伊岡瞬著『奔流の海』(2022年1月30日文藝春秋発行)を読む
1968年、静岡県千里見町に近づく台風は、五十年に一度とも百年に一度とも言われる豪雨をもたらしていた。住んでいるところが危険区域に指定された有村一家は、小さい赤ん坊がいることもあり、親戚の家に避難を決めるが……。
それから20年後、千里見町で『清風館』という旅館を営む清田母娘の前に、坂井裕二と名乗る大学生が現れる。坂井は約一年ぶりの客だった。
『清風館』の主だった清田勝正は、一年前に交通事故で亡くなり、そのため旅館も開店休業状態だったのだ。娘の千遥は母と二人暮らしをしていたが、それは父が急死したためだった。東京の大学に合格していたが、上京して母を一人にするのがためらわれたのだった.
そこに現れたのが坂井裕二で、彼の存在が千遥の大学進学への思いを後押しすることになる。また裕二は過去に何か事情があったらしく、その謎に千遥は惹きつけられていく。
裕二の過去には何があったのか? 千里見町の20年前の豪雨がもたらしたものとは? 濁流に押し流される人間の運命が慟哭を呼ぶ、愛と哀しみの青春ミステリー。
序章:1968年、静岡県千里見町の有村友弘・昭代は激しい豪雨の中、乳児の皓広(あきひろ)を連れて車で避難するが、国道は崖崩れで進めず、土砂の山を登るはめに陥る。このことが後々の深い秘密を生み出す。
次の話は1988年に飛ぶ。清田千遥(ちはる)は、千里見町で旅館・清風館を営む父を交通事故で亡くした母・智恵子を心配して、東京の大学を休学して、休業状態の実家に戻っていた。1年ぶりの客・坂井裕二20歳は東京の大学で地質学を学んでいてゼミの研究でこの地を訪れたという。
小学一年の頃から父親の清一に何回も「当たり屋」を強いられていた津村裕二はケガが絶えなかった。死ななかったのはやさしい母・時枝が持たせてくれたお守りのせいだと裕二は信じていた。三年生になる直前に父に押されて大きな事故となって入院したが、母は見舞いに来なかった。
母に帰って来てもらうためとだまされた裕二は車に飛び込み、はねた弁護士の倉持に大金をせしめた父は豪遊のあげく死んだ。裕二は倉持の知人で独身の坂井隆に引き取られ、やがて養子になる。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
読んでいて登場人物が分からなくなるので、ダラダラと前半をメモしたが、このあたりまでは内容は色々あっても、語り口は淡々として特に面白くはない。
しかし、坂井隆が裕二の前に引き取ったが養子にしなかったひねくれ者の矢木沢了、千遥の裕二への淡い思い、裕二にちょっかいを出す謎の大橋香菜子など話が面白くなり、坂井隆の正体、裕二の実の両親の謎が底流にあり、ミステリー性も高まる。
裕二の趣味として天体観察の話が詳しく語られる。小さいころ天文学者になりたかった著者が楽しんで書いているので私も興味を持った。「夏の夜空で一番明るい恒星・織り姫星、別名ベガ。今から12千年語には地軸がぶれた地球の新しい北極星となる運命が決まっている星」