へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

偶然の一致?

2010年10月14日 04時22分34秒 | Weblog
9日に書いた「再び円高に」の中で、私が偶然の出来事で1位になったことを書いたのだが、今日また同じようなことが起きたのである。

今回は徒競走ではなく「ボーリング」のリーグ戦での出来事である。

一時期(5月から6月にかけて)好調であった私だが、その後調子を落とし、長らくスランプに陥っていた。

最近は少し調子が良くなってはいるのだが、それでも今日の対戦相手てに勝つことはかなり難しいレベルで、最悪のケースとして「4戦全敗」と言う事も覚悟していたのだが、その結末は何とも皮肉な結果で終わってしまったのである。

今日の対戦相手は「3ゲームで600以上」出す事も珍しくなく、最高は「685」で、ハンデーも「2」なのだが、今日はどうした事か「501」しか出せなかったのである。

私はと言うと、ハイゲームで「255」と言う記録はあるものの、「3ゲームで600」などと言うことは殆んどなく、ハンデーも「14」で、「500をチョット超える程度」のレベルなのであるが・・・・。

さて、今日の私の成績は「537」なのだから特に調子が良かったわけでもなく、最近の調子から言えば「少し良くない」と言うほうが正しく、「予想外に相手の方が悪かった」と言うところなのである。

1ゲーム目は、私が1,3,4フレームでミスを犯したのに対して、相手は「ノーミス」である。

ここで「アーーッ、今日もダメダーーッ!」と思い勝負を諦めかけたのだが、この後状況が一変してしまい、私の逆転勝ちになってしまったのである。

2ゲーム目は、対戦相手が始めにミスを犯してくれたため私の勝になったのだが、3ゲーム目は1ゲーム目と同じような展開になってしまった。

相手は1フレ2フレともストライクなのに私はスペアーで、3フレ1投目に「痛恨のガーター」を犯しオープンフレームになり、ここで「勝負あった」と思ったと思ったのだが、相手もナント「スプリット」でオープンフレームに。

その後も私の形勢は不利な状態だったのだが、7,8フレと私がストライクを出したのに対し相手はストライクが出ず、「10フレ勝負」になったのである。

1投目に私がストライクを出したとしても、相手が3つストライクを出せば相手の勝である。

普段の調子であれば3つくらい楽にストライクを出す人なのに・・・・。

何とも皮肉な結果で、私がストライクを出したのに彼は「スプリット」で、終わって見れば、私の「4戦全勝」になってしまったのである。
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上げ足の取り合い

2010年10月13日 03時55分49秒 | Weblog
昼間国会中継を少し見ていたのだが、相も変わらず「上げ足の取り合いに終始する」と言った状態で、民主主義の基本原則「相手の話を良く聞く」などと言うことは全くないのである。

相撲の決まりてに「足取り」と言うのがあるが、「お互いが相手の足を取り合っている」と言う状態ではどういうことになるのであろうか。

折角政権が民主党に変わったのに、「やっていることは自民党時代と同じ」では、一体何のための政権交代かわからなくなっくいる。

私にとっては「自民党でも民主党でも関係ない」と言うのが正直なところで、どの政党が政権を担おうと「結果は大同小異」でしかなく、「この政党ならんとかしてくれるのでは・・・・」などと言う考えは毛頭持っていないのである。

国民の一部には、「議員は特別な能力を持った人(スーパーマン。超能力者)」だと思っている人もいるようなのだが、これはとんでもない過ちだということに気がつくべきだろう。

「スーパーマン」や「超能力者」などは想像上のものでしかなく、強いて言うなら「手品師」と言うのが正しいかもしれない。

手品師がすることには「タネも仕掛けもある」と言うことは言うまでもないことで、手品師にとって大事な事は「如何に観客の目をごまかすか」と言うことが最重要課題で、議員にしても「如何に有権者の目をごまますか」で選挙戦の結果が出ると言っても過言ではないだろう。

冷静に考えてみるがいい。

国会に限った事ではなく、地方の議会においても同じことが言えるのだが、議員たちが「ああでもないこうでもない」といって決めたことを実行する財源の全ては「我々が払った税金」であって、議員たちが何所からか集めてきたものではないのである。

以前にも書いているのだが、「○○政党(議員)ならこうしてくれるだろう」と言うことは、「未必の故意による賄賂の要求」と同じことで、「金権腐敗」は有権者も同じなのである。

こんな事が平然と行われていいるのだから世の中が良くならないのは当たり前の事だろう。
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再び円高に

2010年10月09日 04時25分45秒 | Weblog
日本の景気が一向に良くならないにもかかわらず「円高」だけは一向に収まる気配を見せない。
何故このようなことが起きるのか考えていてある事を思い出したのだが、それは私が小学6年生の体育の時間に起きたある出来事の話である。
私は走るのが苦手で、背の順に6人で競う徒競走で4位以上になったことがないのだが、この時はなんと「一位」になってしまったのである。
しかしこの一位、実力でなったものなら喜べるのだが、実際は想定外の事態で「棚ぼた」的になれたもので、一位になれたのはこれが最初で最後なのである。
それでは何故一位になれたのかと言うと、本来一位と二位になるはずの二人が前日に大喧嘩をし、走りながら互いに邪魔をした結果転んでしまい、三位になるはずの子も足の指を怪我していて実力を出せず、結果として私が一位になっただけのことなのである。
「それと円高とどういう関係があるのだ!」と思われるかもしれないが、日本人にしてみれば「景気が良くないのに何故円高に?」と思っても、「アメリカやユーロ圏はもっとひどい」と言う事で、相対的に見て「日本円のほうが安全」と言うように見えるからなのである。
つまり、日本より上位にいるはずの国が下位に落ちてしまい、その結果「日本が上位に繰り上がる」と言うことになっただけで、悪い意味の「棚ぼた」で起きた事なのである。
日本では失業率が5%台で問題になっているが、アメリカでは9.6%で倍近くもあり、ユーロ圏では「20%」などと言う国まである事を考えれば、相対的に見て「日本は景気が良い」と見られるのは仕方がないことであろう。
このように考えて見ると、政府が実施する「景気対策」「雇用促進対策」などは、「円高を助長する政策」と言う言い方もできるのではないだろうか。
このように、相対的に見た場合「日本人の感じ方と外国人の感じ方に大きな差がある」と言うことはしばしばある事で、いくら日本の景気が良くないと言っても「欧米はもっと悪い」と言うのではどうしようもないであろう。

政府による為替市場への介入も円高対策の一つではあるが、欧米諸国にとって「円高自国通貨安」は自国の輸出に都合が良く、「日本と協調して市場に介入する」などと言うことは期待できる話ではなく、むしろ「円高自国通貨安歓迎」と言うのが本音だろうから、ウッカリ日本政府が市場介入でもしようものなら「何らかの報復を受ける」と言う事も覚悟する必要があるとおもうのだが。
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くだらない言い争い

2010年10月04日 04時28分44秒 | Weblog
昨夜ある会合に出席を依頼され出席してみたのだが、相も変わらずくだらない言い争いに終始している。
本来であれば私は参加する資格?のない人間なのだが、会合の中心メンバー2人の要請で特別に参加する事になったのであるが・・・・。
私が参加を要請された一番の理由は「発言力?がある」と言うことらしいのだが、確かに、私は自治会の集まりなどで話をまとめる事が多く、その力を買われたようなのだが、正直な話「何でこんな事が出来ないの?」と思うことがしばしばである。
これは政治の世界にも言えることで、ただ単に「相手の弱みや非を攻撃・批判するだけ」と言うことに終始して、最も重要かつ肝心な「建設的意見」と言うものが全く出てこないからで、これでは何のための話し合いかわからないだろう。
今回の集まりにしても、ある事の推進派が反対派の攻撃にうろたえ、何度も話し合い(になっていないが)ながら結論が出ず困っていたのである。
この集まり、政治の世界の「与党と野党の対立」と似たようなものではあるが、残念な事に、こちらの集まりに参加している人は「ある程度話せばわかる」と言う人が殆んどで、私が「反対する理由と対応策(建設的意見)」に加え、「反対意見を取り入れた場合に予想される問題の責任を誰が取るのか」と言うことを聞いたところ、ある人が「それを言われると困るんだよなーー」と言いだし、それをきっかけに反対派の意見が出なくなってしまったのである。
政治の世界でもこのようなすればより良い政策の実行が可能になるのだろうが、残念ながら「面子の張り合い」に終始して、結局は「むなしい(くだらない)言い争い」しか出来ないのであるが、一般社会でも同じようなことをしているのだから無理な相談ではあるが・・・・。
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