スノーマン
クリスマスが近づくと、外国の人たちは海外の仕事場から一斉に本国に帰り始めるが、日本政府の進める海外援助プログラムではどういうわけか、このキリスト教的、というのか、国際的な生活習慣の枠組みから外れ、クリスマスシーズンに入っても海外に出張命令が発令されることがままある。
今年もこの例にもれず、師走の北風が吹く中、成田から中継ぎ空港であるオランダ・スキポールに飛び立った。なぜ、ヨーロッパに向かっていたのか、交渉相手のヨーロッパの人たちはバカンスで、役所にはいないはずなのに。ここで思いだしてきた。一応、ヨーロッパなのだが、東方正教会に属するグルジアに向かっていたのだ。政府間で取り決めたスケジュールの変更は難しい、おまけに代役がいない一人旅。
出発の前日まで病院の先生とやりあっていた。三十八度の高熱が続き、咳か止まらない、それも妙な音のする咳、レントゲンで影が見えたら絶対に出張をしてはいけませんと、きつく言い放たれて、X線写真を撮り終えての診察室。
ー幸いなことに影が見えません、一週間の短期出張なので許可しますと、告げられ、強烈な解熱剤を服薬してスキポール空港に降り立つと、嘘のように体が軽い。緊張感で熱が逃げだしたのかと、いくらか拍子抜けの気分でクリスマス・キャロルの鳴り響くフロアーを歩きはじめた。
一週間の旅程ゆえ、クリスマスまでに帰国できる、久しぶりに、クリスマス・プレゼントを持ち帰れると、昨晩までの肺炎騒ぎは頭から完全に消え失せ、少しばかり浮かれた心地で免税店のウインドウショッピングを開始した。いつもの定番のチョコレートも飽きたころで、何か目新しい、クリスマスらしいものはないだろうかと思いつつ、これから大切な会議があることも忘れて歩き回っていると、クリスマスの小物ばかりが並んだ小さな店を発見した。
陳列棚の最前列には、童話の世界に引き込まれてしまいそうなスノーマンが飾ってあった。思わず手にとって値段を確かめる。とても安い、二十ユーロ。この人形たちの醸し出す不思議な雰囲気に魅せられてしまったが、幅広のアタッシュケースに着替えのワイシャツと下着のみの日帰り出張に近い軽装備ゆえ、彼らを仕舞うスペースがない。グルジア国内で移動中に手で持ち歩くのは難しそう。楽しそうな顔を見ながら、彼等にそっと話しかけてみた、
ー待っていてくれるかなーすぐに帰ってくるからさー
一週間後、スキポールに戻ってくると、小物売り場に直行する。
ーおい来たか、待ってたよーと嬉しそうにこちらを見上げてくれたスノーマンは、毎年、我が家のクリスマスの花形だ。風にゆれるマフラーはブリキ製、頭の上の黄色のお星さまは針金細工、手前のロウソク入れも、なんとなくアットホームで気に入っている。