古本屋
A 蒼き狼という本を書いて、直木賞とか、芥川賞とかとった人、名前が出てこないんです・・・と目の前で古本を探している人のよさそうなおじさんに語りかけた。(後で思い出すと、蒼ざめた馬、と脳みその奥で囁いていたらしいのだが、馬と狼がどこかでずれたしまったらしい)
B 井上靖?じゃないの・・
A そうじゃーなくって、あのー、髪が長くてー、髪はぜったいに洗わないという、歳はこちらよりもう少し歳とってて、有名な作家がいたでしょう、青い何とか・・
B 青春の門でしょう・・
A そう、それそれ(蒼ざめた馬から離れたが、運よく青色でつながった)
B 青春の門、いい本だったねー、私も顔がここに浮かんできているんだが、作者の名前が出てこないねー、一緒に探してみましょうかー
と見ず知らずの老人と一緒に棚から飛び出す作者の名前札を目で追い始めた。しばらくして、五木寛之の名札が目をかすめるや、
A わかった! 五木寛之だ、と喉にひっかかっていたものがやっと飲み込めたような気分で、、裏側の棚で目を這わしている、かくれんぼ遊びの友達に向かって声を弾ませた。
B よかったですねー昔、私も何冊も読みましたよ、五木寛之ねー
とぼけ老人をそっとサポートしてくれる。そこでかくれんぼ遊びが終わるかと思っていたのだが、
B 私はねー、こんなノートを作っているのですよ、と、はがきサイズのノートを開くと、ぎっしりと、本の名前と作者がかきこまれてある。購入済みは、鉛筆で横線がひかれてある。
―これで7冊目のメモ帳ですとー見てもらいたくて仕方がない素振りで応えてきた。これは、ただものではない、本物の本好きな人だ。
古本屋では自分の欲しい本があるかなー、今日はあるかもしれない、と宝探しのような、一寸、ワクワクした心境で、狙いをつけた棚に向かうときが一つの楽しい時間だ。気合を入れて来店した折には空振りが多く、たまたま通りがけに覗いたときに、大物を釣り上げる。
帰り際に、親切なおじさんに挨拶をした。
A 今日はどうもありがとうございました
B 五木寛之、買いましたか、ほー、文庫本を二冊、良かったですねー
と、こちらの購入した本のタイトルを確認してから、お気に入りのメモ帳を手に棚に戻っていった。
店を出て歩き出して、はたと、気が付いた。青春の門は確かに青色だが、音読みで青を連想できたのだろうか、彼は五木寛之を途中で気が付いていたのに、わざわざ、宝探しの時間を造ってくれたのだ。たぶん、そうだろう。楽しい時間をくれた本好きのおじさんに感謝。