毎日が観光

カメラを持って街を歩けば、自分の街だって観光旅行。毎日が観光です。

秩父

2010年04月29日 00時29分26秒 | 観光
 どこがどうと説明できないのだけれど、何か気に入る場所ってある。東北全般、諏訪、それから秩父。こないだ日本海を旅したら、そこもどことなく気に入った。
 この中で日帰りできるのは、秩父。
 そうだ、秩父へ行こう。



 いつもの通り荒川サイクリングロード。
 春がやってきて自転車に乗れるようになったのはいいんだけれど、これからの時期、虫との戦い。ショウジョウバエのような小虫が柱のように連なった中に顔を突っ込む不快感(しかも見えない)、眼鏡かけててもたまに目の中に入ってくる痛み、普段より呼吸が深いので鼻に吸い込むともう指じゃ追えない部位に至る気持ち悪さ。鼻からも口からも出ないで、長く違和感が残り続ける。違和感があるのもイヤなんだけれど、違和感がなくなるのもイヤ。え、なに、俺、ハエと一心同体? 「ザ・フライ」的な存在と化したわけ? 「やっと一つになれたね」みたいなことをハエ相手につぶやかなきゃならないわけ? 冗談じゃない。どこでどうなっちゃったんだよ、ハエ。存在証明してくれよ。二人が別々の存在であることを証してくれよ。
 もう少し季節が進むと、今度はバッタミサイル、カナブン爆弾などの重量級昆虫がぶつかってくる、かなりワイルドな展開になる。


 
 荒川サイクリングロード~入間川サイクリングロードを経て、国道299号飯能狭山バイパスへ。しばらく走っていると滝不動尊。ここが面白い曼荼羅世界。ファンシーな石仏たちがいろいろ坐ってらっしゃるんだけれど、この表情が面白い。こういうのもあり、だと思う。


 
 高麗川にあった巨岩。場所は秩父帯。磐座という信仰は、馴染み深い。この西にある伊豆ヶ岳の登山口にあるチャートの巨岩も信仰の対象だったし。もともと神というのは、神社で拝むものではなく、こうした巨岩、巨木、滝、こうした自然物にやって来るものとして崇拝されていた(誤解されやすいが、岩や木が御神体ではない。岩を拝んでいるのではなく、岩に訪れる神を拝んでいるのだ。つまり、神は常在するものではなく、「訪れる」ものであった)。この古い形が残っているのが沖縄の御嶽という考えかた。



 秩父神社。
 あれ、いつから、こんなファンシーなお稲荷さんが?
 ここも最近のキーワード、妙見信仰の聖地。
 最近はやりの「龍馬伝」。彼が通っていた千葉道場の千葉氏も熱烈な妙見信仰の信者。アニメ「北斗の拳」は、千葉道場の「北斗の剣」のもじりだろう。そして北斗信仰というのは妙見信仰のこと。多くの妙見堂には、だから七曜星(ないしは、そこに太陽と月を加えた九曜星)が飾られている。今も千葉大学の敷地に含まれる場所には、北斗七星を形どった7つの塚がみつかってる。



 偉容を感じる武甲山。石灰岩が産出するので削り取られ、セメントとして利用されている。石灰岩の地質、ということは、そう、鍾乳洞もある。今回は行かなかったけれど、以前武甲山に登ったとき(もちろん歩き、で。自転車だと、ほぼふもとから担いで行かなきゃならない)、橋立鍾乳洞へ入ったこともある。信仰の対象(洞窟などは祭儀や通過儀礼などに用いられる)なので撮影不可だった、となんとなく覚えてる。ここはいわゆる胎内巡りの場。母なる子宮に一度回帰し、そこから出ることによって生まれ変わる。基本的に怖いとこが多い。だって、生まれ変わるためには、一度死ななければならないわけだから。

 この日の走行距離は約140km。登ったのが白石峠ではなく、正丸峠だったので、ラクチンなサイクリングでありました。
コメント (3)
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