毎日が観光

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絵島

2007年05月21日 14時47分40秒 | 観光
 石には何か力があるに違いない。
 東北でストーンサークルを眺め、飛鳥で石舞台を眺め、多くの山々で積まれた石を眺め、石はただの石ころ以外の何かを人間に対して持っているような気がするのだ。
 ストーンサークルが日本以外にも見られるように、石が人間に対して何かの力を持っていると思うのは日本だけではない。
 ヨーロッパ中世も同様だ。 
「古代において石は地中で成長すると考えられていた。かつては小さな石であったものが母なる大地から力を得て、大きく成長してゆき、母なる大地が持っていた治癒力をもあわせもつようになると信じられていたのである。こうして石はまず第一に民間治療の手段として用いられた」(阿部謹也「中世の星の下で」)

 石には何か力がある。その石、しかも巨石を何らかの規則に従って配列させてある場所などと来た日にゃ、聖所なんてもんじゃない。
 しかもその場所が北緯34度32分、太陽の道上にあるとしたら、これは行かなくては、である。

「だめよ、あそこは。マムシが出るから」
 だから、夕飯の席で、明日どこ回るか相談しているときに、淡路在住の彼女が、何言ってんのよ、あんた知らないの?みたいな口調でそう言ったときには、ぼくの頭の中で、マムシの恐怖とその神社に行ってみたい好奇心とが騒々しく口げんかを始めた。
「あ、aquiraくん、蛇苦手?」
 マムシの場合、蛇が苦手かどうかという問題じゃないと思う。シマヘビやアオダイショウとは違う毒蛇なのだ。もっとも、シマヘビもアオダイショウもぼくは確かに得意じゃないが。
「言っとくけどな」とぼくは悔し紛れに言った。「ぼくが怖いのは蛇だけじゃないからな!」
「威張って言うことか」と呆れられながら、石上神社行きは却下された。
 そんなわけで行程は約50km。
 まずは絵島へ。


 日本には絵島(江島、江ノ島)と呼ばれる島が多い。関東在住のぼくからすると江ノ島がポピュラーなのだが、この絵島、浸食された砂岩が美しい。このあたり岩屋と言い、石屋(いわや)神社もあるのだが、そう言えば江ノ島にも同名の地がある。
 「枕草子」にも出てくるし、西行法師も歌を詠んでいる。またこの島をおのころ島だという説もある。


 地層の模様が面白い。砂中の鉄分が酸化してこのような色になる。


 そして石屋神社。
 対岸の明石には岩屋神社も存在するが、この石屋神社の分霊を勧請してできたもの。
 の割には境内には人がおらず、閑散としている。というか、淡路全体がなんとなく閑散としているようなのであった。
コメント
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