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日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
ここ数年は 主に楽器演奏🎹🎻🎸と読書📚

子豚、子牛、ジュリ、ケン、そして僕

2025-05-11 01:19:26 | ショート ショート

 小説【季節の予感】第5回 著者:すずBGM:すず #オリジナル曲 #エレクトーン演奏 #即興作曲 #小説#天使の賛歌

 

 僕の従兄弟のケンは、都会暮らしなため、いわゆる犬猫といったペットとして飼われる動物にしか、触れたことがないという。「豚や牛に触れるなんて、とんでもないや!蹴とばされそうだよ!怖いよぉ。」と涙目で愚痴っていたっけ。

「都会では牛や豚なんて、スーパーの棚で見るものだったのに、こんな近くで触れるなんてありえない!」 なんてことも言っていたくらいだ。そのくせ、最終日には『僕のこと、本物の父ちゃんだと思ってるよ!』と笑うまでになったんだから、変わるもんだよなぁ。

 その点僕は、日本でも森や川、海の近くに住んでいたから、野生動物と遭遇することも結構あったし、近所で牛や豚を飼育している家もあった。鶏は卵を産むが、僕にとっては目覚まし時計代わりだった。ジュリはどうなのだろう? そういえば、ジュリは日本の故郷の話をあまりしない。本を読むのが好きで、ホストファミリーの家で生まれた子猫たちが好きだということは分かっていたが。きっと、ジュリも動物好きだろうな。

 初めて僕らがファームを訪問した日、前日降っていた優しい雨が上がり、草の匂いが僕らを歓迎するように、ほんのり甘くて、遠くでは鶏の鳴き声が響いていた。動物の世話をする日、ジュリはなんと先頭に立って、僕とケンに手招きした。ことのほか、表情が明るい。どうしたというのだろう。

「こっち、こっち!見て!これ!大きな哺乳瓶でしょう? 人間の赤ちゃん用の何倍もあるけれど、これ、子牛用の哺乳瓶なんですって! これに絞ったミルクを入れて子牛たちに飲ませるそうよ!」

ジュリはいつも以上にはしゃいでいる。余程の動物好きなんだな。僕は子猫が流されたと血相を変えて訴えた、あの日のジュリィを思い出していた。大人しいジュリィ、だけど、いざという時の声はしんが通っていたっけ。

子牛用の哺乳瓶が、ジュリに手渡される。ジュリは、「こっちよ。私がママね。沢山飲んでね、子牛ちゃん」と優しく子牛たちに語り掛ける。とても初めてとは思えない手つきでミルクを与え始めた。子牛たちのつぶらな瞳がじっとこちらを見つめる。はじめは子牛から距離を取り、腰が引けて戸惑っていたケンも、ぎこちなくミルクを与えるうちに、すっかり馴染んできた。初日はおっかなびっくりだったケンが、最終日には、まるで小さなおとうちゃんのように、子牛のつぶらな瞳を見つめながら「ちゃんと飲めよ!」と自然に声をかけているのだから、驚いたものだ。

なんとなく、米国暮らし経験という点でも、田舎暮らしに慣れてるってことでも、ケンをリードしてきた僕だったけど、キャンプの最終日が近付くにつれ、二人に距離を縮められたかも。特にファームでは、初日から多少、二人に出遅れてしまった僕だったけど、なんだか心はぽっかぽかだったから不思議だ。いつもはケンと張り合うことが多いのになぁ。僕らは代わるがわるに、お互いのカメラで、子牛にミルクを与えている場面をカメラに収めた。僕とジュリのフィルムは、現像するとカラーだったが、ケンのは… 白黒で…おっと、これは、もっと後になって僕らも分かったことなんだけどね。今思い出しても吹き出してしまう。ジュリは僕らよりちっぴりおませなのか、こういう事件の時は落ち着いたもので、「牛の模様は白と黒なんだから。いいんじゃない?」と言い、落ち込んで首を垂れていたケンも即座にシャキン!となった!

 子豚は予想以上に活発で、ジュリが餌をやろうとすると、くるくると駆け回って彼女の靴をつついた。「ちょっと!もう、落ち着いて!」と苦笑するジュリの後ろで、僕たちは大笑いした。

「豚小屋だなんて失礼なこと最初に言ったのは、何処のどいつなんだろうなぁ… 凄く綺麗だよね、子豚たちの小屋って」

ケンが言う。僕もつい、「ほんとだよなぁ。僕の部屋より、よっぽど綺麗だよ!」と答えてしまった。くすっと笑ったジュリと目が合い、僕は一瞬、しゅんとなった。自宅へ戻ったら、いつもお母さんが口にする、「整理整頓」ってのをやらなくっちゃ! 子豚たちが転げまわる小屋には干し草が敷いてある。僕は思わず、くんくんと鼻を鳴らす。なんだか乾いた空気と太陽の匂いがする。気持ち良さそうな子豚たちのベットだ! ここで子豚たちと一緒に一晩を過ごしてもいいくらい気に入ったぞ!

ピンク色の肌をした子豚たちは、実際、とても可愛くて、一匹、連れて帰りたいくらいだった。すべすべした子豚たちの肌のぬくもりを感じながらファームで過ごす最終日、僕は本気でそんなことを思ってしまい、ちょっと泣けた。いずれ、大きくなったら、食べられてしまうんだよなぁ、なんて思ってしまったから。これからは残さず食べるぞ!と心に誓った。誰も口には出さなかったけれど、きっとジュリも、ケンも、参加者はみな、似たようなことを思った筈だった。

子豚の世話をしながら、ケンは「この子、僕のこと分かってるかも! 絶対、僕のこと、ほんとの父ちゃんだと思ってるよ」と笑いながら話しだす程だった。子豚もケンとうちゃんに応えるかのように、ケンの服をちょっと引っ張っているではないか! 最初は怖がっていたのにな。このキャンプで最も大きく変わったのはケンかもしれない。

「泥だらけになるのは嫌だな…」と言っていたのに、気づけば子豚たちと遊んで泥だらけになり、「ま、いっか!」と笑うくらい、動物たちに親しみが湧いたみたいだった。

最終日には、僕ら、それぞれ子牛か子豚を両手で抱え、集合写真に納まった。一生の宝物がまた、増えて僕は嬉しかった。

   【キャンプファイアと地上の蛍(星)】

 夕方になると、キャンプファイアを囲み、ケンもジュリも覚えたばかりの英語のうた、「Twinkle, Twinkle, Little Star」を参加者全員で大合唱した。米国人のMindy とStacy 姉妹が僕らにマシュマロと串を手渡す。

「串に刺して、火であぶるのよ。Give me some more もっと、頂戴!っていう別名が付いてるくらい、美味しいものができるわよ」

と、姉妹は笑う。 ジュリが慎重にマシュマロを串に刺し、じっくり炎の上で回し始めた。

「焦がしすぎないようにね!」

と僕が言うと、ジュリはニヤリと笑いながら、マシュマロがほんのりキツネ色になったところで、MIndy の真似をして、焼いたマシュマロをチョコとビスケットの間に挟んだ。
 ケンは最初、マシュマロのねばねばが指につくのを気にしていたが、チョコビスマシュマロを一口食べた瞬間、目を大きく見開いた。「うまっ!これはすごい!」

「でしょ? もっと、頂戴!って思うでしょ?」

僕らは同時に深く頷く。甘いマシュマロの焦げた香りに包まれ、お喋りも弾む。夏の日を遮断するように風が流れ、焚火の火の粉が空へと舞い上がった。
藍色の空に星がきらめき始めた頃、焚き火の光に照らされた僕たちは、思わず幸せな笑顔を浮かべた。しばらくするとケンは、

「こんな広い空、見たことない」とつぶやき、「東京じゃこんなの見れないな」とポツリと言う。

日本では見ることが出来ない大きな夕陽がゆっくりと地平線へ沈んでいく。そもそも地平線を見ることだって、日本の都会では見られない。 ケンの興奮ときたら、すごかった。オレンジシティの名の通り、茜色に染まったあと、深い紫へと変わる空を見上げながら、ジュリと僕は無言のまま夕陽を眺めていた。遠くでコーンフィールドが風に揺れ、その隙間から小さな光がぽつぽつと浮かび上がる。

「行って見ようか」

「うん。歩いて行こう!コーンフィールドまで走ろうか!」

僕らは、はしゃぎながら走り出す。一面に広がるトウモロコシ畑に僕らはいつの間にか立っていた。

ふわり、ふわりと蛍が舞い、まるで夜空の星が地上に降りてきたみたいだった。ジュリはそっと手を伸ばし、指先にかすかに光る蛍を感じると、優しく微笑んだ。
「まるで星空の中に立ってるみたい…」とジュリがぽつりと呟く。その言葉に、僕も静かにうなずいた。

すっかり陽が沈むと、電灯がないコーンフィールドには、あちらこちらに飛び交う蛍の光が浮かび上がる。まるで星だ。蛍一つひとつが、地上で光る星たち… もしかしたら、僕らも 星の一つひとつかもしれない。

 

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季節の予感第5回 純、ケン、ジュリィ

2025-04-06 15:43:10 | ショート ショート

 小説:著者&BGM作曲:すず 季節の予感作品NO 401【外は雨、】作品NO 402【季節の予感】作品NO 403【ぬけがけ】作品NO 404【お話しよう】

 

翌朝、晴れたらカブトムシを取りに行こうとケンとジュリィは約束を交わしていたが、あいにくの雨だった。前日の大冒険が理由かなぁ。僕はちょっと眠くて、いつもなら一番に起きるんだけど、まるで音楽のように聴こえる雨音を聴きながら、布団の中でうつらうつらしていた。雨が降ると、森のコケの匂いがつーんとしてくる。なんだか深い森の緑を凝縮したようで、僕が好きな香りだった。その時、二階の僕の部屋へのぼって来る、聴き慣れたトントンと軽い足音がしてきた。お母さんだ! お母さんはいつもより勢いよくドアを開けると、ベットに寝転がっていた僕を覗き込んだ。

「今朝は遅いのねぇ。ケンくんと新しいお友達も遊びに来てるわよ。純は起きなくていいの?」

ケンと新しい友達って…ジュリィだ! 僕は、がばっと布団を蹴とばすように勢い良く起き上がると叫んだ。

「何で? 晴れてないのにケンが? ジュリィも? カブトムシは中止だろ⁉」

あら、知らなかったの?と、お母さんは僕が蹴とばした布団をたたみながら言う。

「ケンくんの話だと、もし雨が降ったら、一緒に絵本を読もうって約束していたらしいわよ。てっきり純も…」

僕は慌ててパジャマからTシャツに着替えると、お母さんの話を最後まで聞き終わらない内に、階段をドタバタと駆け下りた。二人はリビングにいるようだ。キャっきゃと笑い声がする。僕は馬より早く二人の声がした方へ駆けていくと、リビングのドアを開けた。

あまりに勢いよく登場した僕を見て、二人とも急に黙った。テーブルには、数冊の本が置いてある。どれを読もうか選ぼうとしていたのか、それとも、すでに数冊一緒に読んだのか…。

「おはよう、ジュンくん」

最初に口を開いたのは、昨日、森で会ったばかりのジュリィだった。僕の名前、ちゃんと覚えてくれていたのが嬉しかった。いや、それよりも…

「おはよう、ジュリィ」

僕はジュリィに笑顔で挨拶する。そして…軍隊のような速さでケンの方へ身体を向けた。

「おい!ケン!ずるいぞ!こんなの、抜け駆けだぞ!」

僕の剣幕に、ケンは多少、おののいたようだった。ぬけがけ…?と、言葉の意味を知っているのか、知らないのか、ボケた顔を向けた。

「そうだよ! ぬけがけ、だよ! 雨の日に会う約束なんか、僕がいる前でしなかったじゃないか!」

あぁ、そのことかぁ、という顔をしたケンは、余裕たっぷり言い返した。

「ちゃんと、ジュンがいるところで話したよ。家へ戻ってからの純は、なんだか、ぼーっとしていて、僕の話、ちゃんと聞いてなかったんじゃない? なぁ、ジュリィ」

急に話を振られたジュリィは、戸惑ったように頷いた。「そ…そうね」と。

交互に僕とケンをじっと見ている。

「それでも、ぬけがけは、ぬけがけだ! 男らしくないぞ、ケン!」

そこへ2階から降りて来た、お母さんが僕らの話を聴いていたのか、割って入って来た。

「ジュン、さっき、 ぬけがけ、って言っていたけど…どこで覚えたの?そんな言葉…」

「そりゃぁ、お母さんの小説だよ!」と、答えながら僕はしまった!と心の中で悔やんだ。そうだった、あの本は、「12歳になるまで、まだ早い本棚」に並んでいたヤツだ! 僕がこっそり読んでることがバレたぁ…。うかつだった。つい、ケンのぬけがけにカチンときちゃって。

お母さんは何も言わず、僕の顔をじーっと見ている。あぁ、この観察が嫌だ。何もかもお見通しなんだから、参ってしまう。

「分かってると思うけど…」

お母さんは、それだけ言うと、言葉を切った。僕はこくんと頷く。はい、ごめんなさい。つい、読むなと言われると、‘’余計に興味の虫がうずきだす‘’ってやつで…この表現も、お母さんの本から覚えたんだけど…

「読んじゃダメって言われると、ついつい読みたくなっちゃって」読んでしまった。つい、隠れて読んじゃった。ちょっと背伸びした気分で、大人の話を知った気になったっていうか。その… つまり、ケンがやったことは、「ぬけがけ」な訳だ。

「三人で、仲良くね」

お母さんはそれだけ言うと、部屋を出ていった。10分も経たない内に、レモンティーとクッキーを持ってきてくれた。

「わーい!ジュリーおばさんのクッキーは最高なんだよ!」

すかさずケンが言う。調子のいい奴だなぁ。森では臆病なのに。こういう時は上手くリードしちゃってさ。僕は舌打ちしつつも、真っ先にクッキーに手を伸ばした。

「いっただきまーす!君も食べなよ!全部、ケンのやつが食べてしまわない内にさ!」

僕がこういうと、ジュリィは僕とケンの顔をかわるがわる見つつ、ちょっと遠慮がちにクッキーに手を伸ばす。まあるく焼き上げたクッキーをしばらく大切そうに眺めたあと、一口食べて、しばらくもぐもぐしていたのち、「おいしい!」と喜んだ。

「だろ? そうなんだよ。お母さんの満月クッキーサイコーなんだ!」

「うんうん、確かにおばさんのクッキーは上手い!」

ケンも言う。取り合えず、ここは休戦ってことで、ちょっぴり大人な僕は機嫌を直すことにした。来月でもう、8歳だしなぁ。あと一週間で僕は8歳になる。

「なぁ、ジュンの誕生日にパーティーするんだけど、君も来るよね?」

ケンが僕の顔を見ながら、すまして言う。ケンの提案に、ジュリィはすぐ首を縦に振る。

「えぇ、勿論、いいの? まだ知り合ったばかりなのに…おかあさまは何て…?」

分別ある子だ。いいぞ! 僕は心の中でジュリはやっぱり僕の運命の子かもしれないなぁと思う。日本では、僕の誕生日は七夕だ。彦星が僕で、ジュリィが織姫だといいなぁ。いや、待てよ。年に一度しか会えないんじゃなぁ。だけど、サマーキャンプが終われば、どっちみち、会えないな。やっぱり年に一度ってことか。まさに七夕だ! 僕らは森の小川で出会った。まるで、天の川だ!

その日は代わるがわる、お互いの好きな絵本を読み比べて一日が過ぎていった。七夕の日は、僕が代表で一冊、本を読むと約束をし、その日はお開きになった。

外はまだ、優しい雨がぽつり、ぽつりとリズムよく降っていた。

 

つづく

 

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季節の予感 第4回 ヒロとジュリィ

2025-03-29 23:09:23 | ショート ショート

 病院の廊下には窓から光が差し込んでいた。だからかな、何か光るものが落ちていることに僕はすぐ気付いた。何だろう…ペンダントみたいだ。太陽の形をしてる!僕は拾い上げて、窓から太陽へかざしてみた。綺麗だなぁ。ステンドグラスみたいだ、あの時、教会で見た天使とペンダントが同じ光を持ってるみたい!僕がひっくり返すとペンダントはまるで命の光を放っているみたいに感じた、その時、か細い声がした。

「それ!私の… わたしの…ママがくれた…大切な…」

僕と同じくらいの女の子が震えながら手を差し出した。何度も瞬きしている。

「君のペンダント?」僕はそういうと、その子の顔とペンダントを見比べた。女の子の顔はいっそう曇る。僕は慌てて、はい、っと差し出した。

「あ…あ…ありが…とう…」

女の子はあがり症なのか、どもりながら、やっとそれだけ言うと回れ右をして、走って行っちゃった。あの子、誰だ?

 その日以来、病院へ来ると、僕はあの子にまた逢えないかなぁと思うようになっていた。そして…逢えたんだ!

 

 僕はヒロ。生まれつき身体が弱い。もっと小さな頃は、殆ど病院で過ごしていたけれど、7歳になった今は、時々こうしてママと一緒に病院へ来るんだ。4月からは学校が始まっていたけど、僕はほとんど行けない。やっと行けても教室の中へ入ると心臓がバクバクして苦しくなるし、早退することが多かったんだ。体操は見学だし、「いつも見学ずるーい!」と、女子にまでからかわれるし。学校へ行っても僕はひとりぼっちだった。「今日は前回より1秒早く走れたね!」とか、「跳び箱、何段飛べたよ!」とかって友達と話せない。だって、病院の先生に止められているのだから。そんな僕をまともに相手にしてくれる子はいなかった。ママは、自宅へ一人、僕を残して仕事へ行くより、学校にいてくれた方が安心だって言う。でもママには行きたくない、と言えない。だけど、発熱しては、こうして病院へ通っていた。ここへ来ると少しほっとする。だからと言って、病院が好きなわけでもない。消毒液の匂い、病院独特の匂いや廊下を歩くスリッパの音が苦手だった。急いで歩く音を聴くと、もしかして誰かが…って思ってしまうから。

 だけど、桜色や海の色、山の色で飾られた部屋で毎週開催される、キッズクラブは病院では別世界で特別な時間だ。小児科に入院中の子供達を中心に集まって来る。普段は子供たちが自由に出入りしている。それぞれが好きな本を捲る音や、絵本の中の登場人物のモノマネをして笑い出す子もいたりして。ここは病院で一番、笑い声がする部屋だった。廊下には僕たちが作った季節の花の工作や絵が貼ってある。部屋の中へ入れば更に工作コーナーがあって、色とりどりの折り紙や粘土の人形たちが並ぶ。窓から差し込む日差しがそれを鮮やかに照らしている。老人会のおじいちゃん、おばあちゃんたちと一緒に育てたお花も飾られていた。キッズクラブの部屋は、そういう訳でちょっとだけ病院にいるってことを忘れさせてくれる。時々慌ただしくなるサイレンが近くなったり、遠くなったりするけれど…。

 ここ、キッズクラブでの僕のお目当ては、絵本の読み聞かせと紙芝居だった。この病院の委員長の娘である、マユ先生が読み聞かせをしてくれる。マユ先生は医者ではないっていうんだけど、看護婦さんでもないらしい。僕にはよく分からないけど、患者さんや病院スタッフ皆に声をかけて回っていたから、病院のお母さんのような仕事なのかなぁと思う。マユ先生には僕とおない歳くらいの女の子が一人いて、その子も時々、キッズクラブに来ていた。読み聞かせの時は、いつも一番後ろで黙って聴いている。あの子のママが読むのだから、もっと前へ行けばいいのに、と僕は勝手に思って見ていた。いつもカワイイお洋服を着て、大人しく座っている。いかにも病院長の孫って感じ! お嬢様っていうのかな。僕とは違う世界の子供って雰囲気だった。それにあの子はどこか、遠い世界からやってきた妖精のような、ふわっとした感じ? いつもクラスでうるさい女子たちとは違ってる。あの子を遠くから見ているだけで、僕の心臓が病気になった。ドクンドクンとなるのはいいことじゃないらしいから、どうしよう。あの子のママのマユ先生は優しいし、お金持ちだし、きっと何でも買って貰えるし、いいことだらけ。僕は…僕のママは僕が生まれてすぐに離婚した。「こんな弱いガキ!」と捨てられたのだ、とママは言う。僕の治療費でお金がかかるから、って理由で見たこともないパパに捨てられたって聞かされた時は、ズーンと心臓の奥が痛くなった。もしかしたら、これが僕の病気かもしれない。

 「皆さん、今日のお話は、天使の賛歌ですよ。よく聴こえるように、後ろの方に居る子供達、こっちへいらっしゃい!」

「わーい!」

「やったぁ!」

「今日はどんな話かなぁ」

部屋のあちこちから皆が一斉に喋り出す。

マユ先生は、僕と自分の娘をかわるがわるに見た。僕は気付かれないよう、ちらっと女の子の方を見た。あの子も恥ずかしそうに僕をちらっと見る。その時、女の子の髪がふわっとなった。

「前へ…行く?」

僕は声にはならないくらい、小声でつぶやいた。

「行こうか…」

と、女の子の口元が動いた。いや、そう言った気がしたので、僕は立ちあがり、前の方へ移動した。女の子も立ち上がる気配を感じた。いつの間にか僕らは一緒に並んで聴いていた。

「みんなは、天使がいると思う?」

マユ先生が問いかける。天使? 死んだら天国へ連れて行ってくれるのが天使なのかなぁ。そのくらいしか僕には分からない。僕は何度か死にかけているらしいから、もしかしたら、もっと僕が小さな頃、病室まで天使が僕の様子を見に来たかもしれない。周囲の子供たちは、いつの間にか それぞれに、天使はいる、いない、って盛り上がっていた。

「はい、分かりました。私はね、きっと、いると思う。今日は天使のお話をみんなに聴いてもらうわね。いると思う人、ちょっと手を上げてみて」

マユ先生の問いかけに、お互いの顔を見合わせている。ほんとはいる、って思っても、こういう時、手を上げられるのって、たぶん、5歳くらいまでかなって思う。学校へ行き始めると、何もかもがつまらなくなってしまった。絵も自由に描かせては貰えなかったし、好きな本が読めるわけじゃない。皆で同じ教科書を一斉に読むか、一人だけあてられて、立って読む。僕はこれが苦手だった。好きだった本を読むことも、学校へ行くと嫌いになり… ついでのように学校も嫌いになって… 「本ばっか読んでるから、青白い顔なんだよ!おんなだぁ!ヒロは女だぞ~」って学校へ行けば毎回、からかわれるのはママには秘密にしてる。心配かけるし、僕が病気のことでイジメられるって知られたくない。だけど、ここでは誰も僕をイジメないし、再び本が好きになれる。みな、それぞれに身体に爆弾を… 病気のことを僕らは度々爆弾って呼んだんだけど… 爆弾を抱えて生きているから、そのことでイジメたりしないんだ。もしかしたら、明日、死ぬのかなぁ、って思うと涙が出てくることにも慣れてきた。みんな辛いんだ。だけど頑張ってるんだ。外の世界へ行けば、僕らの頑張りは泡のように消える。だけどもし、消えないものがあるとしたら?

 「私は天使はいると思う。みんなは、どう?」

お話を読んでくれていたマユ先生が、途中で話しかける。一人が口を開いた。

「いると思います。いた方がいいです!」

もうすぐ退院するんだ、って言っていた子だ。物語は船の中の火事で、ジョンがジュリーを探している場面だった。

「助けたいって思う。天使がいたら… そんな希望を抱けたら… みんなはどう思うかな?」

再び、マユ先生が質問する。僕は黙っていた。他の子たちも黙っている。もしかしたら、このあと天使が出てくるのかなぁ。天国へ一緒に連れて行くために… そんな想像をしている時、誰かが小さな声で言った。

「天使はいると思う」

僕は声がした方へ顔を向けた。隣に座っていたマユ先生の娘だった。名前は何て言うのだろう。

「うん、ジュリはいると思うのね。ママもよ!」

「僕も!」思わず声が出た。僕らはお互いを見た。どちらともなく、笑った。女の子の名前はジュリィっていうんだ。物語のジュリーと同じ⁉ 日本人なのに外人の名前? 僕は不思議に思った。病院長の孫なら、洋風な名前もあり、なのかもしれない。僕もヒロじゃなくて、ヒーローが良かったなぁ。あ、これはジョークってことで。

マユ先生は【天使の賛歌】を読み終えると、しばらく何も言わなかった。いつもなら、お話が終わると、みんな拍手するのに。今日はそれもなかった。ただ、シーンと静かなだけだ。中には泣いている子もいた。自分と重ねたのかもしれない。いつ、消えるか分からない命と… だけど! 

「天使はやっぱり、いたね」

隣から小さな、だけど、先程より力強い声がした。

ジュリィという名の女の子だった。あの太陽のペンダントの… 物語のジュリーが持っていたペンダントも、太陽の形だったっけ。

「うん、いたよね。ジョンとジュリーの二人は友達だもんね、だから、助けたんだよね。」

ジュリーを助けたジョン。ジョンの願いを叶えた天使。

「友情だよね」

僕はそういうとあの子を見て笑った。あの子もやっと!僕の顔をしっかり見てくれた!瞬きの回数も最初に会った時より減ってるし、どもりも消えたみたいだ。ジュリィが微笑む瞬間、僕の胸の奥で何かがほどけるような気がした。ジュリィは、僕の生まれて最初のお友達、かもしれなかった。僕は心臓に手を当ててみた。さっきまではドクンドクンだったのが、今は時計の秒針みたいだ。僕は天使のお陰で健康になれたみたいで嬉しかった。天使は僕にとっては、ジュリィかもしれなかった。初めて見る明るい笑顔は天使の微笑みみたいだなって思う。大切にしなきゃ!ずっと寂しかった僕にとって、もしかしたら友達になれるかもしれない相手だったから。僕たちがこれからどんな友達になれるのかはわからない。でも、この瞬間だけは忘れたくないと思った。

つづく…

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季節の予感 第三回 Julieの決意

2025-03-27 21:26:09 | ショート ショート

 「結婚しよう!」

いきなりだった。私と彼は大学院で紫式部を研究する仲間だ。どちらともなく、小倉百人一首の1つである彼女の和歌が好きだと話したときだった。それまで文献を漁っていた彼が顔を上げ、食い入るように私を見つめた。次にどこか遠くへ一瞬、行ってしまったかのような表情を見せた。あぁ、きっと聞き間違いね、と思ったほどだ。私は何事も無かったかのように、原稿へ目を落とした。

「僕は雲隠れはしない。」

再び彼が口を開いた。え…? 私は再び顔を上げた。

「僕は何処へも行かない。ずっと君の傍にいたい、いや、君の傍にいると今、決めたよ!」

そうすることが、当然であるかのように彼は言った。

「お互いを遠く離れた場所で想う。それよりも、僕は君と一緒に月を見上げたい。その方が自然だよ。だから...」

「だから?」

私は彼の顔を見た。彼は真っ直ぐに私を見つめている。ジョンが目を合わせず、はにかんだ様子で、「月を見たら、3回中1回、いや、10回に一度でいいや、僕を思い出して!」と言った日が脳裏に蘇る。あの日のジョンの姿は、優しくも儚く、今にも消えてしまいそうだった。あの頃は、もうすぐ自分が船を降りるからだ、そうなればもう、簡単には会えなくなるからだと思っていた。まさか、永遠に会えなくなるなど知る由もなく...。

「だから、結婚しよう。僕らは一緒にいるべきだよ」

ただの院生から、友人になりたい、でも、付き合って欲しいでもなく、いきなり結婚しようだなんて、彼は何をそんなに生き急いでいるのだろうか。ジョン… ジョンならどんなプロポーズをしてくれただろうか。もし、あの時、火事が起きなければ。もしも、自分が寝入ってしまわず、燭台が風で倒れてしまわなければ…嗚呼、もしも…

「ジュリー、僕の話を聴いてる?」

彼が私の思考を遮った。言わなければ。正直に。自分の心には、ジョンがいるのだと。

「ジョンが… 私はジョンを愛している。たとえ会えなくても」

一瞬の間があった。私が他の人の名前を口にしたことが、意外だったのだろうか、それとも…。

「ジョンって誰だい? 君、ボーイフレンドはいないと言っていなかったっけな? もしや、婚約済なのか?」

私はかぶりを振った。いいえ、違う。彼はいない。この世にはいない。いたとしても異次元だろう。きっと天使として…だなんて言えない。

「彼は…ジョンは…亡くなったわ。私を助けて、その直後に」

そういうのがやっとだった。出来る事なら、この場から逃げ出したかった。ジョンの元へ…逝けるはずもない。その時、何かが頬に触れた。布製のハンカチだった。

「自分で… 涙を拭いて… それ、ハンカチ… ちゃんと洗濯はしてあるよ」

彼は横を向いたまま言った。堂々とした彼も、私に泣かれて戸惑った様子だった。考えてみれば失礼な話だ。私ったら、プロポーズされて、他の男性の名前を言った挙句に泣き出したりして。だけど、彼だっていきなりすぎる。結婚するのが当然みたいに。私が断ると予想しなかったの? 私は泣いた。一生分、泣いたといってもいいくらいだ。思えばこんなに泣いたのは…そう、あの日以来だろう。ジョンを失った、あの日。ばあやが手に握っていた筈の太陽のペンダントは、その後、行方知れずとなった。ジョンの亡骸も翌朝には甲板から消えていた。誰かがペンダントと一緒に海へ埋葬したのだろうと噂がたった。ジョンの魂は天使になったのだから、きっと私を天から見守っていてくれる。私と ばあやは、そう信じた。あの時、一緒に手を取り合って泣いたばあやも、今は亡き人となった。あの日から、十年… すでにそれだけの月日が流れたのだ。

 キャンパスに夕陽が落ちてきた。手元が赤く染まっている。満足いくまで泣いた私は、ふと、彼の方を見た。何事もなかったかのように、文献の整理をしていた。いきなりのプロポーズには驚いたが、彼は黙って自分が泣き止むのを待っていたのだろうか。せっかちな人だな、という印象が少しだけ緩和された。私の視線を感じたのか、彼が顔をあげ、こちらを見た。

「大丈夫?」

「えぇ。ごめんなさい、いきなり泣き出したりして」

「いや、僕こそゴメン。驚かせたみたいで。だけど、僕の決心は変わらないよ。君は僕と一緒になる。その…ジョンって人の為にも。」

「ジョンのため?」

私は面食らった。ジョンのため、結婚はおろか、誰とも付き合う気すらなかったのだから。実際、この年齢…24歳になるまで、ボーイフレンド一人、作ったことがない。

「そう、ジョンのため。」

彼はもう一度言った。

「彼は…残念だけど、亡くなったのだよね。だったら尚更、君は今を生きるべきだよ。彼だって、きっと、君の未来がただ、過去に囚われるだけじゃなく…」

私は彼を遮って叫んだ。

「違う!囚われているわけじゃない!私は彼を忘れない!彼は家族も失い、親戚からも疎んじられて…自分しかいないって言っていたの。私が忘れてしまったら…一体誰が… 誰が彼が存在したことを覚えているというの!」

私は再び涙目になった。嫌だ、そんなのは嫌! 忘れられるものですか。忘れられないのよ。会えなくてもジョンは自分の中で生きているのだから… 何処まで彼に実際に話し、どこからが自分の独り言なのかすら分からなくなってしまった。一体、どのくらい、そうしていたのだろう。辺りはすっかり暗くなり、窓の外から顔を出したのは、満月だった。あぁ、満月…ジョンと約束を交わした満月だわ。満月を見たら、お互いを想う…と。

「綺麗な月だ」

ふいに、彼が言った。ほんとうだ。おぼろげな満月がジョンと自分を繋げている。会えなくても一緒にいてくれる気がする。

「なぁ、ジュリー。ゆっくりでいい。時間をかけていいから考えてみて。君のジョンの話を君の将来の子供へ引き継ぎたいとは思わないか?そうすることで、ジョンは僕らがこの世を去った後も、生き続けるとは思えないかな…」

意外な話の展開に面食らった。だってそうだろう? 君しかジョンを知らない、ジョンの記憶がないというのであれば、君はそれを伝えるべきだろう。作家になるという彼との約束だってある。彼のことを本にしたらどうだろう? それを子供たちに読み聞かせしては? 僕は君の夢をサポートするよ。ジョンには出来なかった形で。

 彼が… 学友の純一が、自分の夫になる、それも、いいかもしれない… 空から月が私たち二人を見ている。ジョン… あなたなら、何というかしら? 私は満月に問いかける。今までもずっと、こうしてきた。満月に問いかけてはジョン、あなたと会話してきたわよね。

「ジュリー、受け入れなよ。君は生涯、孤独でいるべきじゃない。僕は君と新しい家族になりたい。ジョンだってきっと、それを望んでいる筈だ…と思う…うん…」

純一はそういうと、目を逸らし、少し首を傾げた。そのしぐさが何処となくジョンに似ていて驚いた。つい先ほどまで積極的だった純一が、それまでとは違って見えたのだ。まるで、はにかみ屋のジョンが純一に乗り移ったかのように。

 その時、満月が笑っているかのように思えた。ジョンの懐かしい、あの、はにかんだ笑顔と満月が重なる。この夜、私は確かにジョンの声を聴いた。「君の子供に会ってみたい」と…。

 秋の風が優しく頬を撫でる夜、私は純一のプロポーズを受け入れた。翌年の7月7日良く晴れた七夕の日の夜、月光が部屋へ差し込む中、純が生まれた。まるで小さな天使が地上へ舞い降りたかのようだね、と二人で笑った。小さな産声を聴いた瞬間、まるでジョンの声が脳裏に響いたように感じられた。栗色の目をした元気な男の子だった。

 純が生まれた七夕の夜は、澄んだ星空が広がり、満月の明るい輝きが空の美しさを一層際立たせていた。私は空を見上げながら思ったものだ。純の誕生をジョンも一緒に祝ってくれているのだと。自分とジョン、そして純一との新たな絆が天の川を越えて天からやってきたかのような純を通じて繋がっていると感じた。星々の間を渡る織姫と彦星もきっと祝福してくれている。星々の輝きがジョンの記憶を未来へと運ぶ流れ星のように感じられた。

 腕の中で、すやすやと眠る純を見つめながら、私は静かに心の中で誓う。ジョンの想いを、純と純一との新しい未来へ繋げることを。

 純、あなたはこれからどんな道を歩み、どんな夢を追いかけるのだろうか。その未来に、自分とジョン、そして純一の想いが溶け込んでいきますように。これからの人生で出会う人々への愛情を抱きながら、人生を彩る瞬間を大切にして欲しい。思い出を決して過ぎ去った日々と捉えず大事にして、苦手なことより好きなことをやり抜いて…だけど決して急がず、大地を踏みしめながら生きていって欲しい。ママは欲張りかなぁ。何より元気で笑顔でいて欲しい…

 私はふと、胸ポケットにしまっていたジョンの懐中時計を満月に照らして見た。この子に…純に手渡す日はいつだろうか。

 純の首が座る頃、私は遂に執筆を始めた。タイトルは、【天使の賛歌】に決めた。それは、自分であるジュリーがジョンとの約束を守るために紡いだ言葉であり、彼の優しさと勇気への感謝を込めた祈りだった。ジョンは、月を見るたびに自分を思い出すと言っていた。もしかしたら、それはジョンが孤独の中で見つけた唯一の慰めだったのかもしれない。そして、自分にとっても満月は、彼の存在を象徴する大切なものとなった。ジョン、何年かかっても、きっと、描き上げるから。約束するわ。

 ミルクを飲み終えて、ご満悦な純を横目に、私は万年筆を手にし、最初の一行を書く。少しばかり手が震えたが、まぁ、ギリギリ読める字かな。濃いブルーブラックのインクが白い紙の上でゆっくりと滲む。筆跡はわずかに震えながらも、確かな思いを刻んでいた。こうして、この子に捧げる物語が幕を開けた。 

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季節の予感 第二回

2025-03-23 16:22:38 | ショート ショート

 「誰かぁ、助けて!あの子たちを…」

その声に導かれるように、僕たちは駆け出した。季節が移ろうように、僕らも変わるために。

さっきより、よりはっきりと聴こえる女の子の声。僕らからそんなに遠くはない場所にいるようだ。僕は声がした方へ更にフルスピードで走りだす。途端に、ケンの声が後ろから追いかけてくる。

「ジュン! 僕を置いて行くなよぉ」

振り返ると、ケンは、はぁはぁと肩で息をしている。

「しょうがないなぁ」

と僕は言うと、ケンの手を掴んだ。

「行くぞ、ケン! ヒーローになるんだろ?」

ケンの顔が少し赤くなった。こくり、と頷くと、僕の手を握り返した。

二人で小川の方へ急ぐ。風に乗って川から吹いてくる新緑の青草さが、僕たちの足元に広がった。急斜面になっているので、転がり落ちないように気を付けながら。湿り気を含んだ土の感触が靴越しに伝わる。

「ケン!滑らないように気を付けるんだ」

「うん!」

はやる気持ちと連動するかのように、森の木々がざわざわと音を立てる。木漏れ日が斜面に落ち、風に揺れる木々が影絵のように踊る。ざわざわと揺れる木々の音が、まるで僕たちを急かしているようだった。だが、ここは慎重に!と僕は自分に言い聞かせる。そこを抜ければ小川だ。僕らの目に真っ先に飛び込んできたのは、大きな岩に引っかかったままのイカダと、その上でミャーミャー鳴く子猫立ちの姿。心配そうに見守る、僕らとおない齢くらいの女の子の後ろ姿だった。小さな肩の震えが遠目にも分かる。今は流されずに岩に引っかかったままだが、時間の経過とともに下流へ流れ出すだろう。

 その時、女の子が、

「誰か…」

と、か細い声で呟いた。さっき、耳にした声だ。僕らが駆け寄る足音に気付いた女の子が、ゆっくりと振り返る。涙で潤んだ黒い瞳。日本人だ! こんな森の奥に日本人の女の子が⁉ そういえば、助けて、って声は… 言葉は… 確かに日本語だったではないか! 今頃になって気付くなんて。

「君、日本人なの?」

僕よりケンの方が先に声を掛けていた。女の子は、こくり、と頷く。

「子猫の内、一番元気な子がイカダに飛び乗って... 後を追うように、他の3匹も! するとロープがほどけてイカダが流れ出したのよ。あの岩で止まっているけれど、どうしたら助けられるか分からなくて…」

途方にくれていたんだな。そうしたら、僕らの話し声が聴こえたってことか。僕は冷静に状況を判断した。

「どっちにしろ、このままでは、いずれ川の水の勢いでイカダも再び流れ出すだろうから。ケン!僕らは下流へ先回りしよう。川幅が狭くなるところがあるんだ。そこは浅いし、水も僕の足首くらいしかない。きっと大丈夫だよ」

心配そうな二人の顔を見ながら僕は自信気に言う。大丈夫だ。この川で過去に何人か溺れている。そこで、大人達が一部の川を埋め立てていた。そのまま海へ流れていかないように、川の流れも二手に分けたと聞いている。

「ケン、行くぞ!」

僕は女の子を気にしているケンの腕を強引に引っ張ると、一緒に小川に沿って走り始めた。目的地へ辿り着くと、僕はケンに言った。

「いいか、ケン。イカダが流れてきたら、まずは飛び乗るぞ!そうしたら、子猫たちを捕まえるんだ」

そんな、上手く行くかなぁ、僕はここにいるよ、と不安気なケンを励ますと、僕は靴と靴下を脱ぎ棄て、ぽちゃぽちゃと川の中へ入っていく。やはり足首までしかない。これなら転んでも大丈夫だな。大人たちが張ってある網もしっかり結ばれていることを確認した僕は、その場で待ち構えていた。すると、昔、お母さんが読んでくれた【桃太郎】の桃のように、イカダも、どんぶらこ~どんぶらこ~と流れて来たではないか! 僕の心は飛び跳ねた。思ったより、ずっと、ゆっくりと流れて来たからだ。 桃から生まれた桃太郎、じゃなくて、イカダに乗った猫太郎たちよ、今、僕が助けてやるからな!と心の中で話しかけるくらい余裕があったのだ。

ゆっくりと流れるイカダの上では、相変わらず子猫たちがミャーミャーと、鳴き声を上げては、小さな四つの足を踏ん張っている様子が見えた。その子猫たちを横目に見ながら、あの女の子も川に沿って、こちらへ歩いて来る。

「あと10秒… あと5秒くらいだ…」

僕はイカダに飛び乗るタイミングを計った。

「今だ!」

僕がイカダに飛び乗ると、ぐらぐらとイカダが大揺れした。ひゃぁ~という声が僕の耳にも届く。揺れが収まるのを待ち、僕は子猫たちをシャベルカーのように急いでかき集めると、イカダから飛び降りた。ボチャン、と鈍い音がして、僕は子猫を両腕に抱えたまま、川の中で尻もちをついた。すべては一瞬の出来事だった。

「やったぁ!」

「やったわ!」

岸辺にいた二人の声が重なって聴こえて来た時、僕はこれまでの人生で二番目に感動していた。何故、一番じゃないのかって? それは、今から一年前、【天使の賛歌】のお話をママから聞いた、あの夜が一番だからだ。

ケンは水が怖い筈なのに、いつの間にか靴を脱いで、必死な表情を顔に浮かべながら、川の中へ入って来た。あの女の子も一緒だ。

「大丈夫だから、そこにいなよ!」

僕は叫ぶと、二人と川岸で合流した。ケンが誇らしげに僕の手から二匹の子猫を受け取る。感動の瞬間だ。僕の腕の中で元気に動く残り二匹の子猫を女の子に手渡すと、僕は心底ほっとした。本物のヒーローになった気分だなぁ。本の読みすぎってことはないよな。

「ありがとう、この子たちを助けてくれて。一人で何も出来ずにオロオロしているだけで、とっても怖かったの」

女の子がほっとしたように微笑む。でへへ、と僕は照れ笑いし、ケンもつられたように、でへへ、と笑う。その直後、お腹の虫が、ぐぅ~っと鳴いた。

太陽は僕らの真上で笑っていた。まるで物語の中で知る、僕のジュリーのように。

「お昼だ。腹の虫も鳴いてるし、行こうか!」

「うん!」

「えぇ!」

僕ら三人には、すでに同志のような絆がこの瞬間に生まれていたように思う。

「そういえば、まだ、名前も聞いていなかったな」

最も大切なことを思い出したように僕は言う。

「ジュリよ」

一瞬、僕は棒立ちになったまま動けなくなった。

「なっ、なんだよ、ジュン! 急に立ち止まるなよ! 危ないじゃないか!」

ケンが抗議したが、それは耳には入ってこなかった。それよりも、もっともっと重要なことを今、確かに聴いた筈。ジュリィ...? ジュリーだって⁉ ジュリーと聞いて、僕は一年前にママが話してくれた【天使の賛歌】の主人公、ジュリーを想わずに入られなかった。もしかしたら、物語のジュリーはボクの初恋の相手かもしれないんだ。まぁ、落ち着いて考えれば、ジュリーは僕のお母さんな訳だけど。

「僕はケン。こっちの乱暴なのが、僕の従兄弟でジュンって言うんだ」

僕の代わりにケンが自己紹介しているのを僕は黙って聴いていた。なんだか、太陽に導かれ、こうして森の中で.. ジュリィに出逢ったみたいだ。

 「明日、晴れたら、僕らと一緒にカブトムシを取りにいかない?」

ケンが元気いっぱい、ジュリィに向かって話しかけている。僕は自分の思考に忙しすぎて、ずっと黙ったままだった。どうやら、ジュリィも夏休みの間だけ、日本からここへ来ているようだ。きっと、村が毎年開催しているサマーキャンプの為に来たのだろう。

 「君、日本人だよね。なのに、ジュリィなんだ…」

女の子は恥ずかしそうに微笑んだ。

 僕はこの後、どうやって森から自宅へ戻ったのかも、女の子と別れたのかも、ぼんやりとしか覚えていない。午前中の大冒険のあと、女の子は四匹の子猫を連れて、何度もお礼を言いながら、一緒に米国へ遊びに来ているらしい母親の元へと戻っていった。ケンと僕は、遅めのランチをしながらお母さんが用意してくれたサンドイッチとサラダをほおばった。まるでケンが一人で大冒険をして活躍したかのような話しぶりに、時々、違うだろ!って心の中で思いながらも、僕はそれどころではなかった。お母さんの名前がジュリーで、会ったばかりの女の子もジュリィなんて、すごい偶然だなって。こんなことって本当にあるのかな? あの子の笑った顔や、子ねこたちの鳴き声、それに森の匂い――全部が頭に浮かんできて、なんだか胸がドキドキしてきた。ぼく、きっとこの日のことをずっと覚えてると思う。

つづく...

 

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【季節の予感】第一回

2025-03-23 13:36:25 | ショート ショート

 僕の名はジュン。純粋の純って漢字で書いて、ジュンっていうんだ。初夏の爽やかな風が吹き抜け、季節はあっという間にじめじめとした梅雨へと移り変わるころ、日本を離れ、毎年、アメリカにあるお母さんの実家へ遊びに行った。 そういえば、お母さんは作家なんだ。だから僕も本が大好きだけど、やっぱり外遊びの方が好きかな。僕も物語を作るのが得意って言われるけど、外で冒険する方がずっと面白いし、なんだか僕の血が騒ぐんだ!今日も僕は従兄弟のケンを引き連れて、カブトムシを取りに行く。家の近くには大きな森があって、まぁ、僕に言わせれば、”庭のようなもの!”だな。従兄弟のケンにとっては、初めての海外で、初めての場所だから、僕とおない齢だとは信じられないくらい、怖がってた。何処へ行くにも、僕の後ろをついて回る。まぁ、ケンにとっては全てが異世界みたいなんだろうな。言葉の問題もあるしなぁ。僕の場合は日本で暮らしていても、お母さんが時々英語で話しかけてくるから、何となく、喋れなくても何を言っているのか僕には分かるんだけど、ケンのやつは、全くだめで、こっちへ来てからは、近所のおじさんやおばさんたちに声を掛けられるたびに、僕の顔をちらっと見ては、おどおどしていたんだ。笑って、ハローって言っていればいいよ、って言うのに。「怖い」らしい。みんな、デカいからかなぁ。そんなケンに親切にしてあげてね、ってお母さんに言われ、素直に分かってるよ、って返事をして今日も一緒にカブトムシを探しに森の中へ入ったわけだ。都会育ちのケンにとって、広大な森の中は未知の世界のはず。その目には、どこを見ても不安げな色が浮かんでいた。森の奥に進むにつれ、僕の耳に聞こえるのは鳥のさえずりと自分たちの足音だけだった。この静けさが、なんだか面白いことをしたくなる気分にさせたんだ。僕は急に変にそわそわして、ケンを驚かせてみたいなって思っちゃった。森の地面はでこぼこ道で、所どころ大木の根っこが地面を這っている。

「ケン、足元を良~く見ろよ。木の根っこに足を引っかけて転ばないようにな!」

僕は後ろから付いてくるケンに声をかけた。

「うん、分かったよ」

より一層、地面に集中するケンの姿を認めた僕は、出来る限り音を立てないよう、小走りすると、さっと脇へ隠れ息をひそめる。いつもケンのやつ、僕が歩く速さについて来れず、「ジュ~ン、待ってくれよぉ」と僕を呼んでいた。都会育ちだからな、当然か。

まだ、僕が消えたことに気付かないのか。しーんと静まり返ったままだ。根っこが地面をうねうねした先は急斜面になっており、ケンの目には僕が突然消えたように映る筈だ。大木の陰に隠れた僕も、ちょっとケンの様子を見たくなり、そぉ~っと首を出した時だった。ケンは辺りを見回しながら、息を詰めた声でこう叫んだ。

「ジュン!何処へ行ったんだよ!」

「… 」

「ジュン!返事くらいしろよぉ...」

ケンの泣きべそかいた声がした。うひゃ~やったね! 僕は、くっ、くっ、くっ、と笑うと、スーパーヒーローみたいにケンの目の前へ躍り出た。

「ジャーン!正義の味方、ジュン登場!」

僕は虫網を持った右手を空へ向けると、白い歯を見せて笑った。

「何が正義の味方だよ… 意地悪しやがって。ジュンのママに言いつけてやる!」

ケンは相当怖かったのか、半べそかいたまま、まだ泣いている。

「お母さんには言わないでくれよ、頼むからさ」

と言いながら、僕はまだ泣き止まないで同じ場所に突っ立ったままでいるケンに向かって叫んだ。大体なんだ、森の丘に立つ僕の姿を見て、天使のように瞳をうるうるさせながら、「ジュンさまぁ~。助けに来て下さったのねぇ」とか、何とか、台詞を言うくらいの心の余裕ってもんを見せて欲しかったよ。何がママに言いつけるだ。だけど、ほんとにケンがお母さんに言いつけたことはないんだよなぁ。僕のいたずらに付き合ってくれる、心優しい従兄弟なんだ。

「ケン、僕たち、もう7歳なんだぞ!子猫みたいな泣き声でミャーミャー男が泣くなんて、みっともないぞ!早く行こうよ」

ケンは更に抗議の目を向けた。

「何が子猫だ! ミャーミャーなんて泣いてないよ」

そう言ったケンは、急に耳を澄ましている。確かにケンはすでに泣き止んでいる…よなぁ… じゃあ、なんだ? あれは本物の子猫の鳴き声なのか⁉

「なぁ、ジュン。子猫がどっかで鳴いてるよ。間違いない、小川の方かな…」

こんな時は全神経を集中だ!お母さんがよくやるヤツだ。うん、確かに。つい、さっきまでは小鳥の声しか聴こえていなかった筈なのに。小川の水の音と子猫が鳴く声が…しかも、どうやら一匹ではないらしい、数匹いるようだ… 僕の耳もしっかり捉えた。…とその時、

「誰かぁ!あの子たちを助けてぇ!」

女の子の声だ! 僕らは顔を見合わせた。ケンも同じように目を見開いている。心臓がドキドキと早くなる。

「ジュン、今のは… 女の子の声、聴こえなかったか?」

僕は大きく頷いた。

「ケン!行くぞ! きっと子猫に何か起こったんだ。僕らが助けなきゃ!」

言うが早いか、僕はもう駆け出していた。その後をケンが必死についてくる足音も、僕にはちゃんと聴こえていた。

 

つづく...

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真昼のシンデレラボーイズ 地域密着型スーパー復活作戦会議!

2025-03-20 01:42:49 | ショート ショート

 二週間ほど安静にした結果、ぎっくり腰も回復に向かい、無事に業務をこなせるようになった。七人の爺さんたちに感化され、半信半疑なまま、狸神さま、どうか、スーパーが復活する案を下され~と祈ってみた。すると、爺さん達が言った通り、狸神が現れたから、こりゃ大変!いや、大変に有難いことだ。

「わしを呼んだかぇ?」

狸爺、もとい神は言う。しわくちゃの顔にキラリと光る小さな目を右から左へと動かしながら、杖の先で地面を軽く叩いた。

「はい、呼びましたとも!スーパー再建のアイデアを…」俺が最後まで言い終わらぬ内に、狸神は言った。

「顧客も地域の人々も若造も爺ちゃん婆ちゃんも巻き込んだ、地域の憩いの場とすることだな!そのために皆がアイデアを持ち寄れば良いではないかい!」

興奮したのか、隠れていた狸神の尻尾がぼわっと太くなり、一瞬揺れた。

「...と、言いますと…一体、どうやって⁉」

「お若いの、頭は大丈夫かぇ? 作戦会議を開けばよろしかろう!そのような単純なことも思いつかぬとは…」

そういうと、狸神は ふわりと宙に浮いた。

俺は、ぽりぽりと頭をかいた。確かにそうだ。

 

 「...という訳でして、この度、皆様に集まって頂いたという訳です、はい。ご意見がある方は挙手を… はい! そこの赤いちゃんちゃんこの御婆ちゃん、マイクを受け取って意見をどうぞ。」

七人の爺ちゃんグループ筆頭、光男の妻である、お梅婆ちゃんがすくっと立ち上がると🎤マイクを握り、梅干しのような口をして喋り始めた。

「私らは顔が広いけのぅ。爺さんたちは現役時代の人脈を頼りに地元農家、漁業者から地元の商品を取り扱う、ちゅうのは? それらを使った爺ちゃん婆ちゃん弁当を開発するのよぉ」

すると、爺ちゃん婆ちゃんたちから、次々と意見が出始めた。やはり、人生経験豊富だからな。俺はふむふむと頷きながら、耳を傾ける。

「おお、そうじゃ。子育て世代の母子にも参加してもろうてのぅ。お料理教室がてら、手伝ってもらうとよかろうて」

「投票箱を設置して、”あなたが選ぶ、地元商品、ここでしか買えない特産品の棚”を作るんはどうじゃろうか?」

「そりゃ、よかばい!」

と声を上げた光男は、手を叩いて笑いながら、隣の爺さんの肩を叩いた。

「元々とあるスーパーで定期的にやっておる、北海道、京都フェアに加えて、わが町フェア、っちゅうのをやるのよ! 地元の野菜や商品を売れば、なんじゃ…ほら、あれじゃよ、輸送費が余りかからないあれ…」

光男の隣で肩を叩かれた爺さんが天井を見た。

「もしかして、「地産地消」を推進することを言おうとしてるんじゃないですか?」

語彙が出てこないようで、困っている爺さんを気の毒に思ったのか、高校生男子が口を開いた。

少し遠慮がちに、小声で喋った地元高校生に皆の目が集まり、高校生男子はますます小さくなった。…と次の瞬間、どっと、どよめきが起きた。

「若者よ! よくぞ言った! 爺婆ばかりがさっきから意見を出しとるなぁと心配になっていたが、勇気あるぞよ。流石、若い頭は違うのぉ」

高校生男子は、はにかんだように笑う。彼の背後に腰かけていた光男の友人も負けじと言う。

「イベント会場… いや、待てよ。店内に交流スペースを復活させてはどうだろう? 中央にはテレビを設置したらよか。きっと、盛り上がるばい!」

うーむ… 俺は、この意見には正直賛成しかねた。というのも以前、交流スペースに置いてあったテレビのチャンネル争い、ベンチ争いが毎朝、勃発し、俺が口喧嘩を止めるために割って入ったこと、数知れず… 腕組みをしたまま、内心、焦っていると、紫色に白髪の一部を染めたモダン婆ちゃんの一人が言った。

「カフェコーナーとインターネットスペースにしたらどうじゃろう? スマホの使い方、ネット商品の取り扱い、足が悪くて歩けない高齢者も多いしのぅ。それぞれの特技を生かし、ネット注文と配達を若造にやってもらうというのは?」

これには皆も関心を寄せた様子だ。隣同士で意見交換が始まった。勿論俺も関心をよせつつ、内心ほっとしたのだった。テレビ設置を望む声は出て来ない。そうか!ネットだ!これはいいかもしれないな… これがあれば、高齢者も忙しい現役世代も、この地元スーパーをもっと頼りにするだろう。カフェにはあらゆる世代の人も必然的に集まるな! これぞ、交流スーパー、いいぞ、いいぞ!スーパーの日常や裏側を共有する「スーパー探検ツアー」を定期開催するのも良いかもしれない。以前、ブログから書籍化という流れもあったが、やはり、地元メディアに取り上げてもらわねば! 俺の頭も活発に動き始めた、その時、今度は三つ編みの小学生の女の子が手をあげた。

 「スーパーの裏側を見せて欲しいです! スィングドアの向こう側へ店員さんたちが消えていくでしょう。どうなっているのか見たいといつも思う」

俺は思わず、ガッツポーズをしてみせた。

「よっしゃ、君、いいこと言うね。名前は?」

「八木さくら、です」

「おお、あの伝説の調味担当者、八木さんのお孫さんか。どうりで賢い筈だね」

俺がそういうと、さくらちゃんは、顔を赤らめた。さくらちゃんの隣に座っていた友達も、座ったまま得意げに言う。

「Wi-Fi、ゲームのイベントもあると、いいと思います!」

「わいわい? わいわいゲームもよかばい」

光男の発言に、若者層はどっと沸いた。

わいわいゲームだってぇ。だれか教えてあげなきゃ。それぞれが勝手にしゃべり始めた数分後、副店長の俺が総括した。

「はい!皆さん、お静かに!会議の内容は、店内の掲示板に貼りだす他、地元メディアにも取り上げて頂きます。更に話題を呼び、更なる意見が集まることでしょう。では、これにてお開きにします」

 とにかくも、こうして、スーパー再建のためのアイデアは大方、出そろった。副店長としての俺の役割も最低限達成できたのではなかろうか...。俺は会議室に集まった地域住民を見まわし、少しほっとした。

皆が満足そうに去っていく後ろ姿を見ながら、俺は狸神と七人の爺ちゃんたち…真昼のシンデレラボーイズに感謝した。たまにぎっくり腰になるのも、そう悪くはない…かも…しれない。

何を売るか、も大事だが、成功のポイントは、世代間交流がどれだけ活発に行われるか、皆がどうスーパーに集い、支え合うか、だろう。大方、皆が同じ方向を向いていると確信した俺は、とあるスーパー再建の明るい未来を狸神より早く予言しておいた。えっへん❣ 

活発な会議に満足したのだろう。赤ちゃんから高齢者まで、皆がスーパーに集う明るい未来が見えた気がした。狸爺、いや、神はニヤっとすると、「お若いの、困ったらまた呼びなはれ」という言葉を残し、天へと帰っていったのだった。狸神さま、ありがとうよぉ! 

 会議から一年後… カフェコーナーには学校帰りの中高生、時には大学生や留学生が教科書やノートを広げ、主婦や高齢者も日常的に立ち寄っては、「元気にやっとるねぇ」とお互い声を掛け合っていた。子どもたちは親と一緒に「スーパー探検ツアー」で店内を巡り、農家さんたちは直売イベントで不揃いの野菜、果物も売りさばき、見た目より味と新鮮さで商品を選ぶ顧客が増えた意義も大きい。何より人気だったのは、爺ちゃん弁当だ。初日に完売した時は、俺の目頭も熱くなったものだ。豪快なメニューはあっという間に売り切れ、今ではリクエストメニューも増えた。こうしてスーパーがにぎわう光景は主に毎週末見られたのであった。活気を取り戻した店内を歩きながら、俺は地域住民やスタッフ一同に心から感謝した。あ… もう一人、いたなぁ。

 もしかして… わし、失業じゃろか? 狸神より

 

完❣

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真昼のシンデレラボーイズ 続編⁉

2025-03-19 18:21:43 | ショート ショート

 なっ、なんだ、あの爺さん7人組は⁉シルバーセンターから派遣されてきたのか⁉ コメ五キロの袋をスイッと持ち上げ、ズンズン歩いていくぞ!こりゃぁ、三十歳の自分が負けちゃいられない!俺は爺さんに続き、コメ袋を持ち上げた、までは良かったのだが。「ぎくっ」と腰のあたりが鈍い音がし、次の瞬間、

「あ~いタタタ、痛いっ、だっ、誰かぁ!」

俺はコメの下敷きとなり、スーパーの床にしゃがみこんだ。ぎっ、ぎっくり腰ってやつだ。

「どうした、若者❣」七人の侍ならぬ、7人の爺さんたちに囲まれ、俺は茹でタコのように全身が赤く染まった。

 「皆の者! この若造を2階の整骨院まで担いでいくぞよ」

 「よっしゃぁ! たやすい御用よ!」

俺は何とか自力で立ち上がろうとしたが、ぎっくり腰ってやつは、どうもこうも痛くて敵わない。悔しいが、俺は爺さんたちの助けをかり、えっさ~えっさ~と、整骨院まで運ばれたのだった。

 「しかし、若造、情けないのぅ。コメ五キロを一袋だけ抱えて、このざまか」

はい、仰られる通りでございます、俺は心の中で呟いた。

「しかし、爺さんたち、なんでそんなに元気に身体が動くんだ⁉」

俺は医師に湿布を這って貰いながら、素朴な疑問を投げた。

「よう、聞いてくれた! それがな… これこれしかしか…」

狸神⁉ まじっすか⁉ いや、マジなわけない。身体はこんなにしゃんしゃん動くのに、頭の方は相当ヤバいらしい。認知か… それとも…

 「ところで若造、ちょっと小耳に挟んだのじゃが。創業百年の老舗スーパーマーケットが、傾きかけておるという噂は本当なのか? 最近、郊外へ出店するスーパーが増えとるからのう。わしらのような爺婆には、市の中心街にある老舗スーパーが歩いて来れる距離で便利なんだが。どうにかならんかい?」

なんだ、急にオツムもしっかりしてきたぞ…。そうなのだ。爺さんたちが心配する通り。路頭にたたされている地域密着型、とあるスーパーなのだ。何か生き残る術はないものか…。

 

つづく...

注意:意味が分からぬ方は、【とある街のとあるスーパー物語】【俺、ミナミ、副店長って辛いのよぉ】をご購入頂くか、カテゴリーの【ショートショート】真昼のシンデレラボーイズ

そして、同じくカテゴリー【とある街のとあるスーパー】をお読みください。

 

 

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天使の賛歌 5 エピローグ

2025-03-18 01:16:49 | ショート ショート

 もうすぐママが2階へ上がって来る。僕は明かりを消して、毛布を頭まで被った。いい子にしていないと、ママはお話を読んでくれない。ボクは昨夜からずっと、あの天使のお話の続きが気になって仕方がなかった。そこで何度かママに、あの子はどうなったの? 死んじゃったの? 助からなかったの? おやつのビスケットをかじりながら、庭でお花に水やりをしながら、つづきを尋ねてはみたんだ。だけど何度聞いてもママは、「夜になったらね。」と、教えてくれない。ボクは隣の家に住む子達と一緒にいる時間も、遊びに夢中になれなかった。ぜ~んぶ、ママのせいなんだからな! その時、コツコツと、階段を上がって来るママの足音が響いた。やった~!遂に! ボクは心の中で小躍りしそうだった。

 そっとドアを開けると、ママがこっちを覗き込んだ。ボクはわざと寝息をたててみせる。ママは小声で、

「もう、寝ちゃったかな… 」と呟く。ボクは慌ててがバッと起き上がると、

「今まで寝ていたけど、今、目が覚めたよ。ママ、お話のつづき、早く、はやく!」

両手でママを呼ぶと、ママも笑いながら傍へ来て、お話ノートを広げた。では、読むわね。

「うん!」僕はどきどきしながら、ママの話の続きを待った。ママはにっこり笑うと語り始めた。

 

【天使の賛歌 エピローグ】

 火の海となった船上は、乗員乗客が一致団結したこともあり、無事に消し止められたが、火の手が上がった部屋には、人が倒れていた。

「きっと、この客室の女の子だ」

「まだ、こんなに若いのに」

「何とも気の毒なことだ…」

集まって来た人々が口にする。その内の一人が、焼けずに首に残っていたチェーンを見つけた。ペンダントのようだ。乗員がハンカチでススを払うと、太陽を象ったペンダントの裏側に、J.J.とイニシャルが掘られていた。

「あぁ! お嬢様ぁ! それは、お嬢様の物です。間違いなくお嬢様の…太陽のペンダント。そのイニシャルもお嬢様で…」

ばあや、違うわ! 何処からか、少女の声がした。

それまで、わんわんと声を上げて泣いていたばあやが、振り返ると、そこには焼け死んでしまったのだと思っていたジュリーが、ぽつり、と立っていた。

「それは私じゃない、私を助けてくれたジョンよ。私の身代わりに…作家になれ!と。」

ジュリーはその場に泣き崩れた。 周囲にいた人々は誰一人、口を開くことが出来ず、嵐が去った後の船上には、ただ、少女の泣き声だけが響き渡っていた。

 

 ここで、この曲(詞あり)をお聴き下さいませ~🎵

【天使の賛歌】作品NO 360 作詞作曲:すず

 

「ママ、それから二人はどうなったの?」

ボクの質問、聴こえなかったのかな。ママは黙ったままだ。ボクはもう一度、ジュリーは助かって作家になれたの? ジョンはあのまま死んじゃったの?と、聞いてみた。

「あぁ、そうね。ジュリーは無事に米国へ戻り家族に会えた。その後も勉学に励んで、日本へも渡ったの。そこで紫式部を研究をして、同じ大学院生と出逢い、結婚した。男の子も生まれたわ。名前はジュン。純粋の純、と漢字で書いて、ジュン。」

ボクはびっくりして思わずベットから跳び起きた。

「純? ジュンっていうの? ボクと同じ名前じゃないか!それで、ジュリーは作家になれたの?」

「ええ、なれたわよ。」

ボクのハートがドクン、ドクンと音がするぞ。だけど、ママはジュリアンだ。ジュリーって名前じゃない。ボクはゆっくりと… そうだ!最近、覚えた言葉でいうと、”すごく慎重に”言葉を選んだ。

「それで… 今、ジュリーは何処にいるの? どんなお話を書いているの?」

ママは何処か、遠い目をしたまま、しばらく窓の外をみていた。満月だ! 今夜は満月。ジュリーとジョンが、「月を見たら、お互いを思い出そう」と約束した、満月の夜。

「純、ジュリーはね… あなたの目の前よ、ジュン」

えーっ! ボクの予感、的中だーっ! やっぱりママだ。ママは作家になったんだ。ジョンとの約束を果たしたんだ。ボクの友達はみな、いいなぁっていう。ママが作家だから、本屋さんにママの本が並ぶ前に、お話を知っているのだから! ボクが一番の読者って訳だ。ボクの自慢のママだ。だけど… 

「ジュリーじゃない、名前が。そう思ってるのね。昔はね、ジュリアンじゃなくて、ニックネームでジュリーと呼ばれていたのよ」

そうだったのかぁ。ボクは最大の疑問をママに投げつけた。

「ジョンは? ほんとにママの身代わりになって死んじゃったの? 天使はいるの? 本当にいるの?」

息子の疑問はごもっともだ、という風にママは再びこちらを向いた。

「あの日、炎の中で、ママは確かにジョンの声を聴いたわ。諦めるな!って。ジョンは死んではいない。天使になったのよ。あの船上の火事から一年後に、ママは不思議な話を耳にしたの。ジョンという名の男の子が誤ってボートから川へ転落した。その子は泳げなかった。だけど、その子の友達だったジュリーという名の女の子が川へ飛び込んだ。彼女も泳げなかったのに。彼を助けたい一心で。」

「えーっ、それじゃ、二人とも溺れて死んじゃうじゃないか!」

ボクは、ぶーぶー言った。ママは、そうね、と短く返事をすると、先を続けた。

「だけど、不思議なことが起こったの。女の子が飛び込んだ直後、川の水がすう~っと引いたの。女の子は急いでジョンって男の子をボートにつかまらせた。」

それじゃぁ! ボクはぱあっと明るい日が差してきた気がした。月夜だ、月光だ、きっと!

「助かったんだね、ジョンもジュリーも!」

「ええ、いいえ…」

ママは一瞬、困った顔をしたが、先を続けた。

「ジョンは助かったの。複数の人が川岸から天使の光を見たそうよ。あの日のように、天使が現れて、ジョンを助けたのね。だけど…」

「だけど?」

ボクはつづきを催促してしまった。

「ジョンが大人達に川岸へ引っ張り上げられた直後、一旦引いた筈の水が戻って来た。そこにあった筈の黄金の道は消えていた。」

「じゃぁ… ジュリーは… 死んじゃった、いや、天使になったんだね」

ボクは分かって来た。火の中へ飛び込んでジュリーを救ったジョンと。

水の中へ飛び込んでジョンを救ったジュリー… ママが時々話す、「時空を超える」ってことなのかな。前世も今も、未来も、何処かで繋がっているって。あの月が、何千年も、僕が知らないくらい長い間、光輝いて、どこからでも見えるように。

ママと目が合った。

「ジョンはきっと、僕とママのお話を天から聞いていると思う。作家になったママを自慢してるよ!」

ママはにっこり笑った。ジョンが好きだった、栗色の瞳だ。月光の輝きだ。

「そうね。ジョンがいなければ、ママは生きてはいなかった。あの勇気ある少年が命を投げ出して自分を救ってくれなければ、ママは死んでいたし、純だって生まれてこなかったのよ。分かるわね?」

僕はコクリと頷く。ママはポケットから何かを取り出した。もしかして…ジョンと交換した…懐中時計! 月灯りを受けて、黄金に輝いている。ママはそっと僕の手のひらに乗せた。ボクはドキドキしてきた。ずしりと重たかったからだ。ジョンとジュリーの命の重さだ。

「純、ママはね、こう考えているの。ジョンは火の中へ飛び込んで天使になり、ジュリーは水の中へ飛び込んでジョンを救った。きっと、ジョンも時空を超えた場所で生きていると」

僕は深く頷く。きっとそうだ。ボクはそっと懐中時計を開いてみた。カチ、カチ、カチ、と時を刻む音がする。ボクもジョンとジュリーと満月の時計を通じて繋がっている気がした。そして、ジュリーはボクのママなのだ。

ママは幸せそうだった。ジョンとの約束を果たしたママは立派だ。ママを救ってくれたジョンは男の中の男だ。今、僕が守りたいのは…

「お母さん、僕がジョンの代わりに守るからね。それに僕がいつだって最初の読者になるから安心してよ」

「あら? お母さんって呼んだわね。ママは卒業かぁ。ちょっぴり寂しい気もするなぁ」

「僕、ちょっと思い付いたんだけど、こういうお話はどう? ジョンは時空を超えて生きていた、の続きを考えたんだ。」

「あら?是非、聴かせてちょうだい」

身を乗り出したお母さんに、僕は早口で喋った。ジョンは火傷をおい、記憶を失ったけれど、懸命に働いて、日本に留学する。そこでは、純一と名乗る。記憶喪失で名前も思い出せなかったから。それでも紫式部は覚えていて、お母さんの学友になって結婚する。そして僕が生まれるのだと。

「ジョンが純一? あなたのとうさん? それは面白いわね! わずか6歳でそんな話を思いつくなんて。私よりずっと才能あるわよ、ジュン」

僕とママは…かあさんはお互いを見つめ合いながら笑った。僕らを照らす月夜も優しく笑っていた。

 その後、出版された本、【天使の賛歌】のラストは次のような一文が加えられていた。

 「時を超え、空間を超え、人々の勇気は未来へと受け継がれる。それこそが天使の賛歌が語りかけるメロディーなのだ。」

おしまい

 

 

 

 

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天使の賛歌 4 最終回

2025-03-15 19:26:44 | ショート ショート

「火事だ!」

「一番奥の客室から火の手が上がったぞ!」

普段は優しい潮風が、この日は別人のように容赦なく吹き付けた。火の手は無常にも、風に煽られ更に激しくなる。

「誰か逃げ遅れた客はいないか? 全員無事か?」

乗員乗客皆が必死に消化に務める中、僕は必死にジュリーを探した。昨夜、それぞれの寝床へと分かれる前、ジュリーは小説を書き始めたところだと話していた。時々、うたた寝してしまい、手元のランプが消えてしまっていることもあると… 今夜の風だ。もし、ジュリーが寝入ってしまったあと、倒れでもしたら…

「ジュリーがいない!ジュリーが!」

僕がバケツの水を頭からかぶり、火の中へ走り出したその時、乗員の一人が叫んだ。

「まさか!あの火の中か?無理だ、ジョン!よせ!死ぬ気か⁉」

誰かが僕の腕を掴む。

「約束したんだ!諦めないと…ジュリー!」

僕は声にならない声でまくし立てた。諦めるもんか‼ 約束したんだ!君は死んじゃだめだ!君の家族が待ってる!かあさんが待ってる!だけど僕には誰もいない、君しかいない。身代わりになるなら僕だ! 僕は必死に僕の身体を抑えつける大人たちから逃れようともがいた。せわしなく行き来する乗員たちの姿が一瞬、ぼやけた。周囲の緊迫した声も次第に聴こえなくなっていく。

やがて身体がふわっと軽くなり、意識が遠のく中、火の中に倒れているジュリーが見えた。

「目を覚ませ!諦めるな、ジュリー!」

僕はありったけの声を張り上げた。ジュリー、頼むから目を覚ましてくれ、と…。辺りは火の海だった。熱い…頭からかぶった水も一瞬で乾ききっていく。

じっと動く気配が感じられなかったジュリーの身体が炎に包まれた中で微かに動いた気がした。彼女の指先が、ピクリと動くのが遠目にも感じられたのだ。僕の声が届いたのだろうか。

ほつほつと燃え上がる炎、飛び散る火の粉、パチパチと燃える音。すべてが一瞬止まった。時が止まった。僕の目の前に、一筋の黄金の道が出来たかと思うと、ジュリーが倒れている場所へと一直線に伸びていた。黄金の道…ジュリーがいつか行きたいと言った、黄金の島国、日本へと続く道のようにも思えた。眩いばかりの光が炎を押しのけるように広がった道。黄金の道を目にした瞬間、ジュリーの未来への道筋がここに示されたのだと僕は確信できた。天使は夢物語じゃない。本当に存在したんだ…。燃え盛る炎とは対照的に、黄金の道は静寂と希望に満ちていた。

「勇気ある若者よ。本当に自分の命と引き換えるのですか? 後悔はないのですか?」

誰だ⁉ 誰かが僕に話しかけてくる。すべてが静止画のように止まり、動いているのは自分自身と… 何処からか聴こえてくる声の主… もしや天からなのか…⁉

「あの娘は助からない、それがあの娘の運命なのです。」

声の主はいう。

「そんな運命、僕が変えてやる!あの子は…ジュリーは死んでは駄目なんだ!家族と再会して、夏休みを楽しく過ごして、それから…」

「それから?」

声の主は問う。

「それから…」

僕は天を仰いだ。キラキラと輝くのは…羽! 羽だ!すると、声の主は…天使なのか?

「どうか、あの娘を…ジュリーを連れて行かないで!ジュリーは作家になるんだ。多くの子供達に夢と希望を与える作品をこれから書いていくんだ。それが彼女の運命の筈なんだ。僕はすでに家族を失って独りぼっちなんだ。僕を救ってくれたのがジュリーなんだ…乗員たちに怒鳴られてばかりの僕に、いつだって笑顔を向けてくれた。落ちぶれた僕と一緒に船上パーティーでステップを踏んでくれさえした。彼女がいなければ、僕の心はとっくに死んでいたんだ。死んだまま生きていた。彼女は死ぬべきじゃない! こんなの、間違ってる…」

それまで羽以外はぼやけていた天使の表情が初めてはっきりと見えた。天使はにっこりとほほ笑んだのだ。どこかジュリーに似ていた。ジュリーと同じ、栗色の瞳。ジュリーと同じ笑顔が、僕の胸に静かに灯りをともしたようだった。

「お行きなさい。本来、人の運命は書き換えられないもの。しかし、あなたの強い想いに触れ、つい、姿を現してしまいました。本当にあなたの命と引き換えて良いのですね?」

僕は迷わず叫んだ。

「はい!」

人生で最も力強い、「はい!」だった筈だ。船員たちにも聞かせたかったよ、などと思うほど、この時の僕の心には余裕すら出て来た。いつも怒鳴られてばかりだったけど、人生の最期にやっとまともな仕事が出来そうだよ。乗員のおっちゃんたち… 少しは褒めてくれるかなぁ。

「分かりました」

天使の承諾を得て、僕は顔を上げた。ありがとう!と心の中で頷いた。

「では、お行きなさい、彼女の元へ」

天使の声は静かでありながら、どこか力強さを感じさせた。僕は走り出した。牛に追いかけられた時よりもずっと速く。全速力で。ジュリーのもとへ。

ジュリーを揺り動かした直後、僕の身体はふわりと軽くなり、宙を舞った。空へ…天へ…。ジュリーからどんどん離れていく僕の身体。だけど決して離れはしない、僕の心。

その先の記憶は… 

僕には...

もはや、無かった。

ただ...眩い光に目を細めながらも、道の先にジュリーが前を向いて立ち上がる姿を思い描いた。

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