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ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

超越的(transzendent)と超越論的(transzendental)について、できるかぎり自分のことばに訳してみました。

2020-10-21 | 哲学/思想/社会学

ごらんのとおり、たいそう真面目な人だったのだが、いっぽうではなかなかの社交家で、ひとかどの名士であったとか






 イマヌエル・カント(1724 享保9 ~1804 享和4/文化1)の用語。


 というわけで、まずはカント哲学のキーワード(キーコンセプト)から。






◎カントは人間の認識能力を3段階に分けた。


 ①感性……人間が自分の感覚(≒五感)を通じて事物対象を表象として受け取る能力(直観にもとづく能力)。
 ②悟性……上のごとき感性的直観による表象を統合して、判断へと結び付ける能力。
 ③理性……その判断された諸対象から、さらに推論を重ねて世界の全体像に迫っていく能力。


 さらにカントは、「物自体」なるキーワード(キーコンセプト)を措定する。
 これは、古代ギリシャのエレア派・プラトン・アリストテレスらによって紡がれてきた「イデア・形相」ないしは「ウーシア」(本質存在)の概念、また、それを継承した中世のキリスト教神学(スコラ学)における「神」の概念、すなわち、「じっさいに体験することはできず、ただ理性を働かせ、論理を突き詰めることでのみ接近し得る実体/本質」という西洋思想史に特有の伝統的な発想/概念の延長線上にあるもので、それを彼の哲学の枠内で表現したキーワード(キーコンセプト)といえる。
(他の文化圏でこれに似たものとしては、インドの説一切有部等の部派仏教における「ダルマ」(法)がある。)
 「人智の及びがたく、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)によっては捉えられぬもの」、あるいは「《経験》によっては捉えられぬもの」といってもいい。


 《経験》によって捉えられる(経験の対象となりうる)のは、あらかじめ所定の形式(時間、空間、および何らかのカテゴリー)に即して構成されたもののみ。そして、この「構成されたもの」をカントは「現象」と呼ぶ。つまり上で述べたとおり、「物自体」はけっして知覚できないが、しかし人間の「感性」を通じて「現象」としてあらわれる。ってことになる。






 このように、「経験可能な領域を超え出ているもの/こと」をカントは「超越的」という(これはぼくたちの語感に照らし合わせてもわかりやすい使い方だろう)。いっぽう彼は、その超越的な事柄の「認識」そのもののありようについて考える自らの哲学的立場を「超越論的観念論」と称した。つまり、カントにおいては、どのようにしてわれわれは「超越的」なるものを「現象」として「経験」し、ひいては「認識」する/できるのか。というプロセスがとても大きな主題になった。ということだ。
 上で少しふれたとおり、一般に「ある領域を超えてその外にあること」を「超越的」という。今のばあい、「経験の領域を超えてその外にあること」を「超越的」といっている。その反対が「内在的」で、当の領域の圏内にあることを意味する。今のばあいは、経験できる範囲にあるということだ。
 だからこういっていい。「超越論的」とは、「内在的」でも「超越的」でもない、いわばその双方の関係性についての議論であり、「超越論的観念論」とは、「内在」のサイドから「超越」の彼方へとかかわる仕方をできるだけ綿密に考えるメソッドである。




 補足)
 「現象」というキーワード(キーコンセプト)を受け継いで発展させたのは同じドイツのフッサール(1859 安政6 ~1938 昭和13)で、彼はその名も「現象学」なる哲学上の一派を打ち立てた。現象学では、「ある対象がわれわれの意識を超えて外部に存在するありかた」が「超越的」と呼ばれ、「そのありかたが主体の意識そのものにどのように構成されるか」という一連の問題が「超越論的」と呼ばれる。







バナナフィッシュと、まどマギ。そして仏教のこと。(20.10.19 加筆)

2020-10-16 | 哲学/思想/社会学

 10月2日の記事「「謎解き・バナナフィッシュにうってつけの日」完結しました。」にakiさんから頂いたコメントへのご返事。


 akiさんから仏教の話をじっくりお伺いしたいなあとは以前から思ってるんですけどね。せっかくnoteにアカウントを作られたことだし、とりあえず雑談というか、エッセイ風の感じでもいいんで、よければひとつお願いします(笑)。
 前にもご返事のなかで述べましたが、サリンジャーは東洋思想にも浅からぬ関心をもってたんですよ。当時のカウンター・カルチャーの潮流の一環で、「造詣が深かった」といえるほどのレベルじゃなかったですけども。
 しかし、かつて河合隼雄氏と並んでユング思想を日本に紹介した秋山さと子さんが(秋山さんは実家がお寺です)、サリンジャーにずっと興味をもっていて、「サリンジャー・禅・ユング」という三題噺のようなエッセイを書いておられます。表層的な知識の多寡はともかく、サリンジャー文学と仏教とは、深層において相通じるところがあったのではないでしょうか。




 仏教には、ふつうに今ぼくたちが使う意味での「愛」の概念ってないでしょう。むしろ「愛」という語は否定的なニュアンスを帯びる。「仏の愛」とはいいませんもんね。そこは「慈悲」というところでしょう。
 ともあれ、仰るとおり「そもそもの定義は」ってところからして、「愛」を考えるのは難しい。ぼくがこれまで読んだなかでは、エーリッヒ・フロム『愛するということ』(紀伊國屋書店)の、




「愛とは、愛する者の生命と成長を積極的に気にかけることである。この積極的な配慮のないところに愛はない。」




 というのがいちばん得心いったんですが、理念としては明瞭でも、いざ、じっさいの生活で実践するとなるとね……。
 これを暁美さんと鹿目さんのケースに当てはめてみると、暁美さんのほうは、少なくとも彼女の主観においては、鹿目さんの「生命と成長を積極的に気にかけ」ていたはず。だからこそ映画版「叛逆」のラストにおいてあのような挙に出たわけですが、それが「正しい」行いであったのかどうかは誰にもわからない。むしろ「正しさ」の基準そのものが問われているような感さえあります。
 そこは暁美さん本人もそうとう悩んでるんですよ。悩んでる様子もちゃんと描きこまれてます。そのうえで、覚悟を定めて、「これがまどかにとっての幸せだ。と私が信じる世界にまどかを連れていく」と決断を下したんですね。




 ぼくはほぼ1年まえ、19.10.04にアップした記事の中で、「映画『叛逆の物語』に「信仰」の濫觴を視た。」という意味のことを書いたんですが、
https://blog.goo.ne.jp/eminus/e/223df2005c394e08ba482f8206525d71
それこそがつまり、今回akiさんの仰った「常人離れした一途さ」ですね。あるいは、そう、「思い込み」。だからほむらの「愛」は、仏教でいうほうの「愛」に近いんでしょう。
 あえて名付ければ「執着」とか、さらには「妄執」にすらなってしまうのかもしれないけれど、この情熱こそが、じつは「信仰」の根源じゃないか。ただもう激烈に「対象」を求め、あげくはそれを聖化して崇めるまでに高まった感情。もとより教義も、聖典も、先導者もない。何ひとつ頼れるものはない。そういったものとは関わりなく、自分の欲動の赴くままに、全身全霊を挙げてその対象に没入する。そうすることで己を支える。そうすることでしか、己を保持することができない。
 それくらい切羽詰まった思いのたけ。それが信仰のはじまりではないか。むろん、それは傍から見れば幻想でしかないんですけど、本人はそんなの知ったこっちゃないわけです。













 まあ、まどかのばあいは、お話のなかでほんとに「神」になっちゃってるわけですけども(笑)。








 しかし「救い」ということでいうならば、ほむら自身はぜんぜん「救われたい」なんて思ってないですね。むしろ自分から救いを拒んでますから(笑)。
 ほんらい「信仰」とは救いを求めるものではないと思います。というか、そもそも一切見返りを求めるものではない。信じなければ自分を支えられないから信じる。崇めなければ自分を保てないから、崇める。
 そういう点でも、ほむらのまどかに対する感情は、もっとも素朴な……言い換えればもっとも純粋な……「信仰」じゃないかと感じます。






 テレビ放映された全12話を踏まえたうえでの『叛逆の物語』の物語構造は、こじつけでもなんでもなしに、「バナナフィッシュにうってつけの日」によく似てます。「啓示」を受けて「再生」を果たし、めでたしめでたしかと思いきや、一転して「負」の方向に転げ落ちる……。アイロニーですね。それはすなわち、サリンジャーも虚淵玄も「現代のクリエーター」だということでしょう。軽々しく「救い」を描くことはできないわけです。








 それにしても、「もしいずれあなたと戦うことになっても、私はあなたの幸せ(と私が信じるところのもの)を守り抜く。」という信念については、これはもう「倒錯」としか言いようがなくて……依存しながら自立しているというか……極めて屈折・錯綜しています。これはもう人間が絶対者に対して取りうる態度ではないので、「叛逆」を成し遂げた後のほむらが「悪魔」と名乗るのも必然ってことになるのでしょうね。




☆☆☆☆☆☆☆


2020/10/16
akiさんからのコメント。
「信仰とは」



 こんにちは。返信興味深く拝読させていただきました。その結果、一つ得心できたことがあります。
「信仰」という言葉の定義が、私とeminusさんでかなり食い違っている、ということです。おそらくここは『バナナフィッシュ~』の理解においても存在した食い違いだと思いますが、ようやく言語化できそうです。




> ほんらい「信仰」とは救いを求めるものではないと思います。というか、そもそも一切見返りを求めるものではない。信じなければ自分を支えられないから信じる。崇めなければ自分を保てないから、崇める。
 そういう点でも、ほむらのまどかに対する感情は、もっとも素朴な……言い換えればもっとも純粋な……「信仰」じゃないかと感じます。


 eminusさんはこのように仰っていますね。私の乏しい知識ですが、これは原始キリスト教で殉教者と言われる人々に共通した信念であるように思います。そのそもキリスト教では「神に救いを求める」ということが(本来は)ない。なぜなら、天地創造の神は全知全能であり、世界の運行はすべて神の意思によるものであって例外はなく、今現に自分が受けている運命もまた神の意思によって与えられたものであって、そこから救い出してくれ、と神にせがむことは神の意思に反することになるからです。
 ただしこの論法だと、「救ってくれ」と今現に自分が神にせがむ思いを持つこともまた「神の意思」ということになり、さらには自分がどんな悪行を行おうともすべて「神の意思」ということになって、「いやいやこんな思いを持つことは良くない」と考えること自体が神への反逆であるということになってしまいます。要するに、「全知全能の神」を定義することは、そのまま「宗教的信念を持とうと努力することの否定」と同義です。
 この矛盾を解決するには、eminusさんのおっしゃるように「一切の見返りを求めず、ただ神を崇拝する」態度を採るしかありません。eminusさんがこのキリスト教的な「信仰」をどの程度意識なさっているかは分かりませんが、私の眼にはほとんど重なっているように見えます。違ったらすみません。




 ここまで読まれれば次に私が何を言うかは大体ご想像がつくと思いますが、私が思う「信仰」は、上記のものとははっきりと違います。




 信仰とは、「救い」を求めるところから生じるものです。それ以外のものは、「崇拝」「愛」とは呼べても、「信仰」とは呼べるものではありません。というか、「救いを求める」ことを否定する時点で、宗教としては欺瞞以外の何物でもないと思います。
 救いの中身がなんであるかは、教えによって違うでしょう。ぶっちゃけ「もうかりまっせ」という極めて俗物的なものから、eminusさんが「崇めなければ自分を保てないから、崇める」と今回おっしゃった「自己の確立、あるいはそれによってもたらされる安心・安らぎ」というものまで、神によって様々です。まあさすがに、俗物的な信仰についてはここでは無視でいいでしょう。「信仰による安らぎ」というものがどこから来るのか、ということについて論じてみますと・・・。


 eminusさんのお考えを拝見する限り、「それは自分の中から来る」とお考えのようです。(いやこれは多分、ほぼすべての宗教でもそうでしょうね)
 それだけでなく、「安心に至る方法論もまた、自分の中にある」とお考えのようです。そのことは、


>もとより教義も、聖典も、先導者もない。何ひとつ頼れるものはない。そういったものとは関わりなく、自分の欲動の赴くままに、全身全霊を挙げてその対象に没入する。


 というお言葉からも読み取れます。
 そういう「信仰」なら、宗教は必要ありませんね。ただひたすら自分の心を見つめ、思いを純化していくことで到達できることになります。


 ただしそれだと、当たり前ですが「人間にわかる範囲のことしかわからない」ことになりますね。そして当然、人間にとって最も身近で、かつ最も不可解である「死」については、「そう思い込む」以外の解決策は存在しないことになります。
 そもそも、人には「自分が死んだらどうなるかわからない」のです。死後、自分の意識が何らかの形で残るのか、完全に消滅するのかさえわからない。これは人類が「死」を意識した瞬間から、現代に至るまで一切変わりませんし、恐らくどれほど科学が発達しても変わらないでしょう。100%確実な自身の未来でありながら、その答えが存在しない、というより、存在し得ない。それが人知の限界です。


 ならば、宗教とは、その「死」の問題に100%の答えを与えるものでなければなりません。その「答え」とは、私たちが様々なものを考える脳も焼いてなくなることを考えれば、「知識」ではダメです。私たち自身も認識していない、「私自身(魂と言い換えてもいいですが)」に与えられる「真の答え」でなければなりません。


 この「真の答え」こそが、私が思う「信仰」です。
 そしてそれは、人知によっては到達し得ないものである以上、人を超える存在によってもたらされるもの、あるいはその教えに純粋に従うことによって到達できるものです。私にとってそれは「阿弥陀仏」ですが、さて、他の宗教においてはどうでしょうか。
 ご参考までに、「阿弥陀仏」と言えば「南無阿弥陀仏」の六字の称名念仏をすぐに連想されると思いますが、この「南無」は「帰命」とも言い、「絶対帰依」のことであって「相手の教えに完全に従う」ことを意味します。すなわち、私が思う「信仰」は、多分に仏教(中でも浄土仏教)の影響を受けてます。(というレベルでは、全然「南無」になってないんですけど)




 今回は「信仰」という一点について書かせていただきました。まどマギについては論じられてませんが、それはまた次の機会にでも。(と言って論じられた試しがないんですがw)





☆☆☆☆☆☆☆

20.10.17
 ぼくからのご返事。
「仏教はむずかしい。」




 盛り上がってきましたね(笑)。
 話がいまひとつ噛み合わぬように思えるばあい、議論の核となるキーワード(キーコンセプト)について、お互いが微妙に違う意味内容を想定していることが多いんですが、そうはいってもとりあえず話を始めてみないと、その「微妙な違い」も浮き彫りになってこないわけで、やはり対話ってものは大切であります。
 このたび「信仰」というキーワード(キーコンセプト)をめぐって差異が生じてるわけですが、akiさんは、「信仰とは、救いを求めるところから生じるもの」とお考えであり、ぼくのほうは、「救われるか否かとは関わりなく、ただただ唯一無二の絶対者(だと自分が見なしているもの)を崇拝すること」だと考えているわけです。
 こうなってきますと、議論をより実りあるものとするためには、さらに「救い(救済)」というキーワード(キーコンセプト)をも微分しておいたほうがよさそうです。
 今回いただいた文章をぼくなりに咀嚼してみると、akiさんの仰る救いとは「すべての人間にとって最大の課題でありながら、どうしても不可知である死(死後)というものを保証して、今を生きる自分に安心立命をもたらすこと」というように読めました。もし誤解なり、不十分なところがあったらまた訂正なり補正をお願いします。
 それでぱっと思い浮かんだのが、日本中世のいわゆる念仏僧で……この方々は浄土宗系とはいってもまた独特な一派だとは思うんですが……「疾く死なばや。」なんて言っていますね。大阪弁でいえば「早よ死にたい。」ですけども、つまりまあ、戦乱やら飢饉やら疫病やら災害やら、われわれ現代人の感覚からすれば理不尽きわまる難儀に日々絶え間なく晒されて、そのような境地になってしまっている。
 念仏僧たちの言行は『一言芳談抄』(岩波文庫)などで読めます。この書はよく吉田兼好の『徒然草』と比較されるのですが、むろん徒然草よりずっと悲観的であり過激です。吉本隆明という文芸批評家……まあ思想家と呼ばれたりもしますが……この方が生前、講演のなかでこんなことを喋ってます。


「ところが、『一言芳談抄』の中心的思想における死の観念というのは、とてもとてもそういうもの(吉田兼好のようなもの)ではないわけです。そうじゃなくて、早く死んでしまえと言っているわけです。生きているのは全部ダメだと、前世というのは徹底的にダメなんだ。だから、死んでしまえと言っているわけです。それから、生きているうちに解脱するなら、生というのを厭わなくちゃ、つまり、嫌がらなくちゃいけないというふうに言っているわけです。疾く死なばやとか、急ぎ死なばやということ、急ぎ死ななくちゃというのが、だいたい『一言芳談抄』の中心的な、あるいは、根源的な思想であるわけです。
 この『一言芳談抄』の思想というのは、当時における無常観、仏教における無常観と、現実のわりなさといいましょうか、つまり、戦乱と疫病と生活苦ということで、とにかくやりきれないよということで、そういう一般的な風潮というものをひとつ結集したところに『一言芳談抄』の非常にラジカルな思想が成り立っているので、たいへんラジカルなもので、生きていることは無駄、徹底的にダメっていう思想なわけです。」






 しかし、まあ、これをほんとに思想と呼んでいいのかよくわからないんですが、そういう考えってものは、ふつうは不健康というか、たぶん「病的」と評してもいいと思うんですけど、だけど吉本さんは(ちなみに、ばななの親父さんですが)、逆説的というべきか、そこに精神世界の豊かな可能性を見い出して、高く評価するんですね。こんなことも述べてます。






「(念仏僧たちは)いかにして死に近づこうとして身もだえしながら、血縁にたいする親和を捨て、きずなを捨てるところからはじまって、あらゆる所有をぬぎすてながら、最後には現世の衣食住を離れて、山野に隠れていった。」
「(そのことは)人間のこころが欲求する願望は、金銭、名誉、地位など、生の世界にとどまるだけでなく、境界を超えて死の世界まで拡がりうることを示している。」






 つまり、「疾く死なばや。」なんて発言は、ふつうに聞いたら「ああ、絶望してるんだな。」と単純に見なしてしまいがちだけど、そういうことではないんだと。今のぼくたちが安易につかう意味での「ゼツボー」とは違って、じつはもっと豊かなものであるのだと、そういうふうに吉本さんは言ってるんだと思います。
 その豊かさを裏打ちするのが、すなわち「信仰」ですよね。阿弥陀仏への信仰があればこそ、「疾く死なばや。」が、たんなる終焉ではなしに、「境界を超えて死の世界まで拡が」る豊かさをもつ。そこが無信仰の者とは決定的にちがう。
 ただ、そのような「人間のこころが欲求する願望」を指して「救い」とまで呼べるかどうかは難しいところですが、しかし、人間が絶望の谷底に堕するのを押し留めるものなのだから、やはり「救い」の一種には相違ありますまい。
 このように考えていくと、「死」を織り込んでいるか否かは、たしかに「救い」について考えるうえで大きいですね。




 ただ、いつも思うんですが、例えばこのばあい、同じように「阿弥陀仏」とお呼びしても、鎌倉時代の念仏僧たちの観念している阿弥陀仏と、今日のわれわれが観念している阿弥陀仏とはやはり違っているでしょう。さらに言うなら、akiさんの観念してらっしゃる阿弥陀仏と、ぼくなんかの観念している「仏」というものもまた違っていると思うんですよ。
 ぼくなんかが把握している範囲では、「仏教」というのはあくまで「空(くう)」の思想なわけです。むろん「空」は「虚無」とは違うので、仏教はニヒリズムとは無縁であって、ぼくの感覚ではむしろ「五感では捉えられずとも至る所に充溢している」イメージですが、いずれにしても、なにかしら実体を伴った存在が中枢に在(いま)す情態ではない。だから、「帰依」という境地にはなかなか至らないわけです。
 もとより、「実体を伴った存在が中枢にいる。」ということではなく、もっと広大無辺で崇高な宇宙意思のようなもの……というか現象……を指して「仏」と仮初めにお呼びしているのかもしれないんですけど、正直なところよくわかりません。


 順序が逆になりましたが、コメントの前半で言っておられた、キリスト教における「神」への態度の件は「自由意志」の問題ですね。森羅万象すべてが神の意志ならば、信徒ひとりひとりの意志はどうなるのか。という問題です。
 これは4世紀半ばから5世紀前半にかけて活躍した神学者アウグスティヌスが初めて本格的に取り扱ったテーマですね。そのご大小さまざまの教父やら学者たちによってさんざんに論じられ、中世神学の根幹をなすと共に、のちにイスラーム圏経由で逆輸入されたギリシア哲学と融合して、「西洋哲学」を涵養する土壌ともなりました。
 厳密にいえば、現代においてもまだ決定的な解決をみたわけでなく、いわば人間が世界を認識して再構成する存在であるかぎり、ほぼ永久に付いて回る問題じゃないかと個人的には思ってますが。
 ともあれ、このように、キリスト教神学は西洋的な「理性」の発達にともなって「哲学」に収斂されていったので(完全に吸収されたわけではなく、神学は神学で独自に変容を遂げていきましたが)、別の文化圏に属するぼくなんかでも脈絡を辿りやすいんですよ。いっぽう、仏教は、いっけん身近なようでいて、じつはけっこう捉えづらいです。そもそもインド仏教と中国仏教と日本の仏教とでもかなり異なってますし。
 いわゆる3大宗教のうちで、いちばん理解が届きやすいのはイスラームですね。もっとも後発であるぶん明快です。当然ながらこれもまた、神秘主義的ないし哲学的に深入りすれば際限ないですが。
 ともあれ、仏教については理屈のうえでしかわからないので、よろしければさらにご教示いただきたく思います。


☆☆☆☆☆☆☆

20.10.17
akiさんからのコメント
「浄土真宗と他力の信心 」


 こんばんは。お返事です。


>「すべての人間にとって最大の課題でありながら、どうしても不可知である死(死後)というものを保証して、今を生きる自分に安心立命をもたらすこと」


 前回のコメントで私が申し上げた内容はその通りで結構です。ただ、「なるべく多くの宗教に共通する書き方」を心がけたために、私自身が信奉する教義とはかけ離れた内容になってしまったことを、ここでお詫びせねばなりません。
 eminusさんがご自分の信念をお話しくださっているのに、こちらが「他宗教に忖度」して、信念を包み隠すのはフェアではないと思いましたので。


 表題の通り、浄土仏教にも様々な宗派があるものの、私が信奉するのは親鸞聖人の浄土真宗です。そして、その教義の中にある信仰は「他力の信心」と言い、「一切の自力の計らいを捨て、他力(阿弥陀仏の力)に全てをうち任せた信心」のことを言います。
 そこで、上記のお言葉を親鸞聖人の教えに従った形に改変してみると、


「すべての人間にとって最大の課題でありながら、どうしても不可知である死後の問題が弥陀のお力によってハッキリと解決され、今を生きる自分に安心立命がもたらされたこと」


 それが他力の信心である、となりますかね。
 「死」は解決できません(生物である以上死を逃れることはできませんし、死ぬことを恐れる気持ちは煩悩ですから、それもなくなることはありません)が、「死後」(死んだらどうなるか)を解決することはできます。そして、弥陀の力によって死後の問題(仏教では「後生の一大事」と呼びますが)を解決されれば、生きとし生けるものにとっての根本問題がはっきりと解決されますから、その後の生は「生きてよし、死んでよし」の幸せに生まれ変わるわけです。


 親鸞聖人が「いま、弥陀に救われた喜び」を述べられた文言は多くありますが、最も端的に述べられたのは、『歎異抄』にある


「念仏者は無碍(むげ)の一道なり」
(弥陀に救われ、喜びの念仏を唱えている者は、何物も碍り(さわり)とならない絶対の幸せの身になるのだ)


 でしょうか。
 このように書くと、「なるほど、そのように考える信仰なのだな」と思われるだろうと思います。現代人にとって、神や仏の存在は「人間の妄想」が生み出したものであって、「それが実在する」と言われても信じられないでしょうし、それを力説する人を見れば「おかしな新興宗教のたわごと」としか思えないでしょう。
 ですが、他力の信心を得た人(念仏者)にとって、阿弥陀仏は実在します。実在する弥陀によらねば、死後の解決は絶対にできません。


 前回、「南無阿弥陀仏」の「南無」は「帰命」であり、「絶対帰依」のことである、と申しましたが、これはすべての仏教に通用する言い方です。
 親鸞聖人はこの「南無」について、


「南無の言は帰命なり。(中略)帰命は本願招喚の勅命なり」


 と言い、意味を逆転しています。
 ここにある「本願」とは、阿弥陀仏の「一切衆生を救う」という誓いのこと。すなわち、
「南無=帰命とは、阿弥陀仏の『我にまかせよ。必ず救う』というご命令である」
 と親鸞聖人は解釈しているわけです。


 弥陀を信じる心も、任せる心も、すべて「自力の計らい」です。それが廃らなければ、絶対他力になることはできない。逆に言えば、他力になった人には一切の自力はありません。だから唱える「南無阿弥陀仏」も、「阿弥陀仏、お助けください」ではなく、「よくぞ助けてくださいました。阿弥陀仏、ありがとうございます」というお礼の念仏になるわけです。




 ほんの一部ですが、これが親鸞聖人の教えた信仰であり、救いです。私はその教えを信奉している、ということですね。
 今回は誤解を恐れず書かせていただきました。でも多分、様々に疑問が出てくる内容だとは思いますので、私の能力と労力が及ぶ限りは答えさせていただこうと思います。よろしくお願いします。<(_ _)>



この記事の続き。
20.10.22 akiさんとの対話。ひきつづき、仏教のこと。
https://blog.goo.ne.jp/eminus/e/98c9953412bb5f280e78c72edda94627








文化資本

2019-05-09 | 哲学/思想/社会学
 ぼくが「おっ、社会学ってのは使えるな。」と思ったのは、人文科学のほかのジャンルでは掬い取れない、それこそ「文学」でしか扱えないんじゃないかと思っていた問題を、きちんとワード=用語(あるいはコンセプト=概念)として定式化してくれていたからだ。
 いろいろあるが、もっとも切実に身に染みたのは「文化資本」であった。これについては、最近ネット上でも見かけるので、少しずつ人口に膾炙しつつあると思われる。
 辞書的な定義を記してもよいが、ここではひとつ、私的な思い出を綴ってみたい。
 うちの母は結婚を機に郷里を離れたのだが、母の姉は地元にとどまり、そこで家庭を持っていた。
 配偶者は高校の先生である。
 年恰好の似たイトコがいたので、ぼくも小学生の頃には夏休みなど何日も泊まり込みでお世話になった。自然のなかで泥まみれになって、楽しい日々を過ごしたものだが、もうひとつの楽しみは、朝食の時にこの先生(つまりイトコの父親)が、新聞で読んだ最新のニュースをわかりやすく解説してくれることだった。
 この家にはちゃんと書斎があり、書架にぎっしりの蔵書とクラシック・レコードのコレクションがあった。むろんステレオもあり、ピアノもあった。
 いっぽう、ぼくが生まれ育った実家には、書斎どころか各々の個別の部屋というものがなく(狭すぎるため)、活字媒体といえば父親が拾ってきた週刊誌くらい(極度に吝嗇なため週刊誌すら買わないのだ)、ステレオはおろかラジオすらない。
 仮にもしピアノを置いたら、一家全員がその上で生活せざるをえなかったろう。ビジュアルとしてはシュールで面白いかもしれぬが。
 いま思うと、姉妹でこれほど懸隔ある環境に嫁いだってことに笑ってしまうが、じっさい、うちの母親が根っからポコペンなのに対して、姉(つまりぼくの伯母さん)は評判の才媛だったらしい。
 そんな状況であるからして、父親による「ニュース解説」なんてイベントは期待すべくもない。今でもよく覚えてるのだが、「金大中事件」というのが起こり、これがどうにもさっぱり不可解なのでおずおず父に尋ねたところ、「あんなもん、さっさと死刑にしたらええんじゃあ!」と怒鳴りつけられて吃驚したものである。
 「わしにはわからん。」と素直に言える親父さんであればまだよかったのだ。ここでいきなりキレて怒鳴り返すところがアウトなのである。それは「この家で、わしにわからん小難しい話をするな!」という抑圧になっちゃうわけだから。
 しかも、用いる単語がはなはだしく物騒である。そういうご両親であり、そういうご家庭であり、そういう地域なのだった。
 こどもの知性・感性・品性ってものは日々の営みのなかで自ずと涵養(かんよう)されていくものであり、じつは学校の勉強なんてのは、そういった基盤があってこそ意味を成すものなのだ。
 早い話、土壌が荒れてて、日当たりが悪く、恵みの雨とて降らぬところに、どんな種をまいても花が咲くわきゃない。
 ぼくのばあい、歩いて行ける距離に図書館があったので、そこにせっせと通って何とかなったが、そうでなければマジでヤバかったかもしれない。
 そんなわけで、まあ、昔話はこれくらいで十分かと思うが、こういうのが「文化資本」である。いまの事例における姉の家庭は文化資本が豊かであり、妹のほうはそうではない。
 経済的な見地からみた「資産」とはまた別に、このように、幼児期から家庭のなかで育まれ、身体や頭脳の成長に直結した「資本」ってものは確かにある。
 数値化されず、可視化しにくいから往々にして無視されがちだが、そういうものが厳然としてあることは、社会がちゃんと認知しておかねばならない。
 本年(2019年)2月13日・14日の記事「生まれながらの不平等について。①②」で述べたけれども、大御所ロールズの『正義論』も、その大衆普及版たるサンデルさんも、このあたりを「機会の平等」と「結果の平等」という論点にのみ還元し、その切り口だけで議論をする。
 そのあたりにぼくは、政治哲学・法哲学の限界というか、「網目の粗さ」をおぼえる。たんに「不平等だからどうしろこうしろ」と言いたいわけじゃないのだ。まずは「そういうものがあるんだよ。」ってことをはっきり認めて、それに名前をつけなきゃだめなのだ。
 じっさい、政治哲学・法哲学には、これに相当する用語(概念)がない。「文化資本」なる用語(概念)を提起してるのは、社会学だけである。ぜひともこれは、ほかの人文科学・社会科学にも、さらに世間一般においても、もっともっと、共有財として広く分かち持たれるべきだ。

 改まってこんな話をするのも、「近ごろの東大生の中には、「貧乏なのはすべて本人の努力不足なのだ。」と考える者が多い。」って話題をネットで見かけたからである。ぼくには東大生の知り合いはないので真偽を確かめる術とてないが、「さもありなん。」とは思う。これだけ新自由主義の考え方が世間に浸透すれば、若い世代がそんな具合になっちまうのも当然だ。
 まして東大生なんて、ほとんどが「文化資本」に恵まれた良家の子女に決まっている。「下賤」のことなど知る由もなく、そもそも知る必要がどこにある、と思っていても不思議じゃない。
 そもそも「スタートラインがまるきり違う。」というシンプルな事実を知らないし、たとえ知っても「それがどうした。」としか感じない。
 そういう空気が蔓延している。
 やっぱりそれは、「日本」という同じ共同体のなかで暮らす成員として、不健全だし、良くないことだ、とぼく個人は思うわけである。
 東大で思い出したが、経済学部の出身で、教養学部の教授も務めた故・西部邁の『私の憲法論』(徳間文庫)にこんな一節があった。


「「法の下での平等」は、「機会の平等」をさすにすぎず、「結果の平等」までをも意味しないと理解するのが通常である。」


「そもそも「機会の平等」そのものが実はかなりに空語にすぎないのであって、その人の生まれた時期、育った環境および地域などによる「機会の不平等」を消去することはまず不可能である。というより、人間は不平等のただなかに生まれてくる、といったほうがよほどに正しいのであり、そして「理想への自由」としての積極的自由に内実が籠るとしたら、それはこの宿命ともいうべき不平等と抗い闘うことをつうじてだともいえる。」


 いかにも西部さんらしい文学的な物言いで、一読「なるほど。」と思わせられる。西部さんご自身が苦学生だったという事実を知っていれば尚更だし、現にぼくたち自身がそうやってどうにかやっているわけであり、この先もやっていくしかない。
 ただ、ようするにこれは「しょうがない。運が悪りぃんだから諦めろ。で、あとはせいぜい勝手に頑張れや。」ってことを体裁よく言い換えただけ……ではある。ことに「宿命」というのは重いコトバで、こういう単語を持ち出すあたり、「真正保守」の面目躍如という感じだ。
 この文庫本を大手古書チェーンで買って読んだのはもう10年以上前だが、「まあそうだよなあ……。」と思う反面、もういっぽうでは、割り切れぬ気分をずっと抱いていた。
 このたび『社会学をつかむ』(有斐閣)を読んで、ようやく積年のもやもやが晴れた。
 全編を締めくくる第34章「格差社会」の末尾で、著者のひとり、西澤晃彦さんはこう述べる。


「格差社会論を「突き抜ける」とは、排除や搾取、そして貧困について臆せず論じるということであるだろう。階級を論じることを引き受けるといってもいいかもしれない。日本の社会学者たちは、そのような地点にあって逡巡しているように見える。しかし、社会学は、「仕方がない。」とあきらめさせる力に抗して成立する貧者の連帯や、排除に対抗してなされる貧者を包摂しての社会・公共圏の再編成について、テーマ化していかなければならない。それがどのようにして可能あるいは不可能になるのかを明らかにしなければならない。宿命論をこえる言葉の生産は、社会学の任務である。」


 「宿命論をこえる言葉の生産は、社会学の任務である。」なんと小気味よいタンカだろうか。もちろん、それはまた「文学」の任務のひとつでもなければなるまい。そうだそうだまったくそうだ、よくぞ言ってくれました、とぼくは何度も膝を打ち、少しばかり膝が赤くなったのだった。







社会学をつかめ!

2019-05-05 | 哲学/思想/社会学

 

 有斐閣から出てる「大学生向けの教科書」なんてもんが面白いわけあるか、と長らく思い込んでいて、たしかにまあ、じっさいその通りなのだが、中にはとんでもない例外がある、ということを最近知った。西澤晃彦・渋谷望『社会学をつかむ』。2008年刊。
 ぜんぶで34のユニット(章)に分かれているのだが、のっけから「言葉」である。「私」「身体」「無意識」「意識」なんてのもある。
 いやもうこれは社会学ってより例のほれアレ、いやそう現代思想じゃないですか。
 さらには「旅」、はては「物語」なんてのまである。もはや完全に文学。それもワタシの管轄ではないか。
 むろん「社会」「社会学」「集団・組織」「ネットワーク」「学校」「工場・企業」「地域」「都市」といった真っ当(?)な項目がほとんどなのだが、その中にあって、「物語」の項目の記述が浮いてない。馴染んでいる。溶け込んでいる。すなわち、「物語」が「地域」やら「都市」と同じ水準のコトバで語られてるということだ。
 これはすなわち、「文学」と「社会学」とが同じ水準のコトバで語られているってことではないか。
 なめらかに。しなやかに。軽やかに。
 いや近頃の社会学はこんなレベルに達してるのか、侮れんな、と思って他の本に手を伸ばしたら、なんかぜんぜん旧態依然で、文章カチコチで、やっぱりそんなに面白くなくて、ああこれは、たんに西澤晃彦と渋谷望って人が凄いんだな、と気がついた。
 はしがき(前書き)に、「大学のテキストについては老舗の有斐閣が、入門教科書を西澤と渋谷に任せることは、10年前にはありえない人選だろう。」と書いてある。
 また、「この本を書くのに4年もかかってしまった。」「言いたいこと、伝えたいことは変わっていない。だが、ある言葉をどう語ればどう伝わるか、その文脈が激変したのだ。」とも書かれている。
 いずれも、本編を読めば得心のゆく揚言である。学者くさい文体を捨てて、あれこれと試行錯誤したあげく、この柔らかくも強靭な文体へと逢着した、ということだろう。
 ここ数年に読んだ中でも、「触発される」ってことにかけては一、二を争う本であり、ページを繰るごとに色々とアイデアがわいてくる。しばらくは座右から手放せない。
 ぼくが当ブログにてやってることも、どっちかというと文学ってよりむしろ社会学じゃないの?って気持は以前からあって、何冊か入門書・啓蒙書の類いを手に取ったこともあるんだけど、たいていは、コントがどうの、スペンサーがどうのといった「学史」にはじまり、あとは「たんなる印象に留まらず、学問と称するからにはきちんとデータを取らないと」みたいな話になって、あげくは「アルコールを大量に摂取する人はアルコール中毒になりやすい」だの、「社会に出て成功するひとの両親は高学歴で高収入である率が高い」だの、「わかっとるわいそんなこと!」と言い返したくなるような、アホみたいなことが(それもやたらと勿体ぶった口調で)述べられたものばっかりで、うんざりしたものだ。
 いやまあ、これはあえてふざけて書いたので、いくらなんでもそこまでひどくはないにせよ、とにかく、「学問としては立派なのかもしれないが、自分にはぜんぜん役に立たない」ってことは事実なのだった。
 ただ、アカデミックな専門分野はさておいて、いわゆる「ジャーナリズムに片足をかけた」著作家たちでいうならば、社会学者の活躍は今に始まったことではない。ひところ一世を風靡した宮台真司。その弟子筋にあたる鈴木健介。北田暁大。いずれも売れっ子である。
 たしかに、院に行って社会学の基礎を固めて、あとサブカルとネットにそれなりに通暁していれば、けっこう一般ウケする論考が書けてしまう気がする。宇野常寛なんてそんな感じだ。それくらい、いま社会学が手にしている用語(概念)は強力だ。よーく分かった。現代をてきぱきと解析する道具。むしろ武器か。
 それにしても、いまの時代に純粋な「文芸批評」なんてほんとに成立するんだろうか。結局それは「社会批評」の一種として綴られるしかないんじゃないか、もはや。
 まえに取り上げた斎藤美奈子の『日本の同時代小説』(岩波新書)にしても、「文学」に対する教養も敬意もまったく無しに書いてるんだから、あれは社会学の書というべきだろう。
 又吉直樹の芥川賞にしても、すでにもう文学がどうのといった話ではなく、社会学的な現象とみるのが正しいのだろう。そういえば「お笑いの社会学」といった研究をやってる人はいるんだろうか。吉本興業にしても、たけしにしてもタモリにしても、「お笑い」の影響ははなはだ大きく、とうてい「サブカル」の域に留まるものではない。いまの日本は「お笑い」というファクターを抜きには読み解けない。社会学としてぜひ取り組むべき課題である。
 もとよりアニメもしかり。
 というわけで、令和の「ダウンワード・パラダイス」は、けっこう「社会学」寄りになる気がしています。



リベラリズムについて ②

2019-02-18 | 哲学/思想/社会学
 「あの人はリベラルだよね」という言い方を、若いころ、何度かした覚えがある。もっぱら年配のひとに対してだ。「頑迷ではなく、話のわかる人。こちらを公正に扱ってくれる人」といったくらいのつもりであった。むろん好意的な評価だ。前回の記事の末尾で、あえてそんな使い方を試してみたけど。
 しかし、じつは「リベラル」には、はるかに政治的な含意がある。さいきんの話だが、池上彰は、テレビの啓蒙番組で、「リベラルって、左翼と呼ばれるのが嫌な人たちが隠れ蓑としてそう自称してるんですよ」とまで言ったらしい。
 いくら大衆向けに噛みくだいたにせよ、これはさすがにシンプルすぎたんじゃないか。なんでもかんでもわかりやすくすりゃいいってもんじゃない。
 好感をもてる年配者を「リベラル」と評したさい、ぼくが念頭においていたのは、「オールド・リベラリスト」という言い回しだった。
 ネットをあたると、
 ①第二次世界大戦後に、戦前の自由主義者を指して呼んだ。「もう古くて現代には通用しない」というニュアンスをふくむ。
 とあって、
 武田泰淳の『風媒花』(1952=昭和27)から、「ぼくもこれでオオルドリベラリストの一人だ。」
 という用例があげられている。
 ぼくの記憶では、大藪春彦『野獣死すべし』(1958=昭和33)のなかにも、伊達邦彦が亡くなった父を回顧して「インテリで優しいオールド・リベラストだった」と評するくだりがあった。
 また、②戦前に欧米滞在の経験をもち、欧米リベラリズムの洗礼を受け、親米的・親英的な立ち位置に基づいていた人たち。もっとわかりやすく言えば、大正デモクラシーの体現者。
 という定義づけもある。より詳しいけど、限定しすぎているかもしれない。べつに大正デモクラシーの体現者みんなが欧米滞在の経験をもってたわけじゃないからだ。しかしまあ、こうやって2つの定義を並べれば、ニュアンスは十分に伝わる
 もちろん、ぼくの「若いころ」ってのはバブル時代のことで、時代が違う。「戦前の自由主義者」や「大正デモクラシーの体現者」になんて、お目にかかったことはない。あの頃の「年配者」といえば、「団塊の世代」の少し上あたりである。つまりは誤用してたわけだけど、ま、ニュアンスだからね。
 ちなみに村上龍が、この「オールド・リベラスト」というコトバをもじって『オールド・テロリスト』(文春文庫)というタイトルの小説を発表してる。龍さんらしい痛烈な皮肉だ。
 さて。池上さんが「要するに、それってぜんぶサヨクのことよ」と言ってのけた「リベラル」は、むろんこの「オールド・リベラスト」じゃない。もっとずっと新しくて、戦後の一時期どころか、まさにいま現在の政治用語である。
 ぼくは当の番組をみてないので、池上さんがどこまで説明したかはわからないのだが、いま「リベラル」と呼ばれたり、自称したりしているのは、昔なら「革新」もしくは「進歩派」と称されて(称して)いた人たちだ。
 「昔」とは、1955年から90年代初頭までだ。たいそう明確なのである。すなわち、「自民党」(与党)と「社会党」(反対野党)による「55年体制」がはじまってから、海の向こうでソ連が解体されるまでの期間だ。
 そのあいだ、日本においては「リベラル」なる語は政治用語(概念)として流通してはいなかった。
 使われてたのは、日本の「宗主国」であるアメリカにおいてだ。「保守」を掲げる共和党に対して、アメリカの民主党が、自分たちの政治的な姿勢を「リベラル」と標榜していたのである。
 しかしこれが、話をややこしくする元だった。
 アメリカ民主党のいう「リベラル」は、「社会的な公正さや多様性を重視する」姿勢だ。
 そんな言い方では生ぬるいとばかりに、副島隆彦さんは『ハリウッド映画で読む世界覇権国アメリカ』(2004年。講談社+α文庫。キワモノっぽいが有益な本だ)の下巻144ページで、
「福祉優先の弱者救済主義」
とまでいっている。ただこれは、かなり極端な言い方で、ぼくには必ずしも正確と思えない。
 しかし、大企業よりは一般庶民に、強者よりは弱者に、というスタンスを取っているのは間違いない。
 しかるにそれは、西欧において確立した「リベラリズム」とは違うのだ。本来のリベラリズムとは、文字どおり「自由主義」であり、国や政府はオレたちを束縛するんじゃねえよ、という思想なのである。
 オレたちはオレたちで好きにする。だから税金なんか取るんじゃねえ。その代わり、オレたちもお上には多くを期待しない。手厚い社会保障なんぞ求めない。ただ国防だけはちゃんとやってくれ。それでいい。あとは、お互い勝手にやっていこうぜ。
 そんな考え方なのだ。
 だから「リベラリズム」に「新」をつけた「新自由主義」が、「弱肉強食の市場原理」をモットーとする「主義」になるのは当然なのだ。こちらのほうが正しい「リベラリズム」の使い方である。
 むろん「弱者」がどうなってもいい、とまで乱暴なことはいわないが、そういった福祉事業は、お上ではなく、経済的に恵まれた者たちが自主的に行うべきだ、と考える。自主的に、というところが肝要なのだ。
 そういう考えを持った人たちは、変質した「リベラル」という用語を避けて、自分たちのことを「リバタリアン」と称した。
 日本の「革新」「進歩派」が採用したのは、本来の西欧型ではない、アメリカ型の変質したリベラリズムだ。
 西欧近代にうまれた「リベラリズム」が、海を渡ったアメリカ政治の潮流の中で別の意味合いを担わされ、さらにそれを、91年のソ連解体いこう、日本の「革新」「進歩派」が取り込んで、自らの「主義」をさす呼称とした。そういうことになる。
 そもそも「革新」とは、資本主義体制を革めて社会主義体制へと刷新しようという意味で、「進歩派」とは、資本主義体制が行き詰ったあとには社会主義体制に移行するんだから、そちらに向かって進歩しようという意味だった。
 「いずれ社会主義になる」のを前提としてるんである。
 だから、「向かうべき未来」としての「社会主義」なんてものが蜃気楼のように潰えてしまえば、「革新」も「進歩」もあったもんじゃない。といって、今さら「保守」に宗旨がえもできない(した人もいたとは思うけど)。そこで、より適切な呼称をもとめて、「リベラル」を採用したわけだ。
 池上さん、そこまでちゃんと話したのかな。そりゃあまあ「右」か「左」かでいえば「左」で誤りじゃないだろうが、粗すぎる。「社会主義」が嫌いでも、たとえば婚姻にまつわる制度的自由を求める人たちはいて、そんな人たちだって、この日本では広義の「リベラル」に分類されるからである。
 もうひとつ、現代政治運動史のトピックとして付言しておくと、かつて60年代から70年代初頭に「学生運動」を担った「新左翼」の人たちは、既成の「革新」や「進歩派」の学者や文化人たちと手を結ぶどころか、強く批判し、その乗り越えを叫んでいた。一口に「左翼」ったって多様なんである。
 ただ総じて共通するのは、当たり前っちゃ当たり前だが、「反体制」という点だろう。いまの体制に、なんらかのかたちで異議申し立てをする。「そういうものをサヨクと呼ぶんだ」と池上さんがその番組の中で想定していたのなら、それはまあ、「日本のリベラル=左翼」とはいえるが。
 ただ、「反体制」は、あくまでも「ポジション」「態度」であって「思想」「理論」ではない。たんに与党が示す政策に反対ばかり貫いていても建設的な提言はできない。
 問題は、「社会主義の理論」、もっとはっきりいえば「マルクシズム」が人類史レベルで失効しちゃったあとに、「日本のリベラル」の皆さんが、政治哲学としての「リベラリズム」を、この国に即した理論体系として、きちんと整備しなかった/できなかったことだ。
 ジョン・ロールズをうみ、その『正義論』が出てから50年近くのあいだに、様々なグラデーションの政治理論を発展・精緻化させたアメリカとは、そこのところが大きく違う。
 もういちど、前回の記事で紹介した仲正さんの一文を引こう。


「(……前略……)少なくとも当面は、社会主義のようなオールタナティブな体制をいきなり打ち立てようとするラディカル思想が非現実的であることを認めざるを得ない以上、自由主義あるいは資本主義社会の存続を前提にしたうえで、可能な限りの改善、社会的公正の確保を求めるしかない。そこで、アメリカの「リベラリズム」系の議論が、マルクス主義ほど人を熱狂させるものではないにせよ、現実的な社会変革を目指す思想(原文ここゴチック)として、今さらのように注目されることになったのである。」

 どこまでも「アメリカの現代思想を学んでいる」段階なのだ。日本という国は、それこそ明治この方「翻訳大国」と称されているが、それは喜んでばかりはいられぬ話で、自前の理論を打ち立てる人がいないってことの裏返しなんである。理論そのものが脆弱だから、もちろん、じっさいに政治に携わる為政者のほうも、筋の通った理念を持ち合わせていない。
 2010年にサンデル教授が脚光を浴びたが、率直にいって、あれも一過性のブームだったとしか言いようがない。あれから9年、グローバリズムと格差拡大の進行のなかで、なし崩し的に新自由主義(ネオリベラリズム)政策をつづける政権与党への対立軸は、いっこうに見いだせぬままだ。
 あ。もちろんぼくは「リベラル」ではないので、「福祉」や「平等」をやみくもに重んじる立場からネオリベを嫌ってるわけではない。ネオリベ至上でやってると、今まさに自民党が行っているとおり、少子化が進み日本人が減って、大量に移民を入れざるを得なくなるからだ。あくまでも「右」のほうから申し上げてるんである。
 ぼくなんかのばあい、「日本という共同体」の維持・存続を優先する「ナショナリスティック・コミュニタリアン」とでもなるのだろうか。『正義とは何か』(中公新書)をつぶさに読んでも、ぼくみたいな立場にぴったり当てはまる分類項目はないようだ。そんなに特殊なことを言ってるかなあ。多数派じゃないかもしれないが、わりとふつうの感覚じゃないかとも思ってるのだが。
 まあ、もともと移民で成り立っているアメリカと、この日本とでは、「国のかたち」自体がまるで異なるのだが。
 だけどほんとにこのニッポンで、「自前の(使える)政治理論」なんてものを打ち立てる(とりあえずは「仮設する」でいいが)つもりなら、経済学まで含めた幅広い知識が不可欠だろうな。いずれにしてもたいへんな話であるのは間違いない。



リベラリズムについて ①

2019-02-16 | 哲学/思想/社会学


 仲正昌樹さんの『集中講義! アメリカ現代思想』(NHKブックス)は、『集中講義! 日本の現代思想』(同)とならんで、たいへんお世話になった本である。いや過去形じゃなく、いまでもたびたび読み返す。
 あ。ついでにいうと、この『集中講義! 日本の現代思想』と、佐々木敦さんの『ニッポンの思想』(講談社現代新書)の2冊を読めば、平成生まれの若い人にも、80年代バブル期からゼロ年代初頭くらいまでのニッポンの「現代思想」かいわいのことがよくわかる。
 ポストモダンだのポスト構造主義だの、その手のややこしそうなアレについても分かる。べつにそんなもん分からいでええわ、と思われるかもしれないが、けっこう今に繋がってるんで、知っといて損はないです。
 しかし本日はそっちじゃなくて、アメリカのほうの「現代思想」の話である。
 前回とりあげたロールズの『正義論』がアメリカで出版されたのは1971(昭和46)年。アポロ14号が月に着陸した年だ。いっぽう、ベトナム戦争は泥沼の様相を呈していた。理論書だから、そんなトピックをじかに扱ってるわけではないが、そういう時代背景のもとで出た本なのだ。
 日本では1979年に翻訳が出たが、さほど話題になったわけでもないし、80年代にも、とくに注目されなかった。ニッポンの80年代思想と言やあ、それこそフーコー、ドゥルーズ、デリダを筆頭とするフランス思想がもろクローズアップされてた時期だ。火付け役は浅田彰さん。しかしこのころ、それらの人たちの主著がきちんと翻訳されてたわけじゃなく、お世辞にも、まともな受容とは言いがたかった。
 「バブルに浮かれた空騒ぎ」の一つとまで言ってしまったら貶しすぎだけど、あの流行によってニッポンの知的風土が豊穣かつ緻密になったとは思えない。本当にそうなってたんなら、95年のオウム事件は起こるはずがない。
 ちなみにぼくはその頃、フランスの現代思想は「なんか肌に合わんぞ……」と思い(いやまあ、べつにきちんと理解できてたわけじゃないのだが)、ドイツの「フランクフルト学派」ってえグループのほうを向いていた。哲学だの思想だのが好きな学生の中には、そういうタイプも一定の割でいた。
 なにを申し上げたいかというと、とりあえず80年代には「現代思想」っつったらまず「ヨーロッパ」だったってことである。それもイギリスじゃない、大陸のがわだ。
 ブダペスト出身のカール・ポランニーの専門家として売り出した栗本慎一郎みたいな人もいたけれど、そのポランニーとてウィーンで生まれてブダペストで育った経済人類学者、すなわちほぼ東欧圏とはいえ「ヨーロッパ」のひとだ。
 イギリスや、ましてアメリカの「現代思想」なんて、まるで知的トレンドじゃなかった。
 がぜん風向きが変わったのは、やはり89年のベルリンの壁崩壊、つづく91年のソ連解体によってである。
 そのずっと前から、「ソ連とか東欧とか、社会主義(国)てのはとんでもねえ。どうしようもない。終わってる」なんてこと、みんなとっくに分かってたのに、その時になっていきなり慌てだしたのだ。うかつなようだが、それくらい、「冷戦構造」ってものが体に染みついちゃっていた。
 もちろん「フランス現代思想」の面々にしても、「フランクフルト学派」にしても、そりゃ「左派」ではあるけどマルクスを信奉しているわけでもないし、べつに社会主義者でもない。だから生粋のマルクス主義者ならともかく、これら「ヨーロッパ現代思想」に依拠していたニッポンの学者たちは、べつに冷戦構造がパラダイム・シフトしたからって、そんなに慌てることはなかったはずだ。本来ならばね。
 だが、「資本主義」のアンチテーゼとしての「社会主義」の可能性があからさまにぶっ潰れて、「市場原理」だけが幅を利かせるグローバル経済の真っただ中にぼーんと放り出されてみると、フーコー、ドゥルーズ、デリダにせよ、フランクフルト学派にせよ、「あれ? いやいや。よう見たら、これってあんまり役に立たんのとちゃうん?」ってことに気づいちゃったわけである。
 つまり、それらの思想ってのものは、現状の問題点を剔抉(てっけつ)する「批判理論」としてはむちゃ鋭い。しかし、「新しいパラダイムの中でどのような社会を形成していくか?」という点については弱かったのである。

 このあたりのことを仲正さんは、『集中講義! アメリカ現代思想』の26ページでこう述べている。

「(……前略……)少なくとも当面は、社会主義のようなオールタナティブな体制をいきなり打ち立てようとするラディカル思想が非現実的であることを認めざるを得ない以上、自由主義あるいは資本主義社会の存続を前提にしたうえで、可能な限りの改善、社会的公正の確保を求めるしかない。そこで、アメリカの「リベラリズム」系の議論が、マルクス主義ほど人を熱狂させるものではないにせよ、現実的な社会変革を目指す思想(原文ここゴチック)として、今さらのように注目されることになったのである。」


 というわけで、『集中講義! アメリカ現代思想』は、ロールズを中心に、その「アメリカのリベラリズム思想」をていねいに解説していく本だ。そこから「リバタリアニズム」と「コミュニタリアニズム」とが派生し、「三つ巴」となって絡み合う。2010年に「ハーバード白熱教室」で日本でもブームを巻き起こしたマイケル・サンデル教授は、その「コミュニタリアニズム」の旗頭だ。
 原典ともいうべき『正義論』の重要さはいや増すばかりで、2010年には、神島さんを含むお三方の共訳で新しい日本語バージョンもでた。願わくば、値段のほうももう少しリベラル(笑)にしてもらえんかったかと思うわけだが。




読まずに語る! マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』

2018-11-04 | 哲学/思想/社会学
 マルクス・ガブリエルさんの『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ 清水一浩・訳)が売れてるらしい。売れている、といっても「哲学書としては。」って話で、映画化されたラノベみたいな勢いで売れてるわけではもちろんない。こういうものを買って読むのはインテリの中でも「好きモノ」の方々であって、ぼくはまあ、インテリではないんだけれどかなり「好きモノ」ではあるから「読んでみたいな。」とは思っている。きっとそのうち読むつもりだが今はまだ読んでない。読みもしないで書くわけだから、この記事に限っては「なぜ世界は存在しないのか」の検索ワードで上位にこないよう願う。訪問される方に有意義な情報を提供できるかどうか自信ないからだ。

 マルクス・ガブリエルは1980年生まれの哲学者。2009年にボン大学の教授となり、ドイツでは最年少の哲学正教授として話題になったそうな。少壮気鋭というやつだ。ネットの画像で見るかぎり、ルックスもまあまあ。Wikipediaによると、同大学では認識論・近現代哲学講座を担当すると共に、大学内にある「国際哲学センター」のディレクターも務めているとか。過去にはカリフォルニア大学バークレー校の客員教授を務めた、ともある。また「複数の言語(ドイツ語、英語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、フランス語、中国語)を自在に操り、また古典語(古代ギリシャ語、ラテン語、聖書ヘブライ語)にも習熟している。」らしい。なんだかよくわからないけど、相当にアタマがいいのは間違いないようだ。

 しかし、これは半分くらい負け惜しみでいうんだけれども、この手の「アタマの良さ」ってのはようするに「情報処理能力の高さ」であって、それで誠に創造的な(クリエイティヴ、と読む)業績を残せるか否かはまた別である。むろん、情報処理能力の低い人より高い人のほうが創造的な仕事を成し遂げる可能性はだんぜん大きいにせよ、逆は必ずしも真ならず。

 ぼくなどは最近つくづく「哲学」ってのは「文学」と似てる、っていうか、ほぼ文学と同じじゃん、という気分になっているんだけど、どちらもつまり、コトバでつくった「世界観」というか「世界像」という点でそっくりだ。あえて言ってしまえば「作品」なのだ。緊密で体系立っててエレガントな「作品」もあれば、ゆるゆるでぐずぐずでみっともない「作品」もある。ニッポンでいえば江戸中期の人だけれども、カントなんてやっぱり今読んでも立派だし、相対性理論と量子力学とを経由した現代人にとっては、確かに古びて見えるけど、しかしこれほど立派な作品を生み出せるひとは現代でもそうはいない。

 こんなこと言っちゃナンだけど、そのへんの大学で「哲学」の講義をもってるような人たちの大半は、自前の「作品」がつくれないから「解説」や「概論」をやって喰ってるわけで、その点も「文学」を担当してる先生方と一緒である。知識が豊かだからって「作家」になれるわけじゃない。「作品」をつくるってのは、それくらい大変なことなのである。

 ところで、どうしてぼくが当の本を読みもしないでこんな記事を書きだしたかというと、「マルクス・ガブリエル なぜ世界は存在しないのか」で検索を掛けて上のほうに出てきた池田信夫さんの短い書評が面白かったからだ。
 以下、出だしの引用。


「世界が存在することは自明だが、カント以来の近代哲学はこれを証明できない。カントは「物自体」の存在を前提しただけでその証明を放棄し、ヘーゲル以降は存在を「括弧に入れて」そのありようを論じるのが哲学の仕事になった。それに対して「世界は存在する」と主張したのが唯物論だが、素朴実在論は認識論として成り立たない。
 ヘーゲルの観念論を徹底するとニーチェのいうニヒリズムになり、超越的な存在を否定する「言語論的転回」が20世紀の哲学を支配した。ポストモダンはその極限形態だが、この種の「新ニーチェ派」にはみんな飽きた。そこで出てきたのが、ポストモダン的な「相関主義」を否定して、世界は主観に依存しないで存在すると主張する新実在論である。」


 近世~現代に至る西欧哲学の一筆書きとして、じつに明快である。残念なのは、これがガブリエル氏の本の要約なのか、池田さんご自身の見解なのかがアイマイなとこだが、もし本の要約だとしたら、『なぜ世界は存在しないのか』は、何よりもまず的確な「現代哲学入門」として使えることは間違いない(注・このあと確認したら、ガブリエルさんは本編で別にこんなことは書いておらず、池田氏オリジナルの要約だった)。

 一筆書きだからとうぜん、この濃縮された「西欧近代~現代哲学史」のエッセンスには穴も開いてれば歪曲や単純化も見受けられるのだけれど、この手の話は厳密にやったらたちまち膨れ上がってしまうので、なんとなく哲学っぽいこと、現代思想っぽいことに関心のある若い人なんかはとりあえずこれだけ頭に入れといて、細かいとこはネットを探ったり本を読んだりして詰めていったらいいんじゃないか。

 さて。そうはいっても「ここはやっぱり看過できない。」という点もある。「言語論的転回」というキーワード(キーコンセプト)である。
 これについてはwikiにも「コトバンク」にも簡明な説明が載ってるんで、ここでは詳述は避けたいが、ひとことでいえば「哲学の歴史で延々と議論されてきた問題って、じつはコトバの問題じゃね?」という発想のことだ。これが相当な「発想の転換」だったもんだから、「転回」と呼ばれてるわけだ。
 かんたんな例をあげましょう。
 Aが「人生には意味なんてない。」といい、
 Bが「いや、人生にはやっぱ意味あるよ。」と反論をする。そこで例えばお互いがそれぞれの半生やら体験談を語りだしたら、まあ会話としてはそれなりに面白くなるかもしれぬが議論としてはおそらくずっと決着はつかない。まずは「人生」というコトバでお互いがどういう内容を想定しているのか、それを明らかにしてないからだ。
 もっというなら、「意味がある」「意味がない」というコトバでお互いがどういう内容を想定しているのかについても、詰められるだけ詰めといたほうがいいだろう。

 もっと高尚な例でいえば、「神は存在するか?」というのはどうだろう。昔よく「アナターは神をー信じまーすかー」と路上で尋ねられることがあったが、まず「神」というコトバでその人がどういう内容を想定してるのか、そこがわからないから答えようがない(もちろん大体察しはつくが)。といって、そんな問答を始めたら時間がいくらあっても足らないし、そもそもその人とそれほどの縁を結ぶ筋合いもないので「ちょっと急いでるんで~」と逃げなきゃしょうがなかった。

 ともあれ、「言語論的転回」すなわち「哲学の歴史で延々と議論されてきた問題って、じつはコトバの問題じゃね?」という発想ってのは、すごく卑近にいえばそんな感じで、それを病的なまでに探究したのがウィトゲンシュタインというひとである。

 ウィトゲンシュタインはユダヤ系のオーストリア人だけど、イギリス国籍を得てケンブリッジの教授になった。ヘーゲルに代表される「ドイツ観念論」や、デカルトに始まる「フランス合理論」からは切れていて、英米系の「論理分析哲学」の始祖(の一人)と目される天才だ。

 この「論理分析哲学」は、第二次大戦後には現代哲学の大きな潮流となった。それは、日本で80年代バブル期に流行ったいわゆる「ポストモダン」の面々、すなわちフーコー、ドゥルーズ、デリダ諸氏とはまた別の流れなのである。むろん、「言語論的転回」はほんとうに大きな出来事だったので、「ポストモダン」の面々も相応の影響を受けているのは間違いないが(とくにデリダ)、論理分析学派ほどではない。

 上で引用した池田さんのブログの文章のなかの、
「「言語論的転回」が20世紀の哲学を支配した。ポストモダンはその極限形態だが、この種の「新ニーチェ派」にはみんな飽きた。」
 というくだりの「新ニーチェ派」とはもっぱらフーコーやドゥルーズやデリダ、及びその影響下にある思想家たちのことで、つまりこれでは論理分析学派がすぽっと抜け落ちてしまう。

 もちろん池田さんは、このあとでちゃんとウィトゲンシュタインにも言及しておられるけれど、ぼくがネット上の情報をあれこれ漁ったかぎりでは、どうも『なぜ世界は存在しないのか』におけるマルクス・ガブリエルさんは、「論理分析学派」からは意図的に距離を置いておられるようだ。っていうかどうもこの本、「英米系論理分析哲学」に対する「大陸系」からの逆襲。という印象さえも、ぼく個人は受けたのだった。

 「論理分析哲学」はその後いくつかの流派に分かれていったが、総じていえば「科学(的世界観)」に最大限の敬意を払う、という点で共通している。そして、「科学(的世界観)」は何といっても厳然と現代世界を律しているわけだから、論理分析哲学は、業界でも大きな力をもってるのである。哲学者の中には、「科学(的世界観)」と「哲学(的世界観)」との融合を目論んでいるひともいれば、最終的に「哲学(的世界観)」が「科学(的世界観)」に包摂されるのを期待している(かに見える)人もいるくらいだ。

 「論理分析哲学にあらずんば哲学に非ず。ポストモダン派だ何だといっても、所詮は言語の戯れではないか」といった風潮さえも、ひと頃はあったのである。
 ところが、『なぜ世界は存在しないのか』におけるガブリエルさんは、その「科学(的世界観)」までをも相対化している。どうやら、「哲学(的世界観)」どころか、「文学(的世界観)」までをも、「科学(的世界観)」と同価値のものだと述べてらっしゃるらしいのである。

 まさに「英米系論理分析哲学」に対する「大陸系」からの逆襲、いや、これはもう「科学(理系)」に対する「哲学(文系)」の逆襲とすらいえよう。
 ここのところをさして、千葉雅也氏×東浩紀氏による対談書評では「面白くない。」「哲学的後退。」「人文学の自慰的な話。」とまで酷評されている。ただこればっかりは自分のアタマで確かめなくちゃしょうがないので、読んでみたいのは山々だけれど、とうとうほんとに『宇宙よりも遠い場所』のディスクを買っちまったので、当面は本が買えないのだった。

 追記) 2019.06 そのあと買って読みました。たいへん面白かったし、「読まずに書いたこの記事も、それほど的外れなことはいってない。」と思って安堵しました。書評はいずれまた。






ニーチェ……「現代思想」の源流。

2016-07-31 | 哲学/思想/社会学
 何とも大上段に構えたタイトルですが……。まあ昔の記事なんで、ぼくも若かったってことですね……。


ニーチェ……「現代思想」の源流。



初出 2010年07月26日


 ぼくの学生時代はいわゆる「現代思想」ブームの真っ只中で、ご多分に漏れず、ぼくもすっかりこれにかぶれていた。火をつけたのは『構造と力』の浅田彰(57~)、『チベットのモーツァルト』の中沢新一(50~)のお二人だろうが、柄谷行人(41~)の論考「マルクス その可能性の中心」が「群像」に掲載されたのは1974(昭和49)年のことだから、下地はすでにその辺りから少しずつ整えられつつあったということになる。

 厳めしい「哲学」が、「思想」、それも「現代思想」と呼びかえられることで、古色蒼然たる「教養」から、ぼくたちの暮らす時代と社会とをビビッドに解析してくれる武器へとチェンジアップした。そんな気がした。この辺りの状況に興味がおありの若い方には、仲正昌樹『集中講義!日本の現代思想 ポストモダンとは何だったのか』(06年刊。NHKブックス 1020円+税)をお薦めしたい。

 奇しくもこの「ブーム」は、バブル前期、すなわち高度消費社会の到来と期を一にしていた。いや、日本における高度消費社会の到来が、「現代思想」を受け容れる空気を醸していたというべきか。しかもさらにややこしいのは、「現代思想」の異名というべき「ポスト構造主義」なる用語が、時代区分を表す社会学用語としての「ポストモダン」と二重写しになっていたことだ。ここの所に、いささかの混乱の生じる要因があったことは間違いない。

 たとえば栗本慎一郎(41~)がバタイユを援用して消費社会を賞揚するかのごとき著作を出したり、仏の社会学者ボードリヤールによる左翼批判=資本主義擁護(?)の言説が紹介されたりしたこともあり、「現代思想」とは、社会変革への志を捨て去ったばかりか、現状に対する根源的な批判精神すら持たず、自分たちを取り巻く豊かな社会をただ追認するだけの知的遊戯、であるかのような誤解が一部に生まれた。少なくとも、生まれる余地は十分にあった。

 もとより専門家や優秀な大学院生といったプロやセミプロのレベルではそんな誤解はなかったろうが、一般の真面目なマルキストは大体において良からぬ感情を抱いていたと思われる。じっさいにぼくも、そのような方の一人から、浅田氏に対する手ひどい嘲罵を聞いたことがある。それも仕方のないことだったと思うのは、その頃は、「世界認識の方法」というと、マルキシズムがやっぱり主力だったからである。むろんチェルノブイリもアフガン侵攻もあって、ソ連の威光などとっくの昔に地に落ちていたけれど、世界システムを総体として把握し、しかもそれを変革せしむる手段を説いた理論といえば、マルキシズム以外ありえなかった。

 「その頃は」と書いたけど、今だって、そんな理論はほかにない。要するに、「世界システムを総体として把握し、しかもそれを変革せしむる手段を説いた理論」は、もう少し後、91年のソ連崩壊(と、中国の市場経済導入)によるマルキシズムの失効をもって、人類史から消え去った。そしてそれが、「ポストモダン」ということの意味(のひとつ)であり、そのような、いわば「ポスト・マルクス」の時代を語ろうと(苦闘)する言葉の運動こそが、「現代思想」だということになる。

 ポストモダン社会を語ろうと(苦闘)する言葉の運動が現代思想で、「ポスト構造主義」は、現代思想を代表する最有力の思潮なのだから、両者がとかく混同されがちだったのも無理はない。じっさい、80年代の中庸から後期にかけて、この日本においては、「現代思想」と「ポスト構造主義」とはほぼ同義語の扱いだった。そうはいっても当時のぼくが、いわゆる「ポスト構造主義」の邦訳文献を懸命に読み漁っていたかというと、残念ながらそうではない。とてもじゃないがそれほど優秀ではなくて、せいぜい日本人の書き手による啓蒙書・解説本の類いを読んでいたくらいだ。

 ただ、柄谷行人は好きでよく読んでいた。理解できたか否かはともかくとして、文庫の形で出版されたものはぜんぶ読んだはずである。たぶん自分がいちばん影響を受けた著述家は柄谷氏だろうと思うのだが、しかし氏の論考は、おそらくはその気質ゆえか、概して抽象度の極めて高いものになりがちであり、狭い意味での「思想」や「文化」の領域を超え出ることはなく、現実の「社会」や「経済」や「政治」を批判的に考察するうえで、(少なくともぼくにとっては)さほど役に立たなかった。

 この点においては浅田、中沢といった人たちの言説も同じで、「豊かな社会のなかで戯れているだけ」という旧来からのマルキストによる非難は、誤解の産物とはいいながら、まるっきり的外れと言い切れぬところもあったのだ。

 さて、それら構造主義~ポスト構造主義を主に扱う「現代思想」の啓蒙書なり解説本を読んだとき、決まって出てくるのがニーチェの名だった。フーコーもデリダもドゥルーズも、みんなニーチェに多大な影響を受け、大なり小なり、彼の方法論に依拠する形で自身の思想を展開しているというのである。ぼくがニーチェを、全集を買ってまで読もうと思ったのはひとえにそのせいであり、けしてニーチェ自身の著作を読んで感銘を受けたからではない。

 ちばてつやの名作『おれは鉄兵』のなかに、旧制高校の学生のごとき風貌をもった「但馬」という人物が出てくる。この人、ニーチェにえらく耽溺しており、授業中、本を読みながら「む、むむむむ、むーっ」と知的興奮のあまり唸り声を上げたりもするのだが(読んでいるのはおそらく『ツァラトゥストラかく語りき』であろう)、そんな経験はぼくにはない。竹山道雄の名訳になる新潮文庫のツァラトゥストラは高一のとき買うには買ったが、高邁すぎてさっぱり入っていけなかった。いわゆる「現代思想」ブームがなければ、ぼくにはたぶんニーチェはずっと無縁のままだったと思う。言い換えるなら、あの当時の最先端の西欧思想家たち(の解説書)から、ぼくはニーチェの価値を教わった。

 ニーチェはむろんドイツ人であり、ドイツ語で著作を遺したけれど、先に名を挙げたフーコーもデリダもドゥルーズも、みなフランス系である。このあいだにはハイデガーという媒介者がいるのだが、話が錯綜するのでそこは別の機会に譲ろう。ニーチェがフーコー、デリダ、ドゥルーズといった猛者たちに圧倒的な影響を与え、マルクス、フロイト、フッサール、ソシュールと並んで「現代思想の源流」の一つと見なされているのは、彼が形而上学の、それも近代的な形而上学の、なおも言い換えるならば、「西欧的な意味における《人間》という理念」への、最初にして最大の批判者であったからだ。しかしこれでは表現を圧縮しすぎて、予備知識がなければ何のことだか分からない。

 そこでまず、その形而上学とは何かということになる。アリストテレスの『形而上学』に端を発するこの概念は、実体(=真に存在するもの)を探究する学問であり、ひいては、自然を超えたもの(見かけ=仮象の世界の背後にある真理、もしくは真なる存在)についての学問である。アリストテレスはいうまでもなくプラトンの弟子だが、このような考え方をプラトニズムと称する。たとえば花と呼ばれるものは、薔薇であっても百合であっても向日葵であってもすべて花だし、仮に名前を知らぬものであれ、一瞥すれば大抵の場合われわれはそれを花と認めうるけれど、それはわれわれの棲むこの世を超えた、何処とも知れぬ彼方の世界(それは彼岸あるいは天界かもしれない)に、「花の本質」(この「本質」のことをイデアという。アイデアの語源だ)が存在しており、それがこちらに投影されているからだというわけである。

 ……いやその発想は変だろう、花というのはただ単に素人が外観を見たり匂いを嗅いだりして決めるもんじゃなく、植物学者がいろいろ調べて定義づけるものじゃないのか。現に、一見すると花弁のようでも、じつは葉っぱの変形したものだという種類もたくさんあるではないか。そう反論したくなる人は、きっと科学的な思考が身についた近代人であろう。たしかに花だの野菜だのといった具象物ならそういう批判が出て然るべきだが、それではたとえば、「正義」とか「愛」といった実体のない概念の場合はどうであろうか。普遍的な理念が存在せず、すべては人間の恣意に委ねられていて、国の数だけ、民族の数だけ、組織の数だけ「正義」が成り立つというのは危険な事態ではあるまいか? 人の数だけ「愛」が入り乱れてるとしたら、われわれの社会生活は、おそろしく乱脈なものになってしまうではないか?

 あえて極端な言い方をしてみたけれど、そんな具合に考えていくと、「イデア論」(プラトニズムのことをそう呼んだりもする)はけっして哲学史上の一つの考えとして片付けられるものじゃなく、人間の思考の主要なパターンであることが分かる。われわれはやはり心のどこかで、あまねき正義が存在すると信じているし、模範とされるべき愛の姿が存在すると思ってもいるはずだ。いっぽう、「花のイデアなんてものはなく、カテゴリーとしての《花》は、植物学者がいろいろ調べて定義づけるもの」といった考えのほうは「唯名論」と呼ばれるのだが、哲学史とは、ある意味、この「イデア論」と「唯名論」との壮絶な闘いの記録ともいえる。中世における普遍論争ってのもこれだし、高校の倫理社会の授業で習った「大陸合理論」と「イギリス経験論」との対立というのも要するにこれだ。

 これら両者は究極においてどちらが正しいというよりも、人間の認識の二大形式というより仕方ないんじゃないかとぼくは思う。たしかに近代の科学は唯名論的思考のうえに成り立っているが、しかし例えば、「これらはどちらが正しいか?」と問う時のこの「正しさ」というのは、まさにイデア論的なる概念ではないか? イデア論の発想を完全に捨象して物事を思考することは誰にもできない。つまりわれわれ近代人は、唯名論を理性のベースに置きつつも、なお深層ではイデア論を決して捨て去れないのである。それは、イデア論が人間存在の本質に根付いているからだ。

 それはまた、どれほど科学が発達しようと、宗教が決して無くならないことからも分かる。すべての宗教は、例外なくイデア論である。「あの世」も「霊界」も「来世」も「浄土」も「天国」も「地獄」も「アストラル界」も、プラトニズムの説く「彼岸」のさまざまなバリエーションにほかならない。じつはニーチェには、「キリスト教は通俗化されたプラトニズムである。」というショッキングな箴言があって、ぼくなどはこれを、例の「神は死んだ。」よりもっと重要なものだと思っているが、日本ではそれほど広まっていない。「神の死」を頂点とするニーチェの哲学は、じつはプラトニズムへの、言い換えれば、荘厳なる大聖堂のごとき「形而上学」の体系に向けての、全霊を賭した宣戦布告でもあった。

 ここでようやく先ほど述べた「ニーチェは、西欧的な意味における《人間》という理念への、最初にして最大の批判者であった。」というくだりに到達できた。「形而上学」に対する徹底的な批判が、なぜ、西欧的な意味における《人間》という理念への批判となるのか。鋭い人ならお分かりのとおり、それは、形而上学そのものが、《人間》の《理性》の産物にほかならないからである。犬や猫はもちろん、どれほど高度な類人猿であれ、形而上学を持ち合わせてはいない。すなわち、形而上学を産み出すに足る《理性》を有していないということだ。

 だから「知の考古学者」ミシェル・フーコー(1926 昭和1~ 1984 昭和59)は、ニーチェの「系譜学」の方法を押し進め、《狂気》や《監獄》の研究を通じて《近代》や《理性》の成立過程を暴き出した。「哲学者=批評家」ジル・ドゥルーズ(1925 大正14~ 1995 平成7)は、《理性》にかえて《欲望する機械》や《器官なき身体》といった新奇な概念を導入することで、ニーチェの「力(への)意志」の哲学を継いだ。「哲学者」ジャック・デリダ(1930 昭和5~2004 平成16)は、ニーチェの「形而上学批判」のプログラムを「ロゴス中心主義」批判として発展させ、この上もなく犀利かつ緻密に、ほとんどパラノイアックと呼びたいほどの執拗さをもって、《理性》が《真実》を語ってしまうプロセスを脱臼させ続けた(脱構築)。ニーチェが現代思想の源流(のひとつ)であり、マルクス、フロイト、ソシュール、あるいはダーウィンとも並んで、「20世紀に決定的な影響を与えた思想家」と称される所以は、ここのところに存するのだ。



もういちど、ポストモダンについて。(ニーチェ……「現代思想」の源流  補足)

初出 2010年08月01日



 Q&Aサイト「教えて! goo」の会員のなかに「ghostbuster」という方がおられる。どこかの大学で文学を講じていらっしゃるとお見受けするが、この方の解答がとても勉強になるのでよく見ている。


 こちらでは、概念としての「ポストモダン」とニーチェとの関わりについて、とてもうまく説明されている。
ポストモダンとは何か?
https://otasuke.goo-net.com/qa1396521.html
 なるほど。簡潔にして的確。どうもぼくは文章がくだくだしくなっていけない。この方の説明を要約するとこんな感じだ。

「ポスト・モダニズムとは、何よりもまず、モダニズム/近代性を批判的にとらえ、脱近代化を推し進めようとする理論の総称である。いっぽう、ポスト構造主義とは、学問的方法もしくは思考方法を指す概念だから、所属する人物は重なり合いつつも、その用語が対象とする領域は異なる。

「ポスト・モダニズムを考えるとき、それが批判しようとしている《近代》、あるいはモダニズムがどのようなものなのか、どのようにとらえるのか、ということが問題になる。そのばあい、必ずといっていいほど引用されるのが、ジャン=フランソワ・リオタールの定義だ。

 『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』(水声社)のなかで、リオタールはこう言っている。

 近代とは、

 ①愛による原罪からの解放というキリスト教の物語

 ②認識による無知や隷属からの解放という啓蒙の物語

 ③労働の社会化による搾取と疎外からの解放というマルクス主義の物語

 ④産業の発展による貧困からの解放という資本主義の物語

 といった、《大きな物語》が信じられた時代である。そして、ポスト・モダンの状況とは、その物語が信じられなくなったような状況である。

「ポストモダンの運動は、こうした《大きな物語》が信じられなくなった状況において、複数の小さな物語を生み出すこと、そしてその複数の物語を異種混合させ、差異を増殖させ、未だ知られざるものを探求し続けることによって、回答を出すのではなく、新たな問題を浮かび上がらせていくことを目指す。

「このポスト・モダニズムを考えていくとき、非常に重要になってくるのがニーチェの思想だ。ポストモダニズムとは、《ニーチェの哲学の長たらしい脚注》(テリー・イーグルトン)にすぎない、という見解すらある。

「ヨーロッパの近世から近代に至るまでの哲学は、数学を理想とし、《自我》や《理性》という原理から、演繹的に導かれた知の体系を築いていこうとした。こうしたありかたに、いちはやく批判を投げかけたのがニーチェであった。これこそポスト・モダニズムのエッセンスとなるような考え方ではないか、というわけだ。」




 引用および要約はここまで。基本的には語調を整えただけが、「阻害」を「疎外」に改めるなど、ぼくの裁量で訂正した部分もあるので、文責はダウンワード・パラダイスに帰すものと致します。ともあれ、この「数学を理想とし、《自我》や《理性》という原理から、演繹的に導かれた知の体系」こそが、ぼくが前回の記事で述べた《形而上学》だということになる。




《構造》について。

2016-07-31 | 哲学/思想/社会学

 ふと気づけば、ブログをまったく更新せぬまま7月も仕舞いになってしまった。いろいろと忙しいのでございます。このあいだ「金曜ロードSHOW!」で観た「バケモノの子」が面白かったので、そのことを書こうと目論んではいるのだけれども、そんな次第で下書きにすら着手できていない。それでも月間更新ゼロというのは切ないので、またしても「旧ダウンワード・パラダイス」の過去記事の中から使えそうなものをピックアップして再利用いたします。
 ひとつめの「《構造》について」は、たしか「物語」というテーマを扱った最初のもので、ここからあれこれ発展していって今の「物語論(およびその裏返しとしての純文学論)」みたいなことに至っている。そういう点ではけっこう大事な記事なので、もっと早くに再掲していてもよかったんだろうけど、そうしなかったのはたぶん内容がいささかカタくて小難しそうに思えたせいだろう。でも読み返してみたらそれほどでもなかったので、とりあえず載せてみましょう。
 次の「宮崎駿アニメについて(《構造》について・補足)。」は、この「《構造》について」に頂いたコメントに対するご返事で、表題どおりその補足となっております。
 それともう一本、記事のなかで言及している「ニーチェ……「現代思想」の源流。」という、タイトルからしていかにも小難しそうな記事を再掲します。昔の「ダウンワード・パラダイス」は、ブンガクよりむしろこの手のテツガク系(?)の記事が多かった。では、コメントと併せて、どうぞ。



《構造》について



初出 2010年08月20日


 「トポロジスト(位相幾何学者)とは、コーヒーカップとドーナツとの区別がつかない人だ。」というジョークがある。ご存知のとおりコーヒーカップには取っ手があって、そこが輪っかになっている。コーヒーを容れるカップの部分は、凹んではいても外の空間に対しては閉じているから、トポロジカルに変換していけば、輪っかの一部に吸収されてしまう(粘土みたいに可塑性の物だと仮定して、アタマの中でぐにゃ~りと変形させてみてください)。つまり、位相幾何学的に見た場合、コーヒーカップとドーナツとは同じ図形ということだ。

 これをもじってぼくは昔、「構造主義者とは、『ドラえもん』と『デスノート』との区別がつかない人だ。」というジョークを飛ばしたことがある(むろん、面白くないのでさっぱりウケなかったが)。日常生活に充足できない少年の前に、ある日とつぜん《異界》からの使者が現れ、恐るべき力を秘めた《道具》を授ける。彼はその道具を使って《世界》を意のままに操り、いったんはそれに成功するが、最後には相応の報いを受ける……(夜神月はラストにどーんと、のび太くんは週にほぼ2回か3回の割りで、という違いはありますが)。

 もう少し真面目にやるなら、たとえばこういうのはどうか。左側に「風の谷のナウシカ」(84年)、右側に「もののけ姫」(97年)の登場人物を抜き出して、以下の表をつくってみる。

 ヒロイン……ナウシカ⇔もののけ姫・サン / 協働者……アスベル⇔アシタカ / ライバル……クシャナ⇔エボシ御前 / 強大なる力を備えた自然のシンボル……王蟲⇔山狗+猪+シシ神(=ダイダラボッチ) / 先導者あるいはトリックスター……ユパ⇔ジコ坊 / 奪還されるべきもの……王蟲の仔⇔ダイダラボッチの首

 このリストは少なく見積もってもあと五十項目くらいは続けられると思うが、きっと異論も出るだろう。ぼく自身、この照応関係が百%成立すると思っているわけではない。しかし、そういった異論をも含めて、この手の思考がぼくたちを生産的な批評へと導くきっかけとなるのは確かである。何よりまず、「もののけ姫はナウシカのリメイクだ。」「いや宮崎さんはそんなことを言ってない。」といった感じの、いかにも実りのなさそうな論争(?)は解消される。複数の作品(テクスト)が似通った要素を含んでいるとき、それが同種の《構造》を持っていると判断するのは自然なことだ。そして、ここが大事なところだが、それぞれの《構造》を抽出すれば、比較検討が自由にできるようになり、いくらでも豊かな「読み」が可能となるのである。

 見落としてはならないことが二つある。まず、個々の作品を絶対無比の「聖典」として崇める見地からは、このような発想はけっして出てこないということ。たとえば、新約聖書におけるイエスの死と復活は、エジプト神話の「オシリス・イシス」神話から影響を受けている(ジョセフ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』ほか)のだが、原理主義的なキリスト教徒は、そんな考え自体を受け容れぬだろう。彼らにとって、イエスはあくまでイエスであり、他の何者とも比べられるものではない。

 同様に、作品(テクスト)が作者の意図を反映した生成物であり、100%そのコントロール下にあるのだという考え方からも、このような発想は出てこない。さっきの例を繰り返すなら、宮崎駿氏がインタヴューか何かで「うん。もののけ姫はナウシカに似てるね。」と認めたらそれはそうなのであり、それを否定したならそうじゃない、ということになる。こうなると、ファンたちはただ《教祖》の御説を細大漏らさず拝聴し、それをありがたく伏し頂くだけの立場になってしまう。これはやっぱり健全じゃないし、だいいちちっとも面白くない。

 というわけで、これら二点を裏返すと、いわゆる構造主義(的な考え方)は、「絶対無比の中心」を解体し、同時に「作品(テクスト)の自立」ひいては「作者の死」をもたらしたのだ、と言うことができる。

 少し話が先走りすぎたので元に戻そう。「ナウシカ」と「もののけ姫」であれば誰だって類似点が目につくから、本当は、ことさら《構造》なんて概念を持ち出すまでもない。さっきの登場人物の対照くらいなら、アナロジー(類比)で充分だと思う。しかしこれをさらに徹底させて、作品の持つ「世界像」を、マクロからミクロのレベルにわたって精緻に再構築していけば、たとえば「ナウシカ」と「天空の城 ラピュタ」、それどころか、「魔女の宅急便」「となりのトトロ」でさえもアナロジカルに一望できる。ナウシカが「世界の危機」(厳密にいえば、アニメ版ではとりあえず「風の谷の危機」ですが)を一身に背負って奮闘するのに対し、「宅急便」のキキは自らの「思春期におけるアイデンティティー・クライシス」と内的な葛藤を演じるのだ、というように。そのほかにも相似の点はたくさんある。

 この「比較検討」の対象は、原理的には際限なく拡張していくことができる。評者の側に十分な準備があれば、アニメという限定されたエリアを出て、文学史に名を留めるほどのファンタジー一般、さらに伝説や神話にまで伸びていくこともとうぜん可能だ。仮に大学の「表象文化論」みたいな講義のレポートで「ナウシカ」を取り上げるならば、伝説化されたジャンヌ・ダルクの生涯とか、ラストの「自己犠牲による死」と「友愛による再生」のプロセスを、さっき例に挙げたような諸民族の神話と対比させたりして、あれこれとアカデミックな意匠を凝らすことになるだろう(それでもまあ、合格点を貰うのはかなり大変そうだけど)。

 こういった手法は、きわめて初歩的ではあれ、「構造主義的思考」の一種には違いない。この考えが万人にとって受け容れやすいと思えるのは、それがわれわれが物事を理解するときの常套手段だからである。知人の話をひとくさり聞いて、「要するにそれって○○みたいなこと?」「うーん、微妙に違うけど、大体そんな感じかな。」みたいな会話は誰しも経験があるだろう。「物事を理解する」というのは、なにも突如として頭の中に悟りが降りてくるわけじゃなく、「未知の意味体系が、自らに馴染んだ意味体系へと置き換わる。」ということなのだ。《構造》とは、その「意味体系」の謂である、と、ひとまずは言ってしまっていいだろう。しかし、話はまだまだ終わらない。


 このエッセイを書き始めたのは、「ニーチェ 構造主義」というキーワードで検索を掛けてここに来る方がおられるからだ。ぼくの「ニーチェ……現代思想の源流」という記事は、「ニーチェ 現代思想」だったらグーグルでいちばん上にくるし、「ニーチェ ポストモダン」でもかなり上位にランクされているのだが、「ニーチェ 構造主義」ってのはいささか辛い。有り体にいって、ニーチェと構造主義とのあいだに直接の関係はないだろう。古いのと、口調がへんに砕けているのが難点だが、新書サイズの入門書としてはもっとも詳しく(ソシュールとレヴィ=ストロースはもちろん、数学者F・クラインの『エルランゲン・プログラム』にまできちんと言及している)、定評のある橋爪大三郎さんの『はじめての構造主義』(88年刊。入手可。講談社現代新書)にも、ついにニーチェの名前は出てこない。

 いっぽう、『はじめての構造主義』から十五年近く後に書かれた内田樹さんの『寝ながら学べる構造主義』(02年刊。文春新書)には、マルクス(及びその礎としてのヘーゲル)とフロイトに並んでニーチェが「構造主義の地ならしをした先人」としてリストアップされている。内田樹という方は、難解きわまる現代思想をぼくたちの日常と身体感覚に即した柔らかなことばに置き換えてくれる良き先生だけど、この新書の中では、構造主義のエッセンスを、以下のとおりに定義している。

 「私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に《見せられ》《感じさせられ》《考えさせられている》。そして自分の属する社会集団が無意識的に排除してしまったものは、そもそも私たちの視野に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。/私たちは自分では判断や行動の《自律的な主体》であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、という事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義という方法の功績なのです。」(寝ながら学べる構造主義 P25)

 「無意識的に排除」というのは別の用語でいえば「抑圧」だけど、戦後日本がもっとも抑圧してきたものといったらアメリカへの屈折した思いにほかならず、これがぼくたちの精神をいかに歪めてきた(そして今も歪めつつある)かをユーモアあふれる筆致で綴った好著が同氏の『街場のアメリカ論』であり、この楽しくも切実な本はこのたび文春文庫に入ったからぜひご一読をお薦めしたいが(590円+税)、それはさておき、エッセンスだけをぎゅっと絞れば、まあ構造主義ってそういうものだ。つまり、「私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している」ような、「ある時代、ある地域、ある社会集団」が形成している「条件」のシステムのことを、《構造》と呼ぶわけである。

 やや誇張していえば、それはぼくたち(の共同体)が乗りこんでいる巨大な船を徹底的に点検したり、筏に乗り移って「外部」から見たり、ことによったら転覆の方法を目論んだりするほどラディカルな態度といえるだろう。何しろ、それまではほとんど疑われることのなかったものを根底から疑うんだから……。構造主義が、20世紀の認識革命と称される所以である。

 成立に至る学問的経緯や細かい考証なんかを省いて、《構造主義》の概念をここまで大きく開いてしまえば、そりゃあとうぜんニーチェは、(マルクスやフロイトと並んで)「先人」の栄誉に浴すであろう。内田氏もいうとおり、「私たちにとって自明と思えることは、ある時代や地域に固有の《偏見》に他ならないということをニーチェほど激しく批判した人はおそらく空前絶後」(寝ながら学べる構造主義 P41)だからだ。「ある時代や地域」とはもちろん「西欧近代」のことであり、われわれ日本人は明治維新以降ほとんど命がけで、がむしゃらに「西欧近代」を模倣・応用してここまでやってきたわけだから(途中、十五年戦争という大きすぎる犠牲を払い、戦後は「西欧近代」の亜種たるアメリカにモデルをシフトチェンジしたけれど)、ニーチェの批判は相当の部分で、ぼくたちをも厳しく責め立てるわけである。

 ニーチェの呵責なき《批判》のことはまた別の機会に書くとしよう。じつは、この「《構造》について」というエッセイを書き始めた理由はもうひとつあるのだ。ニーチェ(およびフロイト)と並ぶもうひとりの「先人」マルクスのことである。ぼくの本年7月26日の記事「ニーチェ……現代思想の源流」を読むと(とりわけ「その1」のほうに顕著なのだが)、あたかも今日においてはマルクスの思想はすべて過去のものとして葬り去られて然るべき、みたいな書き方をしている。これがけっこう気になっていた。

 たしかにマルクシズム(マルクス主義)は失効したとはぼくも思う。だが、そのこととマルクス自身の言説の有効性とはまた別である(どれくらい「別」であるのかは、ちょっとここでは明言できないけれど)。ぼくたちが属している《構造》を根底から批判した点ではニーチェとフロイトも同じだが、マルクスはもっぱら経済学の用語と概念とを使ってその《構造》を全体的に描き出そうとした。そういう人はほかにはいない。それはもちろんその理論には欠陥も錯誤もあっただろうし、邪まな人々によって悪用された不幸な歴史もあったけど、それはあとの二人も同じである(とくにニーチェ)。どれほど新自由主義が世界を席捲していようとも、マルクスの著作は汲めども尽きせぬ知の源泉として、今もぼくたちの前に置かれている。



 コメント



①主題からは外れてしまいますが…。
宮崎アニメを全て見ている訳ではないのですが、この間「もののけ姫」をテレビでチラッと見て、「エボシ御前ってコナンの敵の女兵士にもああいうのがいたなぁ」と思いました。
男の子と強い女の子、楽しい仲間がいて、自然に畏敬の念を抱いていて、敵も憎めない奴らで、基本的にはあまり人や動物が死ななくて。
(でも観客の気持ちを盛り上げる為に、わざわざ殺したりもする。)
宮崎アニメはパターンが分かりやす過ぎるって思いました。
それをうまく使えば、万人ウケする物語の1つや2つや3つや4つ、作れるのではないでしょうか?
ただ、猿真似では面白くないですが。
先日も、「これって難しい様に見えて、実は泣いた赤鬼のパクりじゃん?」と思ったものがありました。
それが何だったのか忘れましたが。。
デスノートとドラえもんを同系列?と考えるのは面白いですね。
今、ローカルテレビで機動戦士ガンダム(通称ファーストガンダム)の再放送をやっていて懐かしく見ているのですが、大人になったからこそ見える部分がたくさんあり、とても面白いです。
これも実際の戦争の書を読み尽くしたって感がありますが…。
古い作品ですがとてもよく出来ていて、ガンダム世代と言われる人達がいたり、マニアがいたりするのがよく解ります。
また、「自由に主体的にものを見ている訳ではない」という発想はなかったので面白かったです。
確かに国や地域や社会情勢やらに、かなり左右されてしまうものかもしれませんね。

投稿 えみ | 2010/08/23


②楽しく読ませていただきました。殆どに納得します。

ただ、ウェブによってさまざまな情報に接することができる2010年的にいうとどうかといえば、ニーチェもマルクスも特定の意図にしたがって、既存の価値観の崩壊に世の中を導いていった。ということです。
アナロジカルに考えれば、ヒットラーもニーチェもマルクスもルターもシェイクスピアもビートルズも同じことになります。

構造主義もひとつの表層を扱っているのであって、本質は何かについて応えてくれない。だから、構造主義のムーブメントは立ち消えになってしまったのだと、私には感じられます。

投稿 スポンタ | 2010/08/30





 ぼくからのご返事


 ①えみさんへ。
 返事を書いたら長くなったので記事にしました。
 ほんとに長いんで、またお時間がおありの際にお読みください。

投稿 eminus(当ブログ管理人) | 2010/08/25





 ②スポンタさんへ。
 示唆に富むコメントをありがとうございます。色々と考えさせられました。
 「構造主義」は、つとにその限界が指摘され、これを批判的・発展的に継承しようというムーブメントとして「ポスト構造主義」が出来してきた。そんなあたりが「現代思想」界隈の共通認識かと思います。
 現代とは、今もって「ポスト構造主義」の時代である、とぼくは考えておりますが、ではその「ポスト構造主義」とは何ぞや? といった話題をこの手のブログで扱うとなると、これがけっこう難しい。ぼくもあれこれとアプローチを画策しているのですが、なかなかうまくいきません。いずれ「ニーチェとポスト構造主義」といったタイトルで愉しいエッセイが書けたらと思うのですが……。
 ともあれ、ご指摘のような「ウェブ革命」以降の社会を鮮やかに剔抉するほどの「現代思想」は、ヨーロッパからも、アメリカからも、もとよりこの日本からも、いまだ生まれていないのではないでしょうか。ぼくの知見が狭いだけかも知れませんが(中国などからそんな「思想家」が突出してきたら面白いのですが、まずそんな事態は起こりますまい)……。
 さて、表層の分析だけに力を傾けて、「本質は何かについて応えてくれない。」のは、構造主義のみならず、ポスト構造主義にしても同じでしょう。そして、そのことが現代人の心に空隙を生じせしめているのは間違いないと思います。たとえばサンデル教授や「超訳ニーチェ」がブームになるのも、この辺りに一因があるはずです。かつて構造主義は実存主義を「近代的ヒューマニズムの産物」として退けましたが、アカデミズムの枠内であればいざ知らず、大衆社会のレベルにおいて、それが一種の価値紊乱、知的荒廃をもたらさなかったとは言い切れません。
 これはもとより熟考に値するテーマです。ただ、先ほども書きましたとおり、現代がポスト構造主義の時代であるのも事実です。そしてその母胎となった構造主義が、20世紀中庸における「認識革命」であり、じつに使い勝手のいい「科学的方法」であるのもまた事実。しかるにネット上の論説などを見ておりますと、せっかくのその「認識」なり「方法」が、この日本にあっては、構造主義の台頭から半世紀近くを閲した今においても、隅々まで行き渡っているとは思えない(これもまた、ぼくの知見が狭いだけかも知れませんが。苦笑)。
 言い換えるなら、ぼくたちが二十代の頃に夢中になったあの「現代思想」ブームは、アカデミズムとその周辺だけで消費されてしまったのではないか。それはあまりにもったいないことじゃなかろうか……今回のエッセイを書いたのは、とりあえずそういう動機でした。

投稿 eminus(当ブログ管理人) | 2010/08/31



宮崎駿アニメについて(《構造》について・補足)。


初出 2010年08月24日


 「未来少年コナン」(と書かないと、近ごろは名探偵のほうと間違われてしまいます。笑)に出てくる敵役の女性兵士といえばモンスリーですね。最初はばりばりの武闘派でしたが、後半になるにつれて本来の善良な心根が表れ、コナン側の「仲間」に近くなってきます(ルックスは、「カリオストロの城」の不二子に似てます。笑)。

 ヒーローが仲間たちと力を合わせて悪者を倒し、捕らわれの姫を救い出す、というのは、宮崎アニメに限らず、冒険活劇の王道でしょう。ハリウッド製の娯楽大作(スターウォーズの第一作とか)も基本はこれだし。ただし最近は、女性の社会進出を受けて、「姫」がずいぶん強くなりました。日本のアニメだと、「ヒーロー」が女子で「姫」が男子という例も珍しくない、というか、むしろそちらが主流です。それはそれでまた、社会心理学の対象として、興味深いテーマのような気もしますが(「ゼロ年代の日本アニメにおけるジェンダー・トラブル」みたいな? 「草食系男子」にもつながってくる話ですね)。

 この原型は西欧中世の騎士道物語、さらにはギリシア神話(ペルセウスのアンドロメダ救出)あたりまで遡行できると思いますが(日本だと、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治ですね)、宮崎さんの場合、ご指摘のように、「自然」に注ぐまなざしがとても繊細です。ディズニーアニメとは全然違う。この点は、宮崎さんの個人的な資質でもあり、その根底に農村共同体の心性を色濃く宿す「日本」という風土の特質でもあるのでしょう。

 ただ、この「王道パターンの冒険活劇」は『天空の城ラピュタ』(86年)までで、そのあとはどんどん「脱構築」のほうに傾いていきます。『千と千尋の神隠し』(01年)はよく出来た和風ファンタジーだと思いますが、『ハウルの動く城』(04年)は、賛否両論分かれるところではないでしょうか。ぼくもこないだテレビで観て(5回めくらいかな?)、「なるほど、ここはこういうことだったのか」と膝を打った箇所もありますが、やはり完全には納得できないままでした。

 宮崎アニメの変遷を「衰退による混乱」と取るか、「創造的破壊」と取るかは難しいけれど、『崖の上のポニョ』(08年)のあの絵本みたいな描線を見てしまったら、『借りぐらしのアリエッティ』を若手監督(米林宏昌さん)に委ねたのも仕方ないかなあ、とぼくなんかは思ってしまいますね。

 近藤善文さんの記事でも書いたように、ジブリ作品の生命は「リアリズム」だと思います。宮崎アニメの魅力としてよく指摘される飛行シーンでも、リアルな身体を備えた人間が、重力に抗って浮き上がり、風圧を押しのけるようにして飛んでいく感触が巧みに描かれてるところが素晴らしいわけで。内田樹さんはこの点を指して、「ヒューマンスケールからの逸脱」と言っておられます。「日常的な生活身体を以てしては決して経験することのできない《速度》や《高度》や《風景》や《体感》に同調することである。」と。

 だから宮崎作品の醍醐味は、ほんと「アニメならでは」というよりなくて、たんに物語のパターンを踏襲しただけでは真似できないでしょうね(さっきも書いたとおり、近年はその「物語のパターン」自体が壊れてきてるし……笑)。一時期ぼくは、アニメという表現手段の持つ強さに圧倒されて、小説がまるで書けなくなったことがありましたけど。

 じつは今でも完全には立ち直ってなくて、それでつい、この手の批評めいた文章ばかりに走ってしまいがちなのですが、小説というのはその性質上「内面描写」に長けたメディアであって、動き(アクション)を描くのには向いてません。この点においてはアニメの訴求力にはとても及ばない。壮大かつ緻密な世界像を提示して、読者(観客)をたちまち作品の中へ巻き込んでしまうパワーも、アニメのほうがずっと上。それは「純文学」の売れ行きと、アニメの観客動員数との差にはっきり表れています(泣)。

 それにしても、「泣いた赤鬼のパクり」って、なんなんでしょうね。ちょっと面白そうですね(笑)。「友情のため、自らを犠牲(道化者・敵役)に仕立てて、友達を誰かと仲良くさせる」ってパターンでしょうか。西欧文学で言えば、「シラノ・ド・ベルジュラック」あたりが思い浮かぶところですが。

 「ガンダム」については、どういうわけか性に合わなくて、これまでほとんど観たことがありません。もはや「サーガ」と呼べるくらいに膨大になって、シロートがおいそれと入っていけるものではなくなってるような(笑)。あっ。そうそう。「ソレスタル・ビーイング」(天上人、みたいな意味かな?)という青年たちの出てくるシリーズは何本か観ました。「戦争の根絶」を目指す私設武装組織が、圧倒的な武力で以って、対立を続ける3陣営の戦争に介入するというコンセプトの話。ポスト冷戦時代の世界情勢を戯画化したような設定で、いろいろ考えさせられましたね。それこそ「正義論」の検討課題になりそうだ。

 デスノートとドラえもんは、一見すると思いがけない取り合わせなので、よく使います(ぜんぜんウケませんけどねー)。「異界からの訪問者が、平凡な日常を撹乱していく」ということで、何のことはない、要するにファンタジーの基本ですね。少年マンガ誌をめくっていけば、同工異曲のものはいくらでも見つかるでしょう。「訪問者」が可愛い魔女かなにかであれば、萌え系ラブコメ路線へと一気に傾いていきます(笑)。

 「自由に主体的にものを見ている訳ではない」というところは、今回のエッセイの主眼です。「国や地域や社会情勢やらに左右されてしまう」この《思いこみ》のことを、哲学用語でドクサ(臆見)と呼んだりもしますが、ふつうに「偏見」といっても、別にそれほど外してるわけではないでしょう。ただ、近代から現代への端境期にあって、この「ドクサ」を人類史的な規模で暴き出したのはマルクス、ニーチェ、フロイトの三人であり、そのスケールを考えると、やっぱりそれは、《構造》という特別な概念を付与することがふさわしいでしょうね。


佐藤優『功利主義者の読書術』/情報の集積体としての小説

2016-06-25 | 哲学/思想/社会学
初出 2013年06月


 佐藤優という人の根底には神学がある。それはプロテスタント神学を基盤としているが、むろん、裏打ちとしてキリスト教の全史にわたる該博な知識がある。日本の著述家としては稀有なことだ。カトリックの信仰をもつ小説家はけっこう多いし、キリスト教とふかく交わっているモノカキは、小説家以外にもきっと少なくないはずだが、しかし佐藤氏ほどに「神学」の厚みを前面に出して思索を織り成している評論家/批評家はいない。宗教業界で仕事をしている方々は別だ。あくまでも一般の読書人に向けて文章を発表している人の話である。

 ぼくが初めて氏の著作を読んだのは新潮文庫の『自壊する帝国』であったが、この本を店頭でぱらぱらとめくってすぐにレジへと持っていったのも、ロシアに興味があったからではなく(佐藤氏はいわゆるムネオ疑惑に連座して逮捕されるまでは外務省の分析官で、ソ連を担当していた。ここでの「帝国」とはソビエト連邦のことである)、この書物に充溢している「神学」の空気に強く惹かれたからだった。ぼくはニーチェが好きで昔から読んでいるけれど、読めば読むほど自分にキリスト教の素養が欠落しているのを感じて参っていた。キリスト教の凄さを知らずして、「神は死んだ。」の真価が分かろうはずもない。かと言って、神学に特化した専門書は取っ付きにくい。だから佐藤氏の本は、自分の弱点を補うのにうってつけだと思えたのだ。

 『自壊する帝国』の面白さが予想を上回っていたため、続いて『私のマルクス』『甦るロシア帝国』(ともに文春文庫)も、文庫になるなり飛びついて買った。『私のマルクス』は若き日の佐藤氏の思想形成を描く自叙伝ともいうべきもので、より突っ込んだスタイルで神学のことが語られている。氏は1960年生まれで同志社大学の出身だが、神学をまなんでいたために、構造主義やポスト構造主義のような「現代思想」から隔たった場所で思想の礎をつくった。ゆえにポストモダンとも脱構築とも縁がない。どこまでも「近代」のひとである。だからたとえば東浩紀のような人と佐藤優とを比べて(この二人は一回り近く齢が違うが)、どちらが優秀であるかと問われると答に窮するが、少なくとも今のぼくにとっては、佐藤氏のほうが桁外れに重要であるのは間違いない。

 それにしても、神学の徒がマルクスについて熱心に語るというのは奇異なことのように思われるかも知れない。じつは佐藤氏はマルクスを、唯物論者どころか「ユダヤ教とプロテスタンティズムを根源にもつユートピア思想/千年王国思想の受肉体」として読んでいる。このような読みはもちろん佐藤氏のオリジナルではなくて、概説としてはわりと目にするものだ。とはいえ今の日本の著述家の中で、その見解を自己のものとして全身で抱えこんでいる人は佐藤氏しかいないのではないか。

 『功利主義者の読書術』は、ぼくにとって四冊目の佐藤優である。あとがきによれば、「2007年から2009年まで小説新潮に連載されたものを基本に、その他の雑誌に寄稿した論考をいくつか併せて成った一冊」だという。いろいろなことが書かれているが、大きな支柱というべきものは「新自由主義(市場原理主義)批判」である。先述のとおり、佐藤氏は外交官としてソビエト帝国、じゃなかった連邦共和国の末期に立ち会い、共産主義の恐ろしさや愚かしさを厭というほど目の当たりにした。しかしその一方、マルクスを読み込み、資本主義社会に対する根本的な懐疑の念をもずっと抱き続けてきた。どちらに対しても批判的なスタンスを保っている。健全なスタンスを保っている、といっていいだろう。

 これはぼくの要約だが、共産主義社会が「平等」(の幻想)に偏するあまり異常を来たした社会だとすれば、新自由主義(市場原理主義)社会は「自由」に偏するあまり異常を来たした社会である。資本主義というシステム自体にその傾向は内包されているのだが、それでもたとえばケインズ主義のような政策によって、行き過ぎた「競争」にブレーキを掛けることはできた。
 ところがここ十数年来、市場はその歯止めさえ失って、明らかに暴走を続けている。日本のばあい、中韓などの台頭による構造的な不況のゆえに皆がヒステリックになっており、不況から脱却するための改革などと称してさらに新自由主義の方へと傾き、中間層を破壊し貧困層を増大させて、よりいっそう景気を悪化させるというダウンワード・スパイラルに陥っている。そんな危機感を一般ピープルが肌で感じ取ったからこその民主党の政権奪取であったはずなのだが、これが一夜の夢と消え去った今、事態はいよいよ厄介になった。
 アベノミクスが壮大なる茶番であるのは言うまでもない。投機熱ばかり煽っていてもしょうがない。偏在する富をうまく再分配し循環させて、生産と消費を担う中間層を復興させる以外に日本を立て直す手段はない(改めて繰り返すけれど、このパラグラフで述べたのはぼく個人の見解だ。『功利主義者の読書術』の元となる原稿が連載されていた頃、民主党はまだ政権を取ってはいない)。

 『功利主義者の読書術』は、「資本主義の本質とは何か」「大不況時代を生き抜く智慧」「日本の閉塞状況を打破するための視点」という三つの章で新自由主義(市場原理主義)批判を行っている。
 第1章に当る「資本主義の本質とは何か」では、ずばりマルクスその人の主著『資本論』の第一巻と、日本人学者・宇野弘蔵の『資本論に学ぶ』が主に取り上げられる。宇野弘蔵は、マルクスの過剰なイデオロギー部分を廃し、科学的な側面だけを理論化したとされる人だ。第5章「大不況時代を生き抜く智慧」では、再びその宇野弘蔵の『恐慌論』と、マルクスよりももっと前のドイツの経済学者フリードリッヒ・リストの『経済学の国民的体系』が主に取り上げられる(この選択ひとつ見ても、佐藤氏の良い意味での鈍重さが分かる。リストなどという古めかしい経済学者をわざわざ持ち出す人なんて、いまどき滅多にいないだろう)。
 そして最終章「日本の閉塞状況を打破するための視点」では、現代ドイツのおそらくはもっとも有能な社会批評家・ユルゲン・ハーバーマスの『公共性の構造転換』が主に紹介される。

 このハーバーマスは、じつはぼくが卒論に選んだ思想家なのだ。80年代中庸、ちょうどそのころ岩波から出た『近代の哲学的ディスクルス』という本に魅了され、そこで論じられているニーチェの像について考察したのがすなわちぼくの卒論であった。読んで下さった指導教官に(日本でも指折りのニーチェの権威)「君はほんとにニーチェが好きなの?」と問い返されたのが今も記憶に新しい。ニーチェではなく、本当はハーバーマスのほうが好きなんじゃないのかという含意であったろう。それは確かに図星であった。ニーチェは凄い思想家だけど、彼の本を読んでそのままダイレクトかつアクチュアルに現代社会に関わっていくことはできない。どうしても媒介者が要る。むろん相手がニーチェなのだから媒介者もまた超一流でなきゃならないが、それはハーバーマスをおいてほかになかった。ドゥルーズもフーコーもデリダもまたニーチェから多大な影響を受けているけれど、その頃のぼくには、彼らはしっくりこなかった。

 ハーバーマスに濃厚にあって、ドゥルーズやフーコーやデリダに希薄なものはマルクスに対する顧慮だろう。後者の三人にとってのマルクスはニーチェと並ぶ巨大な先行者のひとりでしかないが、ハーバーマスは、マルクス主義の系譜に連なるフランクフルト学派の若い俊英としてキャリアを始めた。だから彼の著作は哲学よりも社会学のほうに近いと言っていいかもしれない。ここで佐藤優が取り上げた『公共性の構造転換』はまさに、日本をも含めた現代社会の病理を抉る社会学の新しい古典というべき一冊だ(原典は1962年刊。翻訳は未来社から第2版が1994年に刊行)。

 『公共性の構造転換』は、タイトルのとおり現代社会における「公共性」について精密に分析した書物だが、この著作を語るためには新たな記事が必要だし、そもそもぼくはまだ読んでいない(高いから)。ここでは佐藤氏の文章を引用させて頂くことで、紹介に代えさせてもらおう。

…………大衆民主主義は事実上、為政者とマスコミによって操作される衆愚政治のようになっている。しかし、市民の側に、自由な討論に基づく公共圏を回復することで、国家の横暴を規制するという気構えが残っている限り、大衆民主主義は、他の政治体制と比較してよりましな制度なのである。/筆者の経験でも、ドイツ、チェコ、イギリス、ロシアの知識人は基本的にテレビを見ない。日本でもテレビのスイッチを切り、活字を読む習慣をもつ人々が増え、その人々が、喫茶店でも、居酒屋でも、井戸端会議でもよいから、自由な討論を深めることによって、日本の民主主義も少しはマシになるのだ。/ハーバーマスが、現代人が公共圏を回復すること心底信じているのかどうか、正直に言って、筆者にはわからない。しかし、公共圏を放り出してしまうと、そこに残るのは金儲けしか考えない市場と、暴力を背景に収奪することしか考えない国家(官僚)による地獄絵しか浮かび上がらないので、最後の望みとしてハーバーマスは公共圏の回復に賭けているのだと筆者は解釈している。

 そういった意味で、ほんとならネットこそが新時代の「公共圏」になるべきなんだろうけど、現実はむしろその期待に逆行しているようだ。今回は新自由主義批判という側面に焦点を絞ったが、『功利主義者の読書術』にはほかにも様々な要素があり、ぼくはもうひとつ大きなアイデアをもらった。それについては次回書きたい。



情報の集積体としての小説

初出 2013年06月



 前回は、佐藤優の『功利主義者の読書術』(新潮文庫)を取り上げ、この本の大きな支柱である「新自由主義(市場原理主義)批判」について述べた。ニッポンの評論家には稀なことながら、佐藤氏の基底にはプロテスタント神学が厳然として存するゆえに、けして軸足がブレることがない。いわゆる脱構築派というか、ポストモダンの若手論客(いちいち名前は挙げない)のように、状況の推移を見てとって、新自由主義だのリバタリアニズムだのに軽々しく与することがないのである。そこのところが好もしく、信頼がおけるとぼくは見ている。

 『功利主義者の読書術』には、沖縄のこととかロシアのこととか、ほかにも色々なことが書かれているが、より本質的なところでぼくが「これは参考にすべきだ」と感じ入ったのは、「情報の集積として小説を読む」ということであった。『坂の上の雲』のような歴史小説や、城山三郎(……はたとえとしてもちょっと古いか。今だったら誰だろう? 池井戸潤あたりか?)のような経済小説を情報源として読むのは自然なことだが、世にいう「純文学」もまた、「情報の集積」として読み解けるし、読み解くべきだ、とぼくは『功利主義者の読書術』を読んで痛感したわけだ。

 ぼくのばあい、自分が純文学にこだわっていることもあり、小説というものをどうしても純化して考えてしまう。そして、純化をぎりぎりと極限に近いところまで絞り上げていけば、はっきり言ってあとにはもう、言語そのものしか残らない。ストーリーやらキャラ造型なんてのは、結局のところ構造化すれば限られたパターンに収斂してしまうのである。これは二十歳の時に観てショックを受けたJ・L・ゴダールや、作家でいえばモーリス・ブランショあたりの影響だと思うが、とにかくわりあい若い頃から自分にはそういう傾向があった。これが高じればどうなるかというと、小説はどんどん散文詩に近づくわけである。

 その結果として、「小説とは、言語を使って何ができるかの実験場なり。」という定義を以前ブログに書いたりもしたわけだが、そんな信条で30年近くやってきたあげく未だ新人賞ひとつ取れないところを見ると、この方針はあまり人にはお勧めできない気がする。やはり小説は散文詩とは別物であって、扱う素材も重要なのだ。素材というのはいわば言語と社会とが出会う時に発するノイズ(夾雑物)なのであり、やすやすとは構造化されないノイズこそが小説の生命線(のひとつ)なのかも知れない。最近になってようやくそのような認識に至った。まあ一周か、下手すると二、三周くらいして当たり前の地点に帰ってきた感もあるが。

 『功利主義者の読書術』で扱われる本は、お堅い資料ももちろんあるが、文芸評論や軽いエッセイ、告白本やマンガなども含まれている。フィクションも多くて、はっきりと小説に分類されるものだけでも、綿矢りさ『夢を与える』(資本主義の本質とは何か)、チャペック『山椒魚戦争』(論戦に勝つテクニック)、五味川純平『孤独の賭け』/高橋和巳『我が心は石にあらず』(実践的恋愛術を伝授してくれる本)、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』/大城立裕『カクテル・パーティー』(「交渉の達人」になるための参考書)、小林多喜二『蟹工船』(大不況時代を生き抜く智慧)、高橋和巳『邪宗門』(「世直しの罠」に嵌らないために)、チャンドラー『長いお別れ』(清水俊二訳)『ロング・グッドバイ』(村上春樹訳)(人間の本性を見抜くテクニック)、池上永一『テンペスト』(「沖縄問題」の本質を知るための参考書)、ソルジェニーツィン『イワン・デニソーヴィッチの一日』(再び超大国化を目論むロシアの行方)……といった具合だ。よく言えば多彩、悪く言えば取りとめがなく、プロの文芸批評家だったらなかなかこういう選択はできない。そこがまた貴重なのでもある。

 論戦に勝つとか交渉の達人になるとか、はては実践的恋愛術の指南とか、これはほんとに著者本人が付けたのだろうか、編集者の差し金じゃないのかと勘ぐりたくもなるが、こういったハウツー本っぽいサブタイトルはあまり本編と関係がない。良かれ悪しかれ、どの章にも明日使える知識ではなく、より深いレベルで思索を促す論考が詰まっていることをこの本の名誉のために書き添えておく。それはともかく、これらの小説に付された佐藤氏の解説を読んで、小説というのはフィクションでありながら、いや、むしろフィクションであるからこそ、読み手の力量如何によってずいぶんと「役に立つ」ものだとつくづく思った。

 べたべたのリアリズムで書かれたものにかぎらず、仮に幻想小説、実験小説の類いであっても、小説というものは書かれた時代の空気を濃密に写す。社会、政治、風景、世相、風俗、職場、家庭、そこに暮らす人々の交わり、さまざまな心情や会話、また毎日の雑多な思い、感情のもつれ……。同時代の小説ばかり目にしているとつい忘れてしまいがちだが、古い作品や遠く離れた異国の作品などを読むとき、あらためて、新鮮な感じでそのことに気づく。小説ってのはやっぱり凄いメディアだぞと思う。また、たとえ文学史的には価値が低いとして忘却された作品であっても、一つの時代の資料として、証言として、何度でも召喚されるべきだとも思う。

 ぼくが『功利主義者の読書術』から学んだ二つ目のこととは以上のとおりだが、講談社文芸文庫の『戦後短編小説再発見』シリーズ全18巻に収められた短編群を、いずれそのような視点から読み解いてみたいと考えている。