ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

「これは面白い。」と思った小説100and more パート2 その④ 「戦争にかかわる作品」01

2023-08-31 | 物語(ロマン)の愉楽
 8月15日にあわせて「戦争文学」という括りで10作をリストアップしようとしたら、えらく時間がかかってしまった。候補作を眺めているうちに、「そもそもこれ、“戦争文学”なんて総称でまとめていいんかい?」というギモンが浮かんできたのだ。いわゆる正当な文学作品のみならず、通俗小説や、作家の日記、さらにはノンフィクションを小説ふうに再構成したものなども入れたかったからだ。
 それであれこれ考えあぐねていたのだが、結局のところ「戦争にかかわる作品」に落ち着いた。なんとも収まりがわるいけど、ほかに思いつかなかったんでしょうがない。
 メインストリーム中心の「戦争文学」のコレクションとしては、集英社から「戦争×文学」なる全20巻・別巻1の一大アンソロジーが出ている。このブログでも3年まえ(2020年)に紹介した。


集英社 「戦争×文学」全20巻・別巻1 リスト
https://blog.goo.ne.jp/eminus/e/731793868b1041edd8fae9b6e402d64c



 とても立派な、充実した選集なのだが、紙幅の都合上、とうぜんながら短編~中編しか載ってない。それにあくまで「文芸作品」に限られる。ぼくとしては、こういうのとはまた違うリストを作りたかったわけだ。
 8月15日には間に合わなかったが、なにもその日を過ぎたら先の大戦を偲んではいけないわけではない。というか、もっぱら8月に戦争のことに思いを馳せて、慰霊なり鎮魂なりの気持ちを抱くのはよいとして、それを過ぎたら来年までは綺麗さっぱり忘れ去ってしまうかのような戦後ニッポンの風習がおかしい。現代のぼくたちの生活はアメリカとの戦争に負けたところから始まっているわけで、今日のわれわれが抱える問題のすべては、78年前の敗戦と、それへと至るアジア太平洋戦争~日中戦争に起因しているのだ。だから「戦争にかかわる作品」を読むことは、懐古趣味でもお勉強でもなく、むろん自虐でも自尊でもなく、ごくふつうの読書経験なのである。




☆☆☆☆☆☆☆




21 俘虜記 大岡昇平 新潮文庫
 じっさいに従軍経験をもつ一流の文学者が帰還ののちにものした長編小説として、じゅうぶんに世界文学に伍しうるレベルだと思う。かつて大江健三郎さんが、「近代以降の日本の小説家の中からただ一人をもし選ぶとしたら大岡昇平」とインタビューで言ってらしたが、それはやっぱり「アメリカ軍との戦闘」を身を以て知り、その体験を文学として昇華したことの功績によるものであろう。上でも述べたとおり、まさにその決定的な敗北の経験こそが現代ニッポンの出発点であり、ぼくたちもむろんその延長線上に暮らしてるわけである。ほかに『野火』『レイテ戦記』もあるが、「どれか一冊」といえばこれになる。




22 黒い雨 井伏鱒二 新潮文庫
 これは6年前にもリストアップした。「なるべく前回との重複を避ける。」というのがひとつの方針だけども、それを破っても選ばぬわけにはいかない。淡々とした叙述がかえって胸に迫ってくる。映画化もされた名作だが、「反核」や「反戦」といったメッセージ性を別にして、何よりもまず文学として素晴らしい。




23 神聖喜劇 1~5 大西巨人 光文社文庫
 これも戦後日本を代表する長編小説のひとつで、何度か版元をかえて出ており、この光文社文庫版が決定版となっている。大日本帝国・陸軍内務班の実態を克明に描いた作品として野間宏『真空地帯』と並び称される大作だけど、読んで面白いのはこちらである。戦争もの、とくに先の大戦を描いた小説に対して「面白い」というのは不謹慎ではあるのだが、そういうことを差し置いて、とにかく面白いからしょうがない。




24 若き日の詩人たちの肖像 上下 堀田善衞 集英社文庫
 自伝的長編。堀田さんは上海にて敗戦を迎えたけれど、これはそこに至るまでのお話。すなわち「内地」において繰り広げられる(というほど波瀾万丈のストーリーでもないが)ひとりの「若き詩人」の生活録である。『黒い雨』とはまた別の、知識人のタマゴからみた「銃後」の日本が描かれているわけだ。しかしさすがに堀田さんだけあって、「詩人たち」というのはけして中二病的な言挙げではなく、その交友はまことに絢爛たるものである。モデルに擬せられているのは以下のとおり。
良き調和の翳(鮎川信夫)、白柳(白井浩司)、澄江(芥川比呂志)、ドクトル(加藤周一)、富士(中村真一郎)、成宗の先生(堀辰雄)、日伊文化協会詩人(福永武彦)、共産党氏(伊藤律)、荻窪の先生(井伏鱒二)……。





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