The supermarket さ・く・ら☆

Goodbook事務局から出版された本の原作(2010年頃まで)現在は日々の「あれこれ」を綴っております♪

長崎街道を描いた絵画展

2016-05-30 06:07:26 | Weblog

 お知らせです♪

現在、木屋瀬にある歴史資料館にて 新日鉄OBで漫画同好会に所属されていた、中村氏によって描かれた「長崎街道絵画展」開催中です。

私達家族もゴールデンウィーク明けに行ってきました。墨で描かれた絵画は それはもう…とても繊細で細かい部分まで描かれており、そこに添えられた言葉に触れることで、実際に長崎街道を旅した人々の時代へタイムスリップしたかのようでした。

両親は私よりずっと早く見物し終わり、周囲にいなくなってしまいましたが…美術館などへいくと、誰と行っても、いつもこうなります。なので、実際は慌てなくても良いため、一人の方が良かったりもしますが…まぁ、身内なので置いて行かれることもないだろう、と気にせず心ゆくまで楽しませていただきました。

今回は特に、 「時間を忘れて見入ってしまう」 長崎街道絵画展でした。お近くの方は是非、足を運んで下さい!(その為にブログに書いています)

 

父も新日鉄OBですし、同じ町内なので、中村さんのことは生前、存じ上げておりました。自分とは世代が違うため、挨拶以外の言葉を実際に交わしたかといえば、正直なところ、覚えていません。ただ、何となく…ですが、緻密で繊細で、時に力強く温かな線や文字を見ると、お人柄がそのまま絵画に現れていると感じました。 皆さん素晴らしい才能をお持ちでも、自ら宣伝をしたりはなさらないので、何も知らずに…この点が残念で… 願わくば生前、直接お話をお伺いしたかったです…

しかし、こうして作品は永久に残ります! 出来る時にできることを精いっぱいしておこう、と思います。

 

 絵画展を観終わった後、資料館の方へ移動し、長崎街道の模型をじーっ、と眺めていたときのことです。

いきなり 声をかけられ、思わず飛びあがってしまいましたっ! 先ほど、絵画展の場所で椅子に腰掛け、見学者の見守りをされていたスタッフの方です。 「ご説明しましょうか?」と声をかけて下さったのでした。 私があまりにも長い間、絵画を眺めていたからでしょうか〜 有難いことです。一つ、ひとつの説明については省きますが、まるでNHKの人気番組、「ブラタモリ」にご出演される専門家のような詳しい説明でして…しかもお話がとても分かりやすくてお上手! 最後に、ブラタモリみたいだったと思わず感想を述べると、笑っていらっしゃいました。 私が思うに 元、高校の社会の先生なのかも…しれませんね。退職された直後〜数年くらいの年齢にお見受けしましたし…。 

「あちらに 体験コーナーもありますよ! お時間があれば是非!」

と教えて頂き、そちらでも 『長崎街道を旅する服装』を着てみて変身! 体験コーナーのみ写真撮影もOKです。遊んできちゃった〜 小中学生のお子さんも楽しみながら歴史を学べます! 

絵画展は6月中…何日までだったか、記憶していませんが… お早目にどうぞ〜 著書も受付にて販売されています。

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あれから10年

2016-05-29 22:41:49 | Weblog

 昨夜は 「なんだか背筋がぞくぞくってする…」

暑がりな私が上着を羽織り、それでも寒いので、おかしいな〜と…。

身体は熱っぽかったけど、それはオバマ大統領のスピーチを新聞記事で、しかも英文で全文読むことができて、オバマ大統領の想いに触れ、感動しているからだ…と思っていた。

確かに、それもあっただろうけど、どうも体調としては違うみたい。昨日まで暑くて布団も夏用に変えたばかり。一応、念のため…と体温を図ると季節外れの発熱で、38度だった! もともと基礎体温が子供頃から高く、38度もあるなんて驚いた。環境の変化で知恵熱?子供みたい〜 あ、笑ってる場合じゃない、今夜、早めに寝よう…ということで昨夜は8時20分に「おやすみなさい」

今朝は一旦、37.1度まで下がった。 日中、再び上昇したものの、今は37度で落ち着いている。ほぼ平熱だ。一日、大人しく本を読むか、ネットを覗くかしかしていない、あ、ラジオでホークス戦も聞いたっけ。翔太君、惜しい!同点に追いつかれなければ…でもマッチのアーチで勝利☆ あさってからの交流戦、なんとドラゴンズ。 名古屋には親戚もいるし、セリーグの中で馴染みのあるチーム。 ルーフオープンデーの日に、名古屋の親戚と一緒に福岡ドームで井端選手を見て、きゃ〜きゃ〜言っていた日が懐かしい… そんな彼も今はドラゴンズにいない。山本まさ投手も引退したし… 城島や松中の特大アーチを福岡ドームで見上げていた谷繁捕手は、いまや監督! 時代も変わったなぁ〜と思う。 まあ、いずれにせよ ホークスは今日も勝って7連勝…だっけ? 2位ロッテとゲーム差6? これ以上にない状態で交流戦に突入かぁ〜 なんていうか・・・もう、強すぎて、私が応援するまでもない、そんな気さえする最近のホークスです… 

 

偶然、過去記事のコメント欄に目が止まり、懐かしすぎてコピーしてしまいましたっ! ある方のコメントに対する自分のお返事なのですが… 2010年5月30日とあるので、丁度今の季節、6年前・・・ですね。


zenpeichanさんへ (すず)2010-05-30 01:08:58ありがとうございます♪
おっしゃる通り、どんな仕事も、
それなりに「大変」ですよね。
楽な仕事なんて、きっと無いだろうと
思います。

優しいひとこと

ほんとですね。
文字で書かれると、特に「じーん」ときますね。
大事にすれば、一生、残りますからね。
絵も文章も上手なお子さんです。
ほとんど毎週のように手紙を受け取っていますが、
一番最初は、2年生の終わりに「白板」に書いてくれたメッセージでした。

「先生、2年間、英語を教えてくれて、ありがとう」
仕事がスーパーからフルタイムの障害者施設に変わる時期だったので、両方続けられるかどうか、不安に思っている時期でもありました。
子供の方が何かを察したのかな…? と思ったりもしたものです。

「あれを見たとき、絶対に続けたいと思った」
と、矢木さんに話したっけ。
昨日のことのようですが、あれから一年以上がたち、2年生から3年生に進級し、この4月から4年生。あっという間に大きくなっていきますね。

「先生」と呼ばれるには ふさわしくないかもしれませんが、子供たちの成長ぶりを感じながら幸せを噛み締めています。
更に5年、10年後が楽しみ〜です。(…と、さくらの元上司である店長と西村副店長に数カ月前、話したのでした

 

・・・

更に5年、10年後が楽しみ〜とありますが、その5年がすでに過ぎました。ついでに言えば、小学校1年生でECCに入学してくれたので、あの時から数えると、今年でちょうど10年になりました。 その成長ぶりと言ったら… 期待以上でして、とても言葉では表現できないくらいです。

あの日、一つだけ後悔したことといえば、デジカメを持参しなかったこと。白板に書いてくれたイラストやメッセージを形として残せない、教室を退室する前に、消さなきゃいけない、ということでした。 その分、心の中に焼き付けたつもりではいますけど。

そして、この日のブログを読み返して、更に後悔したことが一つ。 「うれしい言葉」 秘密にして、書いてないじゃなーい! その時は覚えていても、今の私は忘れてしまっているってことに気付いて愕然としました。 ダメな先生だなぁ。 本人に聞いても覚えていないよなぁ、きっと…。 

 

5年間、御世話になった北九州センターの先生が大阪へ移動になりました。先生にとっては単身赴任が終わるわけで、プライベートでは良かったのでは・・と思います。ただ、うちの生徒さんの名前を覚えていて下さったし、中英杯でも御世話になったので残念です。

しかしー

入れ替わりに来る先生…なんと、10年前、(正しくは11年前)私が講師になるために 秋から半年間に渡り研修を受けたのですが、その時、北九州センターにいらした先生なのだとか。 10年ぶりに戻って来られる、ということです。 これまた不思議な縁ですね。 たまたま、「昨日のアクセス数、多く読まれた記事」の中に、生徒さんのことを書いた記事があったことも、何かを暗示しているようで 熱も下がった今、不思議だなぁ…と感慨深く…

 

10年間も私を信じてついて来てくれた生徒さんと保護者の方には ただ感謝しかないのですが、一つだけ…

TOEIC受験…しましょうよ。

移動になったセンターの先生には、「遅くとも高校2年の終わりまでには一回受験を・・・」と言われておりますのよ。

英検2級レベルなら、TOEIC600点といわれています。 中学生で準2級にすでに合格しているんですもの。 500点 …いけると思います!

あれだけ毎回のレッスンで長文を読みこなし、大量の英語を聴き、私と英語で会話できるし、冗談も言ってお互い笑えるって、凄いよ!

「一度くらい、お母さんのいうこと聞いて〜」と先週、お母様も仰られていましたが、

(いつも先生のいうことをキッチリ聞いてくれて、期待以上に頑張ってくれている上、更なるお願いは申し訳ないけど…)

大学生や社会人に囲まれての受験は落ち着かないかも…分かるけど… 高校生の内に受験、、、お願いね♪ 

 

贅沢な先生からのお願いでした…

 

えっと、、、ですね。

話題は変わりますが、「2月になって始めたこと」 ECCのサポートが受けられるから、という理由で、半年間の通信講座を始めたのでした。当初の計画通り、2月から5月末までに…つまりは4か月で5回の添削課題と終了テスト(マークシート)無事に修了することができました これで(一部…といっても大部分)教育費が返金される〜 いつもは自分が添削する側なのに、添削されるというのは、高校講座の進研ゼミ以来のことで、とても新鮮でした。結構、時間がかかるものなんですよね、答案一枚、添削するというのも… 分かっているので、尚更感謝です では、おやすみなさいませ

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5月28日(土)のつぶやき

2016-05-29 01:32:12 | twitter

This time, I wrote my blog in English only....hoping we can share our thoughts.I appreciate the P... goo.gl/uOzjGJ


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Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning,

2016-05-28 19:00:53 | Weblog

When I arrived home yesterday, the President Obama's speech was already over and unfortunately I missed to listen to it. I was lucky enough, however, to be able to read the whole speech in the Mainichi News Paper this morning, and I thought I wanted to keep it here to remember.

 He stands in Hiroshima, and imagines what had happened in one morning, which was supposed to be just a morning as usual, but it wasn't. The bomb, "just one" atomic bomb destried everything in a few seconds and totally changed more than 100,000 people's life, and still some have been suffering since that day.

 I kept wondering what the President Obama would say, just in front of the "hibakusha" and people in Hiroshima. I heared it was just going to be a few minutes since the half of Americans still believe that the atomic bomb could end the Second World War faster(?) and therfore, they had done the right decision. I am not going to argue about this historical issue here now, and anyhow, I wasn't expect the President could tell us something that he really wished to say. To my surprise, what he had prepared for his speech lasted 17 minutes long and each and every word of him was so touching, so meaningful and the most impressive speech I have ever heard in my life....that was something only the President Obama could make. So heartful....and also what a big heart the two ”Higakusha" have, welcome Obama san from the bottom of the heart, no asking for an aplogy, even thanksful for coming over all the way to Hiroshima from the US as the FIRST U.S .PRESIDENT after 71years!

 When I was in high school, one of my Chinese friends asked me how I felt what Japan had done during the Second World War. I told him I felt guilty about the past and hope any wars would never occur to anyone any more. At Univ., Koreans and Malysians asked me the same questions, and my answer was the same, but I just asked them,too. "It has been 50 years since the war was over. How long do we, the Japanese ask for aplogy though it has never been heard in mas media in China and never been accepted?" One of them said, " Another 50 years!" That was my Filipino friends who gave me a relief, just like the President Obama, to give me hope to look for the future and work together for our common goal....THE WORLD PEACE!

 In Obama san's every word, I can feel the very strong decision not to use any wapons to fight against human being. I can have "hope" that the day might come that everyone can try to understand each other for the world peace. As he said in his Hiroshima speech, it might be difficult to make it come true  in this life time, but should we loose hope? At least, the people in Hiroshima, and we the Japanese, have never had any wars against the other nations in the past 71 years, and have had a peaceful life, we can now meet and see cheerful children in Hiroshima.

 So! It's ourselves to "choose" to have such a peaceful and wonderful future.

 

 Now, here comes the President Obama's Hiroshima speech;

 

 

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not so distant past. We come to mourn the dead, including over 100,000 Japanese men, women and children, thousands of Koreans and a dozen Americans held prisoner.

Their souls speak to us. They ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint and spears from wood, used these tools not just for hunting but against their own kind.

On every continent the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen, peoples have been subjugated and liberated, and at each juncture innocents have suffered -- a countless toll, their names forgotten by time.

The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth, and yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes, an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints.

In the span of a few years some 60 million people would die: men, women, children -- no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

There are many sites around the world that chronicle this war -- memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity.

Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity's core contradiction -- how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily do we learn to justify violence in the name of some higher cause?

Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith has a license to kill.

Nations arise telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different. Science allows us to communicate across the seas, fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.

That is why we come to this place. We stand here in the middle of this city and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see.

We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.

Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

Some day the voices of the Hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination, it allows us to change.

And since that fateful day we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people that we can ever claim through war.

The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspired to restrict and roll back and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man's capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves.

Among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime, but persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles, we can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough, for we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

We must change our mindset about war itself -- to prevent conflicts through diplomacy and strive to end conflicts after they've begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy but by what we build. And perhaps above all we must reimagine our connection to one another as members of one human race -- for this too is what makes our species unique.

We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

We see these stories in the Hibakusha: the women who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

My own nation's story began with simple words: "All men are created equal, and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty and the pursuit of happiness."

Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent.

We can think of those things and know that those same precious moments took place here 71 years ago. Those who died, they are like us.

Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life and not eliminating it.

When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.

That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.

 

 

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ローマ人の物語

2016-05-27 23:13:24 | 読書
まず、「文庫本」という書物の形なるものが、今から500年前、ルネサンス期のヴェネツィアで生まれたとはーっ! もっと現代になってからだと勝手に思っていた。書物は家の中にこもってするものが、この大発明によって持ち運びができる、すなわち携帯できる本となった!考えてみれば革新的だ。印刷技術を発明したのはドイツ人、ルネサンス的な考え方の普及に役立ったのは、携帯できる書物というわけ。
 
「知力では、ギリシア人に劣り、
体力では、ケルト人に劣り、
技術力では、エトルリア人に劣り、
経済力では、カルタゴ人に劣り、
 
それなのに何故ローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか!?」(p20)
 
この「ローマ人の物語」42巻からなる大作を書き上げた塩野七生(ななみ)さん。もしかしたら、42巻以上だったかもしれないけど、いずれにせよ、40冊を軽く超える大作を書き上げる苦労を思えば、読む作業は楽しい。申し訳ないくらいに。ページをめくるだけで、いにしえのローマへ心が飛んでいってしまう。
 
 「それでは今から、私は書き始め、あなたは読み始める。お互いに、古代のローマ人は どういう人たちであったのか、という想いを共有しながら」
 
はい、七生さん、よろしくお願いします!
 
  よろずの国出身の私とにとって最も興味深いことは、ローマもかつては我々日本と同じように多神教だった、ということ。現在のイタリアの国教はキリスト教のイメージが強すぎて、ここを知らずにいると、ローマという国の成り立ちそのものを誤って理解してしまいかねない。
 昔、知り合いの中に、「神が二人いたら、喧嘩する!」が口癖のイスラム教徒で、何事も譲らない人もいた。宗教の話は出来れば避けたいくらいだったが、絶対的な神を信じる人と比べれば、よろずの神に囲まれた人々は、柔軟な考え方ができやすいとは思う。クリスマスも祝えば、寺も神社も何でも何の 違和感も戸惑いもなく参拝出来る多くの日本人。ローマ人にとって宗教は支え、だったって思うと、日本人にとっても大方、そんな感じだろう。
 
 ギリシア人の歴史家、デイオニックスは、「古ローマ史」の中で、「ローマを兄弟にした要因は、宗教についての彼らの考え方にあった」と述べたらしい。絶対的な神と比べれば、よろずの神に囲まれた我々は柔軟な考え方ができやすいとは思う。「イエス・キリストの意味を真に理解していない」と言われることもあるけれど、多くの日本人はクリスマスも祝えば寺も神社も参拝し、何の 違和感も戸惑いもない。ローマ人にとって宗教は支え、だったらしいが、日本人にとっても大方、そんな感じだろう。
 
 ソフィーの世界を読んで、ギリシャ哲学に影響されたが、ギリシャ人もまた、ローマ人と同じように倫理を宗教に求めなかった
ギリシャ人は、それらを哲学に求めた。ソフィーの世界を読みながら、アテナイ(アテネ)中を歩き回って人々を質問攻めにしたソクラテスの姿を想像しつつ、「君の話はいつもQuestionから始まるんだね。まるでソクラテスのようだ」と言ってくれた海外から来た友を思い出していた。
Oh yes!!! The only thing I know in this world is the fact that I actually know nothing! Life is too short to learn everything! I wish I had more time to learn!!! これは、学生だった私が昔、海外の友に話したこと。そして今も あの時と全く同じ気持ちでいる。
 
 「一神教と多神教の違いは、ただ単に信じる神の数ではない。他者の神も認めるか、否か、ということ」とは、よくぞ言って下さった!七生さんがいうように、 一神教的な金縛りにあわずに済んだからこそ それだけ柔軟にローマも発展できたのだろう。日本の長い歴史と発展も、ローマのそれと通じるものがあるかもしれない。うん、きっと、そうだ!
 
「 人間の行動原則の正し手を
 
宗教に求めたユダヤ人、
哲学に求めたギリシア人、
法律に求めたローマ人、
 
これだけでも これら三民族の特質が浮かび上がってくるぐらいである」
 
ここまで ガッテン!です、七生さん!
 
スパルタ教育って、日本でよく言われましたよね。
あの、スパルタって、もしかして ギリシア国土の一つ、軍事に秀でた「スパルタ」が語源なのでは…?
ギリシャ人は主張と独立心が強く、同じ国内でも一致団結することは稀っていうか、歴史上、ペルシアが攻めてきた時のみ… という歴史。その時、指揮を執ったのは、アテネのテミストクレス。ペルシアを追い払ったのち、その先を見据え,スパルタと敵対するであろうことを予見していたようだけど…かえって彼の方が危険人物とみなされ、追放される・・・しかも、かつて敵対したペルシアに。ペルシア王は彼の亡命後、10年ののち、祖国ギリシャを攻める際、指揮を執るよう頼むが、祖国に剣を向けることはできず、毒を以て死す… なんとも悲しい最期。 だか、ギリシャでは 歴史上有名な 「ぺリクレスの時代」の始まりとなる・・・・のね、続きは2巻へ!
 
壮大な旅の始まり、はじまり〜♪
 
 
ここで一冊、イタリアに関連する著書を紹介させて下さいませ。
発売されたのは、数年前になるのかな。以前、
あおい村の点鬼簿もブログにて紹介させて頂きましたが、あの本と同じ著者、ジェノバ在住、なゆたさんです。 タイトルからもご想像できるでしょうが、美味しいコーヒーに出会えるガイド集です。そんじゅそこらのガイドブックと違うのは、エッセイの中で 「ここにしかない 特別な一杯のコーヒー」について、なゆたさんと相棒が語りかけてくれる、という点です!
なので、一気読みは決してお勧めしません。 実は私、一遍ずつ、出し惜しみのように ゆっくり読んでいる内に、紹介するチャンスを逃していたのでした。なので、今夜、ここで〜
 

コーヒーのお共に 一冊の本をどうぞ〜


もう一冊、いえ、シリーズ化されているので、何冊も…になるのですが…

「おいしいコーヒーの入れ方シリーズ」として知られる 村山由桂さんの恋愛小説もお勧め☆彡

では、Good night
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5月26日(木)のつぶやき

2016-05-27 01:33:20 | twitter

「台湾旅日記(11) 台中 宝覚寺と台湾&日本人戦没者慰霊碑」 goo.gl/oh0GZ5


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台湾旅日記(11) 台中 宝覚寺と台湾&日本人戦没者慰霊碑

2016-05-26 00:15:53 | 台湾

台中 宝覚寺です。なんていい笑顔なのでしょう~

癒されますねぇ…

皆さん、ここで お一人ずつ記念撮影です♪

カメラマンはガイドさん

  

お腹を出して、とってもリラックスしている姿に クスッ!↑↑

 

台湾バナナの木です まだ熟していないけれど、緑色のバナナが た~くさん

そして…。

他のツアー客の皆さんが先へと進んでいかれた後、ここで日本人戦没者に手を合わせました。

 ガイドさんは行く先々で 詳しく、熱を込めて説明をして下さって、非常に感銘を受けました。特に戦前の日本と台湾の関係が深い場所ばかり組み込まれていたというのもありますが…(いつもなら自由旅行派の私が、このツアーに申し込んだ最大の理由でもあるのですが…)

 ここには先の第二次世界大戦にて、(台湾では大東亜戦争と記されています)日本兵として戦死された台湾の人々の慰霊碑です。

 

 

  

私が何か言うよりも、「建立由来記」を ここに…

 

 (画像が分かりずらくて御免なさい… クリックすると、大きくなります)

 オバマ大統領が伊勢志摩サミットに参加するため、昨夜遅くに日本到着&総理と会談、記者会見の模様をLiveで観ました。

(二人による同じ内容の同時通訳の後、即時通訳もあって、時間はかかるし非常に聞きずらかったですが…)

米国大統領初の広島訪問を決断したオバマさん。数年前、広島原爆資料館を訪れた時に私が思ったことは、「もっと早く、来るべきだった」でした。言葉はいらない、見れば分かる…のです。オバマ大統領が資料館を見て何を感じるかに耳を傾けたい…

 

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5月24日(火)のつぶやき

2016-05-25 01:31:02 | twitter

「台湾旅日記(9) 台中のホテル」 goo.gl/Lluu3t


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台湾旅日記(10) 台中のホテル

2016-05-24 23:26:14 | 台湾

ちょうど、クリスマスの時期だったので、ホテルの中はクリスマスらしい飾りつけがされていました。

同じツアーの人達と一緒の食事を終えて、いよいよお部屋へ向かいます。

スーツケース置き場も設置され、(有難い〜)中は広々〜としていました。

机もあるなんて〜 実は、この旅に持参した、一冊の問題集。

社会福祉士国家試験まで約一か月という時期でしたので、お部屋でも勉強しました。

この日は1時間くらいでしょうか… 何もやらないよりは、良いと思ったのでした。

 

こちらは洗面台&トイレ、そしてバスルーム。西洋式に、バスとトイレが一緒になっていました。

更に有難いことに、おせんべいまで、用意されていました。これは、私の分です。父の分は、すでに完食されたあと!

 

折角、台湾に来たし・・・ということで、地元のテレビ番組にチャンネルを合わせました。

面白いのはコマーシャルです!なんと、お相撲さんじゃあ〜ないですか〜!

右は、2個買うと、1個、無料で贈りますって、漢字だからわかりますね(笑)

そして、そしてっ!

ハウス北海道シチューのCMを目撃しましたっ!

日本のCMがそのまんま!です。しゃべる言葉が台湾語(中国?)なだけ。

こうして 全く退屈しない台湾の夜は更けていき…

朝です! NHK朝ドラ、「あさがきた」を見てから、カフェテリアへと向かいました。

 

サラダ、フルーツ、それにパスタ、蕎麦、うどん、なんでもあり!なのがうれしい。

 

台湾で毎日食べたのは、御粥でした。西洋の朝食もあり!ソーセージ、フライドポテトなど。

 

ほかほかの あんまん… これだけで、結構、お腹が満たされた感が…!

トロピカルフルーツも外せない。

最後に欲張って、葡萄シャーベットまで、朝からっ!

ほんとは 他にもいっぱい食べたんだけど、すべてを写真に収めていないので(^^;

本日は、ここまでにします〜

 

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5月23日(月)のつぶやき

2016-05-24 01:29:55 | twitter
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