hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

アリス・マンロー『イラクサ』を読む

2014年08月07日 | 読書2

アリス・マンロー著、小竹由美子訳『イラクサ』(新潮クレスト・ブックス、2006年3月新潮社発行)を読んだ。

カナダの田舎町の日常のささいな出来事を地道に描き続け、短編の女王と呼ばれ、2013年のノーベル文学賞を受賞したアリス・マンローの九編の短編集だ。


「恋占い」
そばかす顔の縮れ毛の女が大量の家具を列車に送りたいと田舎の駅にやってくる。細かい描写が積み重ねられるだけに何故という疑問がふくらんでいく。・・・孤独な未婚の家政婦が少女たちの偽のラブレターに乗って、結局それが・・・。

「浮橋」
ガンになった42歳の女性が自分を世話してくれる女の子の家に夫と行く。自宅に帰りたいという女性を無視して夫は家に入ってビールを飲んでくつろいでいる。女性は、その家の青年とドライブし、沼の浮橋の上で・・・。

「家に伝わる家具」
私の家は地方の小さな町にあり、両親もパーティーなどに出席するような生活はしていなかった。ただ、新聞の寄稿者へのコメントを執筆しているアルフリーダが、ときどき我が家にやってきて機知にあふれる会話を残していった。
やがて私は奨学金を得て、大学のある都市に移った。そこに住んでいたアルフリーダを訪ねると、家は両親から引き継いだ家具であふれていた。母の最期の時の話で、彼女はせせら笑い「自分をなんだと思っていたんだろうね。母さんはきっとあたしにあいたがっているよ」・・・私はこれらの言葉を頭の中で捕まえたような気がした。このフレーズを組み込んだ物語を私が書くには何年もあとだったが。

「なぐさめ」
進化論を教える合理的な高校教員のルイスは、熱狂的キリスト教を信じる生徒、親とトラブルになり辞職する。そして、筋肉委縮性側索硬化症となり、自殺してしまう。葬式を強要する葬儀屋、校長、友人に妻ニナは、夫は火葬だけを望んでいたと拒否する。やっと見つけたルイスの遺書には・・・。

「イラクサ」
田舎の農場に住む8歳の私は、井戸を掘る仕事で各地を移動する父と一緒にやってきた9歳のマイクと野原でいろいろ楽しく遊ぶ。30年後離婚した私は、マイクと偶然巡り合う。ゴルフ場でデートをすることになるが、マイクは苦渋の過去を語る。

「ポスト・アンド・ビーム」
ローナの夫ブレンダンは大学教師で、ライオネルは数学に優れた彼の学生だった。ローナに週一回ほどライオネルから詩が届く。「ローナは結婚を大きな変化として受け入れたが、それが最後の変化だとは思ってはいなかったのだ。こうなると、ローナにも誰にでも予測のつくこれ、今までどおり生活していくことしかない。それがローナの幸せなのだ。それこそローナが取引したものだ。」

「記憶に残っていること」
メリエルとピエールは夫婦で、バンクーバー島からフェリーに乗り、彼の親友ジョナスのバンクーバーでの葬儀に出席する。帰り道、夫と別れ知人を訪問する彼女を、出席していた医者・アシャーが送ってくれた。家へ戻る途中、「どこかほかへ連れてって」と彼女はつぶやく。・・・家へ戻るフェリー乗り場でさよならのキスをしようとするメリエルに、アシャーは「だめだ」「そういうことはしない」と言った。さっきはしたのに。
「メリエルの結婚はほんとうに持ちこたえた――あれから30年以上も、ピエールが死ぬまで。」「今やメリエルは彼(アシャー)のことを日常の煙幕のなかで見られるようになった、まるで夫だったように。」

「クィーニー」
父が結婚したベットの連れ子クィーニーはヴォギラ先生と結婚した。パーティーで残ったケーキをどうしたかで二人は大もめする。

「クマが山を越えてきた」
長年連れ添った70歳の妻フィオーナが認知症になり、夫グラントを施設に入れる。過去浮気したこともあるグラントだが、妻が施設に入っている老人オーブリーと親密にしているのが気になってしかたがない。しかし、オーブリーが自宅に帰るとフィオーナはすっかり元気をなくし、身体も弱っていく。グラントは、フィオーナのために彼の自宅を訪ね、再び施設に入れてくれないか妻に依頼する。・・・話の最後は、一瞬記憶を取り戻した妻は、やさしくグラントの頭を抱きしめる。オーブリーのことは思い出せないという。


私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

久しぶりに“小説”を読んだという感じだ。評にあるように、短編だが、きっちり完成されていて長編を読んだ気持ちになる。密度が濃いので、スイスイ読んでいくと、あれ!とわからなくなることがあり、決してわかりにくいのではないが、丁寧な読み方が必要なのが唯一の欠点かも。

幸せな新婚生活が、ケーキの行方不明というごく小さな出来事で、なにかがズレてくる。ごく普通のちょっとした出来事が分岐点になってその後の運命が大きく変わっていく。内包されていたひずみが、ちょっとした出来事で地震のように外に出て来たという感じだ。

個人的には、「ティム・ホートンの店でコーヒーとドーナッツを楽しんだ」「チュアリフトに乗ってグラウス・マウンテンの頂上にも行った」「スタンリー公園」「ライオンズゲート・ブリッジ」「プロスペクト岬」「キツラノ」などバンクーバーのなつかしい地名が出てくるのがうれしい。


アリス・マンロー(Alice Ann Munro)
1931年生まれ。カナダ人の作家。短篇小説の名手で、2013年ノーベル文学賞受賞。
オンタリオ州の町ウィンガムの出身。ウェスタンオンタリオ大学にて英文学を専攻。1951年に結婚。大学を中退し、図書館勤務や書店経営を経験しつつ執筆活動をはじめ、初の短篇集 Dance of the Happy Shades(1968年)がカナダの総督文学賞を受賞する。
その後もカナダの一地方を舞台とする作品を発表し続け、アメリカの雑誌「ニューヨーカー」にも作品が掲載され、国外での評価もすすむ。やがて全米批評家協会賞をはじめW・H・スミス賞、ペン・マラマッド賞、オー・ヘンリー賞など多くの文学賞を受賞し、2005年には、「タイム」誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれた。2009年に国際ブッカー賞を、2013年にノーベル文学賞を受賞した。
2013年6月には執筆生活からの引退を表明した。

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