栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (183)”パプアニューギニア”(Okubo_Kiyokuni)

2024年04月04日 | 大久保(清)

 パプアニューギニア

玄関ドアの横の壁になにくわぬ顔でもう47年間も居座っているお面がある。一見、不気味な印象を与えるが、どこかユーモラスな雰囲気も醸しだす。

一人前の医者になるまで先輩から実務的なアドバイスをもらう研修医というのがあるらしいのだが、こちらは土木学科の港湾講座を卒業してから、この研修期間もないままに、専門家として臨床の現場に放り出されてしまった。そこは、野戦病院のようなジャングル地帯、目の前には青い海原がどこまでも広がる、南の地の果てパプアニューギニアである。外国も初めて、出張も初めて、周囲には助けを差し伸べてくれる技術者は一人もおらず、学校の教科書を眺めながらの、まるで土木屋のロビンソンクルーソーのような生活が始まった。

オーストラリアからの相棒と港湾候補地の背後に広がる森の中に踏み込んでゆく。幾重にも蔓が絡みつく熱帯雨林の中、額にへばりつく汗をぬぐいつつ、首狩族の末裔の影に怯えながら、これが、映画によく出てくるジャングルかと、落ち葉を踏みつける足も地につかず心細い状態が続いていた。どこからか突然発せられる獣のような叫び声に反応してはあたりの気配に耳を澄ます。木から木へと飛び移るあのターザンの雄叫びが、耳の隅に聴こえたような幻聴体験を何度も味わっていた。

キラキラと輝く大海に乗り出すと、波高観測用の大型ブイを浮かべ、陸上への波高データを送信する無線機をセットする。気象庁も保安庁もなく、有史以来、初めての試みだろう。近代的なロビンソンクルーソーかもしれない。頭上に揺れるヤシの実を原住民に落とさせて水分補給に努めるが、文明を経験した者たちにとっては2~3日が限界、からだじゅう真っ赤に腫れあがり、息も絶え絶えに首都であるポートモリスビーに逃げ帰り、レポート書きで一休みする。未知の世界で実践を積み続けた一年の研修期間もようやく終わり、帰国の日取りが決まった日曜日、目をつけておいた地元の土産物店に足を運んでゆく。

まるで、ジャングルにいるかのような、うす暗い空間を再現したテントの中には原住民の装着する巨大なペニスケースが、これでもか、これでもか、と見せつけるように並べられていた。その大きさに目をおおいつつ、我が家でも受け入れられそうな、仮面を探している間に、グロテスクな作品群の中で、一枚だけ、穏かな表情をたたえた白木の彫刻を発見した。

貝殻が目の部分にはめ込まれ、笑っているような、泣いているような、観る人の気持ちを映しこむ味のあるお面だ。購入してから歳を重ね、色が少し褪せてしまったが、眺めていると、初めての外国で無我夢中で過ごした日々が懐かしく蘇る。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする