栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (157) ””聖夜(2)”(Okubo_Kiyokuni)

2022年12月18日 | 大久保(清)

 聖夜(2)

ピーヒョロロと耳障りな信号音が鳴り出すや、一拍おいて、ガガガと忙しげなプリント音に押しだされるようにして、一枚の紙が吐きだされてくる。もう夜の九時を回り、まわりに残業をする仲間の姿は見当たらない。今夜はクリスマス・イブなのだ。たった一枚の英文を仕上げるために、当方と外人の助っ人が街に繰り出せずに事務所にくぎ付けになっている。これは、日本が開催国になった『水のフォーラム』の世界会議での説明文の一部が弊社に依頼されたところから始まった。依頼主は国交省。テムズ川の水運の論文を書かれた皇太子さま(現在は天皇陛下)がフォーラムの名誉会長のご縁なのだろうか、水運部会に利用されるらしい。

日本の船舶輸送は紀伊国屋のミカン船が有名だが、これは海運のはなし。日本の河川はヨーロッパやアメリカとは違い急流が多いゆえ、河川の水運の歴史は浅い。現在は川下りの観光船ばかりで、水運と言うにはおこがましい状況下にあるのだが、日本の水運の特質を国の面子にかけて述べ切らねばならない。環境面では鉄道、飛行機、自動車より水運が有利なことを容易に理解させることはできるのだが、これだけで担当者を満足させるには迫力不足。一週間前、第一原稿を送付したが、現在は第5原稿に至っている。

霞が関は不夜城なのだろうが、こちらはクリスマス・ミサに行くべく家人との待ちあわせ時間が迫ってくるが、欠席の電話をするしかない状況になってきた。原作者である当人の舌足らずの英作文を、最初は軽い気持ちで添削していた仲間の英国人は母国の面子にかけても名文を作成してみようか、と、だんだんと熱が入ってきたようだ。じっくりと手を入れ終えた原稿をこちらのテーブルに置くと、上のフロアーに戻っていったが、すぐに電話がかかってきた。

―今、気が付いたんだが、その原稿は、スピーチ用、それとも提出するの?

スピーチの原稿の予定と伝えると、しばらくして文章変更を施して戻ってきた。

それから、しばらくすると、また電話がかかる。

―喋り手は、男? 女??

国交大臣の扇千景さんの可能性が大きいゆえ、スピーチは女性だと返答する。

少々時間がかったが、また修正して手元に届いた、よく見ると、修正はないように見えたが・・・これが最後と、ファックスを国交省の担当官に送付する。電話で送信済みの連絡を入れて待つこと、5分。また、ファックスマシーンが唸り始めた。コメント部分を相棒に見せるや、日本人の英文解釈と英国人の英文表現が微妙に違うようだ。文章の品格を上げ過ぎたためか、凡人の英作文を超えてしまったかもしれない。会議は外国人も多く、英国人が正確に伝える英語が正しいと思うのだが・・、外人の助っ人は黒子ゆえ、国交省とは直接交渉できず、日本人と英国人が電話ケーブルの中を行ったり来たりしているうちに、クリスマスの夜はシンシンと更けていく。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする