栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (32) ”振り込め詐欺” (Okubo_kiyokuni)

2015年06月25日 | 大久保(清)

振り込み詐欺

 

今日もヘリコプターが上空から大声を出して飛び続けている。

―ただいま、この地区に振り込み詐欺の電話がかかっております。かかってきましたら直ちに警察にご連絡下さいー

 この放送を聴いて何時も思うことがある。これで詐欺が未遂に終わるのだろうか。かなりの抑止力があるから、何度も実行するのであろう。救われる損害額はヘリの飛行料金に比べれば安いものなのであろう。この話を日本人以外に喋ると、みな笑い出してしまう。何かがおかしい国であるが、特段、余り気に留めている気配はない。この過剰な親切心が個人の自立を妨げているのだが、一時が万事の出来事だ。

 今日も面白い場面に遭遇した。内科クリニックの待合室の出来事だ。診察開始前の時間、八十半ばを過ぎたかと思える老婆に付き添って少し小太りの娘らしい二人連れが隣のベンチにすわり喋り出した。年寄りの声は耳の遠いぶんだけ大きくなる。

 ―もう00銀行の定期が千三百万、それに箪笥貯金が三百万、郵便貯金とあわせると、ニ千六百五十万円になってしまったが、なんも使うところがないの、遺族年金も入ってくるけど、これも余ってしまうのよー、と娘に向かって言っているのか、誰に言っているのか、延々とお金の話を喋りつづけられれば、周りの外来患者さんも、週刊誌を読む目もとまり、みな聞き耳を立て始めた。娘さんが、―他人に聞かれたら危ないよ、と話を止めようとするが、喋り続けている。これも一種のボケであろうが、危険なボケである。

 まわりには詐欺グループはいないと信じたいが、他人の前で貯金額の話をする心境が殆ど理解不能である。だが、冷静に考えてみると、平均寿命の長い一人暮らしになった老婆たちは、このような金余り状態になっている人が結構多いのではないだろうか。銀行のデータでも、国民の貯蓄額のかなりの部分をこのグループが占めているらしい。

 待合室の奥にあるテレビでは、モーニングショーの解説者が、振り込み詐欺に支払う時は、銀行小切手の利用を勧めている。振り込み詐欺と発覚すれば、犯人が現金に換金する時に捕獲できるチャンスが増えるらしい。

 これを観てまた考えた、日本人は親切だ、駅の乗車案内と同じように、手取り足とりで指導してくれる。事が起きると、防止策などの対応に積極的に動き出すが、個人の問題に公共が介入するサービスの限界を超えている気がする。外国で生活した人から見ると、超過保護で、親離れしない子供を抱え、子供に近い老人を抱えて、とても滑稽な国と映るだろう。まだしばらくは、詐欺の天国であろう。

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きよちゃんのエッセイ (31) ”ケイタイ” (Okubo_kiyokuni)

2015年06月17日 | 大久保(清)

ケイタイ

  ケイタイの最初の台詞は、―今どこにいるの?―この言葉は相手と落ち合う際には有効だが、これでは夢もロマンも生まれない。昔のようなすれ違いの名場面を演出することは不可能だったろう。

 古い映画の話で恐縮だが=君の名は=の見せ場は、数寄屋橋の上と下で二人がすれ違うシーンである。ここで、ケイタイがあったら暗闇の中で観客がドキドキ、ハラハラする心が締め付けられる臨場感はご破算になる。すれ違いが恋愛映画の王様であった時代を懐かしく思うのは老人だけかもしれないが。若かりし時代、公衆電話からデートの誘いをして、電話でお互いに勘違いすればすれ違いも起きた。

 昔は、よく駅で待ち合わせをしていた。改札口の傍に必ず伝言板が架かっていた。黒板は罫線で仕切られ、時刻、名前、言伝の内容を記載するようになっていた。先に行く人は遅れた人に伝言を残す。遅れてきたものは必ず伝言板を見る。黒板に残っていた友達の怒った文字は、今も、記憶の隅に残っている。駅で待っている時間、他人の伝言を面白く読ませてもらった。人生のドラマの一遍がそこに潜んでいたかもしれない。この懐かしく、ロマンがあった手書きの連絡板が姿を消してから久しい。最近、公衆電話もあまり見当たらない。

 この半世紀足らずの間に、目まぐるしい情報社会の変化が起こった。人と人とが交わる手段は、手紙、伝言板、電信、電話と進歩してきた。そこでは、夫々が出会う以外の時間は、夫々から離れた、夫々が支配できない時間であった。それが、ケイタイの出現により見事に覆された。伝言板はケイタイの中に組み込まれ、ケイタイは相手の時間に介入し、所有する。

 会社同士の連絡も、秘書を通さずに社長に面談することもできる。個人の力がケイタイを通して遺憾なく発揮できる世界に変身した感じもする。考えようによっては、非常に効率的、機能的であるが、人間生活の中に必要であった想像する時間、反省する時間、自由の時間、昔の生活の営みに存在していたー間の時間―が消えてしまった。一日二十四時間、場所に左右されず、ケイタイは時間を所有できる。相手の時間に介入することは、裏返せば、自分の時間も他人に占領される。

 教育面で言えば、待つ時間が人間の忍耐力、想像力を培ってきたといわれるが、ケイタイにはこの間が存在しない。昼と夜の時間の感覚も喪失させている。生まれながらに持ってきた生活リズムを大切にした、すれ違いもおきる人間的な素朴な感性の時代が懐かしい。急がずに、もう少しのんびりと生活できたらと思うのは、時代に取り残された年寄のたわごとかもしれないが。

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<飲み会のお知らせ>  (2015/7/24・金)

2015年06月12日 | ◆お知らせ・行事案内

飲み会のお知らせ

記要領にて<飲み会>を開催いたします。

参加される方は、奥山宛にメールにてご連絡ください。

             記         

1.日時 : 2015年7月24日(金)  

       18:00  ~ 20:00

2.場所 :「 なか一 」 (☎ 045-311-2245)

   横浜駅みなみ西口 相鉄改札口から徒歩1分(横浜高島屋裏)

    2014年7月に飲み会を開催した場所 

3. 費用 :4,000円 ~ 5,000円

4.申込期限:2015年7月18日(土))迄

5. 幹事 太田・奥山

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栄光学園同窓会11期委員の変更について (Okuyama_Iwao)     

2015年06月11日 | ◆お知らせ・行事案内

栄光学園同窓会11期委員の変更につい

  

栄光学園同窓会11期・期委員及び栄光イレブン会幹事について2015年6月15日より一部変更し下記の通りとなりますのでお知らせいたします。

            

1.概要

(1)栄光イレブン会幹事を廃止し、栄光学園同窓会11期・期委員に一本化する。

(2)栄光イレブン会幹事、関口は退任する。

(3)栄光学園同窓のオーナー奧山、サブオーナー太田は継続する。

(4)栄光イレブン会ブログの管理は、奧山が継続する。

 2.栄光学園同窓会(11期)常任委員・期委員及び・栄光イレブン会幹事<氏名>

【 2015年6月14日まで 】

(1)栄光学園同窓会

  ①常任委員:後藤・花川

  ②期委員 :小野(和)・花島・太田

(2)栄光イレブン会

  ①幹事  :関口・奧山

         

【 2015年6月15日から】

栄光学園同窓会期委員のみとし、栄光イレブン会幹事を廃止する。

(1)常任委員:後藤・花川

(2)期委員 :花島・太田・奧山(新任) 

 ===============================================

3.常任委員及び期委員の役割   (栄光学園同窓会会則より抜粋)

(1)常任委員の役割:常任委員は、常任委員会に出席し会務を審議する。

第14条 (常任委員の選任等)

1 常任委員は、第28条に規定された各期委員あるいは支部委員の中から総会において第27条に基づいて選出する。 

2 常任委員の任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終年度の終結のときまでとし、再任を妨げない。なお、常任委員と会長、副会長、事務局長との兼任は妨げない。

第19条

3 常任委員は会務を審議する。

第34条 (常任委員会の構成)

 常任委員会は、会長、副会長、並びに第14条に規定し常任委員で組織される。

第35条 (常任委員会の審議事項)

常任委員会においては、次の事項を審議する。

1 本会の運営に関する事項

2 総会の運営に関する事項

3 総会に付する議案移管する事項

4 総会において、特に常任委員会に委任した事項

(2)期委員の役割:総会に出席する。

第20条 (総会)

  第28条に規定された委員である各期委員及び支部委員によって組織をもって本会の総会とする。

第28条 (委員)

1 委員とは、各期委員と第49条で規定した支部委員とがある。

2 各期委員とは、期ごとに選出された各期2名以上6名以内の委員をいう。

第29条 (委員の任期)

  1 委員の任期は2年とし、選任された年の4月1日をもってその始期とする。

  2 委員の再任はこれを妨げない。

 

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ソウルの5月 (Ota_Motoo)

2015年06月08日 | 太田

ソウルの5月

家内と、2015年の5月11日~14日、ソウルに出掛けた。

私は、2004年の8月以来なので、11年ぶりのソウルである。

今回の旅行で感じたことは、

1.ソウル市内が綺麗になったこと。歩道に花壇が出来ているところが目立ち、植えてある花も、良く手入れされていた。

2.車が綺麗になった。10年前は汚い車が目立ったが、今回は綺麗な車が殆どであった。

3.10年前は殆ど無かった地下鉄へのエスカレーターが、今回はかなり設置されていた。

4.街路樹が大きくなった。町中を綺麗にする努力が実を結んでいると感じた。

5.当時は案内表示が韓国語と英語が殆どだったが、日本語と中国語の表示が増えた。

6.中国人観光客が非常に増えた。

7.コーヒーショップが非常に増えた。

8.物価が上がった。

9.ビールが美味くなった。特にクラウドというブランドが美味かった。

私にとってソウルは10年以上前ではあるが2年半駐在し、多少なりとも土地勘のある場所であり、そう広い都市でもないので、今回は出来るだけ歩いて町中を歩いて見て回るようにした。このため、今まで気が付かなかったことが目に付くケースがあり楽しかった。

今回の旅行は5月中旬であり、ソウル市内は百花繚乱という感じで花が咲き揃っていたので、それらの花を中心に「ソウルの5月」を紹介する。

 5月11日(月)

 往きのフライトは、羽田発8:55のNH861便で、金浦着11:20である。

 フライトは概ねスムーズで、離陸してすぐ、

富士山、

 南アルプスが綺麗に見えた。

  空港からホテルに直行する。ホテルはソウル市庁前広場に面している。ホテルにチェックイン後、歩いて10数年前に整備された清蹊川に出かける。市庁舎前の広場は大きな芝生の広場になっており、

 

噴水があり、

 芝生の端には花壇が設えてあり、折から綺麗な花が満開である。

 花には名札が立てられている。これはエニシダで、ハングルでエニシダと書かれている。

この他にも珍しい花が植えられている。

 

 市庁舎のすぐ脇の世宗路は、 ソウル市内で最も広い大通で、この通りを景福宮に向って北に進むと、途中に清蹊広場がある。

ここの花壇も綺麗である。

    

清蹊広場から東に6kmほど清蹊川が流れており、ここが親水公園に設えられていて、市民の憩いの場になっている。都内の神田川の上に首都高が作られたように、10数年前までは清蹊川の上に高速道路が作られており、都内の神田川の様な状態だったところである。この流れに沿った遊歩道を東大門までの約3kmほどをゆっくり歩いた。

10年前に来た時と比べ、景色が落ち着いた感じで、植えられた木々が大分大きくなっていた。流れには小魚が群れており、すっかり町中の自然として定着した感じである。

 流れの両側には、アカシヤ、なんじゃもんじゃの白い花が綺麗に咲いている。

 

 遊歩道はこんな雰囲気で、なかなか良い感じである。

   

 遊歩道の壁には、このような案内板が随所にあり、自分の現在位置が確認できるようになっている。

 

 東大門のところで上に上がり、喫茶店で一休みした後、東大門を表と裏の両側から見て、

  

地下鉄でホテルに戻る。

この晩は、コレアハウスで伝統芸能を楽しみ、終った後、出演者と一緒に記念撮影をする。

  

5月13日(水)

 ソウル3日目は、国立中央博物館に出掛ける。かつて、悪評高かった朝鮮総督府の建物を使っていたこの博物館が、2005年にこの地にリニューアルオープンしたもので、日本人駐在員の多くが住む二村の隣にある。

地下鉄4号線の二村駅から地下道でこの博物館の入口まで行くことができる。

この博物館の建物は超近代的なもので、大変立派である。

この立地は、93000坪の家族公園内であり、博物館の周囲も実に良い雰囲気である。

 エントランスへのアプローチも洒落ている。

  

 中に入ったホールも吹き抜けになっていて、良い感じである。

 

3階まで吹き抜けになっている中央通路の奥には、1348年に作られた国宝の敬天寺十層石塔が立っている。

  

肝心の博物館の中身であるが、建物は3階建てで、先史時代から李氏朝鮮時代に至るまでの遺物が、時代順を追って展示されている。これを順番に見ていくと、日本文化の特に奈良時代の仏教文化は、韓国文化の影響を非常に強く受けているという印象を受ける。陶磁器の展示物も多く、なかなか中身の濃いものである。

館内には、喫茶室や

 レストランがあり、ゆっくりと寛ぐことが出来るようになっている。

 我々も、ここで昼食を摂ったが、広々とした庭園を眺めながらの食事は、なかなかなものである。食事の内容も悪くなく、広い館内を見て歩き程良く疲れた時に、ゆったりした一時を過ごすことが出来る。

またこれだけの博物館の入場料が只というのも驚いた。そのせいか、小学生から大学生まで、学生の見学者が多かったが、館内が広いため、混み合った感じはしなかった。

3時半頃、博物館見学を切り上げ、再建成った南大門に寄る。

 火災の後、良くこれだけ短期間に再建したものである。

 

 南大門市場を覗きながらホテルに戻る。

 本日の夕食は、大統領官邸の裏にあるマンデュー屋に行き、夕陽を眺めながら、これまたゆったりした一時を過ごす。

 

 この後、大統領官邸の裏山のドライブウエーを走り、ソウルの夜景を眺められる展望台に行く。ここからの夜景は久しぶりで懐かしかった。

ドライブウエーを再び走り、瓦台の東側の北村地区に抜け、ホテルに戻る。

 

 贅沢な雰囲気の1日であった。

5月14日(木)

本日は、ソウル最終日で、夜8時過ぎのフライトで帰国予定である。

最終日は、北村地区を歩いてみることにする。このエリアは韓国の伝統建築が多い住宅街の町並を見られるはずで、駐在したときには行ったことが無かった所である。

そこで、北村地区の観光案内所で旅行者用の地図を貰い、これを頼りにこの地区を歩いた。まず、この地区を南北に走る北村路の東側を歩き、次に西側を見て歩いた。

 

 建物を一つ一つ紹介することは止めて、この地区の雰囲気を紹介するに留める。

 細い路地

まず東に向い、坂を越えると、正面に昌徳宮が見える。

 

 昌徳宮にぶつかると、塀に沿って北に向う。

 

このような文化院の建物も、風格がある。

 一軒一軒、個性があって、良い雰囲気である。

この辺りで北東の行き詰まりになるため、西に向って坂を上る。

 

 この坂を越えると、

 

坂の下に中高一貫教育の学校がある。

 

入口の銀杏が美事である。

 

この先の坂を上り、途中から左に折れて、伝統工芸体験館の辺りを通る。

 

この辺りの路地も良い雰囲気である。

 

雨樋のデザインも面白い。

 

更に下ると、北村路に出る。これで、北村地区の東半分が終り、ここから西半分に入る。

 再び、細い坂をのぼる。

 

 この辺りも、東半分と似た雰囲気の住宅街である。

 

ふと見ると、北村展望台と書かれた看板がある。ちょうど丘の上でもあり、どれどれと、寄ってみる。

 

行って見ると、そこはマンションの3階で、そこのベランダで、辺りを見渡せるようになっており、三千W払って入ると、なかなか良い景色である。ジャスミンティーを頂きながら、良い気分で一休みできた。四方の景色を紹介する。

まず、これは西側で、大統領官邸である瓦台の青い屋根が見える。中央右手の山は、北岳山である。

これは北側。この大きな山は北漢山でこの辺りは国立公園になっている。

 

 これは南西側で、緑は景福宮である。

 

 これは真南で、すぐ手前の民家の屋根が綺麗に並んでいて、

 

良く見ると、キムチの壺が並んでいるのが見える。

 

これも南側で、南山タワーが南山の頂上に尖って見える。

 

これは、南東部で、東大門の方である。

 ここから三清路の方向に下りて行くと、これで、北村の散策は終りである。時刻は11時15分である。昼飯には少し早いので、景福宮に立ち寄ることにする。

 

 三清路の通りの反対側に、国務総理公館がある。

 

 公館の裏山にはアカシヤの花が満開である。ここから三清路を南に下ると

 

瓦台路との三叉路に出る。

 この三叉路の先は、景福宮である。この三叉路は景福宮の構内の北東の位置にある国立民俗博物館のすぐ脇である。ここから景福宮に入り、散策することにする。

 

 民俗博物館の前庭には、いろいろな花が咲き、良い雰囲気である。

 

 済州島のトラハルバンも鎮座ましましている。

 

 その先には、伝統的な韓国建築であり、寄贈されてここに移築された梧村宅がある。

 

 民俗博物館は、今回はスキップし、景福宮へ進む。

 

 景福宮に民俗博物館側から入り、右手すなわち北側に進むと、池の中に香遠亭があるのが見える。

  

 そのすぐ北側に、最近再建された乾清宮がある。南側から入ると、中庭に芍薬が美事に咲いている。

 舎光門をくぐると、薔薇が咲いている。

 

 乾清宮の南西端にある長安堂の脇にある出口から乾清宮を出る。

 

 集玉齋の前を通り、

 

 芝生の広場を光化門の方へ向うと、途中、カチと呼ばれるカケスの一種が芝生の上で憩うのが見られる。

 

 その先では水浴びをしているのが見られる。

 

 この先の池の中に、慶会楼と呼ばれる迎賓館が建っている。これは木造建築で、国宝に指定されている。

 

 この池の南側に、景福宮の正殿である勤政殿がある。

 

 ここの前にある興禮門をくぐると、目の前に光化門があり、景福宮の散策がここで終りである。

  

 伝統家屋の住宅街の散策は、今まで行ったことが無い処だっただけに、知らなかった韓国の1面を見ることが出来、楽しかった。

  以上が、ソウルの5月である。

 

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写真の投稿を募集いたします。

2015年06月05日 | ◆お知らせ・行事案内

栄光学園11期の皆様

まだ6月初めだというのに連日の猛暑
皆様いかがお過ごしでしょうか?
栄光イレブン会ブログでは
今までの文章だけではなく

<新たに写真の投稿を募集することにいたしました。

<季節感溢れる写真><思い出の写真>など
何でも結構です。
多数の投稿をお待ちしております。

=================
送り先:奥山 
 (メールに添付してお送り下さい。)
題名 :写真の説明
日付 :任意
掲載する際の名前:仮名、ハンドルネーム
==================
◆お送りいただきました写真は全て掲載いたしますが
 掲載の時期・方法はブログ管理者の自由とさせていただきます。
 

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近況報告 (Sekiguchi_Susumu)

2015年06月01日 | 鈴木(武)・関口・高野

栄光11会の幹事<関口君>から次のメールが届きました。関口君の了解を得て掲載させていただきます

奥山さん

 女房の体調が悪かったので一時帰宅してあなたのメールを見ました。

 覚えていてくれた人がいるのですね。 ありがたいことです。感謝です。

 近況を連絡します。

 九州博多で単身赴任で頑張っています。 売上げはあげたのですが、赤字続きで、

本社から苦情続々。

しかし、自衛隊OBの方々が約25名ぐらい新しく集まってくれて

 一緒に仕事をしていただいており、やはり昔の仲間はいいなあと 思っています。

 あと2年ぐらい頑張らなければ九州に土台は作れないと感じています。

 もともと社長からの要請で九州に行ったのですから

 少なくとも私がいなくなっても若い人でやっていけるように

 しっかりしたものを作らなければと意気込んでいます。

 もう71歳、残り少ない人生ですが、最後の一花 何とか咲かせたい。

 そんな心境の毎日です。明日には九州に戻ります。

 つかの間の我が家で、ゆっくりと鋭気を養っています。

 11期の皆様には、幹事として何もできずすまないと思っています。

 できれば、交替に手を上げてくれる方がおられるとありがたいのですが。

 それが気がかりです。

 元気でやっていますので、何かの折に皆様によろしくお伝えください。

                2015/5/29 関口 進  拝

 

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