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「マイ・ワンダフル・ライフ」

2010年04月15日 00時37分38秒 | 音楽
 ぼくの涙腺は、海で退屈し始めた幼稚園児のこしらえる砂団子以上にもろい。
 たとえばオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」を聴いてるうちに号泣。その泣きっぷりといや、一緒に暮らしていた女性を1m以上飛び跳ねさせ、びびらせるほどだった。FMで内田光子さんの弾くベートーヴェンの後期ソナタが流れてきたときは、もう運転できなくなって車を停めて泣いてた。
 確かに泣くことはカタルシスにつながるとも言われる。だが、ぼくは別に泣きたいわけじゃない。なのに、大変遺憾ではありますが、よく泣いてしまう。
 スウィング・ジャーナル誌が選ぶジャズの賞がある。話は唐突にカーブを切って違う方向に進むのである。21世紀はそんなにのんびりした時代ではないのだ。じたばたするなよ、世紀末が来るぜ、なのである。世紀末だからじたばたするんじゃないか、とも思うんだけれど、まあ、よしとしよう。で、2009年の金賞が上原ひろみとエディ・ヒギンズのダブル受賞。銀賞がマンハッタン・ジャズ・クインテット。ああ、なるほど、なるほど。そして日本ジャズ賞が「マイ・ワンダフル・ライフ」だった。
 エディ・ヒギンズ、いいじゃないの。マンハッタン・ジャズ・クインテット、いいじゃない(上原ひろみは未聴なので感想は控えます)。もしぼくが一人暮らしをしていて、そこに初めてガールフレンドを呼んで一緒に夕飯を食べるなんてシチュエーションがあったなら、ぼくはその2枚のCDを手に入れ、BGMとしてかけるだろう。音楽に限らず芸術はその場の空気そのものを変えることができる。これらの音楽は流れて過ぎてゆく時間を「メロウ」で「ソフィスティケート」された(ああ、書いてて尻がかゆくなるぅ)ものに変えてくれるだろう。ぼくと彼女はおしゃれでアンティームな雰囲気に包まれ………ごめん、もう限界。これ以上はこそばゆくてキーボードを押すことができない(いや、でも、どちらも上質な音楽で、素晴らしいものであることはたしかなんだけれど)。
 でも、その金賞・銀賞以上にこれはすごい、と思っている「マイ・ワンダフル・ライフ」はかけない。
 号泣するから。
 実は今これを書きながらかけているんだけれど、何度も聴いて結構免疫できたはずなのに、まだ鼻すんすんさせてる。天才ドラマーと言われた富樫雅彦の楽曲を佐藤允彦、渡辺貞夫、山下洋輔、日野皓正、峰厚介らが演奏してるCDなんだけれど、そのメロディーの美しいこと。決してセンチメンタルな情緒に訴えかけるようなものではなく、美しく優しいメロディーは、しかし心を鷲掴みにして振り回す。最初のサダナベの出だし(多くの人はナベサダと言うけど、サダナベなのだ)から泣かされ、最後山下洋輔の演奏終了でまた大泣き。
 ぼくは基本的に音楽に文脈は必要ないと思うのに、最後は音楽そのものにやられた上、拍手にやられた。もう、ほんと、いや。あんまりイヤだから、同じコンセプトで佐藤允彦がソロでピアノを弾いてるCDも買って、自分を痛めつけてる。こちらもすごくいい。
コメント (3)
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