病院の風景(2)
『平常体温です』 『平常体温です』 『マスクをおつけください』正面玄関に設置された体温検知装置から絶えず自動音声が聞こえてくる。家人がマッサージ室に消えてから、ソファーに座り、単行本をめくっているうちに、来院患者の数も増えてきたようだ。ロビーの空気がゆっくりと動き出す。いつものリハビリ病院の朝の光景だ。
今日は梅雨も一休み。正面玄関の広いガラス扉の向こうには、晴れ上がった青空から降りそそぐ陽光に照らされる車寄せが見える。天気が良いので、外に出ましょうか、との明るい声とともに、療法士さんに付き添われた車椅子のおじいちゃん、歩行器を押しながらのおばあちゃんたちが、晴れ晴れとした顔つきで、自動扉から繰り出してゆく。
先ほどから、なんだか落ち着かない様子で、あたりを見回している若者が一人、少し離れた席に腰かけている。病棟のエレベーターが開き、杖をつきながら、小柄のおばあちゃんが降りてきた。薄いピンク地に黒茶の縞模様の病棟専用のパジャマを着たおばあちゃんが若者の方に向かって弾んだような声をかけた。 『マコ!』『マコ!』若者が振り返る。
『後ろ姿ですぐわかったよ』と言いつつ、付き添いの看護師さんから離れると、回復したのだろう、しっかりした足取りで近づいてくる。『入院している間に外出着は持っていってしまったので、病棟のパジャマでこのまま退院できますか?」と心配そうに孫息子と思しき青年が看護師さんに尋ねている声が聞こえる。『もちろん構いませんよ、このままでいいですよ』退院の嬉しさを胸にしまったまま、二人連れは、看護師さんの明るい笑顔に嬉しそうにうなずきあう。今朝は、めでたい退院に立ち合い、こちらも、彼らの幸せのお相伴させてもらったような、久しぶりに我が家に帰るおばあちゃんの、何とも言えない満ち足りた顔の輝きに、こちらも身内になったような気持ちに浸る。そうこうするうちに、新しい入院患者さんが車いすで入ってこられた。『どお~、昨晩は眠れましたか? 足の痛みはありますか?』担当になる看護師さんが、上半身をかがめて、おじいちゃんの耳元に口を近づけながら、大きな声で問診を始めた。去る者があれば、また、新たな出会いもある、それが病院。また、読みかけのページをめくり始める。
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