函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

北海道開基150年と言うけれど

2018年06月29日 07時17分01秒 | えいこう語る

▼1869年(明治2)、蝦夷地より北海道と命名されて、今年で150目だ。その名付け親は、探検家の松浦武四郎。だが、蝦夷地は古くからアイヌ民族の大地だ。開基とは寺の創建者という意味なので、開基150年というのは、アイヌ民族から見れば、相当違和感を持つに違いない。

▼27日の北海道新聞に、近代北海道史が専門の、桑原真人札幌大前学長が、開基150年の催しは「開基意識払拭の機会に」という見出しで、記者のインタビューに答えている。

▼氏は、北海道に改名されてから「和人化」が推し進められたといい、開基意識は「和人ファースト史観」ではないかと指摘する。北海道大学は、昭和14年から、研究を目的としたアイヌの遺骨収集を行い、1000体以上も保管しているという。そのために、墓地を掘り起こしたという事実もある。

▼先日も遺骨返還運動で、北大から返還されたが、まだ相当数が残っているという。桑原氏はアイヌ民族を「無意識的」とみなす「開基意識」に異を唱える。

▼私が、この問題に関連して思い出したのが、旧優生保護法(昭和23年)だ。国家により不妊手術を強制された北海道人の数と道庁の姿勢だ。法の施行後わずか8年で、北海道は手術を強制された人が1000人に達し、全国トップという記念誌まで発行している。

▼さらに、当時の知事は「不幸な子供を産まない。異常児出生防止、母体保護推進。」とのコメントを出している。この法律は「優生学」の観点から始まったものだろうが、この学問は、人種差別・同一民族問題などの人間理解において、思想的に通底してと言われる。極端な事例では、ナチスによる「ユダヤ人虐殺」のような行動に走る傾向もある。

▼150年事業の一環で、戦後を中心とした道史編纂が行なわれ、桑原氏も参加しているという。旧優生保護法の問題、アイヌの遺骨返還問題。これらの北海道が持つ独特の歴史事実を、積極的に調べ残してほしいものだ。

▼アイヌ民族は、縄文人の子孫ではないかと言われる。団塊世代の私たちは、義務教育で、弥生時代に比べ縄文時代が原始的で劣っているというイメージを持ってきた。

▼それについて考古学者から「農耕が行われた弥生時代から、天皇が祭司として登場してくる。そこで国家体制を確率する考えが、弥生が優勢で縄文が劣るものというイメージができたのではないか」と話されたことも記憶している。

▼我が国は、単一民族という考え方もある。優生学はナチスのジェノサイドに影響を与えたが、我が国も天皇を頂点とする国家体制が、ナチスと同様の戦争遂行の中で、多くの国民の犠牲を生んだ歴史がある。

▼道民の私も、アイヌ民族について詳しいことを知らない
。明治という国家から現在までの道民の歴史は、アイヌ民族にとってどんな時代だったのか、この機会に明らかにしてほしいものだ。

▼「生前退位」という異例の「お言葉」を発した天皇。大きな時代の変わり目にあたり「天皇制」についても、そろそろタブー視しない国民にならなければならない、そんな感じがする、北海道命名150年目の、この頃だ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿