へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

今日は「時の記念日」である

2016年06月10日 23時26分50秒 | 昔話?
なのに、ブログのお題は「湿気対策」。


これも社会環境の変化によるもので、仕方のないことかも・・・・。



ところで、昭和30年代のころまでは、6月10日は「時の記念日」として定着していた。

なので、駅前などでは、町の時計屋さんが、無料で「時刻合わせ」をしてくれたものである。


最近の人は「時刻合わせ?」といぶかしがるだろうが、昔の時計は良く時間が狂ったものである。

1日に5分も時間が狂ってしまうこともあって、その微調整をしてくれたのです。


それでも5秒や10秒は遅れたり早くなったりしたものである。



それが今ではどうであろう。


「クオーツ(水晶発信)時計」が当たり前になり、ほとんど時間が狂わなくなってしまった。


それでも若干狂うのだが、それを電波で修正する時計まである。


いわゆる「電波時計」である。




が・・・・。

電波時計にもj弱点はある。


以前私も使ったことがあるが、深夜の1時前後に起きている人は使わないほうが良いかも。

深夜の1時ごろに電波で時間の修正をするのだが、この時に時計の位置が動いたりすると・・・・。


うまく修正ができず、とんでもない時刻を表示することがあるのです。

数秒の違いならどうにかなるだろうが、30分以上も違ってしまうことも。

違ってしまうと手動で修正するのだが・・・・。


これが非常に難しい。



便利なようで、不便なのです。



と言うことで、今は「ソーラー式」の時計を使っている。






最後になるが、今日は私の誕生日でもある。


74回目ともなると・・・・。




目出度くも何ともない。


「冥土の旅の一里塚」のようなものだろう。



冥土など信じてはいないがね。









金があれば「メイド」を雇うかも。



メイド喫茶。

田舎にそんなしゃれたものはない。




有ったとしたら・・・・。


入り浸りたくても、先立つものがない。
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ある日突然テレビがやってきた     その6

2016年05月12日 02時47分49秒 | 昔話?
プロレスの放送中の我が家は、プロレスに熱中した大人たちでうるさいくらいの盛り上がりを見せる。


が・・・・。




そうなると、何故か覚めた目で見るのが私の常である。


そう、私は生まれながらのへそ曲がりなのです。




さて本題にもどるが、始めは私も、プロレスを「真剣勝負」だと思っていたのだが・・・・。


あるとき、何となく疑問を持つようになったのです。



それは、決着がつきそうにないはずの試合が、何故か、放送終了直前になると決着が付くのである。






勝ち負けも、ほぼ決まったパターンである。



要するに、初めから筋書きが決まっているのである。





ルールもあってないようなもの。


正に「見世物(ショー)」でしかないのである。





こうなると全く見る気にならなくなってしまい、社会には「裏」と言うものがあることを知ったのである。



社会の裏。


「裏社会」とも言う。



多くの人は知らない世界かも。





「事実は小説より奇なり」と言う言葉も流行ったが・・・・。


私はその奇なる世界を垣間見てきているのです。




これでとりあえずは終わりです。
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ある日突然テレビがやってきた     その5

2016年05月11日 23時16分40秒 | 昔話?
近所中にテレビのことが知れ渡ると・・・・。


普通の家ならそれ程大騒ぎにもならないだろうが、商人の家となるとそうも行かない。

店に来るお客さんはひとしきりテレビの話しで持ち上がり、商売そっちのけになることも。


が・・・・。

昼間はその程度なのでまだよいが・・・・。




折りしも、プロレスの人気が非常に高くなっていた時代である。


かの有名な「力道山」が活躍した時代である。

なので、プロレスの放送がある日は大変なことに。


プロレスの放送がある日は、放送開始のだいぶ前から「見れてください」と言う人が次々とやってくるのです。




その数、5人や10人ではない。


50人以上はやってきたかも。



商売をしているのでむげに断ることも出来ず、テレビの置いてある部屋は人だらけ。

勿論、その部屋だけでは収まりきれないので、隣りの部屋まで人であふれるのである。



大人の男が大半なので、熱中したときの声はすさまじいものである。


私も一緒に見てはいたが、正直なところ「ウンザリ」と言う感じであった。



そして・・・・。


熱中して大騒ぎをしている大人たちを見ていて、ふとある疑問を持つようになった。




その疑問に関してはまた改めて。



つづく。
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ある日突然テレビがやってきた     その4

2016年05月09日 22時51分39秒 | 昔話?
売れ残った分のクジに当たりクジが有った事は前に書いたが、ついにそのテレビが我が家にやって来た。


持ってきたのは、製造元の大手電機メーカーの社員である。



早速家の中に入れ、慎重に梱包を開け、待望のテレビが姿を現す。

取り扱い説明書が入っているのは当然だが、それ以外のものも入っている。


その中に「149,000円」と印刷された値札まで入っていたのである。




当然かもしれないが、電気屋の店頭に貼る「宣伝用ポスター」のようなものまで入っていたのです。


149,000円。





今ならそれ程驚かないかもしれない金額だが、大卒サラリーマンの初任給が1万円に満たなかった時代なので、それはとてつもない金額なのです。



放送開始当初は「25万円」位したらしいが・・・・。


それが「14インチの白黒テレビ」の値段なのだから。


カラーテレビもリモコンなども無い時代で、チャンネルは手で回して替えるのです。



そして・・・・。




このころはテレビのある家などほとんど無かった時代です。





我が家は酒屋だったので、テレビが手に入ったことは「アッ!と言う間」に近所中に知れ渡ります。






さあ大変です。



このあととんでもない騒ぎが起きるのだが・・・・。


つづく。
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ある日突然テレビがやってきた     その3(今では信じられないようなことが)

2016年05月09日 04時09分49秒 | 昔話?
今なら500万円くらいに相当するような景品がもらえるクジ。


さぞかし厳正な抽選によって決められると思うだろうが・・・・。



それが、とんでもない話しなのである。

今でもその場てアタリハズレがわかるクジもあるが、これはそれよりもっと原始的な方法でアタリハズレがわかるのです。



????と思う人も多いだろうが・・・・。


実は・・・・。

抽選も何も無いのです。


更に????と思うだろうが・・・・。



実は・・・・。

今ではとても信じがたいことではあるが、1本1本のお酒の瓶に、テレビジョンが当たる「三角クジ」が輪ゴムで止められているだけなのです。





そう、三角くじを開くだけでアタリハズレがわかるのです。


今なら、警察官立会いの下で厳正に抽選が行なわれるだろうが、そのころは至ってのんびりとしていたのです。




と言う事で、売れ残った大量のお酒の瓶には、当然のこと、それぞれに1枚ずつ三角クジが付いているのです。


早速売れ残った分の三角クジを回収し、半ばやけくそで開いたのです。




私も何枚か開いたのだが・・・・。


半分くらい開いた時だったと思うが、突然「当たった!」と父が叫んだのです。





そう、売れ残った分に当たりクジがあったのです。



父は儲かると思って大量に仕入れたが・・・・。


獲らぬ狸の皮算用で、大量の売れ残りが発生する。



が・・・・。

その中に当たりクジがあった。



「人間万事塞翁が馬」「災い転じて福と成す」と言ったところか。





売れ残ったお酒の行方はいかに。


今では殆んどないと思うが、当時は店頭での「立ち飲み」と言うシステムがあり、多くはそこで使われたが、一部は策好きな父のお腹に。



なので、実質的には何ら損はしていないのです。





それにしても・・・・。


今なら高級乗用車が買えるほどの金額に相当する景品が当たるというクジが、子供だましのような「三角クジ」だったとは。





何とものどかな時代であったのです。


つづく。
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ある日突然テレビがやってきた      その2(突然訪れた幸運)

2016年05月08日 23時30分44秒 | 昔話?
突然訪れた幸運とは。


大卒サラリーマンの初任給1年分でも買えないほど高価だったテレビがやってきたこと自体が幸運なのだが、それにはある伏線があるのです。



今でも高価な景品がもらえる機会は多いだろうが、この場合は、ある予想外(悪い方の予想外です)の結果によってもたらされたのもで、「禍転じて福と成す」の典型のような話かも。


昭和30年。

我が家は酒屋である。

なので、至極当たり前の話ではあるが、お酒を売っている。


酒問屋からお酒を仕入れるのも当たり前の話だが、ある酒造会社が「テレビジョンが当たるクジ付きのお酒」を売り出したと言う話しが問屋から舞い込む。




そこで父は考えた。


「これはかなり売れそうだ」と。

すぐさまかなりの量を仕入れ、店の棚にずらりと並べた。


お酒を買いに来たお客にも精一杯勧めるが・・・・。



あまり名の知れていないメーカーのお酒だったこともあって、「どうせ当たりっこない」と言ってなかなか買ってはくれない。





父も予想外の結果で機嫌が悪い。


結局のところ、そのほとんどが売れ残ってしまった。




景品付きの特別販売のため、返品も出来ないと言う。





正に「泣きっ面に蜂」「獲らぬ狸の皮算用」と言ったところなのである。



つづく。
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ある日突然テレビがやってきた    その1

2016年05月08日 04時18分44秒 | 昔話?

NHK総合で「トットてれび」と言う番国が放送されているが、これは昭和30年ころの我が家での話である。 


昭和30年と言えば、日本でテレビ放送が始まって2年くらい経ったころのことである。




本放送が始まったのが昭和28年で、このころのテレビジョンの値段は「25万円」もしたらしい。


それから2年経って値段もだいぶ下がったが、それでも「14万9千円」と言う値札が付いていた。




今なら14万9千円と言ってもそれほどたいした金額ではないと思うが、そのころは大卒サラリーマンの初任給が「1万円以下」だったことを思うと、とてつもない金額である。

今なら「500万円」と言ったところだろうか。


今なら「超大型テレビ」が買える金額である。



何故そんな高価なものが我が家にやってきたのか。







今ではとても考えられないような幸運によりやって来たのだが・・・・。


今回はこれで終わりです。



この続きはまた改めて書きます。

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