▼日本人として生まれ、世界に誇れるものといえば【憲法第9条】の存在だろう。1項=日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
▼2項がまた素晴らしい。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。なんという素晴らしい宣言だろう。
▼しかし、日本国憲法はもともと英語で書かれている。9条2項は「land, sea, and airforces, as well as other war potential」だ。その「war potential」を【戦争遂行能力】を指すのだというのが、政府の歴代の解釈だ。
▼これまでの政府は、自衛隊の能力は「戦力にあたらない」という見解だったが、もはや並外れた戦力を持っているのは、誰の目にも明白だ。矛盾を維持できる限界ではなくなってきている。
▼自衛隊を取り除くことはできない。国防軍に昇格させるには、どうしても憲法に明記しなければならない。そこでアベ政権は,9条に3項を加えるという。加えても何も変わらず、国民が大災害などでお世話になっている自衛隊を、違憲のままにしておくのはかわいそうだと主張する。
▼例えが適当でないかもしれないが、長年別れて暮らし、夫婦関係が破綻している二人がいる。男は他の女性と付き合っている。女性は周囲からも妻扱いにみられている。だが法律上は不倫関係だ。
▼それでは女性がかわいそうだと思うが、二番目の妻として籍を入れるのは違法だ。違法だが妻は戻らないし、女性と同居すれば世間も女性を妻と認めてしまうだろう。
▼世間に新しい妻と認識させてしまえば、本妻が法律上の妻であっても、世間は女性の方を妻と認めてしまう。こんな例えで、自衛隊と憲法を論じるのは、品がいないと言われるだろうが、アベ総理の改憲論はこの程度の品の無さだろう。
▼アベ総理の憲法解釈が間違っていると、多くの憲法学者が言う。しかし、アベ総理は反省するどころか、憲法学者が間違っていると主張する。6年以上も政権の座についている総理だ。もしかして、憲法学者も時代の変化についていけないのかと、考えたりもする。
▼だがどう考えても、頭が悪いのはアベ総理だというのは、私も理解できる。だが、9条に3項を加えるというのは、頭が悪くない行為のような気もする。
▼憲法には【後法は前法に優先する】という原理があるという。つまり、後で付け加えたというのは、必要だったからだ。そうなれば必要なものなら、1項と2項で制限されても、3項の方が優先するということになる。
▼3項で自衛隊を明記すれば、先に集団的自衛権の行使は容認されているので、日米安保で派兵を要求されれば、戦争に参加できることになる。参加するというのは【充分な戦力】を保持しているから可能だということだ。
▼護衛艦いずもを空母に改良し、イージスアショアを配備し、F35ステレス型戦闘機の大量購入は【戦力増強】以外の何物でもない。つまり自衛隊を3項に明記した時点で、【日本軍】の誕生だ。
▼先日、下村自民党改憲本部長がテレビでこんなことを言っていた。「憲法改正とは、自衛隊が違憲だというのを合憲にしようということだ」と。
▼自衛隊を違憲だというのは、自衛隊に過剰な戦力を持たせた政権与党に対して、憲法違反したと言っているのだ。自衛隊を違憲扱いにしたのは、政権与党なのだ。それなのに、改憲本部長は「責任転嫁作戦」に出た。
▼「アホノミクス」から「ペテン政権」にしたのは、誰でもない。アベ総理を6年以上も維持させている、国民ではないか。
▼実は図書館から「憲法が替わるかもしれない社会」という本を借りてきた。その中に憲法学者・長谷部恭男の「憲法問題こそ法の解釈が問われる」という欄を読んだのだが
、私の頭では理解が出来なく、数度読み返し私なりの解釈をした。
▼分かったようで分からないのが憲法だが【後法は前法を優先するということだけは、しっかり頭に残しておこうと思う。
▼この本は昨年文藝春秋社から発刊され、作家で明治学園大教授の高橋源一郎の公開セミナーでのゲストの講演をまとめたものだ。長谷部恭男・片山杜秀・石川健治・森達也・国谷裕子・原武史の面々だ。