日記帳
納戸を整理していたら面白いものを見つけた。札幌の大学に通っていたころの日記帳である。今ではパソコンに文章らしきものを打ち込んでいるが、学生時代は本も読まず、新聞にも目を通さない活字嫌いの男であった。だが、日記だけはつけていたらしい。はがきより少し大きめのサイズ、表紙のうす緑の色もあせて、背表紙のー国華・自由日記ーと記された金文字もはげかけている。
懐かしさのあまり、座り込み、ページをめくり始めたのだが、すぐにやめてしまう。これが大学にいたころの自分なのか、小学生の日記ではないか(今でもそうだが)我が身のルーツをさらけ出すようで、女房には絶対に見せられないよな、と思いつつ、巻末まで読み飛ばしてきたのだが、最後のページで目が止まった。なにやら数字がぎっしりと書きこまれている。どうやら出納簿らしい。
ーおでん、日本酒で250円
―市電、15円
ーラーメン、70円
ー横浜―札幌の乗車券、1290円(青函連絡船も含む)
―おおぞら・はつかり(札幌―上野)特急券、1100円
―映画、350円、
―風呂代19円、カミソリ10円、
―学食のD定食、70円、カレー、45円
ナメクジが這ったような鉛筆書きのメモであるが、まず、その値段の安さに驚かされる。そして、予想もしなかったのだが、この金を払った、その場面が脳ミソの底からゆらゆらと浮かび上がってきた。
ーおでんと日本酒ーおそらく、市電通りの食堂、湯気でくもったメガネ、ザッ、ザー、ザッザーと断続的にガラスの引き戸に吹き付ける雪の音が耳元に聞こえてきた。ラーメンは行きつけの北大裏門の『いろり』ニンニクがきつかったがうまかったなあー、
D定食は休講でまだ混み合わないクラーク会館でフライ定食だろうか。
夏休み、上野までの細長い特急券を購入すると、気持ちはすぐに東京に飛び、からだが軽くなるような開放感を味あわせてくれた。
映画は、確か、山猫、CC,アランドロン、バートランカスター、
そうそう、風呂屋からの帰り道、、カチン、カチンに凍り付いたタオルに驚きながら、電柱からの薄暗いライトを頼りに、轍に足をとられまいと、しばれて感覚がないゴム長を慎重に運んでいた。思いもよらなかったことだが、出納簿に記されていた金額が、日記に目を通すだけでは思い出せなかった、あの日の光景や、そして、その時々の自分の心のうちまでも、とてもリアルに再現させてくれた。
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