陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ウィリアム・ゴーイェン「白い雄鶏」 その2.

2013-02-22 23:41:40 | 翻訳

その2.

 一方、老人はどうかというと、自分の世話をしているマーシーをこまらせよう、マーシーのやり方に仕返しをしてやろう、と考えたうえで、実際にいやらしい顔をしていたり、わざと悪意をみせつけようとしていたのかどうかは、なんともいえなかった。確かに若い頃は――男というものがそうであるように――荒かった。いつだって飲んだくれていたし、酒場に入り浸り、ばくちに興じ、何かと困ったことになっていた。だがそれも、若くて血気盛んだったからだ。

とはいえ老人の顔には悪童を思わせるような皺が走っており、そのせいで表情はいたずらっぽく見えることもあれば、どこか深いところに、比類がないほどの優しさが秘められているようにも見えたのだった。

老人はマーシーのやっていることに、こっそりとまぎれこむ癖があった。ちょうどゾウムシがいつのまにか食べ物を入れた箱の中にまぎれこみ、中でもぞもぞと動き回っているように。また、マーシーに逆らうふうもあり、マーシーはいたるところでそれを感じた。老人はマーシーにつきまとい、悩ませてくるのだった。

食器棚にかがんでものを探していると、不意に背後から影がさしてくる。ああ、おじいちゃんにちがいない、そこにいるんだ、まるで幽霊みたいにあたしの脇腹にさわって、あたしを飛び上がらせて、悲鳴を上げさせようとしてるんだ。振り向くと、老人がすわっており、フクロウのような顔で、にやりと笑いかけてくるのだった。

もしかしたらおじいちゃんは、毎日、退屈なもんだから、なにか起こらないか、って思ってるのかもしれない。それとも自分の息子であるうちの人とあたしが、部屋でケンカしたことを覚えてるのかも。だってあの人はおじいちゃんを養老院には入れない、つまり、あたしもこの家も、おじいちゃんから解放してはくれない、って言うんだもの。

「あんたは一日中仕事で、あたしみたいにおじいちゃんと一緒にいるわけじゃないでしょ」とマーシーはよく愚痴をこぼした。

「おまけにあんたはおじいちゃんとずっといられるようなひとじゃないし」

そんなあれこれにくわえて、迷い鶏が一日の大半、しかも早朝からマーシーを悩ませる、とあっては、もはやマーシー・サミュエルズの手に負えることではなかった。家の内外で厄介ごとを抱えていたのである。

 ある朝、ミセス・サミュエルズが台所の窓から外に目を遣り、最初に見つけたのが、みすぼらしい鶏が白い体ですまして歩いている姿だった。見た瞬間、マーシーは、あのやかましい、おまけに花を掘り散らかした雄鶏だ、とわかった。それからすべてが始まったのだ。真っ先に、怒りに赤く染まった顔を窓から突き出し、唇をとがらせて、激しくシューッ! と脅した。白い雄鶏が気取った仕草で軽く跳ぶと、炎のような色のとさかは鋭く空を切り、一瞬ぱっとはためいた。それから元気いっぱいに咲き乱れるパンジーの花壇をつつき始める。とさかは両方で結わえた女の子の髪のように、ぴょこぴょこと揺れていた。

ミセス・サミュエルズの両手は、流しいっぱいになった朝食の皿のおかげでびしょぬれだったが、手をふくのもそこそこに、残りはエプロンでぬぐいながら、いそいで勝手口から飛び出した。今度こそあいつをつかまえてやる。つかまえたなら、あんなやつ、ひねりつぶしてやる。荒っぽい動作でドアから出ると、階段を下り、シュー! シュー! くたばれ、くたばれ! と毒づきながら、ものすごい勢いでパンジーの花壇に向かった。

庭にいる生きものにとっては、マーシー・サミュエルズの姿はとてつもなく恐ろしいものだったにちがいない。髪を振り乱し、息を荒げているせいで胸は大きく上下し、手を振り回していたのだから。

ところが雄鶏の方は、一向にあわてるようすもなかった。もう一度、軽くすばやくジャンプすると、空中に張り出したアンテナのようなくちばしで空を切り、しっかりと立った。黄色い蹴爪をタコのように広げて紫色のパンジーの花を踏みしだき、あたかもネコがネズミを押さえつけているかのように、地面にはりつけにしていた。それから鐘を鳴らすかのような、澄んだ音楽的なときの声を――ミセス・サミュエルズからすれば、この世のうちで何よりもおぞましい音を――ぼさぼさの喉をふりしぼってあげたのである。

 一羽のみすぼらしい雄鶏だった。スズメのようにやせこけ、白い羽は抜け落ち、つやなどかけらもない。とさかこそは立派だったが、色は悪く、たるみ、皺くちゃの手袋のように目に垂れ下がっていた。きっとあちこちの庭から追い立てられて、逃げてきたにちがいない。そうしているうちに羽は抜け落ち、疲れ果て、行き当たりばったりに見つけて、何であれ口に入れる物も、体に肉をつけるにはとても足りなかったのだろう。こいつは食べてもまずそうだ、と、鶏を追いかけまわしながらミセス・サミュエルズは思った。肉なんてちっともついてりゃしないんだから。

いずれにせよこの雄鶏は、食用の鶏ではなく、彼女を苦しめるためにハデスに遣わされた悪夢の中の雄鶏なのだ。にもかかわらず、こんなにも生き生きとしている。すばやく、荒々しく、強い。


(この項つづく)