活かして生きる ~放禅寺の寺便り~

娑婆世界を生きる智慧/おシャカ様・禅・坐禅・法理・道のこと

三法印 (さんぼういん)4

2016年04月17日 | 仏教

「涅槃寂静(ねはん じゃくじょう)」 とは、「人人(にんにん)」 の

状態を言っています。

そして、「涅槃寂静」 の状態ではじめて仏教でいうところの

「修行」 になるのです。

 

すなわち、「無所悟・無所得(むしょご・むしょとく)

〈 悟るべきものもなければ、得るものもない 〉」

という、本当の 「無我の修行」 が始まるわけです。

 

「悟り」 とか 「見性(ものの本質を見定める)」 というのは、

「坐禅の三昧の中」 の、あるひとつの通過点です。

 

今では、その 「通過点」 をほとんど見落として

必要でない事のように考えていますが、それは大変な誤りです。

 

その通過点を通過した後に、「悟りの病」 を落とし、

「法(仏)の病」 を落とし、いよいよ本当の 「涅槃寂静」 の状態で

仏道修行が始まるということです。

 

このことを 「本證妙修(ほんしょう みょうしゅう)」 とか 「修證不二」

という言葉であらわしています。