日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
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カラマーゾフの兄弟 フョードル・ドストエフスキー

2021-06-17 23:34:09 | 読書

ECCジュニアのレッスン後、お粥とトマト鍋の夕食&片付け~21時以降は、ひたすら読書の時間。遂に‼ 全5巻を読み終え、(5巻は向かって右。365ページの内、エピローグ63ページ)新たな事実を知り、ショックです。

。。。。。

 

前回、夏目漱石は『明暗』を書き終えることなく、この世を去った、と書きましたが、この『カラマーゾフの兄弟』もまた、未完で終わっていたのです! 序文では、これが第1の小説。ここから13年後の現在、第二の小説が... と、確かにそのようなことが書かれてありました。 ドストエフスキーは、「第一の小説」を完成させたあと、「第二の小説」の構想がすでに頭の中では出来上がっており、

 「あと20年は書き続けつもりだ」と周囲に語っていたそうなのです。癲癇(てんかん)持ちだったドストエフスキーは、病と闘いながらの執筆だったようですが、3年を費やして完成させた第一の小説の校正を終えた後、吐血し、その3日後にはこの世を去ったという...衝撃的な事実でした。

 よって、本来であれば、本人曰く、更に大事だった第二の小説は幻に。

続編は世界中の、しかも時空を超えた読者に届けられることなく、未完に終わってしまったのです。

 ただ、ただ、残念、というしかありません。こんなに面白い小説なのに。イワンは回復したのか? ミーチャの脱走計画は成功したのか? アリョーシャと子供達は、この後、どのような人生を歩むのか? アリョーシャが関わった少年、コーリャは、不幸になるとアリョーシャは予言するが、一体、彼の身に何が起こるのか? エピローグで 「カラマーゾフ万歳!」とコーリャを筆頭に子供達は叫ぶが、どのような人生が待ち受けているのか?

 第二の小説で明らかになるはずだった疑問は全て疑問のままに...

 最後に、アリョーシャと自分が共有する信念を綴って終わりとします。自分の子供時代、子育て経験を踏まえた上で... 

 アリョーシャが子供達に語った言葉です。

「何かよい思い出、とくに子ども時代の、両親(育ての親、祖父母も含めて)といっしょに暮した時代の思い出ほど、その後の一生にとって大切で、力強くて、健全で、有益なものはないのです。きみたちは、きみたちの教育についていろんな話を聞かされているはずですけど、子供のときから大事にしてきたすばらしい神聖な思い出、もしかするとそれこそが、いちばんよい教育なのかもしれません。」(58ページ2行目~6行目)

 

 アリョーシャ、あなたのいう通りです! 私も同じ信念で甥っ子と関わってきました。0歳児の時から、一人の人間として関わり、赤ちゃん扱い幼児語で語りかけたことは、一度もありませんでした。

 そして何より、多くの思い出を作っておきたい、あらゆることを一緒に体験させたい、見せたい、聴かせたい、読ませたい、(読み聞かせ)日常の1分1秒を大切にしたい…

 あ、すみません。彼の話は続きます

「もしかしたら、ぼくらはこれから悪い人間になるかもしれません。悪い行いを前にして、踏みとどまれないときがくるかもしれません。他人の涙を笑ったりするかもしれません。さっき、コーリャ君は、『人類全体のために死ねたら』と叫びましたが、そういう人達を、意地悪くからかったりするかもしれません。でも、ぼくらがどんなにか悪い人間になっても、そうならないように祈りますが、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々、あの子を愛したことや、今こうして石のそばで、ともに仲良く話し合ったことを思い出したら、どんなに惨(むご)たらしい、どんなに人を嘲るのが好きなでも、そう、仮にそんな人間になったとしての話ですよ、いま、この瞬間、ぼくらがこれほど善良な人間であったことを、心の中であざけるようなことはできないでしょう!」(58ページ10行~)

「それどころか、もしかすると、このひとつの思い出が、人間を大きな悪から守ってくれて、思い直して、こういうかもしれません。『ええ、僕もあのときは善良だったんです。大胆で正直な人間でした』と、ね。(59ページ4行~6行目)

 

 誰か一人でもいい、心の底から 子供のことを想う大人がいれば、その子は生きていける...19年前から、強くつよく思うことです。

 

 小説に戻ると、何か思いとどまらねばならないことが、子供達に起こるだろうと、暗示されているようで、非常に気になります。エピローグの後、訳者、亀山郁夫氏により、「コーリャはロシア皇帝暗殺に関わる...かもしれない...」等、幾人かによる「仮説」が紹介されます。

 更に! 『カラマーゾフの兄弟』番外編として、6巻なるものが光文社から出版されており、それは、亀山郁夫氏による、たぶん、第二の小説は、こうだったでしょう??という続編が書かれているのです!

 私も高校1年の1学期、国語で芥川龍之介の『羅生門』を勉強し、その続きを書いたことがありましたが...。申の刻にホンモノの🐒猿が現れ、あのお婆ちゃまも、全く同じ目に合うという...誰もが思いつく内容でしたが、15歳の自分は、「面白ーい! ものが書けた!」と自己満足でした。 ちょっと横道に逸れましたが...

 

 ...と言う訳でして、亀山郁夫氏による続編、こちらも予約した次第です。 その前に、7冊予約した内の2冊が未読のまま✋手元にあるので、明日から、それらを読みまーす。

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14 Comments

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Unknown (tictac-music)
2021-06-18 00:06:10
他者の書く続編、気になりますね~👍️

お姉ちゃんの解説で本読んだ気になってます😅
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とみのん先生へ (すず)
2021-06-18 01:21:01
とみのん先生、おはようございます。

未完だったなんて、もう~びっくりしました。
更に驚いたのは、翻訳者さんによる、続編!
これって気になりますよね(^_-)-☆
返信する
Unknown (一年生)
2021-06-18 02:14:12
こんばんは

『カラマーゾフの兄弟』は読んだことない気がしますが、

書いた後すぐになくなったというのは知っていました。

「第二の小説」がかかれていたらどんな感じだったのでしょうね~?

大どんでん返しとかあったのかな?
返信する
Unknown (せしお)
2021-06-18 07:27:57
面白そうなんだけど、巻数が多くてページが多いの解っていると中々手が出ませんな~(;^_^A
返信する
カラマーゾフの兄弟 (fumiel-shima)
2021-06-18 12:43:56
すずさん、こんにちは。

きょうのコメントも長くなりそうです。
周りから顰蹙を買うことになるかもしれませんが・・

すずさんが記事内に引用された部分については私にも実体験のようなものがあるという気持もあります。
私の家系は代々浄土真宗ですが、私の母は女学校時代に先生の影響で洗礼も受け、以後死ぬまでキリスト教を信じ続けました。(母の墓はキリスト教会の共同のものです)
その普段の生活では冠婚葬祭を含む仏事やしきたりもきちんとやりこなしていましたが私達子供に対しては常にキリスト教的な教えを説き、罪に対する考えなどについても常に語っていました。

神の存在についても個々を尊重し、強制するようなことはありませんでしたが、私達も知らず知らず自分の言動にその影響が現れたような気がします。

でも子供の頃、母親に反抗するような気持の時は影で母のことやクリスチャンのことをイエスキリストを揶揄するかのように「イエスチャン」などと鬱憤晴らしのように姉に言って同意を求めたりしたことをはっきりと覚えていて、今も姉と母のことを
話すときに笑いながら「イエスチャン」を使ったりしているのです。

こうして私も今まで一応(?)自分は無神論者だと自認してきました。
この作品に左右されたりするわけでは決してありませんが、イワンとアリューシャの会話やそれぞれの行動などから「人間は自由であればあるほど不幸せである」というキリスト教的な倫理観の必要性なども感じましたね。

ダイジェスト的な物だけを読んでの的を射ない私の感想としてこの時代には今まで信じていたと思われる「神」よりもお金や欲望に翻弄される人々の姿や無秩序と思われるような自由などによって人間の強さだけではなく、弱さも暴かれてしまうような・・・
本当の幸福とは?・・という単純な疑問や善と悪の矛盾なども感じました。

父親殺しの犯人がわかったときにイワンが自分の言葉の影響によってスメルジャコフが父親を殺害したのだと思い、自分の心の奥底にある欲望に気づき自分も共犯者であると思って狂気となるところなどは複雑な思いで読みました。

物語に登場するそれぞれの人物が抱えている悩みを理解したいと思いながらも果たして自分が共感できるのは誰なのか?

すずさんがアリョーシャと共有する思いや信念を持っていたというところに感動したことははっきりしているのですが
果たして自分は?・・・。

その解決のために考えてはいても実際に私が全巻読破するのはいつになる事やら・・・
返信する
伴走してくれる存在 (ポエット・M)
2021-06-18 17:29:55
すずさん こんばんは。

「誰か一人でもいい、心の底から子供のことを想う大人がいれば、
 その子は生きていける...19年前から、強くつよく思うことです」
と、おっしゃっていましたが、私もその通りと思います。特に
感性が育つ少年時代から青春前期に、信頼できる大人の存在は
大切であり、大きいと思います。

なお、私のブログへ、コメント頂きありがとうございます。

すずさんも、おっしゃる通りこの詞は「若者への応援歌」の
つもりで書いてみました。
若者たちは、私たちもかつてそうであったように、根拠のない
怖いもの知らずの自信とは裏腹に、怯えにも似た弱気の虫が時々
襲ってくるのも事実と思います。

そんな彼らを見守り、伴走してくれる存在は何よりも心強い
ものと思います。少し注意を凝らせば、彼らの周辺には、そんな
心強い味方も結構いるものですが…。
勇気をもって一歩踏み出したらいいんだよ、との想いをこの詞に
込めました。お節介を承知で・・・。
拙い詞ですが、作曲・演奏・歌唱を引き受けて頂いたyokiさん、
じいじさんに感謝です。

すずさんの励ましのコメントには、勇気づけられます。
返信する
一年生さんへ (すず)
2021-06-19 05:08:02
一年生さん、おはようございます。

あまりにも突然な死だったようで、吐血し3日では、第二の小説の「あらすじ」を妻に伝える時間もなかったとして当然...
ちなみに、妻が速記者で、ドストエフスキーが語り、妻が代筆というケースが多かったそうです。
紙にも書いたそうですが...。

どんでん返しもあったかもしれませんよね。
返信する
せしおさんへ (すず)
2021-06-19 05:10:03
せしおさん、おはようございます。

その気持ちも、分かります。
コロナ禍にならなかったら、ここまで読書に没頭しなかったかも?
返信する
fumiel-shimaさんへ (すず)
2021-06-19 06:03:49
fumiel-shimaさん、おはようございます。

お母さまは女学生時代に洗礼を受けられたのですね。
私は大学生時代、米国人講師の一人と手紙のやり取りをするようになり、(同じ大学内で手渡し)
当時はかなり影響を受けたとは思います。
同時に高校時代のニュージーランド人の先生とも文通しており、卒業後、高校へ立ち寄った際、NZの先生から、
「一人の米国人のみに影響されず、もっと多くの人の意見を聞いた方がいい。危険だから」
とも言われました。

宣教師のような役割もあり、姉妹大学へ2年の任期で派遣された米国人講師と、日本文化に憧れて、日本人と結婚し、高校に派遣されたNZ出身の先生。
成程~ですよね。

イエスチャンとは、うまいことを...
思わず笑ってしまいました。
神を冒瀆していると言われそうですけど...💦

神に対する考え方は、前回、お話したので省きますね。

アリョーシャの受け答え方は、社会福祉士(ソーシャルワーカー)のようです。
終始穏やか、
決して逆上したりしない。
相手の話を反復する。
取り敢えず受け止める。
人を悪く言わない。

小学生から高校・大学を卒業するころまでは、複数の人から、
「すずさんは人の悪口を言わないね」
と言われていたので、今思うと生まれながらのソーシャルワーカーだったのかもしれないな、と。
社会人になってから、いや、それより前に、豪州へ行って、自分の意見や思いも吐き出す機会が増え、
徐々に変わったような...

イワンの独白には度肝を抜かれましたが、カラマーゾフの兄弟の父と似たような態度で子供達と接し、「親とも思えない不当なことをされた場合」
私も「この家には悪魔がいる!」と書きなぐりました。その先は、とてもここには書けませんが...
児童虐待に反応しすぎるのも、実体験の影響がある...😢

訳者の亀山郁夫氏が解説しているイワンについて、反論したい部分もありましたが、あえて書きませんでした。
自分はロシア語の原文を知らないからです。
でも、「あの程度」の下男とイワンの「やり取り」では、読者は勿論、イワン本人も「何のことやらわからない」と思います。
「モスクワへ行くとの、実家から近い町へ行くのと、それが下人にとって、或はイワンにとってどう違うのか? 
イワンは単純に、父親の頼みを聞き入れるのが嫌になったから、一度は、親の代わりに交渉をしに行くといったものの、やはり、当初の予定通り、モスクワへ直行しよう。
それだけのことが、何故、父親殺しの加担したとなるのか。
下男から、
「僕は明日、何時頃、癲癇になります」
イワンは思う、
「なぜ、正確に癲癇になると予言できるのか?」
「事件:父親が下男に殺される」後、、近くにいないことが、父殺しを黙認したことになる!?
考えすぎじゃ...

「父親殺しの犯人がわかったときにイワンが自分の言葉の影響によってスメルジャコフが父親を殺害したのだと思い、自分の心の奥底にある欲望に気づき自分も共犯者であると思って(以下、略してすみみません)

ダイジェスト版なので、こういう風になっても致し方ないのですが、イワンは影響されたというより、下男に謎かけのような言葉を掛けられた、自分自身の言動をあそこまで深堀りしないのが多くの人達で、自分と向き合う勇気を逆に感じました。
親に殺された子供。(運よく殺されかけても、大人になれたケースも)その時の気分で、猫可愛がりする時がまれにあったとしても、DVにも似ていますね。夫は暴力を振るう、しかし、優しい時もあるのだから、と逃げない妻。

殺された 「あの」父親に慈悲なんて...と、多くの虐待のケースをアリョーシャに話して聞かせるイワンは、それまでにも長年苦しんできた... 翻訳者さんがいうように、「こんなものばかりかき集めるイワンを悪魔としてドストエフスキーは、表現した」といいますが、私は違うように理解しました。
亀山郁夫氏は両親どちらにも正当な扱いを受けて育ったのかな。
誰にでも思春期の反発、反抗は多少なりともあると思います。ないと困ります。成長過程なので。

「自分が妊婦さんになれば、急にバスの中には妊婦さんだらけになった気がするのは、それまで意識の中になかった人が、自分がそうなったことで、目に留まるようになるからだ」
と、「ソフィーの世界」にありましたが、イワンも同じでしょう。
かき集めたというよりは、「実体験者」だから、「目に留まる」のだと思います。
この長編小説の中に、描かれていない部分も含めて読みました。
イワンの子供時代も含めて。

「第二の小説」では、子供達のその後が描かれる予定だったでしょうから、第二のイワン、或は別の歩みを辿ることも可能だったのにな...と残念でなりません。

もうほぼ、時間がきてしまいました。
今日も出勤ですので...いい足りないことは多いですが、この辺でペンを置きます。(タイプですが💦)

良い一日をお過ごしくださいませ。
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ポエット・Mさんへ (すず)
2021-06-19 06:09:50
ポエット・Mさん、おはようございます。

御丁寧にこちらまでコメントを頂き、いつもありがとうございます。

「特に感性が育つ少年時代から青春前期に、信頼できる大人の存在は大切であり、大きいと思います。」

私もそう思います。
朝ドラ「おひさま」の主題歌と同じ想いです。

そして~
ポエット・Mさんが書かれた、そんな若者を応援する詩に曲をつけて下さる方がいる...
素敵な計画ですね。
出来上がりを楽しみにしています。🎶
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