ドリアン
甘い香りと腐敗臭の混じった強烈な匂いを放つドリアン。マレー語で、刺(ドリ)を持つものという意味らしい。その独特な食感と風味ゆえ、果物の王様とも言われ珍重されているが、まだ実際にそれを食したことはなかった。
ジャカルタ事務所での出張報告も無事終了しホテルに帰るべく、先輩に連れられて裏通りを散策していた時のことだ、道端に建てられた小屋の奥の棚から軒先まで、あふれるように積まれた黄色の針鼠のような果物を見つけた。桃太郎に登場する鬼の金棒のような鋭く太い刺。もしかしたら、ドリアン??とその刺を触っていると、購入するのだろうか、立ち止まって見ていた先輩が品定めを始めた。足元に並んだ大きめものを二つ選ぶと、味見のために割らせるらしい。買い手が満足できるまで割り続けるため、値段は割高になるが、これが通の食べ方と教えられる。
試し食いをした最初の二つに納得せず、これが三つ目。
鉈を片手に握ったまま、試食する先輩の口元をジーと見つめていたおやじが、とんでもない客を相手にしたものだわ、と同意を求めるような眼差しをこちらに向けてきたときだ、突然、満足げなうなり声が聞こえた。半割のからの中からつまみだした大きめな房を口にくわえたまま、
―おーん、こいはえー、はべてごらん、
と言うなり、クリーム色の小さめかたまりを取り出してくれた。手のひらに乗せた第一印象は白い膜につつまれた薄黄色のゆるめのチーズ。こわごわ口に入れてみたが、期待していたフルーツの風味は全くない、なんとなく薬臭い、ねっとりした物体が舌の上にへばりつく。果物の女王と言われるマンゴスチンは、そうかもと納得させるだけの上品な香りを湛えていたが、野性的で粗削りな味で、果物の王様との印象は受けなかった。
ドリアンは産地でも比較的に高価な品なのだろう、一般庶民たちも旬の時期になるまでなかなか手を出さない。だが、好き物は、街角にそのニオイが漂いだすや、売り場を探し求めてまるで野良犬のようにあたりをうろつき始めるらしい。今思い返すと、先輩もこの類であったかもしれない。
強い匂いのため、公共の施設内への持ち込みは禁止され、食べたいときは、買い求めた店先や野外で食べるのか常識だが、全部は食べきれず、サランラップで何重にもくるみ、冷凍室にいれて保管する。それでも匂いはあふれでる。都心部のホテルではフロントの目が厳しいが、旬の季節、リゾートホテルの部屋に泊まると、先客の食したドリアンの匂いが消えずに残っていることも少なくない。
一度だけ、冷凍したドリアンを苦労して日本に持ちかえったことがあった。南国の、あの風味を期待しつつ食してみたが、あの味は消え失せ、ただのクリーム状のかたまり。南国の空の下、汗をかきかき、手をべとべとにしながら食べて、初めて、本物の王様の味になる気がした。