Afternoon Avenue 25 (by hide_boo)

Perfumeと乃木坂46、IZ*ONEなどのアイドルやクルマやバイク、好きなものついて、だらだら綴ります。

THE NEXT GENERATION-パトレイバー- VOL.1 / 押井 守

2014-07-31 18:22:46 | Weblog

1980年代後半にアニメーションで製作された「機動警察パトレイバー」がなんと実写版でリニューアルされた。「THE NEXT GENERATION -パトレイバー-」というタイトルで。それも当初のアニメーションのリリースと同様に30分前後のエピソードを連作リリースしている。

 

アニメーションから連続した世界で、すでにレイバーそのものが衰退しているというシニカルな設定。登場人物はアニメーションの第1世代に対して第3世代となりながら、各キャラクターはアニメーション作品のものをなぞっていて、別人ではあるがキャラクターはほぼ一緒、でも実写版では役者が演じるわけでアニメキャラそのままの再現をイメージされないようにとも取れる。

 

とはいえ、主人公たる泉野 明役の真野恵里菜、塩原 佑馬役の福士 誠治などはアニメの泉 野明、篠原 遊馬のイメージにかなり近く、ほとんど違和感なく実写版の世界に入っていけた。

 

疎まれた正義の味方。いざというときがなかなか訪れない待機だけの日々。アニメ時代となんら変わらない特車2課がエピソード0、エピソード1では描かれている。第1小隊がなくなっているだけ環境は苛酷になっているが。

 

今はまだエピソードや演出については今後の連作を見て記したい。それからなんといっても整備班班長シバシゲオ役の千葉 繁さん!!年齢を重ねても芸風は変わらずマシンガントークは健在だ。そして「地獄の番犬ケルベロス」でガンアクションが印象的な藤木 義勝さんがその巨体で整備班のサブリーダーを好演しているのが嬉しかった。

 

レンタルですが、どんどん観ますよ、パトレイバー。うなれ押井節!!

 

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EOS kiss X7 / CANON

2014-07-30 23:03:20 | Weblog

 

とうとう購入してしまったデジタル一眼レフカメラ。それもNIKONではなくCANON!!。フィルムカメラはNIKONを3台使ってきたから、宗旨変えかいな?と揶揄されてもいたしかたない。EOS kiss X7、まずはファーストインプレッションと購入経緯について。

 

先日、高崎~水上間を走るSLみなかみ、それもD51に乗る機会があり、せっかくだからカメラも今までのパナソニックFZ18とIXY30Sのコンデジ組み合わせだけではなく、ちゃんとした一眼を買いたい、と我が家の財務大臣である家内からの提案があり、ちょっと衝動買いの気もあったが、気が変わらないうちにとすぐさま買いに行った。

 

当初はニコンのD3300を購入する方針で、基本性能についてはフィルム一眼のNIKON F70との比較を交えて家内に説明し下準備をした上でカメラ屋さんへ。まずD3300をハンドリングして本体410gという軽さを実感し、家内もまずは好感触。しかし、隣にあったEOS kissを手に取りファインダーをのぞいた瞬間、あれこっちのが明るいという家内の声。私ものぞいてみると、F値と倍率の同じズームレンズをつけたD3300よりもEOSkissの方が確かに明るい。スペックを見るとファインダーの視野率は95%と同じだが倍率は3300の0.85倍に対してKISSの0.87倍とほんの少し良い。もちろんミラーやレンズの仕上げ方による違いの方が大きいと思うが、ファインダーの明るさって少しでも撮影対象を捉える上でとても重要だと思っていたので、NIKON派だった私はちょっとショック。

 

他のスペックでは画素数や連写速度などはD3300の方が2400万画素に秒あたり5コマと上で、加えて上級機と同じにローパスフィルターレスで解像性能を向上させた最新スペックなのだ。それに対して、EOSkissX7は1800万画素、連写秒あたり4コマと劣っているのだが、本体重量は370gと軽く、今回の購入目的である旅行用カメラとしては一番重要なスペックは優れていた。ちなみに去年運動会で使ったフィルム一眼のF70は秒あたり3.7コマだったので、秒4コマあれば昨年同様の連写が出来る上にフィルムの36枚制限を気にする必要がなくなる。

 

フィルムカメラ時代のNIKONのレンズがあるとはいえ、製造年代が古く、最新のデジタル一眼で光学性能やAF機能が使えるのかは分からないし、こだわるほどの問題ではない。ファインダーが明るくて、軽くてハンドリングしやすい、これで決めてしまっても良いと思えたのだ。

 

価格的にも、D3300の価格に対して、ダブルズームキットにフィルターと予備バッテリーにSDHC32GBSDカードまでつけてトントンだったという予算的な優位もあり、購入決定。

 

キットレンズの内、18-55mmのズームについては、手ぶれ防止もありステッピングモーターなるものが内蔵されていて、AF音などが静か。旅行中もほとんどこのレンズで大概のものは撮影できた。まあ、フィルム時代に愛用していたタムロンの17mm-250mmズームを追加購入したいところだが、SL撮影や家族のポートレートには十分だった。コンデジでは厳しかった背景のボケ加減も格別。そして軽さは旅行中機動性、携帯性の面でほんとに重要な性能だ。バックパックからさっと取り出せてすぐに撮影に入れるし、ストラップで首からぶらさげてても、さほど重量を感じない。これで一眼なのだから、恐れ入る。

 

NIKONのD3300も2400万という画素数はA3以上のサイズのプリントには優位であり、そのニーズがあればNIKONを選ぶべきだと思うが、A4以下であれば1800万画素でも十分であり、機動性の高さでKISS X7を選ぶのも十分有りだと思う。

 

専門誌ではEOS Kiss X7の画質は最近のミラーレス一眼と比較されると決してアドバンテージはもってはいない。だが、CANONらしい自然な人肌の色合いなどはIXY30Sとも共通したもので、私の眼には非常に綺麗に写る。納得できる画質と機動性を備えるカメラ、EOS KissX7は悪くない。

 

実は同じシリーズにX7iという機種があり、本来はこちらがEOSKissシリーズの本命版だった。しかし液晶画面のバリアングル化など高機能と引き換えに特徴であった軽量さが失われた為、このX7が作られたという経過があるらしい。つまりはメーカーのモデル展開の意図に素直にのっかってしまっているのが少し嫌な気もするが、はい、その通りに選びましたと言わざるを得ないだろう。

 

蛇足だが、2日間の旅行で750枚撮影したが、予備電池は不要でまだまだ撮影できそうなくらい余力があった。(但しファインダー撮影が中心だが)これは驚きの省エネ性能だ。

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湾岸MIDNIGHT / 楠みちはる

2014-07-28 23:06:16 | Weblog

湾岸ミッドナイト、1990年頃から連載された改造(チューニング)及びカーバトル漫画で単行本は42巻まで刊行されている。先にネガというか、気になる部分を言ってしまうと登場人物の年齢などは連載当時からほとんど変わらないサザエさん状態なのに、クルマの情報や業界背景はエピソードごとにアップデートされている点。

 

例えば、はじめは主人公アサクラアキオが乗る初期型フェアレディZ(S30Z)の対抗馬としてスカイラインGT-RはBNR32という形式だったのに、エピソードを経るごとにR33、R34、ついにはGT-Rの一端生産終了までライバルカーとして登場しながら、その間アキオはダブリの高3のままなのだ。R32からR34まで軽く10年以上経過しているのに、だ。

 

しかし、各エピソードにハマってしまうとそんな矛盾も気にならなくなる。当初は誰が速いのか、どうしたら速くなるのか、というテーマだったのが、チューニング(改造)車を走らせることの違法性、又、首都高最速でありつづける意味、といった哲学や、アキオのZやブラックバードのポルシェ(Zの最大のライバルである島 達也の駆るポルシェ964ターボ)と走り合うライバルの人生がバトルをきっかけに自分自身を見つめ直していくドラマへと成長・成熟していき、すべてを犠牲にして走り続けるアキオの姿に感動さえ覚えていく。

 

セリフは作者得意のちょい古なチャラさがベースなのに、語られる内容はすごく重たくて、それこそ生きていくヒントみたいなものに溢れている。

 

主人公たちは、月並みな幸せを捨てて(というより顧みずに)走り続ける環境を維持していく。人と同じでなくていい、自分が望む走りを追求することに生活の全てを賭けている。自分は結婚して子供が出来たのを機にバイクから降りた。子供が育ったらまた乗れるだろうとタカをくくっていたがそんなに甘くない。サラリーマンにはバイクを購入して維持するだけの費用は小遣いでは無理だ。つまり家庭の幸せなんてものをアキオたちは求めていない。Zやポルシェを愛し、走り続けること、首都高最速であることを幸せとしている。世間に理解されようとは思っていない。ただ同じ世界にいる人間にだけわかってもらえればいい。そんな達観がある。

 

コミックスという虚構の世界だからそんなことができる、とは思わない。やはり自分の夢を追い求め続け、いわゆる小市民的な幸福など顧みずに生き続けている人々が存在する。それをただの世間知らずと揶揄するのか、その覚悟をリスペクトするのか、自分自身やっかみと尊敬の念とが混在してしまうのだが、価値観としてそういう生き方があってもよい、と認められる器が自分にあるのか、を問われているような気がするのだ。

 

今、スカイラインの名がとれたNISSAN GT-Rはコミックスの世界のチューンドカーと同じレベルのパワーを市販車で実現してみせた。しかし、そんなGT-Rとは違ってファエアレディZは日産が北米での販路を切り開くために、安い部品でスポーツカーの形をしたものとして作られたモデルらしい。そんなクルマを愛し、チューンナップしてそれこそポルシェやフェラーリと同等に走らせようとする、クルマ好きの熱さとずっとその熱さで走り続けることの深さ、尊さを教えてくれる作品だ。

 

 

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step by step

2014-07-21 10:36:27 | Weblog

いつのまにか、このブログを書き始めて1年が経過した。前回までで72本。ただ、好きだっていう気持ちだけで、だらだらまとまらない記事をよく書いたものだ。

 

最初は書きたいことがたくさんあった。ただ書きたかったことを書いてしまうと「ネタ」が無くなる。更新のスパンが長くなり、いつか自然消滅。っていうのが自分のパターンなのだが、このブログだけはなぜか1年”も”続いている。もし根気よくこのブログを読み続けていただいた寛大な方にはもうご理解いただけると思うが、いままでクルマとバイクとCDとPC関連とカメラとテレビドラマくらい、なんとテーマの幅が狭いものだ。

 

基本、中傷することなく、自分で実際に見て乗って使って聴いたものについて記事を書くようにしてきたので、まあ個人のレベルで絶え間なくネタを探すには限界がある。また、大した評論がかけるわけではなく、ただ声高に好きだってことを喚いているだけだ。それでも書いてみてわかることがあったり、自分が好きだと思う中に「こんな理由があったのか」とまれに再発見することもあった。それに何より、好きなことを書き散らし、アクセス記録を見てひとりでも読んでいただけていたなら、ストレスが発散される。

 

ただ、あまちゃんの記事を昨年末から今年にかけて書き連ねていた頃、なんと400近いページビューが記録されたことがあった。ランキングにして200万以上あるgooブログの中で4ケタ台のランキングに入ってしまった。こうなるとただのストレス発散の為だけに書くわけにはいかなくなる。個人攻撃や中傷は絶対に書いてはいけないし、書きたくもない。記事を書いたことの影響を良く考えて、読み返しては少しづつ直す推敲のような作業も必要なのだと感じた。自分の気持ちや感情を吐き出すにしても、やはり読み手の気持ちを考えて書きたい。(少しもその成果は出ているようには思えないが)

 

まあ、書きつづけていると、少しすつそんなことを考えるようになった。このブログでちょっとは成長させてもらっているのだろう。

 

そういえば、オタクといえるくらいコミックスも好きなのに、今まで1作品も書いていない。また映画もそうだ。たぶん、作品ごとに何か格好いいこと、評論めいたことを書かなければいけないと、カッコつけるのが面倒くさくて、手を染めていなかったような気がする。クルマやバイクと同様に気に入ったのか、そうじゃないのか、どこがカッコいいと思ったのか、ただそれだけ書ければいいのだ。所詮、批判も創造もできないのだから、感じたままを書くしかないのだ。

 

自分は、木を見て森を見ず、俯瞰的な思考というのが大の苦手だ。マネージメント力もからっきし。気になった部分を解決しないと先に進めないし、先に仕組みを作ってしまえば後が楽になる作業も、その仕組みを考えたり構築するのが面倒くさくて、時間がかかっても先に作業の結果を出してしまいたくなる。ここまで自己分析をしていながら、やっぱり思考パターンは変わらない。ついつい目の前の木しか見ていない。分かっているのに身に付かない、進歩しないという愚かさに半ばあきらめの感もある。それでも少しでもマシな考え方ができるよう、少しでも「深く」考えるようにしたい。

 

目の前の問題に対して、ぱっと論理的思考ができる人が羨ましい。来年、あえてマネージメント力が必要になる役職に挑戦してみようと思うが、まあ、叩かれ、叩かれだろうなあ。

 

論理的というよりは直観的。ひらめきと反射で生きているようなところがあり、今振り返ると結構綱渡り人生。食べるに困らない生活ができていることが不思議なくらい。どっかで踏み外していたら、今頃よくてパラサイト、ホームレスでもおかしくないかもしれない。

 

・・・どんどん話が見えなくなってきたが、要はこのブログで、みなさんに読んでいただけていることで、書いている自分自身が助けられているということだ。と、云いながら矛盾して読んでいただいた方からのコメントは無効にしている。厳しい指摘に耐えられないのと、きっとひとつひとつに返答するのが無理だから。どうかお許しを。

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続・最後から二番目の恋_review_2 / フジテレビ

2014-07-08 23:48:46 | Weblog

続・最後から二番目の恋、最終回のレビューということでもうひと押し。

 

もう今更、というか、今頃?というか、最終回を何回も観てやっと気づいたこと。なんと最終回はすべて長倉家のシーンだけ!笑い声をかぶせれば、まるでアメリカのシチュエーションコメディだ。初めからこういう形で最終回を作ろうとしたのか、初回にニースロケなんぞやるから、一気に予算と時間がなくなって、ロケなし全編セット撮り、それも長倉家のセットだけあればよい、という脚本に直したのかはわからないが、こうした連続ドラマでこんなことをやったのは初めてではないだろうか。

 

それに長回し一気撮りの場面がまあ多い。ロケをやらない分、リハーサルに時間を割いて、長回し一発に挑んだのかもしれない。そして長回しにするからこそ、余計なカット割りで芝居のリズムを崩すことなく、千明と長倉家の面々の会話がどんどん弾んで行く。それに最終回時点で和平と千明の周囲にいる登場人物をすべて長倉家に招いてしまっているのだ。キンタローの大橋母娘が憧れた大家族、長倉家流の家族も家族じゃない人も家族のようにリビングでわいわいやっている、それをドラマのストーリー全編を使って再現している。

 

結婚しようが、していまいが、吉野千明はもう長倉家の一員になってしまっている。たこやき事件で、和平と薫子親子の家庭的な雰囲気に自分にはもう手に入れられないものを感じてしまった千明だが、最終回でドラマに自分の家をロケ現場に提供したために長倉家に間借りした時点で、もうとっくに家族と和平をしっかりその手に掴んでんじゃん、って話だ。この最終回の特別な作り方そのものがラストの酔っ払いながらのおふざけプロポーズに限らず、全編で千明の幸福を表現しているのだと思った。

 

だからこそ、最後のテロップが「お達者で」になったのだ。作り手はこの特別な最終回で、長倉家ワンシーンだけで千明の幸福を見せたかったのだろう。そしてそれは成功していると思う。とにかく最終回を見ていると幸せな気分になれるし、千明の目線で和平のシッカリしたところ、人間味溢れるところもしっかり描写して、和平が千明に足る男性であることをちゃんとフォローしている。

 

小泉今日子は1作目、スペシャル、あまちゃんを挟んで本作と、良いドラマに恵まれ、魅力をしっかり引き出されている。すごいもんだ。

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続・最後から二番目の恋_review / フジテレビ

2014-07-05 19:58:36 | Weblog

第1作、スペシャル、そして本作とこの数日深夜までかかって、若干飛ばしながらも全話見終わり、途中からは好きなシーンを行ったり来たり、もはや「あまちゃん」と同じようなシーンザッピング(そんな言葉はないな)モードに入ってしまった。

 

色々な出来事があって、一応の収拾がついた後に、毎回長倉家のリビングや近くのバーや居酒屋で千明と和平が酒を交わしながら会話するシーンが何よりグっと来る。おそらく傍目には、いつまでもふざけあっているのか、罵り合っているのか、よくわからない笑えるやり取りの中に、お互いを思いやる素直な言葉がふっと漏れては、云った本人は照れ隠しでまた冗談を上乗せしてしまうのだが、和平はしっかり千明の気持ちを受け止め、千明も和平の優しさを感じている、そんな関係が視ている側にもじんわりと伝わってくる。

 

何より本当に気を許せなければ、千明と和平のように、朝食の席からバンバン攻撃しあえる仲にはならないだろうし、二人に関わる登場人物たちはその口げんかを羨ましく感じている。大橋母娘のいう大家族とは少し違うが、長倉家のリビング=カフェナガクラには長倉兄妹とえりな、親戚になった大橋母、千明、典子の夫・広行らが集まり、ワイワイガヤガヤやっているシーンは面倒くさそうだけどやっぱり楽しそうでこれも羨ましい。考えてみれば、最初はうっとしいだけの隣人だった長倉家が千明本人も認めるほど、大事になものになって、千明の生活もガラっと変えてしまった。又、長倉家も真平の病気の再発という重苦しい空気が、千明によって吹き飛ばされて、真平はとうとう本作で結婚に至るまでに人生が「動いた」。

 

このドラマはひとつひとつのエピソードでは大事件が起こるわけではないけれど、1作目から通して見ると、千明が鎌倉に引っ越して、和平との出会いが、2作目の終りにはもうかけがえのない存在に変わっていて、独身人生であきらめていた家族同様の関係を築けているという変化に人生はまだまだファンキーだという決め台詞がしっくりくる。

 

本来、主演級の俳優である坂口賢二と内田有紀が超凄腕の医者だったり、外資系投資会社の役員だったりするのが信じられないほど、長倉家の真平と万里子の役にシンクロしていて、又、その演技を楽しんでいるように思えるくらいの余裕を感じ、このドラマだからこそのキャラクターを作り上げている。特に2作目では真平の結婚が大きなヤマになっていたし、またポストイットの彼に対する万里子の淡い思いも対象的に描かれて、より長倉家のキャラクターとしてストーリー全体に深みを与えたように思う。

 

エンドロールでのテロップが、それまでの「またいつか・・・」から「お達者で」に変わったことから、これ以上の続編やスペシャルの製作は期待できないかもしれないが、真平や万里子のその後のスピンオフなんてのはちょっと見てみたい気がしている。

 

 

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