坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

ふいんき

2011年01月29日 | 坊主の家計簿
 日月火水木、そして金。素晴らしい。。。今日で6日も飲んでないぞ、酒。これだけ飲んでないのは29才の時の『教師修練』という本山缶詰の時以来のはずなので、13年振りか。干支一回り以上やんけ。記念に祝杯でもあげたいのだが、残念ながら「飲む気にならん」。一応、さっき銭湯に行った帰りのスーパーで安ワインを買って来たのだが、やっぱし飲む気にならん。まあ、体が受け付けてくれへんやろうけど。

 え~。。。倒れてました。仕事はしてたんだが、それだけ。日々の仕事をこなすだけ。あ、座椅子が壊れて、壊れた座椅子に座ってたら背筋を痛めて「こりゃアカン」と買いに行った事はあったか。坊さん組織・新年会も「すいません。。。風邪でして。。。」と休む。風邪ではないのだが、まあ、無難やし。風邪ではなく、単に倒れてただけ。

 『倒れてた』といえば、今日、遠距離自転車に乗る時にカラー軍手はスカスカで冷たいので、雨にも風にも強い手袋をはめる。「ん?」と。なんかボロボロ。確か土曜の晩にはめた時はボロボロでなかったので、「クソ、猫のせいか?」「娘か?」等と疑ったのだが、よく考えてみると、土曜日、飲み過ぎて帰りに自転車で転けたんやった(笑)ああ、他人のせいにしてしまう煩悩は変わらず元気だぜ。自分を全く疑えへんかったもんなぁ~、スンゲーな、俺。

 で、土曜日。イノシシを持ってやって来られる先輩住職さんをゲストに飲む。メインゲストはイノシシかも知れんが、集まった多くの人達は先輩住職よりもイノシシだったのだろうが、え~。。。私もだったりするのだが、なんか結局深夜まで初対面の先輩住職と飲む。酒量はそんなに大した事はなかったのだが、眠くなって途中で帰ったのだが、帰りに転ける、転ける。危ないので自転車を押して帰る。ムッチャ時間もかかったし、寒い、っちゅうねん。

 20代の頃は毎日の様に深夜までムチャ遊びをしても平気だったのだが、段々と「次の日しんどい」「2日しんどい」と増えて行き、今回は昨日の木曜日に「少しは大丈夫か?」になり、今日、金曜日に完全復帰なので6日かかったのか?「オッサンやな」を通り越えて「ジジイやな」やな。

 しかし、6日酒を飲まないと、ずっと違和感があった右の腰と肩の間ぐらいの所、飲み過ぎると違和感どころか「つ、つる~!」状態になる所、まあ、個人的なもんだろうが、私の飲み過ぎサイン、連日の飲み過ぎた時の危険信号がすっきりしてエエ感じである。

 今日は「復活!」という事で、まあ、月末までにやってしまわない事もあったので朝からパソコンを立ち上げる。メール、おいスパムメール、どれだけ来とるねん。一週間ほったらかしやったし、しゃーない、のだが、うっとうしいのぉ。。。

 「うっとうしい」といえば、何やら寺関係の情報誌の見本が送られて来た。これがスンゲーぞ。雑誌はまあ、無難な作り。無難な作りなので当然購読もしない。購読料、結構高いし。特に関心のある情報もない。関心のある情報もないので雑誌自体には何ら関心を持たなかったのだが、同封されていた雑誌のチラシに興味をそそられる。え~。。。似た様なチラシは「健康食品」だとか、「霊感商法」だとか、なんじゃ、え~。。。「優越感とエリート意識を満足させる脅迫文」とでも言えばエエのかな?そんな内容。
 まあ、そのチラシに書いてある事からすると、私は「利益追求だけを目指し、社会貢献をする気がなく、現状の教団・寺に対する危機感がない」事になるのかな(笑)いや~、別にエエのだが、単に「シロートが偉そうな口をきくな!」と言いたくなるのだが。まあ、「シロート」は失礼かな?でも、外野やろ。うちの寺からすりゃ、私からすりゃ、外野だ。寺は個別のもんであって、個別の寺を『じゅっぱひとからげ』で判断すな、っちゅうねん。「頑張れ仏教!」はあ、仏教はずっと地味に流れとるわ。単に派手好みのテメーに合わんだけの話やろうがい。

 そういや、『じゅっぱひとからげ』やねんね。ずっと「じゅっぱひとからけ」だと思ってた。
 
 この間、なんやったかな?何かの言葉を布団中iPhoneで調べてたら、まあ、その言葉は忘れたからエエわ。『雰囲気』は『ふんいき』やねんね。『ふいんき』やないねんね。けど、産まれてから42年のこのかた、「ふんいき」という言葉を使った事はないぞ。っちゅうか、多分、「いや~、マスター、この店、初めて寄せてもらったけど、エエふんいきやなぁ~」って言ったら、「ケチつけるねんやったら帰って」ではないのか?大阪では。キタは知らんぞ。キタは知らんがミナミでは。『ふんいき』って『糞域』みたいやん。
 まあ、それもエエ。けど、なんかの言葉を調べてたら「『ふんいき』を『ふいんき』と読み間違っている人が居てて、中には文句を言っている人が居て変」みたいな事が書いてあった。テメー、各地の言葉はどないなるっちゅうねん、こら。この場合の「こら」は、北陸では「だら」になるのか?それぞれは、それぞれや、っちゅうねん。それを『標準語』なんぞの判断だけで人を見下してケツさらすとは、いったいどういう了見の狭さじゃ。

 だいたい、『日本』は「にほん」「にっぽん」であって、「どっちでもエエ」らしい。素晴らしい。。。このエエ加減さが日本の素晴らしい所ではないのか?国の名前やぞ。国の名前が「にほん」でも「にっぽん」でも「どっちでもエエ」っちゅうのは、素晴らしいではないか。このテキトーさ、エエ加減さが島国、寄せ集め、混血だらけの「にほん」「にっぽん」のお気に入りのふいんき。