はんどろやノート

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真部の「4二角」

2007年12月29日 | しょうぎ
 これが真部一男九段の「4二角」です。この図は、きっと伝説になるでしょう。
 このブログでの将棋記事は、「将棋はくわしく知らないけど興味はある」という読者を念頭に入れて書いています。将棋ファンはもうこの「真部の4二角」は知っているでしょうけど、知らない人に向けて書いてみます。

 10月30日はC2クラスの順位戦の日で、真部一男八段は豊島将之四段と対戦しました。豊島四段は今年プロデビューした最年少17歳の棋士。なんと8割以上の勝率で勝ちまくっています。その豊島四段の勝ちっぷりについてはまたあらためて紹介するとして、ここでは主役は真部さんです。
 先手は豊島四段。後手の真部八段はゴキゲン中飛車。
 ところがわずか33手、まだ闘いにも入らないうちに真部さんは投了してしまいました。体調がわるく、そのまま入院。そして11月24日、この世を去りました。
 その豊島さんとの対局は、真部八段が△5一飛とし、豊島四段は▲6七銀、そして真部さんが投了したのです。そんな場面で「負けました」と言うのですからよほど具合がわるいのだとわかります。真部さんの弟子である小林宏六段も同じ日に対局していましたからずいぶん心配したはずです。
 そのまま真部さんは亡くなったので、その豊島戦が真部さんの「絶局」となりました。序盤の、まだ闘いはこれから、という局面が最後の将棋になったのですから、周囲の棋士たちも私達ファンもちょっとさみしい感じがしました。その局面も、真部さんの指した△5一飛がへんな手で、後手の真部さんがよくないとされていました。

 ところが、そうではなかったのです。シビレル後日談が用意されていました。

 弟子の小林六段に、ベッドの上で真部一男はこう言ったというのです。
 「あそこで4二角と打てば俺の方が指せると思う」
 それが上の図の、「幻の4二角」です。これは33手で投了した対豊島戦の投了図から、34手目を指した局面になります。この角を打って、飛車を9筋にまわれば、後手が優勢だろうというのです。なるほど先手は防ぎにくい…。こんな手があったか!
 真部さんにはそれが見えていた。こう指せば優勢だと。その前の△5一飛は△4二角のための準備なのでした。では、なぜ指さなかったかというと、あそこで真部さんが△4二角と指せば、先手は苦しくなるから長考する…それでは身体がもたない、だから投了したというのが真相だったのです。
 そして真部さんは小林さんにこう言いました。
 「誰か指してくれないかな。君は飛車を振らないからな」
 小林さんにこの手を指してほしいけど、小林さんは中飛車を使わないから…という意味です。

 11月27日、C2順位戦。
 この日は真部さんの通夜の日だったそうです。真部さんは不戦敗。小林さんは佐藤紳哉六段と対局。
 午後6時になると夕食のための休憩時間となります。小林さんは他の人の対局を気分転換なのか観てまわりました。特別対局室に入ると、そこには大内延介九段が休んでいました。大内さんは元A級66歳の大ベテラン棋士、左利きの振り飛車党で、今日は村山慈明五段(23歳)と対局です。
 小林宏六段はその村山-大内戦を見て驚きました。「まさか!」 小林さんはその対局の棋譜を調べました。「同じだ! 大内九段が△4二角を指している!」 見間違いかと思い、小林さんはもう一度特別対局室へ…。こんなことがあるのか…! 「誰か指してくれないかな」とあのとき師匠は言った…。

 その時、控え室ではその話題でもちきりだったそうです。大内九段は果たしてこの「真部の4二角」を知っていて指したのか? (実は知らなかった。偶然指していたのだという) 
 では先手の村山五段は? 村山さんは「真部の4二角」という好手があることを聞いて知っていたのだそうです。その角を打たれると不利になる…ところがそれがわかっていながらなぜかふらふらとその局面になってしまったのだという。(この情報は片上大輔五段のブログから)

 しばし放心状態だった小林宏六段は自分の対局場に戻り、熱いお茶を飲み、そして「姿勢を正し、今日は変な将棋は指せないなと座りなおした」 と『将棋世界』に書いています。
  

 それにしても…、このような筋書きは、小説家でもなかなか思いつきませんね。見事な最期としかいいようがありません。
 真部さんが『将棋世界』に連載していた「将棋論考」は、升田幸三の将棋がいちばん多く紹介されていたと思います。「真部の4二角」は、升田さんが得意としていた「自陣角」を彷彿させます。いやあ、何度見ても、かっこいい。 「どうじゃこれでワシの勝ちじゃ」と。

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