明治34(1901)年築。 正面中央部を凹ませて入母屋屋根を載せた玄関ポーチを設置し、前に突き出した両翼部分は階段室に充てています。 志賀村は昭和30(1955)年に三井村と合併して東村となり、さらに昭和36(1961)年には4町村合併により佐久市の発足へと続いているようです。 長野県佐久市志賀中宿 10年09月上旬
左右対称の造りは庁舎建築の定番。
中を覗くと内部は畳敷き。 転用されてからの改装でしょうね。
「志賀老人連合会憩の場」・「志賀遺跡保存会事務所」という2つの看板がありました。
破風には湧き上る雲をイメージしたような装飾。 擬洋風建築の延長線上にある建物という印象です。
割れたガラスから階段の手摺部分が。。。
建物横手の扉。
付近には旧志賀村の面影が今も残るかのようでした。
何となく切なかったりします・・。
このままでは勿体ないですが・・。
高級キノコは知りませんでしたが旧会田中学校の木造校舎は見に行った事があります。
所々でガラスが割れていたりして何だか哀しい気分にもなる状態でした。
現状では地域の会合等で一部だけを使用しているような感じ?
賑やかな場所ではないので他への転用も難しいのかなと思いますね。
ところで、はわいこちゃん(さん)はヤフーのブロガーさんだったんですね。
今度じっくりと記事の方も読ませて頂きます!