月光仮面
月光仮面を知っているだろうか。若者は無理だろうが、こちらの年代層には懐かしい男だ。窮地に陥ると何処からともなく白いオートバイにのり、白装束で登場する。悪者を退治して、颯爽と何処かに去っていく。正義の味方、良い人なのだ。
この月光仮面が現れたような雰囲気を味わう時があった。その年も例年のように、一月に入って大雪に見舞われた。夜半に降り始めた雪は未明まで降り続き、我が自治会のブロックの中央を抜ける急坂は、いつものように格好のゲレンデ状態に変わっていた。これで、2日間は車での外出は無理だろうと誰しもが思い始めていた。
昼近く、太陽が高く昇り、気温も緩んできた頃、坂の下から重機特有の低く重いエンジン音が沸きあがってくるのが聞こえる。それと同時に、雪を引っかき、雪面を滑らす鈍い連続音が近づいてきた。ブルドーザーのような音の響きである。窓からのぞくと、目の前を中型のブルドーザーが通過するのが目に入る。野球帽を被った、ひげ面のおじさんの顔が見える。坂の除雪を区役所が特別サービスをするはずもない。隣の人も、むかえの人も飛び出してきた。驚きの表情で、ただ、呆然と元気に動き回る機械を眺めていた。
挨拶を交わすが、笑顔で会釈して、名乗らない。30分もたったであろうか。坂に積もった雪は、坂ノ下の曲がり箇所に積まれているのが見える。少しの時間、ブルドーザーは視界から消えたが、エンジン音は聞こえてくる。待っていると、また坂を上がってくる。家々の門の前に残された雪の残骸を、少しずつ集めて、坂ノ下の角地に盛っていった。この頃になると、自治会ブロックの奥さん連中は、一緒になって、残された雪の残骸を、夫々垣根の傍に寄せていく。この急坂は、元の坂道に戻っていった。
気がつくと、あのブルドーザーは見当たらない。耳に強く響いていたエンジン音も聞こえない。あのおじさんも何処かにいってしまった。まるで、月光仮面のおじさんみたいに、 一週間がたった。散歩の途中で、坂ノ下に差し掛かったとき、玄関からジャケット姿のおじさんが出てきた。どこかで見た顔だ。と、思わず、この前は有り難うございました、と感謝の言葉が口にでる。やーたいしたことではないですよ、と応えてきた。先月、当自治会ブロックに引っ越してきた運道具屋サンである。まだ、誰も顔と名前が知られていない男性である。月光仮面のおじさんの素性は割れてしまった。
いずれ分かるだろうが、誰にも打ち明けていない。だが、自治会の誰もが信じている。これからも大雪の日は必ず、月光仮面が来ることを。