古代ローマ史全43巻、ローマ亡き後の地中海世界全4巻、そして同時代を今回はヴェネツィア共和国側の視点から描かれた全6巻を読み終えた。現在はイタリアの一部となっているヴェネツィア共和国の一千年にも及ぶ長い歴史の最期は、古代ローマ帝国が滅亡する、その時を迎えた場面とはまた違う感情が沸き起こってきた。
国土のほとんどは海に面した沼地で人口は現在の福岡市と同じくらいの小さな国、ヴェネツィア共和国。同じく海に囲まれ、海を…或は沼地を埋め立てながら発展を遂げた博多、広島、札幌といった都市(…これについてはNHKブラタモリにて知った)とヴェネツィア共和国が発展を遂げていく過程で重なる部分が多い。海に囲まれたかつての海洋国家日本とだぶらせながら読むことが多かったせいか、最後のページに目を通した瞬間、思わず叫んでしまった。
「ナポレオンのアホンタレ~ッ! 何が 自由、平等、博愛の札を立てよ!じゃぁ~。ヴェネツィア共和国に勝手に圧力かけて、無理難題を押し付けて、「十人委員会など潰してしまえ~!」だよぉ。あなたが言う自由も平等も博愛も千年も前からヴェネツィア共和国には存在していたんだよぉ!それより先に滅亡した古代ローマにも… あの時代、唯一無二の政治も経済も成熟していたヴェネツィア共和国を占領し、分断して滅亡させるなんて… 東京裁判のイギリス代表判事なら間違いなくナポレオンこそ平和に対する罪で死刑!(実際は失脚後、島流し…『東京裁判』にてオランダ判事が言っていましたね…事後法で裁くのは誤っている。しかも、あのナポレオンこそ有罪でも島流しで済んでいるのだから、A級戦犯の死刑判決は間違っていると…))話がズレました‼
ヴェネツィア共和国と日本の共通点、それは、
①海洋国家であること
②国土が狭く、資源に乏しいこと
③経済を基盤とし、原材料を他国から購入し、製品として再び他国に売っていた
④君主制が多かった時代、元老院、十人委員会を中心とした共和政で、一人に権力が集中することを極端に嫌った (ローマ法王に唯一、意見する、ノーと言うこともある国でもあった)
日本は多神教だが、ヴェネツィア人の宗教に対する考え方も似ている。すなわち、キリスト教に属したものの、
④決して狂信的ではなく、それゆえ宗教に対して、或は異教徒に対して寛容でいられたこと
⑤この時代にしては珍しく、政教分離が徹底していたこと
だからこそ、この時代のキリスト教国家、スペイン、フランス、ドイツ、のちにイタリアとして統合されることになるが、ジェノバ等とは違い、ヴェネツィア共和国は外交も経済を基盤とする国益を最優先し、時には異教徒であるトルコとも密約を交わすこともあった。このことが他のキリスト教国家から「裏切者」呼ばわりされることも。私が思うに最も古代ローマの寛容の精神を受け継いでいたのが、ヴェネツィア共和国。だからかな…1巻から6巻まで読み進める内に、古代ローマの衰退と滅亡を辿りながら感じた寂しさが再び襲ってきた… 最後はナポレオンに対する怒りだったが。
当時、ヴェネツィア共和国を取り巻く世界情勢としては…;
イスラム国家トルコは勢力を伸ばし、ヴェネツィア共和国にとって常に脅威だった。国土を拡大することに熱心だったスペインもヴェネツィアにとっては常に上手くやっていかねばならない相手であったことは明らか。加えてライバル国、ジェノバの存在も大きい。海賊業を営むイスラムの人々が意気揚々と「イスラムの家拡大」と、「作物が実った頃に」手っ取り早い利益を求めて海へ出ていったのとは違い、ヴェネツィア共和国は海と共に生きることを選択せざるを得ない状況下にあった。吹けば飛ぶような小さな国が生き残っていくため、どうしていたのだろう... ?
まず沼地を整備すること。とにかく国土が少ない。人口も少ない。国営でガレー船など増産することは出来ても、万が一、他国と戦闘になった際、船に乗り込む人が足りない。よって他国に応援を頼む交渉技術がいる。要塞を築き、守りを強固にすると同時に戦闘を避けるため、外交に力を入れている。今なら何処の国も他国に駐在員がいるが、これを最初に始めたのもヴェネツィア共和国だった。
あらゆる国の人々が行き交うヴェネツィア共和国はヨーロッパで一番と言われる情報網を持っていたらしい。また宗教に寛容で亡命者も受け入れたことから、情報網のみならず、敵対関係にある国の人々ですら、ヴェネツィア共和国であれば安心だ!とお金をこの国に預けることが出来た。品物も人も情報もこうしてヴェネツィアに集まってくる。経済大国と呼ばれた戦後日本と繁栄期のヴェネツィア共和国は、重なる部分が少なからずあるように思う。ちなみに世界で最初に「銀行」を営み始めたのもヴェネツィア人だったそうだ。ただし、シェイクスピア作品、「ヴェニスの商人」に登場するような、担保を自分の肉としてお金を貸すヴェネツィア人など実際にはいなかったそうで、塩野さん曰く、
「シェイクスピアが誤ったヴェネツィア人のイメージを世界に広げてしまった」。ユダヤ人に対するシェイクスピアというより英国人の偏見が作品に投影されていそうだが、当時のヴェネツィア共和国は、ユダヤ人も安心して商売ができた国だったんだろうなということはイメージ出来る。
偶然にも遂最近、ロシアのプーチン大統領が訪問し、北方領土返還は先送りで結局経済か…と思ったが、70年間ほぼ進展なしという状況の中、経済協力から人の交流を促進しつつ打開を図るというのもありなのかな、と思う。ヴェネツィア共和国なら、どう動いただろう…?
塩野さんの著書の興味深い点は、一般の歴史書なら取り扱ってもくれないようなことを本筋から脱線しつつ、分かりやすく小説のように解説してくれる点だ。例えば、世界で初めて(?)パック旅行なるものを企画したのも、(ヴェネツィア人に、その自覚があったかどうかは別として)塩野さん曰く、「聖地巡礼の旅パック旅行」これについては、是非、本をお読み下さいませ!
マルコポーロも、単純にイタリア人だと認識していたヴィヴァルディも実はヴェネツィア人だったんだ…オペラも演劇もファッションも(パリの前)ヴェネツィア中心だったんだ… 私は何て物事を…歴史を…文化発祥の地を知らずに今日まで生きてきたんだ! と思い知った読書の旅… だからやめられないのか
我が家は今年、まだ数回しか暖房していないのですが、季節を勘違いしたのか2週間ほど前、ハイビスカスが咲きました☆