へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

クレーマー?

2010年03月02日 03時44分00秒 | Weblog
日本から1万7千キロも離れたチリで発生した地震による津波の規模が気象庁の発表した予想より低かったのだが、「相変わらず気象庁の予報(警報・注意報)は当てにならないね!」と近所の人が話していたのだが、これも「一種のクレーマー」だと私は思っている。
天気予報に関しては過去にも書いているのだが、津波に関しても全く同じことが言え、今回は予想より低かったからよいものの、これが反対の結果だったらどうなるのであろうか。
これに関連した事が新聞にも書いてあったのだが、東京の地下鉄でも路線によって判断が違い、ある関係者は「万一事故でも起きると大変なので止めた」と言うようなことを言っていたが、全く持ってその通りで、気象庁の発表は「苦渋の決断」と考えるべきだろうが、文句を言う事に慣れきっている多くの日本人には想像も付かない事なのだろう。
更に、たまにしか発生しない津波に関しては「その恐ろしさが実感できない」と言う困った問題もあるのです。
これは30年近く前に日本海で起きた地震による津波で多くの犠牲者が出た時の話であるが、勤めていた会社の昼休み、テレビのニュースで「高さ50センチ位の津波が・・・・」と放送された時、ある同僚が「50センチじゃどうって事ないじゃん!」と言ったので、即座に私は「50センチの津波は被害が出る可能性が十分あるんだよ!」と言ったのだが、その時は誰も信用する様子はなかったのだが、3時休みの時に放送された被害の実態に皆驚いていたのだが、この時は今回とは反対の結果になっているのであるが、近くで起きた津波の予想でも難しい事を考えれば、1万7千キロも離れていては「予想することは困難」と考えるべきだろう。
本来予報(予想)とは「過去に起きた事例の記録(データ)を元に推測する『確率の問題』』で、確率の問題である以上「100%はない」と考えなくてはならず、時には「確率99.9999・・・・%でも外れる事はある」と言うことも理解しておく必要があるだろう。
「何時になったら予報が当たるようになるのかねーーー!」と言っていたのだが、天気にしろ津波にしろ「自然現象が相手」である以上「正確な予報(予想)などとても無理な事」なのですがねーーーー。
コメント
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