敬老特別乗車証(2)
敬老者向けの乗車パスをもらってから、早くも二年になろうとしている。パスを提示する手の動きもしなやかに、もう、十年以上も利用している顔で、老人ぶりもいたについてきたのか、このごろ、パスを見せるや、優先席に誘導すべく、座るのを見届けるまで運転手さんが声をかけ続けてくださる。
―お座りくださーい、はーい、お座りくださーい―と二回も繰り返えしながら普通のご老人は一声ですむのだが、よほど、ぼけているとみなされるのだろうか。ダブルのお声がけだ。
それに、ご老人でも、見るからにしっかりとした腰つきで乗車される方には、―おつかまりください―と明らかに台詞が違う。
考えようによっては、一昨年、無料パスをもらい、シルバーシートの一年生であったものが、飛び級をしてゴールドカードを手にした感じだ、少し早すぎる気もするが。周りの雰囲気に馴染みやすい順応性のあるタイプなのかもしれない、と一人で納得している。
通勤時間帯を過ぎたバスの中は、確かに老人客が多い。まとまって降りる場所は大体決まっている。クリニックの近くの停留所。眼科とマッサージ治療が多いようだ。上の句である停留所の名前がアナウスされると、すかさず、下の句の病院の宣伝が続く。停留所ごとに患者さんの奪い合い。見方を変えればバス会社の宣伝収入でもあり、お互い持ちつ持たれつの助け合いの精神だ。
老人向けの呼び込みは車内の案内版にもあふれている。優先席に座り目の前の広告を眺めているのだが、なかなか洒落たキャッチフレーズだ、とカラー刷りの広告を見入っていた。
=ラストメーク、四季 =いい感じの広告だなー・・老人向けのメークの専門店かーと、考え深げに、その下の欄に目を移す。
=遺品整理、生前整理、特殊清掃= 、ああ、廃品整理の専門店か、と頷きながら納得した気分になりつつ、視線がその下の欄に下りてゆく。なんだか、小さな字体で、見づらいが・・・・じーっと目を凝らす。
=湯灌、納棺= と、なんだか聞いたことのある二文字が目に飛び込んできた。おーー、わかった、葬儀屋さんの宣伝だ、と二つ停留所を走りぬけて、やっと解読できた。これも、老人向けの究極の宣伝だったのだが、随分とモダンな名前だ。通勤通学のまだ若いお客様たちは、何を思いながらこの広告を見ているのかなー、と考えはじめる。こちらの若い頃はこれほど洒落た宣伝ポスターはなかったし、バスまで入ってこなかったと記憶しているが・・・
わが街は老人の町になってきたのだろか。七十、八十代の老人がこれほど街に繰り出す時代は初めてだろう。これからは未体験の出来事もふえてきそうだ。街並みの変容を楽しみながら、ゴールドクラスの敬老乗車をいつまでも楽しんでいきたいものだと、元気そうな先輩たちの横顔をそっと眺める。