断絶の米国(その3)
4:米国での思い出の一端 分裂が正常?
赴任したのは日米貿易摩擦の真っただ中、サンフランシスコの南70Km程のシリコンバレーでした。当時でも6車線以上の、しかも無料の美しい高速道路や、一日かけても回り切れないショッピングモールの規模は驚きでした。当時のシリコンバレーはintelやHP等の半導体やパソコンが主体の産業構造で半導体が日米摩擦の主要なテーマの一つでした。現在はシリコンバレーというよりもFacebookやGoogle、Adobe等ソフトウェアの大企業でITバレーとしてさらに発展しています。
店舗といえば、日本でも有料メンバーシップで知られるコストコ(現地ではキャスコと呼ばれている)は当時プライスクラブでしたが、うず高く積み上げられた食品と酒の類、一軒の家が建てられるほどの建材や工具類、健康食品に加えて日本では処方箋が無いと買えないような医薬品、さらに中型ヨットや大型のジャクジまでその品数は数知らず、また安価なことも驚きでした。日本にも数件オープンしていますが、大きなカートで大きな買い物をするので、必然的に大きな駐車場と売り場の面積が必要となりますので土地の安い処でないと開店出来ないのでしょう。シリコンバレーで最初のお店はその北側に位置したパロ・アルトからさらに10Km程北側のレッド・ウッド・シティに在りました。シリコンバレーは当時、北はパロ・アルト、南はサン・ノゼの間とされ既に土地や不動産は高騰し始めており、また生活費もそれなりに高くなっていました。しかしレッド・ウッド・シティとなると倉庫が立ち並び、また住居も古い小ぶりの家、また新しいものはアパートの類がほとんどで、いわゆる不動産価値の低い処でした。ところが、その直ぐ南隣に位置するアサトン市はお城のような大きな家ばかりで、各家の駐車場は数台分、フロントの庭とは別に森の様な裏庭を備えていました。両市の境界はアサトン側では裏庭の垣根と塀、その北側はいきなり建物の壁となっていて、物理的な境界は設けられていませんでした。が、家並みの違いははっきりして、両市の間で互いに交わらないとでも主張し合って居る様でその差は歴然たるものでした。日本でも新興住宅地とそれ以外の古い町並みで類似の状況はみられるものの、その境界のどちら側に住んでいるかでその人の社会的位置づけ、即ちステイタスを意識する事は余り無いでしょう。しかし米国では住所で人のステイタス(極端に言えば差別)を意識するという事なのだと思います。これらの状況は全米のいたる所で見られます。それで、あえて米国における境界について考えてみたいと思います。
5:境界とは
米国と日本で何が違うのでしょう? 米国は現在丁度50州からなっており、合衆国と呼ばれるようにその集合体となっています。要するに基本は州にあるということです。法律も罰則も州によって違い、州ごとに最高裁判所があります。州は基本的には米国内では独立していて、州兵からなる軍隊も持っており、州境に検問所を設けている州もあるくらいです。憲法上、連邦政府は米国外との交渉や戦争、また州にまたがる事項についてのみ関与するというのが建前です。下院は州民の、即ち人口によって人数が割り当てられますが、予算承認、人事や裁判も行う上院は各州から2名だけが割り当てられています。したがって50万人前後の人口の小さなワイオミング州と4千万人程を擁するカルフォルニア州のいずれも2名の上院議員を選出しています。この辺米国の制度の矛盾ととらえる向きもあり、大統領選挙の際の選挙人制度と共に議論のあるところかもしれません。要するにそれぞれの歴史を有する各州は、勿論全てではないのでしょうが、主にヨーロッパの諸国から種々の理由、即ち宗教的弾圧や人種偏見から逃れる目的、さらに例えばアイルランドからは主食のジャガイモの感染から食物が不足してこれを求めて集団で米国へ移住してきたそうです。したがって宗教、あるいは人種毎にグループを作り、結果的に州を形成していったので、ごく自然に夫々の生い立ち、文化、人種を反映していったことになります。移民の裏には激しいインデアンとの戦いや、時にはロマンの物語も沢山ありますが、これらは米国人により小説や映画として描かれています。最近ニュジーランドやオーストラリアを中心に原住民の民権の復活の方向にありますが、米国の原住民への弾圧・虐殺の歴史は余りにも激しいものでした。「中南米にはピラミッドが有るのに何故米国には無いのか」と尋ねた事がありますが、答えは「米国の領土は自分たちのものにするために全て破壊した。なお、南の某州の岸壁にはその一部が残っている」でした。要するに徹底的に原住民を圧迫し、貧しい居留区へ押し込めたという事だそうです。有名なものの一つに金が発見されたヨセミテのマリポサ大隊による執拗な追撃があります。ロマンの話の方の一つには、米大陸にヨーロッパから移住しようとした初期のグループは飢餓に襲われ何度も失敗したそうですが、米国の祝日であるサンクス・ギビングの起源はニューイングランド地方に移住したピューリタンのグループが飢餓にさらされた時に原住民に助けてもらい、そのお陰で初めて定着に成功した際その原住民を招いて七面鳥をふるまったとかの紹介もありました。ただし、今の米国人にとっては収穫祭がその起源であるとか、あるいは単に全ての家族が集まって七面鳥で祝う日位の理解になっているかも知れません。
それでは、州の中の市や町に関してですが、まず日本の住民票に相当するものはありません。引っ越してきても市役所に届ける必要はなく、選挙権を得るとか、あるいは何らかの支援やサービスを受ける必要が無い限り市役所等に行く必要もありません。例えばコロナワクチンを接種しようとしたら、国勢に関らず取得可能な運転免許証、原則米国に住む者に与えられる社会保険番号、いずれかの国のパスポートの何れかを持って申し込み、順番を待つことで住民票は不要なのです。地方税に相当する税金に関しても、会社員が個人で借家やアパートに住んでいる分には何ら払うことはありません。ただ、不動産を購入ないし所有した場合、固定資産税にあたるReal Estate taxは自治体の主要な収入源で非常に厳密で、専門職員が常に見て回って価値の査定をしているそうです。例えば屋根をふき替えたとか、一部でも設備を備えたとか改築したとかの際には速やかに課税額が変更されます。ただし同じ市や町の中でも上下水を必要としない農地等の場合は例外的に自治体に属さない、即ち不動産価値が上がっても非課税のままの場合があるそうです。日本と違うのは自治体の領域であっても属さないで独立している場合もあることや、固定資産税の見直しが非常に綿密に行われているという事でしょう。
こうした状況に気が付くと、どの町に属するかで大きく違う不動産価値、即ち境界が気になります。何故そのような大きな差が出来るのでしょう。
これはまた違う側面から見た場合ですが、出張の際に現地の友人から色々サジェスチョンをうけました。忘れられないものの一つに、「出張で出かける際に、部屋の上下に関らず必ず行先での一流のホテルに泊まるようにしなければならない」と言われた事があります。即ち、「米国では基本的に差別は禁止となっていますが、人間ですから値踏みをします。出張、即ちビジネスでは信頼できる相手か否かを宿泊するホテルで値踏みする」のだそうです。
同様に、よく「何処に住んでいるか」との質問を受ける事がありますが、これも値踏みされていると理解した方が良いでしょう。
米国の警察システムは日本と大いに違います。米国では警官は民間企業である警察学校を卒業して資格を得ます。そして町や市の警官として就職します。すなわち警官は町や市が基本的に雇い主ということです。警察は日本の様に警察庁を頂点にした一体組織というのではなく、町や市を守り、その住民に雇われた格好になるので住民に尽くす必要があります。財政が豊かな自治体では、その安全の為により多くの費用を警察に配分出来、税収不足の自治体ではその逆で安全でなくなり、結果的にリッチな人は住民とならず、また利益をあげる企業も来ないということになります。
一種の自由競争ということで、豊かな自治体にはよりリッチな住民が集まり、不動産価値が上がり、自治体はより豊かになって行き、貧乏な自治体にはより貧しい住民が住むようになってしまうということです。