hiyamizu's blog

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ロジーナ・ハリソン『おだまりローズ』を読む

2015年11月24日 | 読書2

 

 

ロジーナ・ハリソン著、監修新井潤美、訳新井雅代『おだまりローズ 子爵婦人付きメイドの回想』(2014年8月25日、白水社発行)を読んだ。

 

大富豪のアスター子爵夫人は才色兼備な社交界の花形で英国初の女性下院議員、そして非常にエキセントリック。 「おだまり、ローズ」を連発するパワフルで毒舌家の奥様と、何かというと“使用人の分をわきまえて”などと書いているわりに、奥様にがんがん口答えしたり皮肉を言ったりする口八丁手八丁のメイドの35年間のバトル。

1899年生まれ著者のロジーナ・ハリソン(ローズ)は当時の庶民には不可能だった旅行をするという夢があった。ローズの一家はヨークシャー近郊の小さな村にあり、懸命に働き、ローズは貧しいが幸せな子供時代を過ごす。母がお屋敷の大量の洗濯物を洗い仕上げたり、鳥や兎の猟をしたり、庶民の働きぶりが詳しく語られる。

洗濯メイドの母親は「お屋敷の女主人付きメイド」になれば、お供で旅行ができると教える。ローズは令嬢付きメイドでスタートし、女主人付きメイドにキャリアアップして、アスター家へ移ってくる。

 ウィリアム・ウォルド―フはアメリカの大富豪で、子爵の位を金で買ってイギリスへ移ってきた。長男ウォルド―フはイートン校からオックスフォード大学に進み、イギリス紳士として育った。しかし、彼はアメリカの大金持ちの娘で離婚歴のあるナンシーと結婚した。才色兼備のナンシーは子爵夫人・レディー・アスターとなり、内外の王族・文人・政治家と深く交流し、イギリス初の女性下院議員になる。一方、気まぐれで厳しい性格なためメイドが居つかない女主人だった。

 

アスター家は複数の屋敷、別荘、農場などを持ち、使用人は100人以上。毎週、数百人の客を迎えるパーティを主催し、シーズンごとに住む家を変え、大量の荷物を抱えて長期の旅行に出かける。

 ローズは主人にも臆せず物を言う性格を気に入られ、レディー・アスターが亡くなるまで35年間も生活を共にする。主人と使用人の関係を超えた信頼関係のなか、第二次大戦中の大空襲や戦後の社会変動を乗り越えていく。そして、世界各地を主人レディー・アスターとともにお金持ち旅行して、夢を実現する。

 

 

何といっても、奥様とローズの厳しいやりとりが面白い。

 

(奥様は)高価な装身具をつけるのが大好きで、わたしの好みから言うと、たくさんつけすぎることもしょっちゅうでした。くるりと向き直って「どうかしら、ローズ?」とおっしゃる奥様に、わたしは「おや、それっぽっちでよろしいんですか、奥様?」と応じ、毎度おなじみの「おだまり、ローズ!」のひとことをちょうだいしたものです。

 

奥様がよく服装を褒められていたことは知っていますが、・・・、奥様の口からそれがわたくしに伝わることはありませんでした。せいぜい一度こうおっしゃったことがある程度です。「レディ・だれそれが、どうすれば襟とカフスをこんなにきれいにしておけるのか知りたいとおっしゃっていたわよ、ローズ」

わたしは少々つっけんどんにならずにはいられませんでした。「洗濯することです、と申し上げてください、奥様」

 

米国旅行中、奥様が高級デパートをのぞきに行くと言い出した。

「もう帽子はお買いにならないでくださいよ、奥様」わたしは申し上げました。「荷造りはすんでいますし、帽子用の箱はどれもいっぱいですから」・・・奥様はわたしの言葉を挑戦と受け取ったに違いありません。戻ってきたときには案の定、買い物包みをどっさり抱えていました。・・・

「だってローズ、どうしても買わずにいられなかったのよ」と奥様。どうせならそのあとに、「おまえにあんなこと言われてはね」とつけ加えるべきでした。そういう意味でおっしゃったのですから。

 

奥様はご自分の理想どおりのお付きメイドを求めていて、そのためにはまずわたしをたたきつぶし、それからご自分の好みに合わせて作り直せばいいと思っていたのです。

 

奥様もわたしも、いまさら性格を変えられるわけがありません。そこでわたしは奥様とのあいだできわどい場面を作りだし、戦いのルールを決めたのです。それは意地と意地、知恵と知恵のぶつかりあいになるはずで、わたしはつねに気を強く持ち、頭の冴えた状態を保っておく必要がありました。

「歳月とともに、わたしたちの関係もしだいに角がとれ、激しいいさかいは言葉による小競り合いめいたものに変わりました。当時は知らなかったのですが、どうやらわたしたちの口論は、使用人だけでなくご家族にも笑いと話題を提供していたようです。ずいぶんあとになって聞いたところによれば、わたしたちが揉めていると、(旦那様の)アスター卿はご自分の化粧室に行って聞き耳を立て、大笑いされていたとか。・・・わたしがレディ・アスターを理解し、上手にお仕えしていくための鍵を見つけたことです。奥様はへいこらされるのがお嫌いで、いわゆるイエスマンをお好きではありませんでした。

 

 

アスター家のお屋敷「クリヴデン」を取り仕切る名執事のリー氏も、奥様に理不尽な要求をされ、仕事ぶりをまったく評価してもらえず、一カ月後にお暇をいただくつもりだと奥様に告げたことがある。

奥様は一瞬にしてご自分が直面している危機に気づきました。「だったら辞めたあとの行き先を教えてちょうだい。わたしもいっしょに行くから」そのひとことが事態にけりをつけました。二人はたちまち笑い転げ、リー氏はもちろんアスター家にとどまったのです。

 

 

奥様が赤狩りで有名なマッカーシー上院議員に対する人身攻撃をしたのは、このときです。奥様はこの席でマッカーシー議員に紹介されました。・・・
「何を飲んでいらっしゃるの?」と奥様。
「ウィスキーですよ」とマッカーシー。
「毒ならよかったのに」奥様は高らかに言い放ちました。周囲の人々全員の耳に届くように。

 

 

私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

 

ともかく面白い。奥様とローズのバトルがなによりも秀逸だ。舞台の上での名演技を見ているような気がする。最初に庶民の暮らしぶりが書かれ、その後に上流社会の実状、考え方が手に取るように描かれる。

353ページと大部だが、歴史が激しく動いている中での、落ち込んでいく貴族社会の話で、バーナード・ショー、チャーチルなども登場し、背景も含めて興味をつなぎとめていく。

 

 

 

ロジーナ・ハリソン Rosina Harrison

1899年、イギリス、ヨークシャーに石工の父と洗濯メイドの母の長女として生まれる。

1918年、18歳でお屋敷の令嬢付きメイドとしてキャリアとスタート。

1928年、アスター子爵家の令嬢付きメイドとなり、同年、子爵夫人ナンシー付きメイドに昇格する。

以後35年にわたってアスター家に仕えた。

1975年に本書を刊行。1989年没。

 

 

新井潤美(あらい・めぐみ)

1961年、東京生まれ。子供時代の多くを英国で過ごし、高校を卒業後、帰国。

1984年、国際基督教大学教養学部人文科学科卒

1990年、東京大学大学院博士課程満期退学、上智大学文学部教授

訳書:『執事とメイドの裏表』『階級にとりつかれた人びと 英国ミドルクラスの生活と意見』など

 

 

新井雅代(あらい・まさよ)

津田塾大学学芸学部国際関係学科卒

訳書:『オークションこそわが人生』『古代ギリシャ 11の都市が語る歴史』

 

 

 

 

目次
アスター家の使用人 1928
はじめに
1 子供時代
2 いざお屋敷奉公に
3 アスター家との出会い
4 レディ・アスターとわたしの仕事
5 わたしが仕事になじむまで
6 おもてなしは盛大に
7 アスター家の人々
8 戦時中の一家族
9 叶えられた念願
10 宗教と政治
11 最後の数年間
解説 カントリー・ハウスの盛衰が生んだドラマ 新井潤美
訳者あとがき

原題 Rose: My Life in Service

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