日々のあれこれ

現在は仕事に関わること以外の日々の「あれこれ」を綴っております♪
ここ数年は 主に楽器演奏🎹🎻🎸と読書📚

ふたり#オリジナル曲 音楽会 『約束』ショートショート

2023-06-03 03:19:45 | ショート ショート

ふたり#オリジナル曲 音楽会

 

 『約束🌞』 ショートショート(フィクション)

 

 

 「俺、千夏のこと好きなんだけど」

レジに入っている私のところへやって来る度、同じセリフを繰り返す彼。

周囲の目も耳も全くお構いなしだ。

余りにもあっけらかんと言うものだから、とうとう私も最後は笑い出してしまった。

まるで太陽だな、と思う。

豪州の夏は陽射しが強い。

真昼に外を歩けば肌を刺すようだが、木陰で休めば爽やかな風と共に柔らかな光となる。

ストレートな言葉と。

かといって決して押し付けようとはしない木漏れ日のような微笑みと。

やっぱりマー君は太陽だよ。

「ん? 何? 何笑ってんだよ、千夏。」

「ううん。何でもない。仕事終わったら…一緒にご飯…する?」

「だな。あと30分、レジに居てくれよ。 俺、カンガルーとシープスキンの在庫を倉庫から取って来るから」

「了解👌」

オーストラリアへ来て、すでに10か月が過ぎた。

ワーキングホリデービザを利用すれば、休暇を楽しみながら現地で就労することを許されている。ラウンドから戻った私達は地元のお土産屋さんで働くことになった。

私は朝から夕方までのシフト。午前中、語学学校へ通っている彼… 愛称はマー君というのだが…彼は午後からのシフト。

先に仕事が終わる自分が買いものを済ませ、食事の準備をする。後からマー君がやってくる、というパターンが日常化しつつあった。共通の友達とホームパーティになることもある。

 

 

「今日は二人だけだからね。海苔巻きは無しだよ。何も手が込んだ料理はしなかったけど」

少し不安げに言う私の声、聴こえてるのかな。マー君は…といえば… 

「うわ! 上手そ!」と言ったきり、無言で食べている。

マーボー豆腐を食べるマー君か… まるで共食いだな。そう思った瞬間、堪え切れなくなって吹き出してしまった。

「何だよ、千夏、さっきから一人でニヤニヤして。何だか気味が悪いな」

「だってさ。マーボー豆腐を食べるマー坊だよ!絵になるね。」

「マー坊、マー坊、いうなよな。俺たち、同い年なんだからな!」

うん、分かったよ、と言いながらも私はずっとマー君だの、マー坊だのと、呼び続けている。

親しみを込めて。 ただ、こうして食べっぷりのいい彼を眺めているだけで幸せだから。

こんな日常がずっと続けばいい。私が望むものはただ…こうして何気ない時間を貴方と過ごすことだけ。ぼんやりと、そんなことを想いながら幸福感に浸っていた自分を マー君は現実へと引き戻した。

「千夏ってさ。ふっと何処かへ行ってしまいそうな表情するんだよなぁ。時々ね。心、ここにあらず、みたいなさ。」

マー君はそういうと、お箸を置いて咳ばらいを一つ‥‥ちょっとわざとらしかったが。次に正座した。一体、何が始まるというのだろう。演説でも始まりそうな…

「千夏、俺たち、そろそろ… 付き合わない? 正式に…さ。仲良し。友達。それでもいいんだけどさ。えーっと…」

「えーっと…?」

「うん…その…」

「うん…その…?」

 

「何、オウム返ししてるんだよ。千夏が作ってくれたマーボー豆腐食うのもいいんだけどさ。俺が本当に食いたいのは… いや、違う、そんなんじゃなくて。つまり、その…」

ただならぬ雰囲気に私はおののいた。彼の目線の先を辿ると、ちょうどそこには自分…の背後にコアラのぬいぐるみが飾ってあり…

「あーっ! 分かった!」

私はいつになく大声で叫ぶと同時に立ち上がり、🐨コアラのぬいぐるみを抱っこした。

「なっ…何だよ、いきなり立ち上がって叫ぶなんざ…」

「マー君、それは犯罪だよ!」

私は冷静を保ちながら…内心、冷や汗ものだったのだが…コアラのぬいぐるみを抱きしめて言った。

「は? 犯罪? いきなり、どーして 話が飛ぶんだ⁉ 俺が何した?」

大いに意義あり!という顔で、マー君は私を見上げている。

私は構わず続けた。

「カンガルーは増えすぎて農作物を荒らすからカンガルージャーキーになってお土産屋さんにも売られてるけど。🐨はダメだよ。 カンガルーは車と衝突事故を起こしても、路上に放置されたまま。でも🐨が事故に遭うと救急車が来るんだから!」

マー君は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたままだ。

「だから!いけません。コアラを食べちゃいけないんです。分かったかい?」

俺がいつコアラを… マー君はぶつぶつ言いつつ、最後は呆れ顔で。だけど優しい笑顔を向けると、ひとこと、「参ったなぁ」といい、全身の力が抜けたようだった。が、もう一度、意を決したように座り直した。

「千夏、その🐨、俺に頂戴。」

頂戴…? これを…? うん… あげてもいいけど… マー君の手にコアラのぬいぐるみを差し出す。まるでバトンのように受け取った彼は、これまでになく真面目な顔で言った。

「俺さ。もっと若い頃はね、スタイルはスレンダーで身長は170あってもいいな、くらいが好みで。顔の好みもはっきりしていたわけ。自分が好きなタイプに合わないとダメだった。

でもさ。千夏はいつも笑ってるじゃない? あの土産屋のボスにこれだけ認められてさ。千夏はほんと、いい子だよね。今の俺はいい子としか付き合わないよ。」

「でね。今日、俺はこのコアラに…千夏に誓います。千夏がいつも笑顔でいてくれるように。二人で笑顔になれるように。 約束しよう。二人で幸せになる、笑顔でいると…これから先、二人の間に何があっても…」

私は黙って聴いていた。「うん、うん…」最後はただただ、嬉しくて。幸せで。うれし涙で霞んでマー坊の顔もよく見えない。

これまで別々の人生を歩んできた二人。互いに笑顔で過ごしてきた、そんな二人が乾いた大地で出逢った。 これから先は二人で。笑顔で…いられない訳がない。 

大好きなマー君と一緒に居られるのだから。

約束ね。コアラちゃんに誓うね。二人で笑顔で。太陽のように笑っていようねって。

これから先の人生も。

ずっと。

ずっと…。

 

 

 

夢…? 

今頃、出逢った頃の夢をみるとは…

千夏の笑顔…最後に見たのはいつだろう…

もう随分と長い間 見ていない…

俺は逝くよ

あの日の約束、果たせないまま…

 

 

The End....  ここまで筆🖊 2023. 6.3. (Sat. Morning)

 

 

水面下のパズル

2009-06-15 00:37:00 | ショート ショート

僕は恋人を死なせたことがある。

湖の水面に映った自分の顔がポチャンという音と共にくねくねと曲がり、やがては割れたガラスの破片のように底へ向かって沈んで行く様を見届けたとき、僕の身体もその場に崩れ落ちた。

あの日以来、僕の時間は止まったままだ。膝からガクンと落ちた拍子に、怪我をしたのか、膝小僧に血が滲んでいることも、地面に手を付いて首を垂れている間は気付きもしなかった。

(こんな別れ方をするなら、僕たち、出会わなければ良かったね・・・)

判を押された離婚届を面会時に渡されたとき、僕は・・・・いや、あの頃はまだ、「あたし」と自分のことを呼んでいたんだっけ・・・泣きじゃくりながら、ずっとマー君の側に居させて欲しいと哀願した。

「分かってくれよ。あたしがマー君の両足になってあげるって、それ・・・凄く重いんだ。今まで普通に出来ていた当たり前のことが、千夏の手足を借りなきゃ何も出来やしない自分が許せないんだ。お願いだ。俺を自由にして欲しい。本気で俺に生きていて欲しいと思うなら、黙ってこれにサインして役所へ届けてくれよ。千夏に俺がして欲しい、最後のお願いだ」

あたしが言われるままに自分の名前を記入する気になったのは、彼の担当医からも助言があったからだった。生まれながらの身体障害者なら、こんなものだと思っているから、歩けない事実も「障害」とは捉えていない。「不便」ではあっても、生きるうえで、「障害」とはならないらしい。他の体の機能を使って出来ることをやろうとする。手を差し伸べられることも、素直に受け入れられる。しかし、正人さんは違う。昨日まで貴方が居なくても何不自由なく出来ていた日常のことが、ただ、戸棚からマグカップを取る、という簡単なことが出来なくなることで、精神的な病をも引き寄せてしまっている。

「千夏が側に居ると、俺が駄目になる!」と一番身近な貴方に八つ当たりするのは、思い通りにならない自分の身体に腹を立てているから。一度、離婚しても、復縁することは いつだって出来るのだから、今は彼の意思を尊重してあげることも、大切かもしれない・・・・と。

だから、あたしは、そうしたのだ。本当にマー君から離れる気などなかった。

夫婦だった あたしたちが再び恋人同士に戻ったとき・・・・彼が好きだったアップルケーキを焼いて病棟へ行くと、マー君は看護師さんに車椅子を押してはもらわず、自分で大きな両脇の車輪を回しながら、透明なガラスに囲まれた面会室へ入室した。

あたしと別れた後のマー君は、幾分、明るさを取り戻したかのようだった。

「ほら!千夏に車椅子を押してもらわなくても、こうして自分で操作できるよ」

と、嬉しそうに笑う。何故だろう。あたしは あたしと別れたマー君が少しずつ明るさを取り戻していく様を心の底では素直に喜べずにいたのだろうか。べったりと側に付き添って、必死に介護している方が幸せだったのだろうか。あんなに尽くしていたのに、ただ、真っ直ぐに愛しているのに、何故、マー君は受け入れてはくれなかったのだろう・・・・・?

理屈では、分かっている。千夏は重い、といわれる理由も分かってはいる。でも、納得できない。連れ添いを体当たりで愛する事が、何故、重い、の一言で片付けられなきゃいけないの?と自問自答してしまう。あたしは、結局、変われなかった。こんな自分を変えることが出来ず、マー君を追い詰めてしまったのだ。一度は精神科病棟から退院した彼が、再入院することになったのも、あたしが原因なのだ。

あたしたちが出逢ったのは、お互いがツーリングを楽しんでいた旅先だった。赤茶けた大地を風を切って走る。非日常的な空間で出逢ったからか、瞬時に意気投合し、翌年には結婚した。結婚後も二人で遠出し、スナップ写真はどんどん増えていった。彼が交通事故にあうまではー。

あたしは部屋中を飾っていた二人のツーリングの写真をすべて押入れの奥にしまいこんだ。嫌だ。思い出してしまう。事故さえなければ・・・

「俺の側に寄るな~! 独りにしてくれ」

マー君が荒れて、叫びまくる度に あたしの記憶はあの日に戻り、ツーリング自体を憎んだ。楽しかったはずの二人が共有するツーリングの日々も、思い出したくはない悪夢となった。

ある晩、からからに喉が渇き、夜中に何度も目が覚めては、這うようにキッチンの水飲み場まで行っては、やっとの思いでグラスに水を注いだ。一口、飲むと、また一口、しばらく口の中に水を含む。そうしていないと、からからに乾いた喉は、少しも潤わないのだ。これまで幾晩もグラス一杯の水をがぶ飲みしては、乾ききった喉は、そのままで、お腹だけが水で膨れていく様を体感していた。水膨れして部屋へ戻ると、ベットに横たわったまま うつろな目であたしを見ているマー君の視線にぞっとした。

「起きていたの? 寝返り出来なくて辛かったでしょ?あたし、悪い夢をみていたみたいで、起きれなかったから、ごめんね」

あたしはマー君の身体を半分起こしながらも、力尽きて、自分の寝汗でべっとりしたシャツのまま、彼の顔面に倒れこんでしまった。

「何故だ・・・? 何故なんだ。千夏、そんなに嫌か? また、あの頃の夢にうなされていただろ? 俺たち、もう別れたんだ。寝泊りになんか来なくていい。こんな別れ方をするなら、俺たち、出会わなきゃよかったな・・・」

出会わなきゃ良かった・・・・出会わなきゃ・・・・。一番、聞きたくはないあの台詞が耳元でエコーする。

「あたしの寝言に文句言うなんて、ずるいよ。言いたいことじゃないんだもん。夢にまで責任持てない・・・」

出会わなきゃ良かった・・・・何度、マー君の口から聞かされただろう。それも、あたしが悪いって。過去の夢を見る、あたしが悪いって・・・・。

別れても駄目なの? 恋人に戻っても、あの日の記憶は消せないよ。二人の趣味がツーリングでなければ、そもそも あたしたちは出会わなかった。あの「事故」も起こらなかった。きっとマー君は今も両足で走り回っていたよね・・・。あたしが悪いんだ。きっと、そうよ! 

あたしは、何をマー君に喋っているのか、分からなくなっていった。ただ、マー君が夜中に再び興奮して叫ぶ声が部屋中の壁にぶつかっては自分に跳ね返ってくるのを聞いていた。

「違う!そうじゃない!そうじゃないんだ、千夏。俺に構わないで欲しいだけなんだ。千夏の距離が近すぎるんだ。俺の側にぴったりと くっついている必要なんてないんだよ。すべての過去を悔やんで俺の側にいることが義務のように感じている千夏に側に居られると気が狂いそうなんだ。どうして分からない・・・?」

分からない、分からない! あたしは ただ貴方の側に居たいの。それ以外、何も望んではいないの。どうして世話しちゃいけないの? 夜中にグラスいっぱいの水をくんできてはいけないの? え? 枕元に置いておいてくれたら、自分で飲める? でも、汗をかいたときの着替えは? タオルを背中に入れておけば、一晩くらい、どうにかなる・・・? でも、それって辛いでしょ? それより千夏の心が重く のしかかって辛いですって? 

夜が明けない闇の中に包まれて、二人して ずんずん沈んでいくかのようだった。遠くで居る筈も無いフクロウの鳴き声がする。これが幻聴なのか、それすら分からない。この闇・・・二人で居る限り、二度と、抜けきれないのか・・・? それなら、いっそのこと・・・・

再入院したマー君が、洗顔用の洗面器、一杯の水に顔をつけて、この世を去ったのは、あの晩から わずか一週間後のことだった。鍵がかかる個室に入れられていたマー君が、自殺を図ることは、ほぼ不可能だという我々の認識が甘かった、許して欲しい、と主治医は深々と頭を下げた。

あたしは、その通りだと主治医をなじった。その後、どういうわけか、半年も経って主治医から送られてきた手紙には、マー君の遺書が同封されていた。

「千夏へ。許して欲しい。俺たちは、二人で居ると駄目なんだ。千夏は何処までも女の子で、俺に尽くしてくれた。でも、それは同時に俺に甘えることなんだ。千夏には精神的にもっと俺から自立して欲しかったし、俺の自立も認めて欲しかった。俺にはそんな千夏を支える事が重荷になっていったんだ・・・いつも、あの日へ戻る千夏の心が重かったんだ・・・」

 

僕は、あの日以来、女の子であることをやめた。独りで居ても、誰かと二人で居ても、自立して生きていく決心をするだけのことをマー君は僕に残してくれた。命を経つ、ということまでして。死を選んだマー君の選択が正しいとはいえない。でも、そうするしか僕達が救われる方法は無かったのかもしれない。僕は、あの日から、ずっとそう思って生きてきた。決して誰も好きにはなるまいと。だから、独りで自立して生きていくということは、同時に僕の・・・いや、僕達の時間が止まってしまうことも意味していた。

ときどき、こんな風に水面に映し出される自分の顔を見ると、急に動悸がして 割れたガラスのようにバラバラに自分の身体が地に落ちてしまうのは、あの日が原因だ。

あの日、闇の中に落としてしまった心のパズルを合わせることが出来ないまま、僕は生きている。

「千夏さん! 居た居た! 随分、探しましたよ。キャンプ場を離れて一体、何処へいっちゃったかと皆、心配していますよ。ささっ! 急ぎましょう。日が暮れてしまう!」

僕を呼びに来たのは、ほんの一週間前に出逢ったばかりの施設に入居している男性だった。新人なのに、利用者さんたちのお世話をするスタッフとしてキャンプに参加してもいいものだろうか・・・? と参加を渋る私を説得して、ここへ引っ張ってきたのが42歳の彼だった。

自分のことを「僕」と呼ぶなんて・・・しかも、男に興味ないなんていって千夏さん、もしかして・・・あれってわけじゃないですよね? 冗談か、本気か分からないような質問を僕に投げつつ、それ以上は何も聞かず、彼は声高々に笑った。

ツーリングが大好きで、若い頃は無茶をしましたよ、と笑う山本さんは、テントへ戻る途中、僕に一枚の写真を見せた。

「これ、俺がオーストラリアの大地をツーリングしていた頃の写真です。まだ、20代後半。昔はバリバリ海外で仕事もしていましたよ。会社に行けと言われたところへは、何処へでも行っていましたっけ・・・。赴任先で気に入った国は、豪州。いいですね~あの国は広くて、真っ直ぐに伸びる道を走るのは爽快でしたよ」

ツーリングと聞いただけで、僕の心の奥がうずいた。

あぁ、マー君、あたしは、貴方の写真、すべてを勝手に処分してしまったんだったわね。

「山本さん、ツーリングが好きだったんですね。あたしの古い知り合いも同じで・・・。無茶しちゃいけませんよ。怪我するようなことは一度もなかったですか?」

彼は あれ?と一瞬、とても驚いた顔をすると、足を止めた。彼の背後でカサカサッと草木が揺れる。ウサギかリスでもいるのだろうか。

「千夏さん! 今、あたし・・・って言いましたね? 初めて聞きました!! 怪我は・・・確かに何度かありましたよ。生きているのが不思議なくらいです。でも、俺は再びバイクに乗りますよ。近い将来、きっとね。そのためにリハビリして、お酒も控えて、きちんと薬も飲んでいるのですから!」

山本さんは、確か、医師からバイクはおろか、車の運転も止められている。心の病と薬の影響で、ほぼ、永久に乗り物を運転することは禁止と言われている筈だ。それなのに、何故・・・・?

僕は再び、山本さんの手の中にあるセピア色の写真へ手を伸ばした。もう一度、見せて頂いてもいいですか? と許可を得ながらー。

ゆっくりと歩きながら眺める写真の中の彼と目が合う。今、この瞬間と未来を見つめる目だ。何故か懐かしい。僕が知らない若い頃の山本さんが、そこにはいる。マー君も確かにこんな目をしていたっけ。

「俺は、頑張りますよ! リハビリ!! 自分の力でいつか、乗れるようになりますよ、きっと!」

僕の隣を歩く山本さんと元気だった頃のマー君の姿が一瞬、重なった。

僕は・・・・

いや、あたしは、きっと、数年したら、再び誰かを好きになる。

山本さんの過去は何も知らない僕なのに、何故か たった一枚の写真から これまでに歩んできた人生を凝縮して見せてもらったような気がした。マー君が本当に求めたのは、これだったのだ。

過去を否定せず、未来へ繋げること。

頑張る意欲は、きっとそうすることで心の底から沸き起こるのだ。

そしてー

適度な距離を置いて、必要に応じて そっと寄り添うこと。

お互いを支えあうこと。

一人の「人」として。

遠い昔、水面下へバラバラに落ちたパズルが、あれから何年も経って、ようやく組み合わさったような気がした・・・・。

 

                  - The end -

 

 このお話は すべてフィクションです。

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令和・忠臣蔵 (前回の続きです)

2021-12-26 00:37:22 | ショート ショート

 「てぇへんだぁ~ てぇへんだぁ~ おかしらが、キラ爺に斬りつけ ムショに入れられやした!

とうとう…やっちまったか…。

 第一報を耳にした、暴力団 鼻緒組のサブリーダー、大石は、思わず深いため息をついた。いつかこのような事態になるとも限らないと、ある程度の覚悟はしていたのだが。 

 何せ、かしらの浅野は初代総長と比較すれば、人徳の面で格段に落ちる。私怨があろうが、無かろうが、公の場での衝突は避けるべきだった。今度、大きな事件を起こせば、組は解体させられ、子分たちは全員路頭に迷う。特別 賢くはなくとも、せめて正常な頭であれば、お家取り壊しとなるような、浅はかな事件を自ら引き起こさないだろう。リーダーとは、いつの時代も、そういうものだ。

 新参者グループは、早くも、「おかしらの仇を取るぜ~ 討ち入りじゃ~!」と騒いでいる。しかし、大石の関心事は、どうすれば組を解体させられずに済むか、という点に集中していた。幸いにも令和の総理大臣は、動物愛護にも熱心で、死刑を嫌う徳川綱吉首相だ。これまでの判例を調べれば、何か手立てが見つかるかもしれない…。

 大石は早速、過去の判例を調べてみた。すると見つかったのだ! 

内藤忠勝・忠知は刃傷で相手を殺した。浅野長短は、傷付けただけであるが、死刑になった。その一方で、弟の忠知(ただとも)は出仕を止められたが、結局、許されている。つまり後家は続いた、のである。長短の浅野家は傷付けただけで断絶させられたのに。 どうして「殺人犯」より、「傷害犯」の方が重い刑となったのか? その決め手は「乱心」だ。つまり、統合失調症で罪は軽くなる。(『逆説の日本史 14巻』89ページから一部抜粋)

大石は、ここに目をつけた。

 明日には斬首、或いは寛大な綱吉首相であれば、武士の情けで切腹という御判断をされるかもしれないが、浅野は、こんな事件を起こしたというのに、三杯飯を平らげたという。どうみても正気ではない。明らかに馬鹿リーダーだ。しかし、大石とて自分の組の「かしら」をバカとは言えない。

とにかくも、前例があるのだから~と大石は鼻緒組存続のため、浅野のため、走り回った。

しかし…ダメだった。

 

よりによって、浅野は 「乱心だったのであろう?」という問いかけに、「いいや、正気だった」と答えたという。子分たちや組(お家)存続の危機にあって、この受け答え。バカというしかない。

 

大石は、死刑(切腹)という政府(幕府)のご判断には全く意義なし!と書き記し、署名した。 ただ… ただ、浅野は乱心、つまりは現代でいうところの統合失調症だったのだから、罪は軽くなるべし! 死刑は免れずとも、お家存続は認めて欲しかった、という抗議を秘め、討ち入りを覚悟したのであった。(注意:井沢説)

 

大石の子分たちは口々に言う。

「あのキラ爺は気に入らねぇ。だから、おかしらも背後から斬りつけたのに、命は助かりやがって! うちの親分だけムショとは… そして死刑… さぞかし無念だっただろう。あのキラ爺の命を奪えなんだ。 だからオイラたち、皆で仇を取るぞ~ おかしらが果たせなかった無念を オイラたちで実行に移す時がきたってわけさぁ

2・26事件が昭和の忠臣蔵であれば、令和版 忠臣蔵が今、まさに起ころうとしていた…

(青年将校たちは、昭和天皇が信頼していた側近を殺害した。昭和天皇が望んでいる、などと大きな勘違いをして。ドラマでは、正面から浅野が声を掛け、正々堂々と斬りつけた、とされるが創作である。キラを悪人に仕立て上げるため、憎悪説も作られた「忠臣蔵伝説」の罪は深い

 

さて、江戸時代の忠臣蔵伝説には寛大な昭和生まれの庶民たち~ 令和版には、どのような感想を持つだろうか。

よくやったぞ! 若者の気持ちは理解できる」

リーダー浅野は、よほど人徳がある人だったんだな。47人【途中、独り抜けて46人】に慕われて!」

彼等の団結心は、見上げたものだ!」

 

…となるのでしょうか。

 

ここまで 原作:井沢元彦 脚本(?といって良いのか?):すず、でお送りしました。

『逆説の日本史14 文治政治と忠臣蔵の謎』より~

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何故に…❓

2021-12-25 17:07:58 | ショート ショート

 今年度は〇〇ハイツで行われる障がい者スポーツ大会に皇太子殿下をお迎えすることとなった。こんな田舎の町内会ではあるが、これより先、10年前に行われた際には、天皇を迎えており、我が町内にとっては、2度目の大役だ。前夜祭として、地元の子供たちと皇太子殿下が〇〇公民館にて、直接、触れ合う機会も我が町内に回ってきた。

 町内会長は、総監督として、特に頭のキレがよく、瞳もキラキラ光っていることから、親しみを込めて、「キラ爺さん💕」と町民たちから呼ばれている副会長を指名。

 では、現場責任者は誰にするか…❓ 町内の各組に、それぞれ体育委員がいるのだが、そのの中でも、特に経験がある浅野さんを現場責任者に抜擢した。 なんといっても彼は、10年前にも同じ任務を遂行しているのだから。 今回も、会場の準備と料理の手配をお願いしたのだ。 まぁ、全体の流れは10年前と変わらないから、つつがなくやってくれるだろう…と。

 ところが、ちょっと気になる噂が町内会長の耳に入った。浅野さんには、各組の体育委員もサポート役として付いている。彼一人で準備するわけでもなく、10年前と同じように、 体育委員全員で協力して任務を遂行すればよいだけのことだが、中にはおふざけが好きな者もいる。

 「料理は精進料理。畳は変えずとも良い、皇太子殿下をお迎えする日は正装ではなく、普段着で、ということになっている」

と、浅野さん… 現場総監督に、戯けを耳打ちした者がいるらしいが、そんな者が言うことを本気にするほど浅野さんも馬鹿ではない。(…筈だ。)

 

 いよいよ当日がきた。

 式典の総責任者であり、総監督という大役を控えた副会長、通称、キラ爺さまは、少し緊張気味のようだ。そんなキラ爺さまと、体育委員の一人である自分は、公民館の松の廊下の手前で、立ち話をしていた。

 「大丈夫ですよ! 現場監督は経験者ですし、浅野さんなら、きっちりやってくれますよ。畳も料理もバッチリ。あとは、皇太子殿下をお迎えするのみですね」

私はそういうと、自分自身の緊張をほぐす意味もあり、無理に笑ってみせた。 キラ爺さんは、ご高齢なので、少し疲れた様子だったが、本番を目前にして、そんなことも言ってられないと思ったのだろう、気を引き締めようと、姿勢を正すと、「君の言う通りだね」とほほ笑んだ。

…と、その時、背後から何者かがキラ爺さま目掛けて突進してきた。驚いて振り返った我々二人。だが、一瞬のことで、一体、何が起こったのやら、最初は分からず立っていた。気が付くと、キラ爺さまが、しゃがみこんでいる。相手の男は小刀を手にし、無抵抗のキラ爺様に、更に襲い掛かろうとしていた。 

はっと、我に返った自分は、慌てて男を抑えつけた。 騒ぎを聞きつけた他の体育委員や待機していた子供たちも集まってきた。

どうやらキラ爺さまは、背後から最初に肩を斬りつけられたようだ。すると、今度は驚いて振り返ったキラ爺様の烏帽子に斬りつけてきた。再び、烏帽子から顔面に斬りつけた男。その時、キラ爺さまは怪我をしたが、言葉もなく、しかも背後からいきなりの斬りつけに呆気にとられた。

 

そこへ警察が駆けつけてきた。唯一の目撃者である自分が真っ先に事情聴取。一方的な斬りつけであったこと。少なくとも、キラ爺さまが、浅野さんから恨みを買うようなことは、一切なかったこと。烏帽子には鉄が入っており、本気で殺そうと思えば、烏帽子を斬りつけるのではなく、携帯した小刀で「切る」ではなく、「突く」であろう、あれではヘルメット目掛けて斬りつけるようなものだ、などと、武家のようなことを申し上げた。浅野さんの行動は、正気の沙汰とは思えない。恐らく統合失調症ではなかったのか?

 

すると、警官は叫んだ。

「喧嘩両成敗だ!」

  

「それって、オカシイでしょ! 一方的に浅野さんがキラ爺さまに、斬りつけてきたんですよ!」

「一般的に言われているイジメ、とやらだって、正常な頭で考えたら、あり得ないでしょ! だって、浅野さん、17歳で全く同じ役目をしてるだから!」

「綱吉会長の顔はつぶされ、総監督のキラ爺さまも、浅野さんを任命したからには罪を免れない。どうせなら、皇太子殿下をお迎えした後に 事件を起こせば良かったものの…いや、違うか。いずれにしても、大事な日に こんなことをやらかして… 江戸時代なら、即日斬首だな! 切腹は甘い!」

 

しかし、自分の言い分は全く相手にされないばかりか、浅野さんは偉い人!という認識がのちの世では広がっている。なんてことだ。

取り合えず、日記に記しておくことにした。警官も世論とやらも、一体、どうなっているのやら?

 

続く…

 

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共生と強制

2021-05-17 00:08:00 | ショート ショート

「ユウジの奴、飲み会で会ったばっかの子から誕生日まで聞き出しててさ。それでシドニータワーの屋上レストラン、予約してんだよ。よくやるよね~! 近いマリコの誕生日には何もしないのにさ。マリコに対しては下心が無いからだよ」

夕食の後、ダイニングルームで日本の政治について語るのが常だった。1990年代後半。日本の外から眺める母国は、内にいる人間よりも全体像が見渡せる分、意外と良く理解できるものだった。彼らが見ていたもの、それはまさに、世界の中の日本だ。この日は、夜のドライブへ出かけようか、と誰ともなく言いだし、統一郎が運転する車の助手席にはユウジ、後部座席にマリコが乗り込んだ。

間もなくハーバーブリッジを通過する。マリコは慌てて2ドルを小銭入れから取り出した。

「あ、マリコ、いいよ。俺、いつも2ドル、用意してあるから。」

統一郎はそういうと、慣れた手付きで料金所のマネーボックスにコインを投げ入れた。

「じゃぁ、次回にでも使って。ここ、置いとくから」マリコが2ドルコインを置くと同時に、カーラジオから、カセットテープに切り替わる。チャゲアスだ。何でも日本にいる妹がユウジのために編集したテープを送ってくれたらしい。実はマリコもファンなのだ。そのことを知ってか、知らずか、チャゲアスをセットしてくれたことが、マリコは嬉しかった。聴こえてくるのはLove Song

『♪君が想うよりも 僕は 君が 好き💕』

という歌詞が今のマリコには切なく響いた。

自分が相手のことを想っているほどには、相手は自分のことを想ってはいない。これはマリコが幼い頃、感じていたことだった。

...とその時、ケータイ電話が鳴った。運転中だった統一郎が助手席のユウジに顎を向けた。

「メール受信だな。急用だと困るから、ちょっと俺のポケットから出して開いてみてくれない?」

「いいんですか? 見ても?」

どういう訳か、三人の中で最年長、とはいえ、彼らは当時、まだ20代だったのだが...ユウジの方が丁寧語だ。しかも、全員をさん付けで呼ぶ。下宿先のホストファザー、マザー、娘のアンまで アンさん、という徹底ぶりだった。

年下なのにマリコさん、と呼ばれるのは気まずいので、呼び捨てでいいよ、と伝えたのだが、そこは習慣なのか、変えられないらしい。

「女には甘いんだよ!」と統一郎は言うのだが。

メールは二通、届いていた。本人の許可を得た統一郎が、読み上げようと画面を覗き込んだ。しかし、そのまま固まっている。

「早速のメールをありがとうございました。勿論、迷惑なんてことは、ありません。お返事、待ってます!ハートマーク付き」ってこれ... 」ユウジは、そのまま黙り込む。

「誰からだよ?」

と聞く統一郎に催促され、ユウジはやっと口を開いた。

「奈々子...さん... 」

「え? マジ? やったー! お返事待ってますってことは、オレの次のメール、すでに楽しみに待っててくれているんだ。いやぁ~ 嬉しいじゃないですかーっ! すまないねぇ。ユウジくん! 折角、誕生日ランチ、予約入れたのに。実はさ、俺も、あの子いいなぁって...」

ユウジは今も画面を見つめたまま、放心状態だ。それは後部座席にいたマリコの目にも明らかだった。 二人して、同じ女の子に興味を持ったのか... なんだか雲行きが怪しいではないか。 一人、蚊帳の外のマリコですら、ハラハラした。これでは勇気を出し、計画を立てたユウジのプライドもズタズタだ。いつの間にか、カー・ラジカセから流れる曲は、飛鳥涼の『Pride』に変わっていた。

「で? 残りの一通は誰からで、何だって?」

そうだった。もう一通、着信していたことを思い出したユウジは再び液晶画面に視線を落とし、読み上げた。

「先日の飲み会、楽しかったですね! 私のこと、覚えていますか? 奈々子の隣にいた、京子です。実は奈々子から統一郎さんのメルアドを教えて貰いました。あの日は、あまり話せなかったけれど、メールで会話出来たらいいなと思って。お返事、待ってます!」

奈々子の隣? 男性陣、二人は記憶を辿り、ようやく思い出した様子だった。

「あぁ、あの子か! ほんとだよ。殆ど口、きいてない。お返事待ってますって、オレ、彼女にメールしなきゃいけない訳? 催促だよな、これ。 まいったな。強制だよ、強制。」

女性のマリコからすれば、随分な言いようだ。どちらのメールも、結局のところ、統一郎に伝えたいことは、

「お返事待ってます」ではないか。

最初のメールには嬉々として喜び、今すぐにでも返信しそうな勢いだ。

もう一通のメールについては、催促だ、強制だ、とわめくなんて。そう思ったマリコとユウジの二人は、統一郎に抗議した。

ユウジは突然、マリコという味方を得たと感じたのか、先ほどまでの落ち込んだ様子が一変した。車はいつの間にか市街を走っていた。世界の三大夜景の一つと評判のオペラハウスが白く海上に浮かんで見える。

統一郎は隣に座って鼻歌を歌っているユウジをちらっと見ながらつぶやいた。

「所詮、男はハンターだからなぁ。下心がない相手には、たとえ1分の時間も使いたくはない!ってことなんだよなぁ...」

二人の会話を聞いていたマリコも、妙に納得した表情を浮かべた。

「コメントを催促しましたね。自分の感覚では、友人レベルでコメントを強制しない!」

先日、ある人から届いたメールの内容だ。そもそも友人って何だろう? そんなマリコの問いに、「そいつにとって、マリコは?ってことだよな?」と念を押しつつ、統一郎は答えた。

「女と別れた直後からは、友人。新しい彼女が出来た瞬間から、マリコに何か言われる度に強制になるんだよ。」

いつの間にか、曲は Ya! Ya! Ya! に変わっていた。

「今から そいつを 殴りに 行こうか... Ya!Ya!Ya!…♬」

 

 

前半を除き、このお話はフィクションです...なんていつもは言いませんが💦

喜劇か、シリアスか、迷いはましたが...一週間前、一気に書き、当初の3分の1まで削れました。┐(´д`)┌ヤレヤレ

 

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2016-09-01 12:08:54 | ショート ショート

 いきなりバケツをひっくり返したような水が頭上から流れてきたと思ったら、今度は熱風に吹き飛ばされそうになった。一体ここは何処!? 状況が全く把握出来ず、ジャングルジムのような鉄の棒にしがみついたまま目を凝らすと、視線の先には大きな背中があった。

 「ちょっと!そこの人!」

と声をかける。ゴオ―ッという騒音に自分の声がかき消されたんじゃないかと思ったが、その人は振り向いて、こちらを見た。こういう状況だからか、それとも十数年の疲れがここにきて一気に噴き出したからか、彼の目はやはりドロンと曇っている。それでも私が描いた疑問には、声に出して何も聞かなくても即座に答えてくれた。やはり周囲の人々の気持ちを察する人だ。

 「このセット、いくらなんでもやりすぎ…だよね。そっち大丈夫ですか?」

 「セット? 一体、何の? この水も熱風も少しも大丈夫じゃない!ですけど…」

 彼は、だよね~と抑揚のある声を発し、ひとまず、ここでカット…できますか? みたいなことを誰かに言った。すると水も熱風もピタッと止まった。一体、なんなの、これは???

 「草なぎさんのコーヒーカップもいいけど、食器乾燥機体験っていうのもあり、かと提案させて頂いたんですが、どうですか? このセット…」

そんな会話が聴こえてきた。セット…? もしかしてスマスマのコントのセットか何か…だろうか? ってことは…。ずぶ濡れになったあと、熱風に当たり、着ている者は半乾き状態だった。ここで一旦、休憩のようだ。スタッフさんがセットを動かし、何やら話し込んでいる。その脇で、私はシンゴくんに話しかけた。 

 「最近のスマスマ観ていて思ったんだけど、、、今もそうだけど、目がすわってるよ。そういう目をする人、仕事の関係上、何人も見てきたけど、疲労が半端なく溜まってる証拠なんだよね…身体的にも精神的にも。そういう時期は大きな決断は避けた方がいいって、医者ならアドバイスするんだよね。例えば離婚とか、退職とか… 解散、じゃなくて、シンゴくんだけ ”長期休養”って形を取った方が良かったんじゃないの? 一般的なファン代表として言わせてもらうと…だけど。ほら、鬱とか認知症とかっていう場合、一番お世話になった人や近い存在の人を敵視するともいうじゃない。シンゴくんがそうだと言い切るつもりはないけど、あれだけ先輩として慕っていた筈のキムタクを…いいにくいけど…っていうのも、なんていうか…。そうなのかなぁ…って経験上、思うわけ。ジャニーズ無関心の私ですらSMAPに注目したのは、彼が「あすなろ白書」ってドラマに脇役で出演していて、演技に惹かれたからなんだよね。彼ナシのスマップはなかったわけだし…」

この際だ! と言わんばかりに一気に喋りたいことを言ってしまった、その時、少し後悔し始めた。シンゴくんは何も言わず、表情が更に、にどんよりとし始めたからだ。ちょうど今の空のように… 台風被害も日を追うごとに大きくなっていく。

 「でも、15年たったら、きっと違う見方が出来ると思うよ。何の根拠もないけど、それくらい、もしかしたら、それ以上の時間は必要なのかも… 親しければ親しいだけ、近ければ近いだけムズカシイよね。分かりあえるって…」

何を無責任に…と思ったかもしれない。そんな時、セットごと ぐらぐらと地面が横に揺れた。え…? 今度は何…? 

 目が覚めた。地震だ…多分…昨日の余震だろう。夢かぁ… 母に「食器乾燥機の大型セットの中に香取慎吾(さん)と閉じ込められた夢を見たよーっ!」と話すと、「あんた、よく芸能人が登場する夢なんか見るねぇ…」とあきれられた。そういえば、オーストラリアの大学のカフェテリアでキムタクと食事しながら論文の話をしている夢を見たこともあったっけ。ジャニーズとしては二人目。それだけ 「気になる」存在ってことか…。

 さて、今日から始業式。午後からの仕事の準備にかかりましょうか。

In Fukuoka Bay

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I'm watching YOU ~あ・な・た・を見つめてる(。。)

2012-07-05 11:33:44 | ショート ショート

 初夏にお届けするサスペンス劇場~

 

 千夏の派遣先の休憩所には、コーヒーメーカーが設置されている。家庭用の、あの、コーヒーメーカー。 その隣には、カラ箱を利用して誰かが手作りしたのだろう。「コーヒー一杯50円」と書かれた料金箱。 普段は精神障害者施設に勤務する千夏が更なる勉強の為、半年の期間限定でこの施設に派遣されたとき、最初に目に留まったものが、この原始的なコーヒーメーカーと料金箱だった。 ここにはコーヒーの他にもジュース類が冷蔵庫に常時保管されており、そのどれもが50円で販売されていた。 自宅用の冷蔵庫からドリンクを取りだして、手作りの料金箱に50円玉をポトン、と入れる。 今時、何処の職場の休憩室にも自動販売機が一台はあるだろう。 以前の職場には数台あった。 それが当たり前だと思っていた千夏にはかえって、この手作り料金箱も家庭用コーヒーメーカーも、小型冷蔵庫も新鮮に思えたのだ。

 千夏はコーヒーは全く飲まない。 最近、血糖値が気になり出した千夏は、ジュース類も避けるようにしている。 そんな千夏でさえ、この料金箱には惹かれた。 責任者に挨拶をするため この施設訪れた千夏が、最初に通された休憩室。 ほんの数分間待たされている間に千夏は、ここで働く人達の何かを感じとろうと、周囲をぐるりと見渡し、そして安心できた。 ここに勤務している人達は信頼がおける人達だろう。 そのことは、あの 段ボールの隅が凹み、多少くたびれかけた料金箱が何よりも物語っているではないか! 料金を入れたらドリンクが転がって出てくる自動販売機の方が、どれだけ便利で確実だろう。 清算は機械が間違わずにしてくれる。 何より面倒なことはない。そんな時代に あえて 手作りの料金箱を置いているのだ。 不正や誤魔化しなんて、到底あり得ないと信頼がある場所であるからだ。 千夏は誰も居ない休憩室でにっこりとほほ笑んだ。 心の底からあったかくなるのを感じる。 研修先に選ぶとしたら、ここしかない、千夏の心に誰かが語りかけてきた。 それは、日頃から仕事の合間に一杯のコーヒーをすすり、50円玉を入れ続けているスタッフ達かもしれないし、あの箱を作った人かもしれない。 もしくは 多くのスタッフを見つめ続けてきた、あの箱、そのものなのかも。

 責任者と初顔合わせの時点で、千夏は言った。 「是非、ここで研修させて下さい」と。 あとは すべてが順調だった。そう、あの日の午後、たまたま彼女と目さえ、合わせなければ…。 

 終礼後、バックを片手に更衣室から出てきたばかりの千夏は、同じく仕事を終え、休憩所に居たスタッフと向かい合った。 千夏の目線真っすぐには、女性スタッフの顔があった。 そう、千夏が見ていたのは、彼女の顔だけ。 「お疲れ様でした…」と言いかけた千夏が耳にした台詞は、「あっ、今、私、5円を入れたっけ?」だった。 一瞬、何のことだか千夏には分からなかった。 「5円…入れたっけ?」 の意味がようやく飲み込めたのは、彼女が あの料金箱の底を開いて、中身をジャラジャラと触っていたからだった。 どうやら5円玉が見つかったようだった。 そして50円玉と入れ替える…。

 この時になって、千夏は複雑な思いを抱えたまま 無言でその場を立ち去った。 あの料金箱が きっと泣いている。 そして 思い起こすのだ。 千夏はあの時、料金箱にお金を入れる手元を全く見てはいなかった。 だから、 「私、今、5円、入れた?」と彼女の行動を問われても答えられる術がない。 なのに 何故 彼女は彼女自身が本来気付かずに誤ってしたことを確信していたのだろう。 50円の代わりに5円を入れたのだと? それは勘違いしたからではないか。 千夏に見られていたと。 何も見てはいなかったのに。 そもそも あの料金箱の存在そのものが 信頼がおける人達の職場という証明だった筈なのに。

 それから数カ月後、あの料金箱の回りには人が数人集まっていた。 「料金が合わない」と話し合っているようだった。 新参者の千夏は、とても嫌な思いがしたものだ。 まるで千夏が来たことで料金が合わなくなったかのようではないか。

 その後、料金箱は 飴玉入れのカンカンになった分、丈夫になったし、中身も見えるようになったので、5円と50円を入れ間違えることなど、もう起きないかのように思えた。 

 だが、違った…。

 誰かが100円の代わりに 1円玉を入れたらしい。 昨日は大雨で、千夏はいつもより15分早目に自宅を出た。 雨でびしょ濡れになることを想定し、着替え一式準備して行ったのだ。 案の定、衣服は濡れ、汗が滲みトイレで全て着替えた。 休憩室へ向かったのはそのあとだった。 歩いて出勤し、蒸し暑い朝。 喉が渇いたので100円玉を1つ、入れる。 千夏が覗いたとき、そこには確かに1円玉が見えた。 しかし、気にも留めなかった。 誰かが1円を おまけ” で入れたのだろうくらいにしか考えが浮かばなかった。 いや、実際には目に映ってはいても、深く考えなかったのだがー。

 あとになって、円陣を組み、1円玉ト100円玉が話題になっているところを通りかかって ようやく朝の光景を思い起こした。 「多分、○○さんよ…」 この ○○さんが 千夏の名前に聴こえたようだったのは、気のせいか。 「私、見ましたよ。1円玉。 しっかり覚えてるんだから、私が間違って入れたってことはない… そう言えたら良かったのに。 そうは出来なかったのは、あの日、手作りの箱に感じた信頼は唯の妄想だったと悟ったからだった。 そこには あの日の 5円の彼女も居た。 その時、千夏が何を思ったか… 疑う ことは、疑われることと同じくらい気分が沈む。 

 信頼の箱が 今では 泣きながら語りかけている。 

「I'm watching YOU」 ~あ・な・た・を見つめてる~ そう、自分の良心を見つめて生きて行かなきゃ…

 

 「イギリスの ある調査によると、料金箱を設置すると、約半数も在庫と料金が合わなかった。 それが、 あることをすると劇的に改善されたらしい。 そのあること、とはー。 I'm watching you! とキャッチコピーを書き、一つ目のイラストを置いたことによる。 人から見られている! と意識すると、人は正しいことをしようとすることの現れである。

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バレンタイン☆ローズ (バレンタイン特別企画ってことで)

2010-02-12 13:02:00 | ショート ショート

「みっちゃん、お届け物だよ」

私は頭から布団をかぶり、眠ったふりをしてしまった。何度、声をかけられても電話には出ないと決めたのだ。そのように伝えて欲しいと下宿先のおトキさんには何度も頼んでいるのに、彼に対して情が深いのか、おトキさんは朝から何度も・・・・いや、一週間前から幾度も私の部屋を覗きに来ては、彼からの電話を繋げようとしてくれていた。おトキさんは、私にとっては母親的存在だ。高校を卒業後、都会に出てきた私の他にも3人の大学生を下宿させている。面倒見が良い働き者かあちゃんだった。おトキさんの言うことなら、実の母親よりも素直に聞ける。そんな私でも、今回だけは駄目だった。あの裏切り者! 心の中で何度も叫ぶ。絶対に許してなんかやるものか。何度、電話してきたって駄目なものは駄目なんだから! 独りでコンクリートの街へやってきて、ちょっと心細かっただけなんだ。最初に優しくされて、気を許した私がバカだった・・・。初めてのボーイフレンドに出来るだけの罵倒をあびせ、きれいさっぱり忘れたい。でも、どういうわけか、おトキさんは、私と彼の仲を取り持とうとした。

 「抱き合うといっても、いろいろあるさぁ。相手が飛びついてきたのを支えただけだって、そう見えるだろうに。彼に会って、直接聞いてみたのかい? 彼はとてもみっちゃんのことを大切に想っていると思うよ。きっと彼が心から抱きしめたいと思うのは、みっちゃんだけだよぅ! 私はそう思うよ、うん」

昨夜も ふて腐れて寝ている私の枕元で、おトキさんは優しく私の頭を撫でながら、ぽつりぽつりと話しだした。おトキさんが結婚した旦那様の場合は、ほんとの浮気だったけど、浮いた気分になることだって男には たまには! あるらしい。でも、みっちゃんの彼はそうじゃないだろうにテニス界のプリンスだから、ファンが追っかけし、彼を取り囲んでいてどうしようもなかったんだろうよって。私はそういう問題じゃないと思うけれど、いつも笑っているおトキさんも旦那さんのことで苦労したんだ私なら離婚届けを差し出しそう。どうしてこんなに寛大でいられるのだろうとヘンに感心しながら いつのまにか聞き入っていた。

 「みっちゃんは、今、いくつだっけ?」

 「19歳」                                                                                 

 「まだまだ若いねぇ・・・」

そう言ったおトキさんの声は、何故だかとっても寂しげだった。いつまでも目を合わせないでいるのが段々申し訳なくなってきて、布団の隅からそっと、おトキさんの様子をうかがい、いつの間にか起き上がっていた。

 「おトキさんだって、若いよ! 朝からずっと働いて・・・大学生の私達より元気だもん」

おトキさんは、ふふっと笑みを浮かべ、「おや、やっと顔を出したね!」というと、私のおでこをちょこんと突いた。

「ほら、見て御覧!」

おトキさんの目線を追うと、両手で抱えるのがやっと! くらいのバラの花束が、いつの間にか私の本棚の横に飾られていた。

「どうしたの、これ?」

「みっちゃんの彼が届けてくれたんだよ。早く元気になって、テニスコートへ戻ってきて下さいって」

「・・・・・・」

「みっちゃんの彼のファンって人が、飛びついてきたのを支えたら、みっちゃんがドアを開けて入ってきて、血相変えて駆けて行ったけれど、かえって良かったって言っていたよ、彼。その時、はっきりと分かったんだって。みっちゃんは特別だって。きっかけが出来て良かったって。明日にでも、彼に会っておいでよ、ねっ?」

私は即答できず、しばらく黙りこんでいた。そんなこと・・・おトキさんに告げるなんて・・・恥ずかしいじゃない。でも、何故だか とっても嬉しい。

「みっちゃんと彼には、ぜひとも仲直りしてほしいよ。このバラのお陰で私も喧嘩中だった旦那様と仲直り出来たんだよ。どうしてだか分かるかい? 最初はね、この花束、キッチンテーブルに飾っておいたの。何度、みっちゃんに声を掛けても返答がないからねぇ。昨夜、遅くに帰宅した旦那様が、バラを見てね・・・誰からだって。ちょっと妬いたみたいだったよ。みっちゃんの彼からだって言ったら、なんだ、そうかって。私達こそ、これが何度目の夫婦喧嘩って思うけど、お陰さまで仲直りするきっかけになったよ。ありがとう、みっちゃん。そして今度は、みっちゃん達の番だよ!」

仲直りの「きっかけ」・・・かぁ。私も少し、いや、とっても頑固になりすぎていたのかもしれない。そうだ! このバラに賭けよう。もしも、このまま放置して、枯れずにドライフラワーになったら・・・・。二人の仲は永遠かもしれない。そうしたら、許してあげようかな。そしてもう一度、先輩、後輩から始めよう。

「うん、分かったよ、おトキさん。後で彼に電話してみる!」

「みっちゃん、良い子だね。でも、今すぐ電話しなきゃ!今日が何の日かしってる? おばちゃんも時代に乗り遅れないようにデパートで買ってきたよ、これ!」

おトキさんがポケットから取り出したのは、チョコレートだった。

「若い人は、チョコレートを渡すんだって? バレンタインだとかって日、今日じゃなかった? それに古い洋画でダンディな男が金髪の女性にバラの花束を手渡すシーンを見たことがあるよ。みっちゃんの彼って、イキなことするねぇ!」

そうだ! すっかり忘れていた。今日はバレンタインデー。海外では男性から女性へバラの花束を渡すらしいけれど、私の王子さまはきっと、お見舞いのつもりでバラの花束を届けただけで、バレンタインって意識、無いんじゃ・・・・。私は頬が次第に火照ってくるのを感じた。つい先ほどまでは、起き上がろうとすると、あんなに重かった頭も軽くなり、心はすでに彼へと向かっていた。窓から差し込む光が眩しい。

「おトキさん、私、彼に会ってお礼を言ってくるね! 仮病だったって、心配かけて御免なさいって謝ってくる!」

ベッドから飛び出した私に、おトキさんは慌てて言った。

「仮病じゃないだろうに。恋の病だよ!」

私は一瞬、ぽかんとしたが、今回は素直に認めた。

「そうだね。立派な病気。しかも、かなりの重症だったね?」

私と おトキさんは顔を見合わせて大笑いした。彼は今頃きっと、とっても耳が痒いに決まっている。彼に会ったら、一番に言おう。来年もバレンタインを一緒に過ごせるといいね。勿論、再来年も、ずっと、ずっと・・・・何年先も・・・・。

 

おわり

 

 

バレンタイン☆エンジェル  ← このお話の『続き』は、こちら

私をドライブへ連れてって♪♪  ← 更に『続き』は、こちら♪

尚、これらのお話は すべてフィクションです。即興で一気に書くので内容的にも文法的にも未熟というか、めちゃくちゃでしょうが、多目に見て下さいませ。

私はバレンタイン当日、仕事ですが(遅番) 皆さまは特別なひとときをお過ごし下さいね♪ 皆さんのバレンタインの思い出、明日の予定、そっと・・・? 教えてね。私にとって一番のバレンタインの思い出は、やっぱりあれだな・・・。

エピソード その1  

西村チーフ: 「すずさん、チロルチョコ、ありがとう」

すず: 「どういたしまして。西村チーフ

 

エピソード その2

すす: 「南副店長、ハッピーバレンタイン!」

南ちゃん:「えっ? 」 (ここで、一気にテンションが上がる)

すず: 「はい、これ!」

南ちゃん: 「あ・・・・(汗 (ここで、一気にテンション下がり、慌ててチロルをポケットにしまい込む)

すず: がーーーーん!!!

 

後日談。。。さくらの更衣室にて。

惣菜スタッフ 「南副店長、何をそんなに期待しとったんかねぇ・・・?」

すず 「ほんとですねー」  

それでは素敵なバレンタインを♪

 

 Bye for now  すず

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はっぴい ばれんたいん ~おトキさんの名のごとく!~

2010-02-12 11:09:51 | ショート ショート

 「あら! 可愛いわねぇ。何処となく みっちゃんに似ているわ」

 おトキさんは一歳になったばかりの沙希を抱っこし、まるでおトキさん自身が童に戻ったかのように微笑んだ。まさか、学生時代お世話になったおトキさんに、私が高齢で授かった沙希を抱いてもらえる日が来るなんて・・・。『あの頃』の私は露とも知らずにいたっけ。学生時代を過ごした下宿先の玄関と、チャイムを鳴らすと同時に駆けてきたおトキさんを代わるがわるに眺めながら、想いを馳せた。

 おトキさんの息子さん達が結婚後、それぞれに独立し、空き部屋が増えたから・・・と下宿屋さんを始めたおトキさん。恋する学生だった私をいつも、温かく見守ってくれていたおトキさんは私にとって母親同然の存在だった。後に主人となったテニスコートの彼と私は日頃から仲が良かったが、一度だけ、私が独り相撲をとって いじけていたことがある。若かった私は、『彼とはもう二度と会わないんだ!』 なんてホントは大好きで忘れられないくせに、強がって一週間もふて寝していた。あの時、おトキさんが二人の仲を取り持ってくれなかったら、今、こうして沙希の笑顔を皆で囲んで眺めることもなかったのだ。

 何故って・・・・。おトキさんがいなければ、私は主人とゴールインしてはいなかっただろうから。当然 沙希だって、この世に誕生しなかったことになる。

 人の縁って不思議だ。人の運命は更に不思議だ。人、ひとりの誕生までも と・き・として 大きく左右する。おトキさんの名のごとく!

 私と主人は勧められるがままに、懐かしいキッチンへ通された。ガスコンロがオール電化になった以外は、小窓に置かれた鉢植えも、壁に掛けられた小鳥の絵も、何も変わってはいない。年季が入った鍋がずらっと棚に並んでいる。あの鍋でスープを作ってくれたおトキさんの慣れた手つきが ふっと映像のように浮かんでは消え、懐かしさが込み上げてくる。そして何よりも変わらないのは、おトキさんの大河のようなすべてを受け入れる笑顔。今年79歳になるおトキさんの顔はシワこそ深くなっていたが、人間味も年輪と共に深みを増したように似合っていた。私もおトキさんのように年齢を重ねたいと思わせる笑顔。。。

 私たちはおトキさんが作ってくれた牡丹餅を食べながら、昔話に花が咲いた。私の膝の上でガラガラを振ったり、画用紙にクレヨンでグルグルと円ばかり描いて大人しく遊んでいた沙希も、時折、退屈しては ぐずる。そんな時は、おトキさんが すかさず沙希を抱き上げた。『私が若い頃は抱き癖がつくから、泣いてもすぐには抱かない方がいいなんて言われていたけれど、そんなことはない。幼児はしっかり母親の腕の中で抱きしめられてこそ、安心して大きくなれるのよ。きっと成人するころには立派に自立していくことでしょう。貴方達のような、いつでも帰ることが出来る温かい心の故郷と呼べる両親がいれば・・・』 おトキさんの話は私達夫婦の心に、ひと雨ごとに温かくなる春の日差しのように優しく届いた。

 「そうですね。いっぱい、いっぱい、この子を・・・沙希を抱きしめようね!」

私達夫婦はどちらともなく顔を見合わせ、幸せに包まれる。沙希、この世に生れてきてくれて、ありがとうね。とっても感謝しているよ。私たちは沙希が40歳になるまで沙希の成長を見届けられないかもしれない。でも、きっと誰かが見守っていてくれるよ。私達にとって、おトキさんがそうだったように・・・・ね。だから、安心して大きくなってね! 母親である私の心の声。一歳の沙希に・・・いや、大人になった沙希に将来届くだろうか。そうであってほしい。

 「道子、そろそろお暇しようか?」

 「あら? もうこんな時間? おトキさん、長々とお邪魔しちゃって。つい、居心地が良いものだから。もう、おいとまします」

おトキさんは、「あら、そうかい? 今から何処で何を食べるのかい? へぇ~中華料理かい! それはいいねぇ。ところで昨日は東京のどの辺りを観光したんだい? 上野動物園かい! それはいいね。パンダが可愛かっただろうねぇ」

・・・・・・と、先程から幾度も同じ質問をしては、今回初めて聴いた話のように驚いてみせた。嫌、実際に今のおトキさんは、私が何度、『上野動物園へ行ってきましたよ。今はパンダは居なくなったんです』、と答えたところできっと、『初めて聞く話』なのだろう。昔のことは昨日のように良く覚えている一方で、ほんの10分前に話したことは、すでに忘れていた。

 「ずっと下宿屋を続けていきたかったんだがねぇ。半年前に、家賃を頂いていないと学生さんに言ったら、両親が連れ去ってしまってね。それ以来、一人、また一人と居なくなってしまって…もう誰も入居しないんだよ。これも時代の流れかねぇ。贅沢な暮しに慣れた若い人たちは下宿なんてしないのだからって息子に言われるんだよ」

金銭トラブル・・・・、もしかして認知症? という疑いが脳裏をよぎる。ふと、キッチンの隅で黙って話を聴いていた同居のお嫁さんの困ったような視線とぶつかった。そうか・・・・。だからおトキさんは下宿屋さんを辞め、住み慣れたこの場所で、息子さんご夫婦と同居を始めたのだ。

 「あなた! ちょっと待っていてね! この辺りに今もお花屋さん、あるかしら? ほら! 貴方がバレンタインの日に・・・」

ここまで言いかけた私を驚いたことに、おトキさんが 「そうよ! みっちゃん!」と叫ぶが早いか遮って、階段の踊り場まで丈夫な脚で降りて行った。身体の方はまだまだ元気なようだ。吸い寄せられるように、私も踊り場まで降りていくと・・・。

 「ほら!」

白い花瓶いっぱいに飾られていたのは、あの・・・バラの花束だった。きっとそうだ。鮮やかなピンクと赤だったバラの花は、今では赤茶色のような褐色の色をしていた。それでも、まぎれもなく主人が19歳の私に初めて贈ってくれたバレンタインプレゼントだった。 『綺麗なドライフラワーになったら、きっと私と彼はゴールインするよ』 冗談交じりに言った私の台詞が現実になって、目の前に広がっていた。

 「みっちゃん、これ、何輪か持っておいき! 幸せのおすそわけ」

 「そうですね、おトキさん。私、今から花屋さんへ走ろうかと思ったけれど・・・そんな必要もないみたい。ハッピーバレンタイン、おトキさん!」

 「はっぴい ばれんたいん、みっちゃん、旦那様、そして沙希ちゃん!」

人の記憶はすべてが永遠ではなかもしれない。それでもバラは覚えている。それぞれの 人の 生きざまを。 そして 人の温かさを・・・。

 はっぴい ばれんたいん!

 

おわり

 

 

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精神科医を診る!

2009-10-31 22:40:11 | ショート ショート

待合室で待っている間、ドアの向こう側ではいつもの担当医と研修医が打ち合わせをしていた。

「前回は、かなり緊張が高まっている状態でした」

「そうなのですか? 私には普段と変わらない様子に見えましたが・・・」

「あなたはまだ、この病院に来てから一週間しか経っていないのですから、微妙な表情の変化に気付けなくて当然ですよ。そんなときは、私がフォローしますから、安心してください。これが、患者さまのファイルです。これまでの診療の経過等が記録されていますから、目を通しておいてください」

「はい、分かりました」

ドアの向こう側から聴こえてくる ひそひそ声。

おかしい。ドア一つ隔てて・・・とはいっても、あんなヒソヒソ声が待合室にいる当事者の「患者である あ・た・し にまで届く筈がない。

試しに「聴こえていた。いや、聴いていた」と担当医に言ってみようか。

記録にタイプされる文字が透けて見える。

「今回も幻聴が頻繁に起こっている」

「記録の文字が読めたという訴えあり。担当医が「・・・・」と記録にタイプしている様子を見たという。幻覚あり」

ドアの向こう側では、さらに、こんな やり取りも行われていたのだ。

「これまでの精神科の診察では、ただ単に、今日の気分はどうですか? やる気がないようですね。では、やる気を起こさせるお薬を処方しておきましょう、という程度のものでしたが、最近は欧米諸国のカウンセリングで行われている方法も現場で実践されるようになってきました。今回は、その手法で行います。いわゆるロールプレイです。事前に患者さんが興味があることや、これまでのロールプレイで何が話し合われたかを記録で確認しておいてください」

担当医は威厳たっぷりに自信を持って解説する。かえって不安が増した様子の研修医。自分には、緊張が高まっていることすら、気付けないから…と自信無げに心のうちを担当医に言う。

「ですから、大丈夫です。そんなときは、私がフォローしますから。一つだけ、覚えておいてほしい大切なことは、今回の患者さんは、心を閉ざしてなかなか喋ってくれません。特にあなたのような知り合って一週間、しかも、まだ一度しか面識のない人に対しては、名前を述べる程度で会話にすらならないかもしれません。でも、決して何か、しゃべらせようとプッシュするよなことだけは避けて下さい。いいですね?」

「了解です」

数秒後、あ・た・しの名前がコールされた。

「城所さま。診察室Aへ お入り下さい」

あ・た・し、の名前だ。すくっと立ち上がる。

先ほどドアの向こう側で聴こえていた会話は、きっと幻聴なんだ。あ・た・しがドアを開けば、そこにいるのは きっと、いつもの担当医だけに決まっている。

あ・た・し、はスーッと前方へ進むとドアをノックした。

「お入りください」

ほら! いつもの担当医の声。他に誰もいるはずがない。 あ・た・し、はドアを開け、一歩、足を踏み入れた。光の向こうに白衣を着た二つの影が見える。一つは担当医。もう一つは・・・

 

あああああ、あ・た・し、は やはり病気なのだ。いつものように、ヒドイ幻聴。幻覚に悩まされている。薬の量を増やされるだろう。

「城所さん、どうぞお入りください」

あ・た・し、は診察室に入室した。

「こんにちは。久しぶりですね。一週間前に初めてお会いしましたね。私は千夏といいます。どうぞ、おかけください」

丸椅子に腰を下ろすと、千夏の顔が自分の前に見えた。そう、真ん前に。千夏と名乗る女のひとがほほ笑んだそのとき、急に担当医の携帯電話がけたたましく鳴りだした。

「ちょっと、失礼」

担当医が背中を向け、話をしている間中、あ・たし、に千夏は話しかけていた。

時間にしたら、5分程度かもしれない。でも、一時間も数時間も、何年も会話をしているような錯覚に陥った。やっぱり、時間の感覚が分からなくなっている あ・た・し、はオカシイのかもしれない。

城所さんは、スイスへ行ってみたいそうですね。私も海外暮らしが長かったので、色々な国へ立ち寄りました。城所さんが好きな牛乳もひろ~い牧場があるスイスなら、たっぷり飲めるわよ! クリーミーな料理やチーズが好きだそうだけど、私もグラタンやチーズをたっぷり乗せて焼くピザなんて好きだな~。城所さんは、スイスの他に行ってみたい場所はある? **牧場? この近くね。週末、お天気なら行ってみるといいわね。 え? 自分でグラタンを作るの? 数年前まで作っていた? 最近は全く? でも、今夜、作ってみたい? それ、いいわね!

きっと、幻聴なんだ。弾む会話も。千夏という名の何処か懐かしい姉の面影がある女性との弾む会話も。

でも、こんなオカシサなら、ずっとオカシイままでいい。

なんだか、さっきまで、あ・た・し、は何もできない。したくない、と思っていたのに。今夜は大好きなグラタンを作って、週末には隣町の牧場へ行けそうな気がしていた。一年ぶりになるだろうか。公共のバスに乗るのは・・・。付き添いで一緒に来てくれた母は何というだろう?

携帯電話をいつの間にか、切っていた担当医が驚いた様子で あ・た・し、を診ていた。

「千夏さんに、何か質問はありませんか?」

担当医は何かを試すように、あ・た・し、に言った。

イッパイ、アルワ。ア・タ・シ、モ、ガイコクニ カツテ、スンデイタ コト、アルモン。アタマガ オアシク ナッテカラ、イケナクナッタダケ。

「はい。たくさんあります。千夏さんは海外ならどこへ行ってみたいですか? 食べたいものは何ですか? 料理は得意ですか? 何を作りたいですか? お姉さんはいますか? あたしにもいます。最近、あたしのせいで疲れているけれど・・・でも、きっと仲良くなります。千夏さんに似ているから。動物は好きですか?・・・・・エトセトラ、エトセトラ、、、、、、」

ゴムマリガ ハズム ヨウニ カイワモ ハズム。タントウイワ、オモシロクナサソウナ カオ。ナゼ? ア・タ・シ、ガ ミテ アゲヨウカ? ドコガ、ワルイノカ?

今日は会話にならないかもしれない筈だったのに。あぁ、あれは入室前の幻覚・幻聴なんだけど。予定では5分か10分程度の診察になるはずだった? 期待を裏切った あ・た・し。だから不機嫌な顔してる担当医? いや、これは幻覚、幻覚・・・・。

「城所さん、では、私に何か質問はありませんか?」

「ありません」

あ・た・し、は即座に答えた。あるとすれば、ひとつだけ。

ドウシテ コワイ カオ シテイル ノ デスカ? キケナイ、キケナイ・・・・。

「何でもいいのですよ。何か一つくらい、聞いてみたいこと、あるでしょう?」

「あ・・・ありません・・・」

「どうして? 千夏さんには、あんなにたくさん質問していたのに」

あ・た・し、の手は段々汗ばんできた。緊張が高まっているんじゃ・・・そんな不安げな表情を浮かべたのは、千夏だった。

アレ? プッシュ シテワ イケナイ イケナイ、 チガッタ???

あ・た・し、には分かる。今、千夏さんが何を考えているか。担当医の心は どんな感情に支配されているか。

あ・た・し、は声がか細くなっていった。

「ないんです」

「そう? じゃあ、千夏さんに何か質問ある?」

ある、といったら、とんでもないことが起きそうだった。とっさに嘘をついた。

「ありません」

「そうですか。千夏さんにも質問は無いのですね?」

担当医は ようやく安堵の表情を浮かべ、ほほ笑んだ。この日に あ・た・し、が見た担当医の最初の ホンモノノ笑顔だった・・・・。

この日の あ・た・し、の患者ファイルの記録は、ほとんど白紙だった。担当医は千夏さんと あ・た・し、との間に交わされたほとんどの会話は記録する価値がないものとして処理したのだろうか。オカシナあ・た・し、には分からない。

でもね。

担当医を診た あ・た・し、の精神科医ファイル には、 たくさんの記録が残されていた。

シット アセリ センモンイ ノ リョウイキニ タッシテイナイ ミカンセイ 

ファイル ナンバー 38

 

 

 

 

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水面下のパズル

2009-06-15 00:37:00 | ショート ショート

僕は恋人を死なせたことがある。

湖の水面に映った自分の顔がポチャンという音と共にくねくねと曲がり、やがては割れたガラスの破片のように底へ向かって沈んで行く様を見届けたとき、僕の身体もその場に崩れ落ちた。

あの日以来、僕の時間は止まったままだ。膝からガクンと落ちた拍子に、怪我をしたのか、膝小僧に血が滲んでいることも、地面に手を付いて首を垂れている間は気付きもしなかった。

(こんな別れ方をするなら、僕たち、出会わなければ良かったね・・・)

判を押された離婚届を面会時に渡されたとき、僕は・・・・いや、あの頃はまだ、「あたし」と自分のことを呼んでいたんだっけ・・・泣きじゃくりながら、ずっとマー君の側に居させて欲しいと哀願した。

「分かってくれよ。あたしがマー君の両足になってあげるって、それ・・・凄く重いんだ。今まで普通に出来ていた当たり前のことが、千夏の手足を借りなきゃ何も出来やしない自分が許せないんだ。お願いだ。俺を自由にして欲しい。本気で俺に生きていて欲しいと思うなら、黙ってこれにサインして役所へ届けてくれよ。千夏に俺がして欲しい、最後のお願いだ」

あたしが言われるままに自分の名前を記入する気になったのは、彼の担当医からも助言があったからだった。生まれながらの身体障害者なら、こんなものだと思っているから、歩けない事実も「障害」とは捉えていない。「不便」ではあっても、生きるうえで、「障害」とはならないらしい。他の体の機能を使って出来ることをやろうとする。手を差し伸べられることも、素直に受け入れられる。しかし、正人さんは違う。昨日まで貴方が居なくても何不自由なく出来ていた日常のことが、ただ、戸棚からマグカップを取る、という簡単なことが出来なくなることで、精神的な病をも引き寄せてしまっている。

「千夏が側に居ると、俺が駄目になる!」と一番身近な貴方に八つ当たりするのは、思い通りにならない自分の身体に腹を立てているから。一度、離婚しても、復縁することは いつだって出来るのだから、今は彼の意思を尊重してあげることも、大切かもしれない・・・・と。

だから、あたしは、そうしたのだ。本当にマー君から離れる気などなかった。

夫婦だった あたしたちが再び恋人同士に戻ったとき・・・・彼が好きだったアップルケーキを焼いて病棟へ行くと、マー君は看護師さんに車椅子を押してはもらわず、自分で大きな両脇の車輪を回しながら、透明なガラスに囲まれた面会室へ入室した。

あたしと別れた後のマー君は、幾分、明るさを取り戻したかのようだった。

「ほら!千夏に車椅子を押してもらわなくても、こうして自分で操作できるよ」

と、嬉しそうに笑う。何故だろう。あたしは あたしと別れたマー君が少しずつ明るさを取り戻していく様を心の底では素直に喜べずにいたのだろうか。べったりと側に付き添って、必死に介護している方が幸せだったのだろうか。あんなに尽くしていたのに、ただ、真っ直ぐに愛しているのに、何故、マー君は受け入れてはくれなかったのだろう・・・・・?

理屈では、分かっている。千夏は重い、といわれる理由も分かってはいる。でも、納得できない。連れ添いを体当たりで愛する事が、何故、重い、の一言で片付けられなきゃいけないの?と自問自答してしまう。あたしは、結局、変われなかった。こんな自分を変えることが出来ず、マー君を追い詰めてしまったのだ。一度は精神科病棟から退院した彼が、再入院することになったのも、あたしが原因なのだ。

あたしたちが出逢ったのは、お互いがツーリングを楽しんでいた旅先だった。赤茶けた大地を風を切って走る。非日常的な空間で出逢ったからか、瞬時に意気投合し、翌年には結婚した。結婚後も二人で遠出し、スナップ写真はどんどん増えていった。彼が交通事故にあうまではー。

あたしは部屋中を飾っていた二人のツーリングの写真をすべて押入れの奥にしまいこんだ。嫌だ。思い出してしまう。事故さえなければ・・・

「俺の側に寄るな~! 独りにしてくれ」

マー君が荒れて、叫びまくる度に あたしの記憶はあの日に戻り、ツーリング自体を憎んだ。楽しかったはずの二人が共有するツーリングの日々も、思い出したくはない悪夢となった。

ある晩、からからに喉が渇き、夜中に何度も目が覚めては、這うようにキッチンの水飲み場まで行っては、やっとの思いでグラスに水を注いだ。一口、飲むと、また一口、しばらく口の中に水を含む。そうしていないと、からからに乾いた喉は、少しも潤わないのだ。これまで幾晩もグラス一杯の水をがぶ飲みしては、乾ききった喉は、そのままで、お腹だけが水で膨れていく様を体感していた。水膨れして部屋へ戻ると、ベットに横たわったまま うつろな目であたしを見ているマー君の視線にぞっとした。

「起きていたの? 寝返り出来なくて辛かったでしょ?あたし、悪い夢をみていたみたいで、起きれなかったから、ごめんね」

あたしはマー君の身体を半分起こしながらも、力尽きて、自分の寝汗でべっとりしたシャツのまま、彼の顔面に倒れこんでしまった。

「何故だ・・・? 何故なんだ。千夏、そんなに嫌か? また、あの頃の夢にうなされていただろ? 俺たち、もう別れたんだ。寝泊りになんか来なくていい。こんな別れ方をするなら、俺たち、出会わなきゃよかったな・・・」

出会わなきゃ良かった・・・・出会わなきゃ・・・・。一番、聞きたくはないあの台詞が耳元でエコーする。

「あたしの寝言に文句言うなんて、ずるいよ。言いたいことじゃないんだもん。夢にまで責任持てない・・・」

出会わなきゃ良かった・・・・何度、マー君の口から聞かされただろう。それも、あたしが悪いって。過去の夢を見る、あたしが悪いって・・・・。

別れても駄目なの? 恋人に戻っても、あの日の記憶は消せないよ。二人の趣味がツーリングでなければ、そもそも あたしたちは出会わなかった。あの「事故」も起こらなかった。きっとマー君は今も両足で走り回っていたよね・・・。あたしが悪いんだ。きっと、そうよ! 

あたしは、何をマー君に喋っているのか、分からなくなっていった。ただ、マー君が夜中に再び興奮して叫ぶ声が部屋中の壁にぶつかっては自分に跳ね返ってくるのを聞いていた。

「違う!そうじゃない!そうじゃないんだ、千夏。俺に構わないで欲しいだけなんだ。千夏の距離が近すぎるんだ。俺の側にぴったりと くっついている必要なんてないんだよ。すべての過去を悔やんで俺の側にいることが義務のように感じている千夏に側に居られると気が狂いそうなんだ。どうして分からない・・・?」

分からない、分からない! あたしは ただ貴方の側に居たいの。それ以外、何も望んではいないの。どうして世話しちゃいけないの? 夜中にグラスいっぱいの水をくんできてはいけないの? え? 枕元に置いておいてくれたら、自分で飲める? でも、汗をかいたときの着替えは? タオルを背中に入れておけば、一晩くらい、どうにかなる・・・? でも、それって辛いでしょ? それより千夏の心が重く のしかかって辛いですって? 

夜が明けない闇の中に包まれて、二人して ずんずん沈んでいくかのようだった。遠くで居る筈も無いフクロウの鳴き声がする。これが幻聴なのか、それすら分からない。この闇・・・二人で居る限り、二度と、抜けきれないのか・・・? それなら、いっそのこと・・・・

再入院したマー君が、洗顔用の洗面器、一杯の水に顔をつけて、この世を去ったのは、あの晩から わずか一週間後のことだった。鍵がかかる個室に入れられていたマー君が、自殺を図ることは、ほぼ不可能だという我々の認識が甘かった、許して欲しい、と主治医は深々と頭を下げた。

あたしは、その通りだと主治医をなじった。その後、どういうわけか、半年も経って主治医から送られてきた手紙には、マー君の遺書が同封されていた。

「千夏へ。許して欲しい。俺たちは、二人で居ると駄目なんだ。千夏は何処までも女の子で、俺に尽くしてくれた。でも、それは同時に俺に甘えることなんだ。千夏には精神的にもっと俺から自立して欲しかったし、俺の自立も認めて欲しかった。俺にはそんな千夏を支える事が重荷になっていったんだ・・・いつも、あの日へ戻る千夏の心が重かったんだ・・・」

 

僕は、あの日以来、女の子であることをやめた。独りで居ても、誰かと二人で居ても、自立して生きていく決心をするだけのことをマー君は僕に残してくれた。命を経つ、ということまでして。死を選んだマー君の選択が正しいとはいえない。でも、そうするしか僕達が救われる方法は無かったのかもしれない。僕は、あの日から、ずっとそう思って生きてきた。決して誰も好きにはなるまいと。だから、独りで自立して生きていくということは、同時に僕の・・・いや、僕達の時間が止まってしまうことも意味していた。

ときどき、こんな風に水面に映し出される自分の顔を見ると、急に動悸がして 割れたガラスのようにバラバラに自分の身体が地に落ちてしまうのは、あの日が原因だ。

あの日、闇の中に落としてしまった心のパズルを合わせることが出来ないまま、僕は生きている。

「千夏さん! 居た居た! 随分、探しましたよ。キャンプ場を離れて一体、何処へいっちゃったかと皆、心配していますよ。ささっ! 急ぎましょう。日が暮れてしまう!」

僕を呼びに来たのは、ほんの一週間前に出逢ったばかりの施設に入居している男性だった。新人なのに、利用者さんたちのお世話をするスタッフとしてキャンプに参加してもいいものだろうか・・・? と参加を渋る私を説得して、ここへ引っ張ってきたのが42歳の彼だった。

自分のことを「僕」と呼ぶなんて・・・しかも、男に興味ないなんていって千夏さん、もしかして・・・あれってわけじゃないですよね? 冗談か、本気か分からないような質問を僕に投げつつ、それ以上は何も聞かず、彼は声高々に笑った。

ツーリングが大好きで、若い頃は無茶をしましたよ、と笑う山本さんは、テントへ戻る途中、僕に一枚の写真を見せた。

「これ、俺がオーストラリアの大地をツーリングしていた頃の写真です。まだ、20代後半。昔はバリバリ海外で仕事もしていましたよ。会社に行けと言われたところへは、何処へでも行っていましたっけ・・・。赴任先で気に入った国は、豪州。いいですね~あの国は広くて、真っ直ぐに伸びる道を走るのは爽快でしたよ」

ツーリングと聞いただけで、僕の心の奥がうずいた。

あぁ、マー君、あたしは、貴方の写真、すべてを勝手に処分してしまったんだったわね。

「山本さん、ツーリングが好きだったんですね。あたしの古い知り合いも同じで・・・。無茶しちゃいけませんよ。怪我するようなことは一度もなかったですか?」

彼は あれ?と一瞬、とても驚いた顔をすると、足を止めた。彼の背後でカサカサッと草木が揺れる。ウサギかリスでもいるのだろうか。

「千夏さん! 今、あたし・・・って言いましたね? 初めて聞きました!! 怪我は・・・確かに何度かありましたよ。生きているのが不思議なくらいです。でも、俺は再びバイクに乗りますよ。近い将来、きっとね。そのためにリハビリして、お酒も控えて、きちんと薬も飲んでいるのですから!」

山本さんは、確か、医師からバイクはおろか、車の運転も止められている。心の病と薬の影響で、ほぼ、永久に乗り物を運転することは禁止と言われている筈だ。それなのに、何故・・・・?

僕は再び、山本さんの手の中にあるセピア色の写真へ手を伸ばした。もう一度、見せて頂いてもいいですか? と許可を得ながらー。

ゆっくりと歩きながら眺める写真の中の彼と目が合う。今、この瞬間と未来を見つめる目だ。何故か懐かしい。僕が知らない若い頃の山本さんが、そこにはいる。マー君も確かにこんな目をしていたっけ。

「俺は、頑張りますよ! リハビリ!! 自分の力でいつか、乗れるようになりますよ、きっと!」

僕の隣を歩く山本さんと元気だった頃のマー君の姿が一瞬、重なった。

僕は・・・・

いや、あたしは、きっと、数年したら、再び誰かを好きになる。

山本さんの過去は何も知らない僕なのに、何故か たった一枚の写真から これまでに歩んできた人生を凝縮して見せてもらったような気がした。マー君が本当に求めたのは、これだったのだ。

過去を否定せず、未来へ繋げること。

頑張る意欲は、きっとそうすることで心の底から沸き起こるのだ。

そしてー

適度な距離を置いて、必要に応じて そっと寄り添うこと。

お互いを支えあうこと。

一人の「人」として。

遠い昔、水面下へバラバラに落ちたパズルが、あれから何年も経って、ようやく組み合わさったような気がした・・・・。

 

                  - The end -

 

 このお話は すべてフィクションです。

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