栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (127) ”コロンボの運転手”(Okubo_Kiyokuni)

2020年10月27日 | 大久保(清)

 コロンボの運転手

スリランカを最初に案内してくれた男は口ひげをたくわえた歳のわりにとてもオシャレな運転手だった。使い込んだワイシャツはしっかりとアイロンがけられ、パイロット用の大きめな茶色のサングラスに隠れた四角な顔に汗がにじみだす昼下がり、胸ポケットから小ぶりの櫛を取り出しては薄くなった髪をとかしていた。イギリス統治時代の名残だろうか、運転手の役柄をわきまえた寡黙な男だった。

スリランカに来て日が浅い日曜日、勧められるままに、コロンボのお決まりの観光スポットの一つ、ボタニックガーデン(植物園)に連れていかれた。朝から照りつける強い陽射しに目を細めるようにして重厚な鉄製の門の前に立つと、その大きさに圧倒された。門の奥に広がる壮大な庭園の景色に見とれているうちに、近づいてきた守衛が、やおら、その重そうなゲートを開け始めた。

 たまたま、所持してパスポートが威力を発揮し、運転手の気転で乗車したままでの入園許可を取り付けたらしい。だが、慣れない王様気分での散策は落ち着かず、すぐに車から降りると、樹齢数百年とも思われる巨木の木陰を辿りながら、ゆっくりと歩き始めた。車は距離をとり目立たぬようについてくる。

蓮が浮かぶ大池の向こうの、芝がゆるやかに広がる斜面には、ツツジに似た赤や白の花の咲き誇る植え込みがほどよい距離に配置され、蓮池から背後に控える雑木林への眺めは、英国流のシンプルな涼しさを演出し、観る者の心の癒す落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

池の前で、ベビーカーに赤ちゃんをのせたサリー姿の若いお母さんとすれ違う。目で挨拶を交わすと、赤ちゃんをかばうようにして恥ずかしそうに笑顔を返してくれた。池を離れ、散策路にただよう歴史のにおいを肌で感じつつ、広大な敷地に足を踏み入れていく。途中に休憩所らしき場所は見当たらず、たびたび車で休みながらの散策を続けた。あらためて運転手の気配りに気づかされる。

作業現場はコロンボより車で5時間余り。市街地を抜け海岸沿の穴だらけのアスファルト道路を南下してゆく。黒い排気ガスを吐き出し喘ぐように走るトラックをこちらも喘ぎながら追い抜いてゆく。あわや対向車と正面衝突するのでは、と何度も肝を冷やすが、髭のおやじは涼しい顔。窓を大きく開け放ち、ヤシの葉を大きくゆらす雄大なインド洋の湿った、重い海風を顔に浴びつつ、運転手の肩越しに迫ってくる対向車をにらみながらのドライブは続く。

やがて、昼時のタイミングを見計らい、国道をはずれた脇道に入っていく。原則としてカレー料理だが、外国人が食事をする店は限られる。いつもそれなりのレストランに辿り着き、プロの案内人がはずれたことは一度もなかった。

現場は人里を離れたヤラ国立公園に近い辺鄙な場所ゆえ、宿泊するロッジの庭には、放し飼いされた子鹿が近くまで珍しそうに覗きにやってきた。サルが木から木へと飛び移る。川の浅瀬では水牛の群れが水浴びをたのしんでいるのが見える。運転手は何所に泊まっていたのだろうか、とあたりを伺いながらモーニングティーをすすっていると、庭園の木陰で大きく手を振るおやじのサングラスが光った。

車の中でおやじに指示を出すたびに、『Yes,Sir』と小気味の良いイギリス流の受諾の言葉がもどってくるのだが、その瞬間、首の上で頭が横に揺れる、首をひねるのではなく真横に小刻みに振れる。日本人の目には、拒絶のサインに見えた。運転手に馬鹿にされているのかと、勘ぐっていたのだが、何度、確認しても横に揺れる。拒絶のときも首を振るのだが、動きが少し違う。髭おやじのこの拒絶の仕草を目にしなかったように思うのだが、今から考えてみると、拒絶の首振りに気が付かなかっただけかもしれない。

現場からコロンボ市街に戻ってきたのを実感するのは、けたたましいクラクションの合奏だ、ガーガー、ブーブー、ペーペと、耳をふさがんばかりの警笛音を鳴らし、車の鼻先を渋滞の流れに押し込んでゆく。慣れとは不思議なもので、この騒音が途絶えると寂しくなるときもある。

コロンボの宿舎は都心よりはずれ、こじんまりしたホテルの一人住まいであった、市内にまで及んできた部族間のテロ騒ぎのニュースも流れ始めており、かすれたクラクションの音と共にサングラスの顏が現れるのが待ち遠しい朝もあった。

二か月足らずの付き合いであったが、仏教国のスリランカとは通じあうところもあり、日本から来た若造を気持ちよく遇してくれた老運転手の思い出はその国の印象としていつまでも記憶に残ってゆく。

 

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故榎本司郎君の足跡

2020年10月05日 | 植栗・榎本・大河原

 11期の皆様

2020年2月18日に逝去された
故榎本司郎君の奥様から
「劇と編集・榎本司郎の足跡」という
小冊子が送られてきました。
一部を抜粋して皆様にお送りいたします。
ご高覧ください。


     

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