母が亡くなって18年になった。
私は若かったし、失聴していたときだったし、
末期癌で「生きててもしようがない」と泣き伏す母とともに泣くしかできなかった。
それでも、残された手紙には家族のことや、聞こえない私を気遣う言葉が綴られていた。
あと3年たてば、その母の年になる。
今から3年の命だとしたら、私は何をしたいだろうか。
家族はまあ、なんとかちゃんと生きてゆくだろうし、
人のことに頓着しないのと、自分の好きなように生きてきたからか、
これだけはやっておきたいとか、このことが心残りだとかいうことが思いつかない。
しいて言うならば、モノを整理しておかないと、後の者が困るだろうなというくらいか。
あの日も降りそうで降らずの蒸し暑い日だった。
今日は母の命日。
父がこしらえた百日草入りのお供え花を持ってお墓参りに行った。
私は両方とももういませんで。
自分の年からいったら当然かもしれないけどね。
母は私が次女を産んだ3日後に心臓が原因でなくなってまして、みんながもう大丈夫かなと言う日まで私に黙ってたんですよ。
親の死に目に会えないという親不孝をしてしまいました。
こんなアングルでの撮影は不可能でしたが、この花は立派な栽培ですね。
今までならばみんな同じに見えたでしょうが、ブログを始めて
花の写真を撮るようになってからは、見る眼が変化した事は事実です。
それだけに、師匠やお父様の寂しさがひしひしと伝わってくる「百日草」です。
自分がその年回りにならないと、実感できないことってありますよね~。
父の年は14歳越えました。あと3年で母の年になります。「家族はまあ・・」以下のところ全く同じです。
残された手紙・・宝物ですね。
父と一緒に荷物を整理しました。
懐かしい香の匂いがして、
彼女の生前を偲びました・・・・
でも!小さくて荷物も少ないと思っていたのに
ものすごく時間はかかりました・・・
今私が死んだら、後に残った人は大変です。
それでなくても荷物が多いのに
カメラ関係のものが、ドッと増えてる
どないしましょう??
ひらりんさんのお気持ちを思うと。
そして自分に置き換えて、今現実に
その様な状態のわたしですので。
両親は10年ほど前に他界したのですが、
いま妹が末期になり、若いのに苦しんでいるのです。
どうしようもない日が続いています。
一寸吐露させていただきました。
ごめんなさい。
親の死に目にあうことができたら、とりあえず、それだけでも良しとすべきかもしれませんね。
■宿六さん■
じつは…
この花は、父が育てたのではなくて、ウチの菜園のよその畑地にあったものです。
たまたま色も形もおなじだったので、拝借。
夏場の仏花はほぼ父の咲かせたもので間に合います。
私の花好きは父譲りですね。
■横浜のおーちゃん■
母の年を越えるということは、以後は、母の姿のほうが若いってことです。
自分ばかり年取ってく~
と、かなり長生きする気になってる私。
■きょんちさん■
でもね、今までの手作り趣味関係のの雑多なモノを思えば、デジカメってかなりモノ少なめだと思う。PCやCD以外はレンズとカメラくらいなもんだし。
■koiredawaさん■
私にとってはもう昔のことですから、思い出すくらいなもん。
私はこらえ性がないし、ツライことからは逃げるか見て見ぬフリしてしまって、向き合うだけの覚悟がなく、みんな、どうしてあんなに強くがんばれるのだろうかと…
誰しもどこかで同じような経験をしているんだから、何とか乗り切っていこうかと思うばかりです。
どうぞ、できるだけのことをしてあげて下さい。
まだ当方は健在、田舎に両親二人ですんでいます。しかし父85歳、母77歳
健在なのは幸せ、いつまでもと盆と正月
しか帰らない息子、考えてしまいました。
申し訳ない気持ちになってしまいました。
今日の花・・格別に美しく拝見しました。
花びらの一つ一つにひらりんさんの深い想いが重なって見えます。
ウチみたいに電車で20分でも、年に数回しか顔を出しません。
元気なことをいいことにして、ですね。
■ikukoさん■
平均寿命を20年ほど残し、国民年金ももらえなかったですね。
私はせめて、年金で元を取ってから…と。