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肖像写真の愉しみ

2006年02月16日 16時34分56秒 | らくがき
 かつてPHOTO JAPONという写真雑誌があった。フランスのPHOTO誌の日本版で今のベネッセ、当時の福武書店が出版元だった。日本の写真雑誌は半分カメラ雑誌みたいなもんだが、この雑誌はまったくの写真雑誌。単にフランス版の翻訳ではなく、独自の企画・写真を多く載せたいい雑誌だった(83年10月~86年10月号)。坂本龍一若~い! などとつぶやきながら20年前の写真雑誌を眺めるのはとても楽しい。
 そして今更ながら思うのは、肖像画の面白さだ。昔の肖像写真は面白い。今ももちろん面白いものはいっぱいあるんだけれど、そこに時間というどうしようもないファクターが加わることによって、一枚の写真には歴史というとてつもなく巨大な歯車の一端が見え隠れするようになる。それでまた一段と面白くなるのだ。ここが写真の持つ真実らしさや記録性といったものだろう。構図と人物の存在感そのどちらもが強く訴えかけてくる。
 PHOTO JAPON創刊2号に載った無頼派と呼ばれる小説家たちの肖像(写真は林忠彦)。バーで足を組む太宰を下から撮った写真、散乱した紙の中に埋もれるようにして原稿に向かう坂口安吾を今度は上から撮った写真、どれもこれも面白い。その人物の味がよく感じられる。創刊3号ではミキライフ(三木淳)の撮った政治家たち。吉田茂、浅沼稲次郎、池田勇人、三木武夫、佐藤栄作などなど、どれもやはりその個性を強く感じさせる。
 そして今ぼくがなめるように愉しんでいる2冊の写真集がある。
 一つめがユサフ・カーシュの写真集。
 カーシュはアルメニアに生まれ、トルコによる迫害を逃れてカナダに渡り、ケベックに住む叔父の写真スタジオで修行し、写真家となった。
 カーシュの名前を知らない人でも、あなたが思い浮かべるヘミングウェイの写真は、たぶんカーシュのものだろう。そして彼の名前をもっとも知らしめたのは、あなたが思い浮かべるウィンストン・チャーチルの写真だ。
 そう、厳しく口元を締め、右手を椅子の縁に、左手を腰にあて、こちらをにらみつけている、あの肖像写真。1941年。カナダ議会で演説。「3週間以内にイギリスは鶏のように首をひねられるだろう」といったフランス軍の将軍の言を引用し、「鶏にも、首にもいろいろある!」と激した調子で言いはなった。その演説の直後、議長室でカーシュは1枚だけ、という許可を得て撮影しようとした。カメラを向けても一向に葉巻をかみ続けるチャーチル。カーシュはチャーチルの元に歩み寄って、「お許し下さい、閣下」とチャーチルの葉巻を取り上げて、むっとするチャーチルの姿をカメラにおさめたのだ。これが世界的にチャーチルの肖像として広まった。
 ここには各国の政治家、作家、芸術家、俳優、などなどさまざまな人の肖像がおさめられている。そのどれもが、すさまじい存在感で迫ってくる。手の写真もすごい。ルービンシュタインやハイフェッツ、ランドフスカの手。その隣にはムハンマド・アリの手。クルト・ヴァイルの手。ああ、すごい。手の存在感が、手を超え、何かを訴えかけてくるのだ。
 ユサフ・カーシュ「巨人の風貌」 講談社
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