毎日が観光

カメラを持って街を歩けば、自分の街だって観光旅行。毎日が観光です。

ポピー その壱

2010年06月08日 19時32分44秒 | 観光
 晴れた日曜午前11時。本を読んで過ごすか、サドルにまたがるか、微妙な時間。どこにも行かずに過ごすには、青空は美しいけど、出かけるには遅すぎる。ブリダンのロバさながら延々と迷った挙句、そろそろ御成橋のポピーもおしまいだから、と書を捨てて町へ出る。


 上江橋を渡らず、そのまま左岸を北上、坂を登って土手に出ると初夏の風景が急に開ける。土手で草をはむ牛。豊かな田畑から立ち上がる広い空。ウォークマンで「ぼくらが旅に出る理由」を聴く。時速28kmで過ぎてゆく景色、流れる音楽、髪を撫でる風、完璧じゃないか。

 世代でものを語るのは間違うことが多いのだけれど、あえてぼくが下の世代(今30代)に対して抱く無知によるコンプレックスは、オザケン(小沢健二)とガンダムだ。この2つはある時代を語る上で必須な存在だと思うのだけれど、この2つがぼくには分からない。
 オザケンが最近ライヴを行ったせいか、また多くの人が自分の人生におけるオザケン体験を語っている。わからないのが悔しい。

「むかし、いいともにオザケンが出たとき、タモリがこう言ったの。『俺、長年歌番組やってるけど、いいと思う歌詞は小沢くんだけなんだよね。あれ凄いよね、“左へカーブを曲がると、光る海が見えてくる。僕は思う、この瞬間は続くと、いつまでも”って。俺、人生をあそこまで肯定できないもん』って。あのタモリが言ったんだよ。四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わない人間が! まともな人ならとっくにノイローゼになっているよ。タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから。そんな絶望大王に、『自分にはあそこまで人生を肯定できない』って言わしめたアーティストが他にいる? マイルスに憧れてトランペッターを目指すも、先輩から『お前のラッパは笑っている』と言われて断念して、オフコースが大嫌いで、サザンやミスチルや、時には海外の大物アーティストが目の前で歌い終えても、お仕事お仕事って顔をしているあの男が、そこまで絶賛したアーティストが他にいて? いるもんなら教えてちょうだい」(樋口毅宏「さらば雑司ヶ谷」)

 悔しいのだ、オザケンを受容できない自分が。
 そんなぼくに訪れた転機が安藤裕子がカバーして歌ったこの曲だ。
 「ぼくらが旅に出る理由」、一見爽やかな曲だけれど、この曲には巧妙に悲しさが隠されている。本人の歌は未だ苦手だけれど、安藤裕子が歌うこの曲は大好き。いつか、ここをとっかかりにオザケンの歌を受容できたらいいな、と思う。オザケンカバー集みたいなのが出ると嬉しい。


 収穫を待つ小麦。
 小麦畑の向こうに見える白い物体はツェッペリンNT号。倒産してしまった日本飛行船所有。それをふまえて見ると、なんだかツェッペリンも少し不安げな風情に見える。わたし、どこに売られるのかしら、と(sheで受けるんだよね、飛行機とか飛行船の主語って)。
 それにしても日差しがすっかり真夏。去年の秋に戻した夏モードウォークマンを復活させないと。
コメント (3)
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