朝の街角
朝の散歩の途中、駅前通りを歩いていると、なぜか気持ちが弾むような光景に出あった。
最初の出会いは、駅近くの交差点。朝の雑踏も静まり、信号を待つ人影も疎になってきた頃、横断歩道の前にすっと立つ着物姿の女性が目に映った。明るさを増してきた冬の日日差しのなかで、紅赤色の紬に黒い道行コートをまとった姿がくっきりと浮かび上がる。袖から腕を突き出すようにして、携帯の表示板を覗き込んでいる。短く髪を纏め上げた女性の醸し出す、そそとした雰囲気はどこからくるのだろう。落ち着いた着物の立ち姿の美しさとモダンな携帯との不思議なバランスがなぜか、朝の交差点に小粋な風を吹かせていた。
この女性の後姿を目で追いながら、駅前のデパートに入っていくと、入り口でまた、黒い和服の女性に出会った。今度は留袖である。結婚式であろうか。何か買い足すものがあるのだろうか、急ぎ足で小物売り場に立ち去って行った。続けさまに黒の着物姿に合うのは珍しい。それも、どちらも十人並みの美人だ。
エスカレーター横の待ち合わせ用の長椅子に、茶色のハンチングを被った、小粋な老人が座っている。大きなタブレット型のコンピューターを膝の上に載せて、覆いかぶさるようにして、なにやら覗き込んでいる。小さな膝からはみ出しそうな画面を見ながら、しきりに指を動かし嬉しそうだ。液晶パネルのブルーの色がメガネのレンズに反射し、老人の顔が輝いている。モダンな機械と老人の組み合わせがとても微笑ましく、これからの時代の先駆となる光景のように思えてくる。
最後は、新しくて、古い靴下との出会いである。駅に向かう信号を待っていると、頭を刈り上げた職人風の男が通り過ぎていった。老人と言うには、まだ少し早い年齢で、肩幅もあり、がっしりとした身体に濃いグレーのジャンパーをはおっている。黒いズボンの足元を見ると、靴ではなくて草履である。それに、足袋の代わりに、五本の指が自由に動くよう、指の先が別れている黒のソックスをはいていた。恐らく、このおじさんは、夏は素足に下駄を引っ掛け、颯爽と街を闊歩しているのであろう。足の指が地面をける満足感を、冬の寒い時期、このモダンな江戸の粋と現代の粋を併せ持つスタイルで、楽しんでいるのだろうか。
冬の朝のほんの一時を切り出した風景であるが、若者の町に変わりつつあるこの街角で中年・老人組みの人達が、古き時代の伝統を継承しつつ、新しい時代の波に、折り合いをつかせながら楽しく軽快に生きている姿を垣間見ることができた。