小説【季節の予感】第5回 著者:すずBGM:すず #オリジナル曲 #エレクトーン演奏 #即興作曲 #小説#天使の賛歌
僕の従兄弟のケンは、都会暮らしなため、いわゆる犬猫といったペットとして飼われる動物にしか、触れたことがないという。「豚や牛に触れるなんて、とんでもないや!蹴とばされそうだよ!怖いよぉ。」と涙目で愚痴っていたっけ。
「都会では牛や豚なんて、スーパーの棚で見るものだったのに、こんな近くで触れるなんてありえない!」 なんてことも言っていたくらいだ。そのくせ、最終日には『僕のこと、本物の父ちゃんだと思ってるよ!』と笑うまでになったんだから、変わるもんだよなぁ。
その点僕は、日本でも森や川、海の近くに住んでいたから、野生動物と遭遇することも結構あったし、近所で牛や豚を飼育している家もあった。鶏は卵を産むが、僕にとっては目覚まし時計代わりだった。ジュリはどうなのだろう? そういえば、ジュリは日本の故郷の話をあまりしない。本を読むのが好きで、ホストファミリーの家で生まれた子猫たちが好きだということは分かっていたが。きっと、ジュリも動物好きだろうな。
初めて僕らがファームを訪問した日、前日降っていた優しい雨が上がり、草の匂いが僕らを歓迎するように、ほんのり甘くて、遠くでは鶏の鳴き声が響いていた。動物の世話をする日、ジュリはなんと先頭に立って、僕とケンに手招きした。ことのほか、表情が明るい。どうしたというのだろう。
「こっち、こっち!見て!これ!大きな哺乳瓶でしょう? 人間の赤ちゃん用の何倍もあるけれど、これ、子牛用の哺乳瓶なんですって! これに絞ったミルクを入れて子牛たちに飲ませるそうよ!」
ジュリはいつも以上にはしゃいでいる。余程の動物好きなんだな。僕は子猫が流されたと血相を変えて訴えた、あの日のジュリィを思い出していた。大人しいジュリィ、だけど、いざという時の声はしんが通っていたっけ。
子牛用の哺乳瓶が、ジュリに手渡される。ジュリは、「こっちよ。私がママね。沢山飲んでね、子牛ちゃん」と優しく子牛たちに語り掛ける。とても初めてとは思えない手つきでミルクを与え始めた。子牛たちのつぶらな瞳がじっとこちらを見つめる。はじめは子牛から距離を取り、腰が引けて戸惑っていたケンも、ぎこちなくミルクを与えるうちに、すっかり馴染んできた。初日はおっかなびっくりだったケンが、最終日には、まるで小さなおとうちゃんのように、子牛のつぶらな瞳を見つめながら「ちゃんと飲めよ!」と自然に声をかけているのだから、驚いたものだ。
なんとなく、米国暮らし経験という点でも、田舎暮らしに慣れてるってことでも、ケンをリードしてきた僕だったけど、キャンプの最終日が近付くにつれ、二人に距離を縮められたかも。特にファームでは、初日から多少、二人に出遅れてしまった僕だったけど、なんだか心はぽっかぽかだったから不思議だ。いつもはケンと張り合うことが多いのになぁ。僕らは代わるがわるに、お互いのカメラで、子牛にミルクを与えている場面をカメラに収めた。僕とジュリのフィルムは、現像するとカラーだったが、ケンのは… 白黒で…おっと、これは、もっと後になって僕らも分かったことなんだけどね。今思い出しても吹き出してしまう。ジュリは僕らよりちっぴりおませなのか、こういう事件の時は落ち着いたもので、「牛の模様は白と黒なんだから。いいんじゃない?」と言い、落ち込んで首を垂れていたケンも即座にシャキン!となった!
子豚は予想以上に活発で、ジュリが餌をやろうとすると、くるくると駆け回って彼女の靴をつついた。「ちょっと!もう、落ち着いて!」と苦笑するジュリの後ろで、僕たちは大笑いした。
「豚小屋だなんて失礼なこと最初に言ったのは、何処のどいつなんだろうなぁ… 凄く綺麗だよね、子豚たちの小屋って」
ケンが言う。僕もつい、「ほんとだよなぁ。僕の部屋より、よっぽど綺麗だよ!」と答えてしまった。くすっと笑ったジュリと目が合い、僕は一瞬、しゅんとなった。自宅へ戻ったら、いつもお母さんが口にする、「整理整頓」ってのをやらなくっちゃ! 子豚たちが転げまわる小屋には干し草が敷いてある。僕は思わず、くんくんと鼻を鳴らす。なんだか乾いた空気と太陽の匂いがする。気持ち良さそうな子豚たちのベットだ! ここで子豚たちと一緒に一晩を過ごしてもいいくらい気に入ったぞ!
ピンク色の肌をした子豚たちは、実際、とても可愛くて、一匹、連れて帰りたいくらいだった。すべすべした子豚たちの肌のぬくもりを感じながらファームで過ごす最終日、僕は本気でそんなことを思ってしまい、ちょっと泣けた。いずれ、大きくなったら、食べられてしまうんだよなぁ、なんて思ってしまったから。これからは残さず食べるぞ!と心に誓った。誰も口には出さなかったけれど、きっとジュリも、ケンも、参加者はみな、似たようなことを思った筈だった。
子豚の世話をしながら、ケンは「この子、僕のこと分かってるかも! 絶対、僕のこと、ほんとの父ちゃんだと思ってるよ」と笑いながら話しだす程だった。子豚もケンとうちゃんに応えるかのように、ケンの服をちょっと引っ張っているではないか! 最初は怖がっていたのにな。このキャンプで最も大きく変わったのはケンかもしれない。
「泥だらけになるのは嫌だな…」と言っていたのに、気づけば子豚たちと遊んで泥だらけになり、「ま、いっか!」と笑うくらい、動物たちに親しみが湧いたみたいだった。
最終日には、僕ら、それぞれ子牛か子豚を両手で抱え、集合写真に納まった。一生の宝物がまた、増えて僕は嬉しかった。
【キャンプファイアと地上の蛍(星)】
夕方になると、キャンプファイアを囲み、ケンもジュリも覚えたばかりの英語のうた、「Twinkle, Twinkle, Little Star」を参加者全員で大合唱した。米国人のMindy とStacy 姉妹が僕らにマシュマロと串を手渡す。
「串に刺して、火であぶるのよ。Give me some more もっと、頂戴!っていう別名が付いてるくらい、美味しいものができるわよ」
と、姉妹は笑う。 ジュリが慎重にマシュマロを串に刺し、じっくり炎の上で回し始めた。
「焦がしすぎないようにね!」
と僕が言うと、ジュリはニヤリと笑いながら、マシュマロがほんのりキツネ色になったところで、MIndy の真似をして、焼いたマシュマロをチョコとビスケットの間に挟んだ。
ケンは最初、マシュマロのねばねばが指につくのを気にしていたが、チョコビスマシュマロを一口食べた瞬間、目を大きく見開いた。「うまっ!これはすごい!」
「でしょ? もっと、頂戴!って思うでしょ?」
僕らは同時に深く頷く。甘いマシュマロの焦げた香りに包まれ、お喋りも弾む。夏の日を遮断するように風が流れ、焚火の火の粉が空へと舞い上がった。
藍色の空に星がきらめき始めた頃、焚き火の光に照らされた僕たちは、思わず幸せな笑顔を浮かべた。しばらくするとケンは、
「こんな広い空、見たことない」とつぶやき、「東京じゃこんなの見れないな」とポツリと言う。
日本では見ることが出来ない大きな夕陽がゆっくりと地平線へ沈んでいく。そもそも地平線を見ることだって、日本の都会では見られない。 ケンの興奮ときたら、すごかった。オレンジシティの名の通り、茜色に染まったあと、深い紫へと変わる空を見上げながら、ジュリと僕は無言のまま夕陽を眺めていた。遠くでコーンフィールドが風に揺れ、その隙間から小さな光がぽつぽつと浮かび上がる。
「行って見ようか」
「うん。歩いて行こう!コーンフィールドまで走ろうか!」
僕らは、はしゃぎながら走り出す。一面に広がるトウモロコシ畑に僕らはいつの間にか立っていた。
ふわり、ふわりと蛍が舞い、まるで夜空の星が地上に降りてきたみたいだった。ジュリはそっと手を伸ばし、指先にかすかに光る蛍を感じると、優しく微笑んだ。
「まるで星空の中に立ってるみたい…」とジュリがぽつりと呟く。その言葉に、僕も静かにうなずいた。
すっかり陽が沈むと、電灯がないコーンフィールドには、あちらこちらに飛び交う蛍の光が浮かび上がる。まるで星だ。蛍一つひとつが、地上で光る星たち… もしかしたら、僕らも 星の一つひとつかもしれない。