散歩の出会い
散歩では、色々な人との出会いがある。麻生区の王禅寺公園をあとにして、虹ヶ丘の住宅街に入ってゆくと、前方から若いお父さんに手を引かれた男の子が近づいてくる。一歳をすこし過ぎたころだろうか、元横綱、朝青龍の幼年時代は、こんな顔をしていたかもしれない、と想像したくなるほど、どこか、気の強そうな顔つきだが、まだ、足元が頼りない、ヨチヨチと、父さんの手をつかみながら一生懸命歩いてくる。近づいてくる親子に、いつものように、朝の声掛けをした。お早うございます、と、お父さんに、続けて、坊やに向かって、おはよ~ と目を見ながら腰をかがめて笑いかけた。お父さんが、すかさず、おはよう、でしょう、と幼児に言い聞かせるようなそぶりをするが、坊やはこちらになんの関心を示さない。仕方なく、バイバイ、と、坊やに向けて手を振りつつ、歩きかけると、お父さんは子供の手を掴み振らせようとする、だが、坊やは依然として手を振る気配を示さない。こちらも諦めて、バイバイ、と坊やにもう一度、小さく声をかけると、その場を離れかけたのだが、どうしたことか、おなじように歩きだそうとした父さんに逆らって、坊やはその場に足をふんばるや、こちらの顔を見上げるようにして、小さく手をふり始めた。それに気が付いた父さんは驚いて足を止めると、嬉しそうに、バイバ~イと声を添えはじめる。こちらもすかさず、小さく振り返す。それから、父さんのバイバイの声がどこまでも追いかけてきた、子供も一緒に手を振り続けている。なんだか、感激して、こちらも高く手を上げたまま歩き続けた。
かなり進んでから振り返る、まだ、坊やは手を振っている。子供の姿が小さくなってきた。お父さんの、バイバイとの補助音声は確かに聞こえてくる。もう、見づらくなってきた坊やに向けて、手に持っていた雨傘を高くあげ、大きく振り返す。気が付いたのだろう、坊やの手がまた一段と強く揺れ始めた。上りつめた坂道を下りはじめた、坊やはもう見えない、お父さんの頭と、バイバイの声だけがかすかに聞こえてくる。坊やはまだ手を振り続けているのだろうか。坂の向こうに消えてゆくお父さんに向かって、大きく傘を振りつつ、何度も、お辞儀をしながら離れていった。今、思い返すと、もしかしたら、あの坊やは見知らぬ人に手を振るのが初めての経験だったのかもしれない、嬉しくなった父さんも思わず、一緒に手を振り続けたのではないだろうか、あんな長いカーテンコールは生まれて初めてだ。幼児との思わぬ出会い、そして、互いに気持ちが通じあったとき、それが散歩の最大の楽しみである。