その3.
ようやくマーシーは雄鶏目がけて石を投げた。それに驚いた雄鶏は、おびえた声をあげて飛び上がると、植え込みを越えて空き地へ降りた。サミュエルズ夫人はふみにじられたパンジーの花壇に駈けより、茎についた土を払って、なんとか元に戻そうとした。
もはや夫人の心の中では、ただの雄鶏ではなくなっていた。想像力は豊かだったし、もともとニワトリというものがいささか怖かったのである。それがいまでは、あの白い雄鶏は夫人の脳裏では、恐怖が実体化されたものとなっていた。というのも、あの雄鶏はどうやっても追い払うことができず、まさに不死身と思えたからだった。
あいつは何かに守られてる。なんだか、捕まえることができるのならやってみろ、って、挑発しているみたいだ。あいつに窓から靴をぶつけたって、はむかってきたりしないで、あたしに向かってぎょっとするような鳴き声をあげる。明け方、あたしがベッドでぬくぬくとまどろんでるときには、火事だ! とか、どこかで何かが爆発したような声を出すし。
お昼近く、洗濯ロープの前に立ったサミュエルズ夫人は、生け垣の向こうでドラン夫人が長い指をひらひらさせながら、チョウのような洗濯ばさみで洗濯物を留めているのに気がついた。
「うちのパンジーの花壇にいつもやってくる雄鶏、おたくのでしょう? ドランの奥さん」とマーシーは大きな声できいた。
「あら、マーシー、きっとそうだわ」とドラン夫人が答えた。
「クリスマスに食べようと思って、うちで二羽、飼ってたのよ。それがカゴを破って近所に逃げ出したのよ。うちのカールは簡単にあきらめちゃって。そこらへんの農夫みたいに、ニワトリを追いかけ回すことなんてしたくない、なんて言うのよ」
「あのね、雄鶏がうちにきて、荒らされるのがイヤなのよ。あたしが捕まえたら、返した方がいいかしら?」
「とんでもない。もしあんたが捕まえてくれたら、もう好きなようにしてくれていいわ。もうあんなニワトリ、いらないもの。もう一羽がどこへ行っちゃったか、神のみぞ知る、ね」
それからドラン夫人は、たらいから柔らかなよそ行きのガウンを取り出して広げると、洗濯ロープに肩の所で留めて、あたかも夫人の人型が着ているかのように、つり下げた。
サミュエルズ夫人は、この人ったら相も変わらず、万事において無頓着な人だわね、と思った。前にもクリスタルの盛り皿をネコが割ったのに、気にもしないで修繕してたっけ。
それを思うと、白い雄鶏に対する気持ちは、いよいよ凶暴なものになっていった。ようするにあの雄鶏は、やってしまっていいってことなんだわ、と、物干し場から戻りながら、自分に言い聞かせたのである。
首をひねってやる。ぐるぐるまわして、完全に首根っこを引っこ抜いてやるんだ――もしあたしたちがあいつを捕まえられたなら。やってやるんだ。あいつをつかまえて、檻の中に放り込んでやる。閉じこめるんだ、ワトソンが仕事から帰ってくるまで。帰ってきたら、閉じこめてやる。ワトソンがやってくれるだろう。あたしじゃなくて。
勝手口に着くころには、サミュエルズ夫人の決心はもうすっかり固まっていた。白い雄鶏をだましてやろう。そうやってつかまえて、それからワトソンが帰ってくるのを待つ。あいつの首をひねるのを。もしワトソンがほんとに、あたしのためにやってくれる勇気をふりしぼってくれたなら。
(この項つづく)
ようやくマーシーは雄鶏目がけて石を投げた。それに驚いた雄鶏は、おびえた声をあげて飛び上がると、植え込みを越えて空き地へ降りた。サミュエルズ夫人はふみにじられたパンジーの花壇に駈けより、茎についた土を払って、なんとか元に戻そうとした。
もはや夫人の心の中では、ただの雄鶏ではなくなっていた。想像力は豊かだったし、もともとニワトリというものがいささか怖かったのである。それがいまでは、あの白い雄鶏は夫人の脳裏では、恐怖が実体化されたものとなっていた。というのも、あの雄鶏はどうやっても追い払うことができず、まさに不死身と思えたからだった。
あいつは何かに守られてる。なんだか、捕まえることができるのならやってみろ、って、挑発しているみたいだ。あいつに窓から靴をぶつけたって、はむかってきたりしないで、あたしに向かってぎょっとするような鳴き声をあげる。明け方、あたしがベッドでぬくぬくとまどろんでるときには、火事だ! とか、どこかで何かが爆発したような声を出すし。
お昼近く、洗濯ロープの前に立ったサミュエルズ夫人は、生け垣の向こうでドラン夫人が長い指をひらひらさせながら、チョウのような洗濯ばさみで洗濯物を留めているのに気がついた。
「うちのパンジーの花壇にいつもやってくる雄鶏、おたくのでしょう? ドランの奥さん」とマーシーは大きな声できいた。
「あら、マーシー、きっとそうだわ」とドラン夫人が答えた。
「クリスマスに食べようと思って、うちで二羽、飼ってたのよ。それがカゴを破って近所に逃げ出したのよ。うちのカールは簡単にあきらめちゃって。そこらへんの農夫みたいに、ニワトリを追いかけ回すことなんてしたくない、なんて言うのよ」
「あのね、雄鶏がうちにきて、荒らされるのがイヤなのよ。あたしが捕まえたら、返した方がいいかしら?」
「とんでもない。もしあんたが捕まえてくれたら、もう好きなようにしてくれていいわ。もうあんなニワトリ、いらないもの。もう一羽がどこへ行っちゃったか、神のみぞ知る、ね」
それからドラン夫人は、たらいから柔らかなよそ行きのガウンを取り出して広げると、洗濯ロープに肩の所で留めて、あたかも夫人の人型が着ているかのように、つり下げた。
サミュエルズ夫人は、この人ったら相も変わらず、万事において無頓着な人だわね、と思った。前にもクリスタルの盛り皿をネコが割ったのに、気にもしないで修繕してたっけ。
それを思うと、白い雄鶏に対する気持ちは、いよいよ凶暴なものになっていった。ようするにあの雄鶏は、やってしまっていいってことなんだわ、と、物干し場から戻りながら、自分に言い聞かせたのである。
首をひねってやる。ぐるぐるまわして、完全に首根っこを引っこ抜いてやるんだ――もしあたしたちがあいつを捕まえられたなら。やってやるんだ。あいつをつかまえて、檻の中に放り込んでやる。閉じこめるんだ、ワトソンが仕事から帰ってくるまで。帰ってきたら、閉じこめてやる。ワトソンがやってくれるだろう。あたしじゃなくて。
勝手口に着くころには、サミュエルズ夫人の決心はもうすっかり固まっていた。白い雄鶏をだましてやろう。そうやってつかまえて、それからワトソンが帰ってくるのを待つ。あいつの首をひねるのを。もしワトソンがほんとに、あたしのためにやってくれる勇気をふりしぼってくれたなら。
(この項つづく)