踏切に少し昔の夏を見る 石田千
夏が近づくと、あの曲を聴きながら海辺の道をドライブしたいな、とか、草いきれと崖が素敵な外房線に乗って九十九里に行きたいな、とか思う。
古代ギリシアに心酔して、「ビリティスの歌」なる偽著まで書いたピエール・ルイスは古代人になくて近代人にある快楽は、喫煙と読書だと言った。タバコをすわないぼくは、それを乗り物による移動と読書だと言い換えたい気がする(その二つを同時に満たすために、意味もなく大回り乗車などをする始末)。
ぼくの心の中には架空の踏切がある。
ぼくたちは海に続く道で電車が通過するのを待っている。踏切の向こうにまだ海は見えない。でも、その先を左に曲がればそこには海がある。
蝉の声と太陽がぼくたちを包む中、ごわんごわんと音を立てて電車が通る。
最後の車両が通り過ぎるときが、一番好きだとぼくは言う。