陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

無人島からの手紙

2013-02-05 23:08:43 | weblog
『人魚とビスケット』という小説がある。

なんとなくロマンティックなタイトルでしょう?
原題は、"Sea-Wyf and Biscuit"、一般的な「人魚」を表す "mermaid" ではなく、 "sea-wyf" というめずらしい単語が使ってある。この語はオックスフォードにも載っていないのだが、本文中に「古い船乗りの言葉でマーメイドのことだ」と出てくるので、英語を母語とする人にとっても耳慣れない、どことなく神秘的な言葉ではあるまいか。

もうひとつの「ビスケット」、おそらくこれは「クッキー」というより、本文の流れからいって「乾パン」のことではないかと思うのだが、ともかく、この「人魚」と「ビスケット」、不思議な取り合わせの小説は、中味は救命ボートで延々と海を漂う「漂流小説」で、さほどロマンティックとはいえないのだが、すべりだしはとてもロマンティックなのである。

1951年3月7日、イギリスの新聞〈デイリー・テレグラフ〉の個人広告欄に、こんな三行広告が載る。

 人魚へ。とうとう帰り着いた。連絡を待つ。ビスケットより。

このビスケットから人魚への呼びかけは数度にわたって繰り返され、イギリス中の話題になるのだが、実はこの広告、実際に1951年の3月から5月にわたって掲載されたものなのである。現実にはこの広告にどのような背景があったのか定かではないのだが、作家ジェイムズ・スコットはたいそう好奇心をかき立てられ、一編の小説にしたてあげた。

1942年、日本軍の侵攻により、シンガポールが陥落する。その直前に、シンガポールに滞在していたヨーロッパ人は大挙して引き上げるのだが、引き揚げ船のひとつであるサン・フェリックス号が、日本軍の攻撃を受けて沈没してしまう。千人以上いた乗客もほとんどが犠牲となり、たった三人のイギリス人と船のパーサーであり混血の黒人、あわせて四人だけが生き残って、救命ボートでインド洋を漂流するのである。

四人はいつのまにか互いを名前ではなく、ビスケット、ブルドッグ、人魚、ナンバー4と呼び合うようになるのだが、苦しい漂流生活は14週間にも及ぶ。それから最後は殺人あり、どんでん返しあり、で、なかなかおもしろい展開になるのだが、この部分はやはりミステリということもあるので、ネタバレはしないでおこう。興味のある人はぜひご一読を。

ともかく、おもしろい小説なのだが、わたしはどうしても気になってしかたがないことがひとつあるのだ。

このなかに、一通の手紙が出てくる。実際、この手紙は鍵となるのだが、その手紙がどうやってロンドンに住むブルドッグの下に届くのか。

小説では、無人島に郵便箱があった、そうして(どのくらいの頻度かは定かではないけれど)ココナツやウミガメを捕りに来る船が、一緒に回収したのだ、という。そうやって9年の歳月を経て、その手紙が届いた……ということになっているのだが、果たしてそんなことがあるのだろうか。

無人島にポストがある?
そうして、何年かに一度、それを回収に来る?

ほんとうにこんなことがあったのだろうか、と思ってしまうのだが、この部分がフィクションだとしたら、あまりにご都合主義になってしまうので、逆に、ほんとうにそんな郵便船があったと考えたい。

それにしても、なんとも悠長な話である。9年経って届く手紙だなんて、びんに入れて流す手紙と大差ないではないか。

けれども、こうも考えるのだ。昔の人の時間の感覚というのは、そういうものだったのかもしれない、と。

そもそもの発端が、新聞広告なのである。

その昔、子供の頃、社会面の下に「キヨコ 連絡待つ 父」などという広告を見て、さまざまな妄想をかき立てられたようなおぼろげな記憶があるのだが、もしかしたらこれはわたしのものではなく、小説で読んだものだったのかもしれない。ともかく、音信が途絶えた相手に連絡するためには、昔はそんな方法しかなかったのだ。

相手がその新聞を目にするかどうかも定かではないまま。
それこそ、無人島のポストに手紙を投函するのと、どれほどの差があろうか。

けれども、逆に、そうしないではいられないほどの思いの強さというのも感じてしまう。なんとかして相手と連絡したい。その一縷の望みにすがろうとする気持ちは、一縷でしかないとわかっていても、必死のものだったろう。

考えてみれば、いまのわたしたちも、どれほど情報手段が発達しているとはいえ、音信が途絶えて久しい相手と、ふたたび連絡を取ろうと思っても、それほど簡単ではない。人に寄ればググって所属先やtwitterやfacebookなどの個人ページが見つかるケースもあるだろうが、見つからない場合だってあるだろう。

ただ、そうかといって、新聞広告を出すまでにはいたるまい。何年かかっても、どれほど待たなければならないとしても、連絡を待つ。そんな気持ちの強度は、なかなか持ててはいないような気がする。