だ。

コンゴ民に行く数日まえに、大統領府付近で銃撃戦があり、帰国してすぐに、コンゴ川を挟んだ向かい側のコンゴ共和国の軍事施設で200人以上もの死者が出る「事故」が勃発している。

ちょうど、その騒乱状況の狭間を突いてのコンゴ出張だったことになる。

(キンシャサの街で見かけた絵画)

health policy & management界隈では、global healthというキャッチワードが目を引く昨今。威勢のいいキャッチワードはともかく、現場のフィールドで、リアルな保健行政を対象に具体的なツールを活用して実行するというレベルまで踏み込んでいるケースはさほど多くないだろう。

5S-KAIZEN-TQMといえば、大方の経営学者や技術経営(MOT)系の方々ならば、日本の製造業に発祥する、あの品質管理手法ね・・・という反応が返ってくる。

たしかにそうだ。ほとんどの製造現場を持つメーカーは5S(整理、整頓、清潔、清掃、躾)は、空気のごとく、あたりまえに、基本動作としてやっており、目新しいものはほとんどない。

ところが、「所変われば品変わる」の喩の通り、この手法が、日本やスリランカを経由して、大方の日本産業人の想像を越える「進化」を遂げて創発しているのだ。

実は、モノやサービスといった境界を取っ払ってみれば、そこには、グローバルに拡がるモノ→プロセス→サービスという俯瞰図の中にco-creationを内包して遷移・伝搬していているこの手法の普遍性が見えてくる。

すなわち、アフリカ大陸の46の国々のうち、15カ国では、5S-KAIZEN-TQMが健康・医療・保健サービスの現場、そして保健行政の現場では燎原の火の如く拡がりつつある。また、アフリカのこの動向に注目してか、OECDもKAIZENには一定の評価を与えているようだ。

(Dr. Tshiamalaの5S-KAIZEN-TQMの実践報告)

コンゴ民主共和国では、健康・保健・医療マネジメントの手法となった5S-KAIZEN-TQMを、さらに、保健行政マネジメントのツールとして活用している。これは世界初の画期的なことだ。

このムーブメントをやわらかく支援しているのが、NCGM=国立国際医療研究センター(国際医療協力部の池田憲昭医師が牽引)やJICAだ。支援の対象は、ハコモノ、橋、道路など目に見えるハードウェアから、インテリジェントなソフトスキルへと変化している。インテリジェンスサービス支援とでも言ってもよかろう。

さて、日本やアメリカでmanagementに関して話をすることは多かったが、アフリカの地で話したことは初めて。コンゴの方々と膝を交えて語らい、彼らのmanagementに対する捉え方がわかった。

・managementは支配する側の技術。

・植民地として収奪され続けてきたコンゴ民主共和国にあったのは、支配されるmanagementのみ。

・収奪、搾取する側としてのベルギーから見えれば、収奪、搾取の対象となるコンゴ民の民衆を無知の状態、managementから遠い状態に維持して置くのが得策だった。

なるほど、以上の3点は、欧米の先進国だけを『海外』として眺める視点からは見えてこないことだ。

         ***

(Dr. Ikeda and Dr. Raymond)

西洋に発祥した近代資本主義の実行形式である伝統的なマネジメント手法と対置すると、経営手法(change management)としての5S-KAIZEN-TQMには以下のエレメントがある。

・搾取・収奪されるmanagementから、主体的・自律的に取り組むmanagementへの転換。

・一方的に管理するmanagementから、参加・参画するmanagementへの転換。

・植民地支配者・宗主国・旧宗主国からのトップダウン的managementから、草の根型のボトムアップ型のmanagementへの転換。

 (世界第2位の大河、コンゴ川の夕焼け)

収奪され、搾取され続けることによって近代資本主義を「資源」によって支えてきたコンゴの大地=フロンティア。managementが疎外されてきた、この国の、保健サービスという異界で、創発している5S-KAIZEN-TQM。

なんと、アフリカの国では「5S-KAIZEN音頭」やそれにあわせての踊りまでもが登場している。変えることは楽しいのだ。自分たちで工夫して変わることは、誰にでもできる自己表現であり、身の回りの「世界」を変えてゆくことなのだ。

やればできる、そしてその楽しさを素直に実感できるとき、アフリカの人々は、歌や踊りでそのよろこびをストレートに表現するのだろう。

5S-KAIZEN-TQMは、たしかに手法なのだが、実はアジア・アフリカの国々に伝搬して受け入れられているのは、この手法に埋め込まれている、デザインされている、ある種の文化(culture)ではなかろうか。

参加者からは、5S-KAIZEN-TQMを保健のみならず、教育、地域開発などの領域にまで広げたいという、うれしい声もあがった。

だれもがchangeのownerであり、主人公であるこの手法の特性からすれば、アフリカならではの反応なのかもしれない。social entrepreneurshipを発揮するためのツールという位置づけもできるはずだ。

NCGMやJICAに所属する専門家諸氏は、いってみれば、social innovationを支援する"in"trepreneurだ。組織内起業家には、innovationを創発させるための、グローバルリテラシー、リベラルアーツの素養、ファシリテーション能力など、専門スキル以外にも、多様で芳醇な人間力が求められる。

ともあれ、知的シャワーを存分に浴び、内実のともなった濃度の濃い議論に終始した旅だった。(本プロジェクトにおいて、松下を指名いただいた池田医師に感謝!) 

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2週連続で松山へ

2011年12月13日 | 講演放浪記


(道後温泉山の手ホテルにて)

愛媛県松山を訪れるのは2週連続です。松山は大好きな町なので実に幸運なことです。

今回は、愛媛県看護部長・教務責任者会にて「チーム医療とケアサービスのイノベーション」についてのお話です。愛媛県下の多くの医療機関の看護部長や教務責任者の方々にお集まりいただきました。

その後、愛媛大学医学部付属病院の田渕典子副院長(看護部長兼務)と3人の看護副部長の方々と道後温泉のとあるホテルで会食を楽しみました。

チーム医療、業務改善、TQM、地域連携共同チーム、地域における大学病院の役割、地域に根差したIntegrated Health Systemの創造、医療と福祉の融合、新しい医療福祉サービスの創造、看護サービスの土台つくりなど、愛大病院はとても先駆的な取り組みをしています。

医療機器、薬品などモノレベルのイノベーションは、病院という地域のカナメ、そしてさまざまな保健、福祉、介護、医療に携わるネットワークの「人の手」を通してサービスとして患者に届けられます。MOT(技術経営)的には、ものつくりの方に注目がいきがちですが、モノはサービス(臨床プロトコル、手順、基準、術式、介入方法、サービス標準、チーム医療のプラクティス、接遇などなど)を通して真価を発揮するという構図を忘れてはいけないでしょう。

そして、大切なことは、ケアする人々を支える仕組みづくりです。このあたりのお手伝いをしています。

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長野県看護協会講演と信州・飛騨めぐり

2011年09月30日 | 講演放浪記


長野県看護協会に呼ばれて信州松本に行ってきました。

このことろ、チーム医療とサービス・イノベーション関連のテーマの講演が続いています。

県下の看護教育担当者の方々など多数の熱心な方々にお集まりいただき、有難うございました。

午後からは松本市内、安曇野あたりを散策。信州松本は大好きな町です。なぜなら、東側にはサイクリストのメッカ=美ヶ原、扉峠、和田峠などをいただき、西側には安曇野、北アルプスの壮大な山々をいただき、その裾野にはいたるところに温泉が。

松本城。

安曇野のたおやかな風景。

安曇野にある「おひさま」(NHKの朝ドラマ)のロケ現場。

裏から見ると、このような姿。やや興ざめ。

安房峠は以前、雨の中自転車で登ったことがあります。

幸い、この日は好天に恵まれ、岳沢から西穂、前穂などの遠景を存分に楽しめました。

自転車ではなく、自動車で峠を登るのは堕落かもしれませんが、その堕落の悦楽を味わうのも、またよしとしました。

「長野県」という名称よりは、やっぱり「信州」のほうが好きですね。

長野県、岐阜県と行政区ではなく、信州・飛騨という名前の背後には、自然、民俗、歴史に彩られた奥深い物語があるかです。

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北里大学病院

2011年09月26日 | 講演放浪記

北里大学病院看護コラボレーションセンターからご招待いただき、「健康医療サービスイノベーションの新視点:コンピテンシー理論とクリニカルラダー」について講演させていただきました。

北里大学とは古庄看護部長の頃からのお付き合いです。(過去のブログ記事)そのころからTry&Errorをモットーにして、伝統を大切にしながらも革新に積極果敢に取り組むダイナミックな組織風土を持つ医療機関です。看護部のホームページも、とても素敵です。


(別府看護部長)

発展している病院には前向きなエネルギーの伊吹を感じます。北里大学病院は、①教育プログラムの開発 ②教育指導者の養成 ③横断的人事システムの構築 ④キャリアパスの構築を達成するために北里大学病院内にコラボレーションセンターを設置しています。医療サービス組織のHRMやサービスマネジメントの観点からも大変有意義かつ先端的な取り組みです。


(大教室満員の参加者)

北里大学病院は新病院を着工したばかりで、平成25年12月に竣工予定とのことです。新病院は総病床数う1,033床となるそうです。また次世代に向けた高度先進医療を担う特定機能病院として、地域の基幹病院として、集学的がん治療センター、周産母子成育医療センター、救命救急センターの重点整備事業を掲げています。


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四国松山にて

2011年06月16日 | 講演放浪記

<松山城>

出張で四国の松山へ行ってきました。愛媛大学医学部付属病院の田渕典子副院長・看護部長からの依頼で、愛媛県内の医療機関の看護部長や看護学校の教務主任の方々に対する講演です。100人くらいの熱心な方々にお集まりいただきました。

地方からの講演依頼は、日程を調整して必ず対応するようにしています。問題解決の手法、問題解決への道筋を世に示す者としては、講演はインプットでありアウトプットです。本や論文(ブログもそうかも)を読んでいただいた方々からの依頼がインプットです。

講演はインプットです。マーケティング概論のコミュニケーション・モデルのひとつAIDMAを使ってみれば次のようになります。

インプットになるまでのプロセスは、ある方が、松下が書いたモノなどをご覧になって、松下にちょっとした注意を払う(Attention)。そのなかで奇特な方は、さらに興味を持っていただく(Interest)。その中でもさらに奇特な方は、実際に話を聞きたいという欲求を持つにいたる(Desire)。そしてその欲求を忘れずに覚えていてくださる(Memory)。さらに、それらの方々の中から、本当に私に連絡をくださり、メールや電話で講演を依頼するという行動にまで結びつけてくださる(Action)。

たぶん、AIDMAに沿って、200人→100人→50人→10人→1人のように人数は減ってきます。だから講演依頼というのは、本当に貴重なインプットであり、御縁です。まさに「有り難い御縁」を感ぜざるを得ません。

講演はアウトプットです。ヨタ話や世間話ではなく、専門家である以上、自分が認めかつ依頼者も認めた専門領域について、オリジナリティのあるコンテンツを提供します。私の場合は、自分というコンテンツを通して問題解決の手法や道筋を、私の拙いお話をお聞きいただく方々に提供します。本、論文という媒体で書いてきたことのみならず、あまりたいしたことじゃありませんが、私という人間がいかに世の中に向き合ってきたのか、そういったことすべてが凝縮されます。

講演はなるほどアウトプットの場ですが、会場からの質問や意見には、ハッとさせられることがよくあります。講演はアウトプット性が強いのですが、Good questionsを得ることは実はインプットです。これらの質問や意見を謙虚に受けとめ、さらにそれらをベースにして、さらに新しい地平が拡がってゆきます。

私の講演は変わっていて、時としてフロアの皆さんを巻き込んで議論に発展することもあります。こうなってくると、講演の場は、一方通行ではなく、共創性(co-creation)に満ちたものになってゆきます。語り合って、場を共有して、新しいなにかがポッとそこに産み落とされて、そういったものをそこに居合わせた皆で分かち合う。一期一会(いちごいちえ)です。

   ◇   ◇   ◇

今回は、変化する生老病死パラダイムと、医療マネジメントの変化というテーマでお話をさせていただきました。

講演の後は、愛媛大学医学部付属病院の田渕さんと本間さんと道後の山の手ホテルで、今後の展望など意見交換をしながら、美味しい宴を共にさせていただきました。松山の地ビールを初めて頂きました。これがまた楽しい、愉しかった!

   ◇   ◇   ◇

せっかく講演で地方にお邪魔したら、なるべく時間をひねり出してでも、色々なモノゴトを観るのが楽しいですね。

翌日、道後のレンタサイクル屋さんで自転車を借りて(一日300円)、道後あたりから松山城、JR松山駅あたりまで、緑ゆたかな松山を自転車で散策しました。紹介いただいた市場で新鮮な野菜を少々求めてお土産にしました。


松山の街は、どこに行っても、モックン扮する凛々しい秋山真之の「坂の上の雲」のポスターが貼ってあります。松山という土地の人は、本当に郷土を誇りに感じ、次の時代に残してゆこうという静かな気概を持っていると思います。

司馬史観にはバイアスがかかっているだの、いろいろ言われますが、あの物語は物語として大好きです。民族として語り継いでゆくべき日本人の物語りです。

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「生」の現場の再デザイン

2011年01月24日 | 講演放浪記

<写真は日本助産師会事務局の山口幸子さんに撮ってもらいました>

日本助産師会にて講演。(その講演資料

このところ、健康医療サービス・イノベーションと人間の生老病死の関係についてツラツラと考えています。

赤ん坊を取り上げる、新しいいのちの誕生に現場で向き合っている方々は、本質的に明るいですね。この明るさが好きです。(こないだ友人が亡くなったばかりで、少なからず暗い昨今にあってはなおさらか)

生まれた時から老病死のプロセスは始まるのですが、そうしたことを丸呑みにして、やはり「生」は無条件に祝福されるべきことなのでしょう。

皆さんと昼食をいただきながら、90歳を過ぎても現役で活躍している産婆さんのお話を伺いました。臍帯血を常に浴びるために、彼女たちの腕や手は少女のようにツルンツルンだそうです。そして心身ともに大変健康な方々が多いそうです。

さて、アントレプレナーシップは、「生」の現場を再デザインする場としての助産師外来・院内助産所を立ち上げる助産師さんに強く求められています。起業家教育が、このような方面で活きてくるはうれしい限りです。

<以下貼り付け>

産科医師不足から出産難民や妊婦の緊急搬送困難など大きな社会的問題になっている昨今、正常経過をたどる妊産婦に対しては助産師が責任を持って支援する助産師外来や院内助産所の開設が社会から強く要請されています。

助産師外来や院内助産所の開設や円滑な運営には、助産師個人の助産技術の向上はもとより、院内の産科医師や他部署からの十分な理解を得て、連携体制を整え、支援してもらう組織作りが大切です。

そこで、助産師外来・院内助産所を「経営」という視点からとらえ、助産師外来・院内助産所を開設することは病院経営にどんな影響をもたらすのかについて、経営の専門家からお話をうかがいます。また、ワークショップでは効果的な病院経営につながる人員配置やケア提供の在り方を参加者とともに具体的に考えていきます。昨年度開講し、好評の研修です。

<以上貼り付け>

楽しい講演会でした。
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国際標準化、技術インテリジェンス、時局放談

2010年12月14日 | 講演放浪記
今日は藤沢にある(株)山武の技術開発本部によばれて講演。「技術インテリジェンスの動向:~日本では議論されないIT産業の競争の裏側」をお話させていただきました。

このところ、ヘルスケア系の講演が続いていたこともあり、技術経営系のテーマなので、講演させていただく立場としても新鮮です。

今年の夏あたりに日本規格協会でお話させていただいたおり、聴衆のおひとりが山武の技術開発本部の方で、是非ということで招待いただきました。

上場企業の記述開発本部レベルであっても技術インテリジェンス・リテラシーは限定的です。日本国家のMOT(技術経営)を再構築し、対米、対中国・亜細亜太平洋地域のビジネスを戦略的に有利に展開するためには、技術インテリジェンスの素養は必須です。

国際標準の現場はまさに、技術インテリジェンスの火花が散っている場です。ここをいかに押さえるのか、そこにいかにうまくポジションできるのかによって中長期的な企業群の位置づけは根本的に変わってきます。国家は市場に対して不介入などという自由主義的な言説はこの分野ではナンセンスです。むしろ、新しい産官学連携、そしてindustrial policyが要請されているのが国際標準化の領域です。

さて会場を一瞥すると、なんと大学の先輩のA川さんが鎮座しています。A川さんは自由奔放で無軌道な放浪系の自分とは異なり、秀才の誉れ高く、若くして既に山武の要職に就き、以来ご活躍です。

講演といっても、大学の講義とは異なり「時局放談」という趣旨だったので、インテリジェンスに端を発して、一党独裁国家中国の状況など尖閣事件の背後関係などまで話題は及びます。

講演が終わってからA川先輩と藤沢駅近くの飲み屋で一杯やりながら、近況やら昔話やらで話に花が咲きました。持つべきは面倒見がよく、腹を割って話せる先輩ということでしょうか。
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坂の上の雲~松山の愛媛大学医学部付属病院~

2010年12月06日 | 講演放浪記


松山や 秋より高き 天主閣

ちょっと前のことだが、10月20-21日、愛媛大学医学部付属病院から招待されて講演をさせていただいた。

松山は学生のころ、当時住んでいた大宮から、自転車で西日本一周をした時に訪れたことがある。九州の佐多岬を経て、九州を「8」の字に走ったから大分から四国の八幡浜までフェリーで渡り、そこからえっちらおっちら自転車を漕いで、数時間で松山だった。

寝袋で野宿しながらの自転車ツーリングだったので、各地の先輩や後輩の実家に転がり込むことが、なによりの楽しみだった。なにせ、たらふく飲み食いさせてもらって布団で寝れるのだ。

松山出身のI城先輩の家に転がり込み、たらふく飯を食べさせていただき、夜は道後温泉という天国のような2日間を過ごしたのだ。I城先輩のわけの分からないウンチクを聞きながら、坊っちゃん団子を頬張った。いい思い出だ。



           ***

当時は、しまなみ海道なんぞはなく、今回は仕事がてら、しまなみ海道を自転車で走ろうと画策。だが、低気圧通過で天気がよくなく、断腸の思いで自転車ツーリングはあきらめる。

そのかわりといったらなんだが、道後温泉につかり、子規記念博物館をたっぷり堪能。聞くところによると、昨今の観光客は「竜馬伝」の影響で、高知を巡ってから三坂峠を越えて、「坂の上の雲」の松山に来るというパターンが出来上がっているという。




子規記念博物館。

創造していたより、はるかに立派で大きな建物。

松山の人々がいかに、子規を誇りにしているかがひしひしと伝わっている。



I城先輩の風貌は子規になんとなく似ている・・・。

子規は、34歳の若さで、脊椎カリエスによって歩行の自由を奪われ、世を去ってしまったが、親友たちの、夏目漱石、河東碧梧桐、高浜虚子、伊藤左千夫、長塚節らは、子規の死という大きな悲しみを乗り越えて、子規の文学活動を継承し、近代文学界隈の発展にそれぞれの立場から貢献することになる。



この博物館の一階には、書籍コーナーがある。

漱石と子規は、明治22年、高等中学校の同級生として出会い,寄席通いをとおして親しくなった。その友情は終生変わることなく続いたそうだ。

漱石が批評を求めて子規に送った俳句と子規の添削を含め,その間に交わされた手紙を年代順に収録した記録が、『漱石・子規往復書簡集』だ。

これを読むとふたりが、いかに知的なやりとり(オタク的でもある)をしていたかが分かる。その話題は、自由闊達で奔放。

そんな知的奔放さの一端を、帰りの飛行機の中で堪能した。
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大阪から嵐山嵯峨野へ

2010年12月05日 | 講演放浪記
金曜の遅くに大阪へ。

土曜日の午前中、日本助産師会でお話させていただいた後、東北大学の佐藤喜根子先生、神奈川県立保健福祉大学の村上明美先生、ウパウパハウスの岡本登美子先生とお弁当を頂きながらしばし歓談。

伊達藩の時代から「山の神講」という相互扶助の共同体が300講ほど存続していて、その中には「若妻会」があり、出産後のケアや神社仏閣への参拝を相互扶助しながら行っているそうです。

特別な日があって、その日は旦那連中が食事を作り、子供を産んだ母親たちをもてなすそうです。

ほほえましい風習です。

ちなみに、山の神講以外にも、田の神講、水待神講、日待講や月待講など、自然信仰( 精霊信仰 )に基ずくものも日本全国にあります。また、氏神、産土や鎮守という、神道の系譜で祭祀集団もあります。神仏が習合している講も多数あります。無尽講は主として経済的目的の講です。

近年は活動がやや下降しているそうですが、市場原理によらない共同体的な相互扶助、信頼関係の絆が仙台周辺の地域にはあるそうです。Social capitalですね。

そういう地域にターゲットを絞って出生率、自殺率の変化を経年的に調べてみようか!?という話に花が咲きました。

                ***

いい天気。

当初の予定を変更して、在来線で京都へ。

そして山陰本線に乗り継いで嵐山嵯峨野へ。



大覚寺の北をかすめながら

小径は嵯峨野へ。



鬱蒼としながらも、

凛としたたたずまいの嵯峨野独特の竹林。



大河内傳次郎が映画で稼いだ資金の大半を費やして造営した大河内山荘。

移ろいやすい映像での自己表現ではなく、未来の果てまで残る山荘、庭園づくりに傳次郎の表現欲求は収斂していった。

いつ来てもこの庭はいい。

傳次郎のcreativityが庭園に表出され、forwardabilityに転写され横溢し、おとづれる人の五感を奥深いところで刺激してやまないのだ。

お抹茶をいただいてからお庭を歩く。

実はお抹茶には集中力や感受性を高める、ある種の向精神性的なサービス効果がある。庭を歩く前に抹茶をいただくというのは、forwardabilityを受け入れて庭園となにかを共創してゆくInitiationみなたいなものか。

飲んで歩くのは、夜の街だけの話ではない。抹茶を飲んで=いただいて庭園を歩く、というのは日本ならではのspiritualな文化。



裏を見せ

表を見せて

散るもみじ。



仁和寺の塔や、遠く比叡山の山並み。



夕暮れ時の渡月橋。

和歌のうら

芦辺の田鶴の鳴声に

夜わたる月の

影そさひしき
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